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 週末のビーチは人で賑わう。緩やかなカーブを描き総距離約4キロにも渡るビーチもリオの観光の目玉の1つで、地元民と観光客によって埋められるビーチパラソルや、モザイクの遊歩道を散歩するおじいちゃん、大道芸人に売り子、私は日本にはない雑多なこの景色が結構好きだった。異国を思わせる風景は半年たった今でも私の心を躍らせる。
 雲ひとつない快晴。海が波打ち、穏やかなそよ風が流れる。ニースに付き合ってエイトールの試合を観に行くことは時々あったけれど、心地よいと感じているこの風がビーチバレーにどれほど影響を与えるものなのかはまだ知らない。

「あ、いた。エイトール!」
「ニース! ナマエ!」

 ビーチバレーの試合会場は今日もリオの風景に驚くほど馴染んでいる。
 砂浜に簡易設置された本部に手続きをしていたエイトールを見つけ、ニースが駆け寄る。2人はいつものようにハグをして、そのあと私もエイトールとハグをしながら挨拶を交わした。初めこそ海外らしいコミュニケーションに戸惑いもしたけれど、このコミュニケーションこそがこの国の礼儀なのだと気が付けば特段抵抗や戸惑いもなくなった。

「ハイ、ナマエ! 元気だった?」
「ハイ、エイトール。元気だよ。ニースと一緒に応援してるから頑張ってね」
「サンキュー! ついでに俺のパートナーも紹介しとく」
「あ、そう言えば聞いたよ。日本人なんだって?」
「そ。ナマエと同じ! ヘイ、ショーヨー!」

 エイトールがその名前を呼ぶ。そうだ。噂の忍者の名前はショーヨーだったと先日のニースとの会話を思いながら、視線の先をたどった。
 太陽の光を背にして影が伸びる。オレンジ色の髪の毛。日本にいれば違っても、ここでは埋もれてしまうしっかりした体格。しゃんとした姿勢。眩しさに少し目を凝らして私の記憶が呼び覚ます。

「⋯⋯あの人⋯⋯」

 エイトールの呼び掛けにこちらに向かって歩いてくるショーヨーが、ニースの隣に立つ私に気が付く。その瞬間、確信に変わった。
 同じように私の顔を見てすぐに1度会っていることを思い出したのかショーヨーは「あ!」と大きな声を出して目を見開いて私を指差した。

「Uder!!」

 そしてお互いの顔を見合わせながら、私たちの声はリオデジャネイロのコパカバーナビーチの砂の上で重なったのである。

「あっごめん、指」
「いいよ。私も驚いたから」
「この前の女の子! だよね?」
「そう。そっちもこの前の男の子だ」

 途中から日本語になっているのも忘れて話をする私とショーヨーを、ニースとエイトールは不思議そうな顔で見つめた。

「2人、知り合いなの?」
「この前Uder頼んだら彼が来てくれて」
「ハイ、俺が届けました」
「まさか再会するとは思ってなかったけど」
「へえ! 運命的ね!」

 ニースが笑顔をこぼす。運命的。
 日本の裏側で、同じような年齢の男女が出会って、それはたまたま同じ国籍で、共通の知り合いがいて、いやその前に夜ご飯を配達してくれていて。言われて考えてみればそんな気もしてくる。⋯⋯してくるけど、自分がリオにいる運命と比べたらこれはどちらかと言えば奇跡みたいなものだと思った。

「俺、日向翔陽。配達の時に日本人と会っただけでも驚いたのにエイトールの知り合いとは思いもしなかった」
「本当だね。私はニース経由でエイトールと知り合ったんだけど⋯⋯あ、名前、名前!」
「名前」
「うん、よろしくね。本当はあのときもうちょっと話したかったなって思ってたから、今日また会えて嬉しい」
「エッアッ⋯⋯アザス!」

 もっと話がしたかったという言葉に深い意味はない。それこそ単に日本の裏側で出会った日本人同士、ただ「ありがとうございました」だけじゃ惜しい気がした。袖振り合うも多生の縁って言うし。
 そう言うと翔陽は少し照れたように反応を示したから、なんとなく私も語弊を招く言い方だったかもしれないと慌てて言葉を付け足す。

「あ、えっと今の意味は、せっかくリオで日本の人と会えたから友達になれればなってことで⋯⋯今日はニースと一緒に応援してるから、終わって時間あるなら一緒にごはん食べない? 時間なかったら全然後日でも良いんだけど⋯⋯」

 少し強引にいきすぎたかな。でもここはリオだ。顔色をうかがっていたら全てが後手に回ってしまう。この出会いを逃したくはない、逃してはいけないと私の中の誰かがそう言った気がした。

「ええっと⋯⋯今日、大丈夫!」
「本当に? やった! ⋯⋯あ、私強引じゃない? 大丈夫? 嫌なら嫌って言ってね」
「イイエ! ちょっとビックリしただけで全然!」
「ビックリ⋯⋯」
「また会うとは思ってなかったし、話したいって言われると思わなかったし」
 
 少し照れるような顔で翔陽が言う。あれ。なんか、可愛いかも。日向翔陽。日本の裏側で出会った男の子の名前を私は密かに心の中で繰り返した。海風が運んだのは運命だったのか、奇跡だったのか。その答えはまだ砂の中。

(20.11.24)


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