Feliz navidad


 アルゼンチンでは12月8日をディア・デ・ラ・ビルヘンと呼んでいて、その日にクリスマスツリーの準備をするのが普通らしい。それまで意識したことはなかったけれど確かにその日を境に街中ではクリスマスツリーを見かけるようになった気がする。
 クリスマスの雰囲気は好き。ただ、アルゼンチンの暑いクリスマスはいまだに慣れない。一年でもっとも暑い日。この街ではそんな日にクリスマスがやってくる。

「やっぱりクリスマスツリー、小さいのでいいから買わない? その方が雰囲気でるじゃん」

 クリスマスを間近に控えた今日、徹がそう言いだした事に驚いた。ショッピングモールへ買い物に出かけた日、おもちゃ売り場の入り口にある徹と同じくらいの高さのツリーの前。光るドレスをまとうように飾り付けられたツリーと徹を交互に見つめながらクリスマスまでの日数を考える。

「いいけど……急だね?」
「せっかくならって思ってさ。こっちだと年明けまで飾るから今日準備してもしばらくは楽しめるだろうし」

 そう言われればそうだったと、日本とは違うアルゼンチンでのこの時期の過ごし方を鮮明に思い出した。
 元々交換用のクリスマスプレゼントを買うのが今日の目的だったし、徹の言うようにせっかくならと提案を快諾する。ただ、問題はツリーが今も売っているかどうかという事。

「この時期でもまだ売ってるのかな?」
「どうだろ。とりあえず見てみよ」
「そうだね」

 信仰心が強いわけでもないし日本にいた時も一人暮らしだったからわざわざツリーを飾るなんてことはしなかった。けれど徹と一緒なら楽しみだと思ってしまうから、私はとても単純なのかもしれない。
 多くの人でごった返すおもちゃ売り場。前に見たときはクリスマスツリーの売り場が大きく設置されていたけれど、今はもうおすすめのプレゼントが並ぶスペースになっていた。ラッピングされたプレゼントがそれっぽく置かれていたからだろうか、私は不意に思い出す。

「そう言えば飛雄くん、そろそろ誕生日だよね?」

 名前を出した瞬間、徹はわかりやすく顔を歪ませた。

「ちょっと! こんな時に他の男の話なんて聞きたくないんですけど!」
「だって思い出しちゃったんだもん。お祝いの連絡してあげたら喜ぶんじゃない?」
「嫌だね。誰がお祝いの言葉なんて言うもんか」

 おもちゃ売り場に大きな子供がいると思いながら、私は気付かれないように小さく笑った。
 飛雄くんはイタリアに。牛島くんはポーランドに。日向くんはブラジルに。そして、はじめはアメリカに。これまで関わってきたたくさんの人たちが世界のどこかで私達と同じようにクリスマスの雰囲気を味わっているのかなと思うとなんだか嬉しくなる。
 寂しくなるねって言ってくれた人たち。辛くなったらいつでも戻ってきていいからねって言ってくれた家族。大丈夫。日本とは真逆の場所で、私は毎日楽しく幸せに過ごしてるよ。雪の降らない暑いクリスマスも、徹と一緒にたくさん楽しんでる。

「あ。あったよ! 卓上用だけど緑の部分がぎっしり詰まっててかわいい」
「ぎっしりってギョーザの餡じゃないんだから」

 売り場の一画に身を寄せ合うようにして並べられた小さなクリスマスツリー。箱に入った大きなものもあれば、ガラスで出来た北欧風のツリーもある。30センチほどの高さのツリーは既にオーナメントボールが飾られていて、購入さえすればすぐにクリスマスツリーとして立派にその役割を果たしてくれるものだった。

「しかもLEDライト付き! なんと今なら30%オフ!」
「通販番組みたいに言うのやめて。笑っちゃうじゃん」
「可愛いからこれにしようよ」
「リビングの棚の上?」
「あ、いいね。丁度良さそう。じゃあどの色にしようかな……」

 悩んでいると、徹が私の横顔をじっと見つめていることに気付いく。

「徹、どうかした?」
「いや……名前がこっちに短期で来た時、一緒にクリスマス過ごしたじゃん? あの時名前に当たるようなこと言って微妙な空気にさせて、子供みたいだったなって思い出して」
「あったねぇ。暑い日の鍋! 今となっては良い思い出だけど」

 あの時、徹が何を思っていたのか私は今でも本当のところはわからないけど、これまでの全部が今の私達に繋がってるって思うからそれはやっぱり良い思い出になるのだ。

「今年はクリスマスらしいことでもしよっか」
「クリスマスらしいこと?」
「ニコラスの家で開催するパーティー参加したり、ふたりでいちゃいちゃしたり?」

 試すような、からかうような言い方に私は思わず笑ってしまう。これにしようと決めたクリスマスツリーを手にとって徹を見上げる。

「どう?」
「……悪くない、かな」

 さあ、クリスマスがやってくる。真夏の、暑い暑いサンフアンの街に。

(22.12.15)
※Feliz navidad……メリークリスマス

priv - back - next