「えっ⋯⋯翔陽、あのKODZUKENと友達なの!?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない⋯⋯気がする」
まるで翔陽のための季節だと思えるくらい眩しさに満ちた夏の日、事も無げに翔陽は世界的にも有名なYoutuberの名前を口にした。
フォロワー333万人を抱える世界のKODZUKENはいつ「世界に誇れる日本人100」に選ばれてもおかしくない程の逸材で、Youtuberのみならず、その若さで会社経営者や株トレーダーとしてもその界隈に名を轟かせている。
KODZUKENと翔陽が友達。手にしていたスムージーをうっかり落としてしまいそうになるくらいそれは衝撃的な事実だった。
「来月大阪まで来るって言ってて、リオにいたときはスポンサーとして支援してもらってたし、多分これからも会ったりするし、良い機会だから名前のこと紹介しておきたいなって」
「え?」
容赦なく降り注ぐ日差しはリオにも負けない程強い。目が回ってしまいそうな感覚を覚えたのは、この日差しのせいなのか、翔陽の言葉のせいなのか。
そういえばリオにいた時、翔陽のユニフォームにKODZUKENの会社のロゴが書かれていた気がする、と私は過去へ逃避した。
「もちろん名前が嫌なら無理しないでいいんだけど」
翔陽は慌てて言う。嫌? いやいやいや。有名人と会うなんて初めてだから嫌とか嫌じゃないとか考えられないよ。
いや、でも。だってさ。
「⋯⋯私達、その、まだ付き合ってから数カ月でしょ? なのに、いいの? 私のこと紹介するの」
「付き合ってからの時間って関係ある?」
「あるような⋯⋯ないような⋯⋯」
行き交う人混みの中、隣を歩く翔陽を見上げる。日に照らされてオレンジが強く光る。それはとても眩しくて、やっぱり今日は翔陽の為の日だと思った。
「研磨にはずっと支援してもらったからちゃんとリオでのこと話したいし、リオのこと話すなら名前のこともちゃんと言いたいなって。リオにいた時のこと思い出すとさ、景色とか知り合った人とか、大変だったことも楽しかったこともたくさん思い出せるけど、でも名前がいるとより鮮明になる感じすんだよね」
その言葉が私の心臓を撃ち抜く。
くらり。
手のひらに汗が滲んで、多分今日は簡単に伸ばせそうもない。
♯ ♯ ♯
KODZUKENが大阪にやってくる日は案外すぐにやってきて、そして何事もなく終わりを迎えた。
「翔陽から一緒に来るって言われた時は驚いたけど、会えてよかったよ。これからも翔陽のことよろしく」
「いえ! いや、はい! 今日は本当にありがとうございました……!」
最後に交わした握手の感覚を残したまま、居酒屋を後にして翔陽と駅へ向かう。
高揚した気持ちを落ち着かせるために何度か深呼吸を繰り返した。まだ少し浮足立っている感じがする。それともこれは気を間際らせるために飲みすぎたお酒のせいだろうか。
「緊張したけどいい人で良かった。孤爪さん、ネットで見るよりかっこいいね。高校時代の2人の試合観てみたかったな」
「名前が研磨と会ってあんなに喜ぶとは思ってなかった」
「あはは⋯⋯」
ミーハーというわけじゃないけれど、誰だってKODZUKENと会ったらこうなると思う。
でも確かにちょっと緊張で周りが見えてなかったところがあったかもしれない。全てが終わってしまった今、翔陽にも孤爪さんにも失礼がなかったようにと願うしかない。
「途中から名前、俺がいること忘れてなかった?」
「さすがにそんなことは⋯⋯!」
「すげーキラキラした目で研磨のこと見てて俺はそんな風に見られたことないなーってちょっと羨ましかったな〜」
「うっ⋯⋯」
少しばかり羞恥が込められた、子供っぽい悪戯な笑み。
そうかな。そんなことないと思うけどな。翔陽が気づいてないだけで、私はずっと翔陽に目を奪われてきたんだけどな。見つけて、見つめて、でもそれだけじゃ足りなくなったから恋をしたのに。
街を彩るLEDの光よりも、夜空に輝く星々よりも、翔陽が一番キラキラして輝いていると思う。手のひらに残っていた感覚はいつの間にか消えていた。
「ジョーダン。研磨すげーいい奴だし有名人だし名前の気持ちもわかるし⋯⋯あっ待って冗談でもこういうこと言うのって心狭い感じする!?」
慌てる翔陽に私は笑ってしまいそうになる。翔陽はもっと自惚れてもいいのに。私に対しては特に。
冷涼な夏の終わりの風が間を通り抜けた。終わりゆく今日という日に、終わらないでと願うのは翔陽といるから。
「全然思わないよ」
「良かった⋯⋯」
駅まではあと少しの道のり。辿り着けば翔陽とはお別れ。名残惜しいけれど、明日の私が後悔しないように伝えたい言葉はきちんと伝えよう。
「翔陽」
「ん?」
「大好き」
「えっ」
「KODZUKENだからとかじゃなくて、翔陽が大切にしてる友達に私のこと紹介してもらえたのすごく嬉しい。心狭いって心配してる翔陽もすごーく可愛いなって思う。私にとって1番輝いてるのは翔陽だよ」
私の言葉を受け止めた翔陽は、一瞬だけ気恥しそうに視線をそらした。
「そういうこと言われると抱きしめたくなるから⋯⋯!」
「抱きしめてって言いたくなるけど、さすがにね」
リオだったら人目を憚らず抱きしめあうカップルはよく目にするけれどさすがにここは日本だし。いや、ここがリオだとしても恥ずかしくて人前でハグするのは無理だ。
指先が触れ合って、どちらからともなく自然に手が繋がれる。私よりも温かい体温。肩が触れ合いそうになるくらい寄り添って、これで充分幸せになれると思った。
(21.06.15 / 80万打企画)