スペシャルマッチ裏側


 リオまで来るのは久しぶりだ。サンパウロとリオの距離は直線にして357キロ。ブラジルは鉄道が発達していないからこの2つを結んでいるのは飛行機と車のみ。サンパウロではクラブの車を借りて翔陽が運転することもあるけれど、今回はさすがに長距離なので飛行機移動を選択した。
 一時間半のフライトを終え、空港で研磨さんと黒尾さんと待ち合わせをしたのち、ニースとエイトールに私達をピックアップしてもらってそのままビーチへ向かう。
 目の前に広がる懐かしい光景。髪の毛を弄ぶように吹く風や温い気温がリオらしさを物語っている。

「これからみんなでビーチバレーするんだよね?」
「そう! 名前もする?」
「しない。ニースと応援してる!」
「即答!」
「あっ準備終わったみたいだよ。いってらっしゃい」

 笑みと共に翔陽の背中を押して送り出す。研磨さんの挨拶で配信が始まったから、映り込んでしまわないようにそっと黒尾さんの後ろに移動した。
 チャット欄にコメントが並んでは流れていくのを見つめ、いったいどれ程の数の人がこの配信を見ることになるんだろうなぁと、どこか他人事のように考える。

 8月14日に日本で行われるスペシャルマッチは黒尾さんが企画したものらしい。アルゼンチン、ポーランド、イタリアを経てブラジルまでやってきたという黒尾さんは、元スポーツマンだからなのか、それともバレーが好きだからなのか、若干の疲れは見えるものの、くたびれた様子は見受けられなかった。
 ニースの隣に座って翔陽達がビーチバレーをしている姿を見つめる。

「こうやって一緒に応援するのも久しぶりね」
「うん」
「ショーヨー、引く手数多で凄いけど名前は大丈夫?」
「え?」
「一緒にいる時間が少なくて寂しくなったり、名前の負担が増えたりしてないかしらって」
「ニース、ありがと。大変なこともあるけど楽しく過ごしてるよ。普段はちょっと遠いけど、同じ国にニースとエイトールっていう友達がいるのはそれだけで心強いし」
「何かあったらいつでも頼って。エイトールと一緒にサンパウロまで行くから」
「うん」

 こういう話をしていると、心がリオに居た時へと戻る。今もここで暮らしているんじゃないかって思えるくらい、この場所は私にとって自然で、違和感のない場所だ。

 太陽は徐々に頭上へと向かい、日差しは一層強くなる。私達はビーチパラソルの下にいるから良いけれど、日差しを直に浴びてバレーをしている翔陽たちはなかなか辛いんじゃないだろうか。
 それでも、朝10時から始まった配信は滞りなく進んで、予定通りに終了を迎えた。

「名前! 最後のアタック見てた!?」
「うん、観てた。かっこよかった」
「よしっ!」

 体中が砂と汗にまみれている中、翔陽は満面の笑みで私のもとへかけてくる。子供、というよりも今のは犬みたいだったなと思いながら、その笑顔に応えるように私も笑みを返した。
 タオルとペットボトルを手渡して、隣に座った翔陽の頬についていた砂を出来るだけ優しく拭ってあげる。

「くすぐったくない?」
「へーき!」
「顔のについた砂はとれたよ」
「ありがと! 黒尾さんと研磨にもお礼言いに行ってくる!」
「はーい。いってらっしゃい」

 あれだけ動いたのに疲れる様子もなく砂の上を駆ける翔陽はやっぱり大きな犬みたいだ。青い空を泳ぐ白い雲。観光客の盛り上がった声。どこかのお店の陽気な曲はここまで聞こえてくるから、目をつむり耳を傾ける。

「奥様もありがとうございました〜」
「黒尾さん」

 翔陽との話を終えた黒尾さんに話しかけられて、ぱっと目を開ける。

「配信、映らなくて良かったんです?」
「映りたくないわけじゃないんですけど、翔陽のファンの方も見てるだろうし、あんまり顔出ししないほうがいいかなぁって。それにたくさんの人に私と翔陽のやりとりが見られるって思うとちょっと恥ずかしいですし」
「日向選手の愛妻家っぷりみたらファンが増えそうですけどね」
「そうですかね? あ、でも私にしか見せない翔陽のかわいいところとか、かっこいいところとか独り占めしたい気持ちもちょっとあるんで、やっぱりまだ顔出しはしない予定です」
「それは惚気ですか?」
「あはは。そうですね。惚気ですねこれは」

 黒尾さんは楽しそうに聞いてくれるから、私も惚気だとあっさり認めることにした。だけどそんな会話が聞こえていたのか、翔陽と並んでこちらへ来た研磨さんが言った。

「最後の配信に入ってるよ」
「え?」
「終わってすぐ翔陽が真っ先に名前のところに駆けてたから背後に映り込んでると思う」
「え!」

 慌てて翔陽を見つめる。しまった、と言いたげな顔をしたあと私から顔をそらす翔陽。生配信。つまり、もうあの映像は流れてしまったわけで。

「いいじゃん。翔陽にとってマイナスにはなんないと思うよ。日向選手カワイーってコメントあったし」

 そうなのだろうか。でも研磨さんが言うとそんな気がしてくる。

「なるほど、世界に向けて惚気けちゃったわけだ。やるね〜」
「名前ごめん! でも気がついたら名前のところ向かってた!」

 いいよ、別に。翔陽にとってマイナスにならないなら。今、私が「うっ!」ってなったこと多分翔陽は気がついてないんだろうなって思いながら息を吐きだし、肩の力を抜いて翔陽へ笑いかけた。

(22.6.20)


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