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「週末、ビーチバレー観に行かない?」

 ニースに誘われたのは夜ご飯を食べている最中だった。近くにできたチャイニーズレストランが美味しいとのとこで、テイクアウトをしてニースの家で魯肉飯を食べていた時、思い出したように言われた。

「いいよ。エイトールの?」
「そう。最近ね、ペアが新しくなったの」

 ブラジルはリオデジャネイロ。日本からアメリカを経由し到着することが出来るこの場所は世界でも有名な都市のひとつで、およそ25時間かけなければ来られない場所である。時差12時間。夜ご飯を食べる私とは反対に、日本にいる家族は今頃朝ご飯を堪能しているに違いない。
 日本の裏側。そんな場所で私は数カ月近く留学生活を送ってきた。はじめこそ戸惑いや緊張もあったけれど最近はすっかりこの国にも馴れてきた。もちろん嫌なことも時々あるけれど、出会えた人達の優しさによって今日まで楽しくやっている。

「そういえばエイトール最近ふられちゃったって言ってたもんね」

 ニースはバイト先が一緒で知り合ったブラジル人女性だ。私は学業とのバランスやビザの関係であまり多くは出勤できないけれど、ニースとは波長が合うからバイトがない日もこうして会うことが多い。
 同棲している彼氏のエイトールがビーチバレーをしていて、私は時々ニースに誘われて試合を観に行っていた。

「しかもね、相手が日本人なのよ」
「え、日本人?」

 驚いた。もちろんリオに日本人がいないわけではない。ブラジル人と結婚した人、仕事で来る人、私みたいな留学生、時々観光客。いないわけではないけれど、場所が場所なだけあって目にする機会はほとんどない。大抵の人はリオデジャネイロよりもサンパウロに行くのだ。実際、私の通う学校も日本人は私一人だけ。
 そうは言っても台湾や韓国、中国等のいわゆるアジア系の人種は一括りにされるから「日本人」というカテゴリーよりも「アジア人」というカテゴリーに属しているという感覚のほうが強い。南米人からすれば見分けることの方が難しいのだから仕方がないと思うし、私だってブラジル人かボリビア人かなんてすぐにはわからないけど、やっぱり自分と同じ国の人が同じ場所にいるのは純粋に嬉しい。

「ニンジャショーヨーっていうんだけど、知ってる?」
「⋯⋯ニンジャ?」

 昨今、日本でも忍者なんてテーマパーク以外でお目にかかれないと思うけど。それでもニースはもう一度「ニンジャショーヨー」と言った。忍者ってそんな。まさか頭巾被ってビーチバレーでもしているのかな。そんなわけないか。さすがにそれはルール違反だろう。

「ビーチバレーの世界ではちょっと有名な人みたいなんだけど」
「そうなの? 私は知らないな。でもじゃあ、そのニンジャショーヨーがエイトールの新しいペアなんだね」
「そ! だから次の試合は期待してるの」

 ニースは白い歯を見せて満面の笑みで笑う。


♯  ♯  ♯


 ニースとそんな約束を交わした数日後、私は課題に打ち込んでいた。集中したいから夜ご飯はフードデリバリーしようと近くのお店のハンバーガーを頼んで、学生寮のテラスでパソコンと睨みあう。区切りの良いタイミングでスマホに配達員が近くに来たとメッセージが表示されて、私は急いで寮の入口へ向かう。

「Com licença (すみません)」

 背中に大きなバッグを背負っている人物にポルトガル語で声をかければ、私に気が付いたその人は被っていた帽子をとった。

「Eu vim entregar! (お届けにきました)」

 瞬間、現れる笑顔。
 顔つきでアジア人だということにはすぐにわかる。日本人のようにも見えるけど、中国人かもしれない。支払いはすでに注文時に済んでいたので簡単なポルトガル語でやり取りをしてハンバーガーの入った紙袋だけを受けとる。どうしよう、英語で国籍を聞いてみようかと迷う私に、その人は満面の笑みのままお礼を述べる。

「Obrigado!! (ありがとうございました)」

 私がしっかりと受け取ったのを確認し、大きなバッグを再度背負おうとしたその時、彼の着ている服の文字が目に入った。

「烏合⋯⋯」

 大きな文字で丸に囲まれた烏合の文字。つい日本語で口に出してしまった私に彼は反応を示した。

「え、日本語!」
「あ⋯⋯日本人、ですか?」
「はい! 日本人です!」

 1度驚いた顔をしたけれど、彼は私が日本人だとわかると日本語で嬉しそうに返事をしてくれる。リオに来て日本人としっかり会話したのはこれが初めてだと、私は久しぶりの日本語に感動を覚える。

「リオで日本人と話ししたの初めてなので驚きました」

 嬉々としてそう言えば「俺もです」と同じように笑顔を見せてくれる。だよね、なかなか日本人と話す機会ってないよね、と心の中で思う。
 同い年くらいかな。なんでリオにいるんだろう。興味は湧くけれど、彼がバイト中ということもありさすがに聞くことは憚られた。

「えっと、じゃあ⋯⋯ありがとうございます。お仕事、頑張ってください」
「はい。あざっした!」

 またデリバリーしたらあの人が届けにきてくれたらいいな。
 私にハンバーガーを届けた彼こそが噂の『ニンジャショーヨー』だと知るまであと少し。

(20.11.13)


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