世界が広がっていく話


「来月、研磨さんブラジル来るんだよね?」
「そうそ……え、なんで名前が知ってんの!?」

 夕食を終え、ソファでくつろいでいる時の事。あまりにも自然に名前が研磨の名前を口に出すから一瞬気が付かなかった。理解したと同時に驚いて声がいつもより大きくなってしまう。そんな俺の様子に名前は小さく笑って「本人から聞いたの」と言った。
 そっか。研磨から聞いたんだ。じゃあ知ってて当然か。……いや、じゃなくて! そうだけど! そうじゃなくて!

「名前、研磨の連絡先知ってんの!?」
「うーん。うん、一応? SNSで相互だから、DMでやりとり出来るってだけだけど」

 ああ、なるほど。SNS。……SNS!

「お世話になってるからお礼の連絡したり、翔陽の学生時代の写真送ってもらったり」
「へぇ……え!?」
「それでまあ、研磨でいいよって言ってくれたから研磨さんって呼んでる」

 すんなりと言うから、また気付かずにスルーしそうになる。俺の写真、研磨から送ってもらってんの? 高校生っていつ? 髪ボサボサな時とかあったけど! っていうか結構普通に仲が良い!!

「こ、高校生の頃の俺の写真とは」
「翔陽の高校と研磨さんの高校よく合宿してたんでしょ? その時の写真だよ。翔陽ちょっと幼くて可愛かった」

 あの時、俺はガラケー使ってたし写真は研磨のスマホで撮ることが多かったんだったと思い出した。見られて困るものではないし別に良いんだけど、研磨とそんなやりとりをしているなんて全然知らなかったから状況を飲み込むのに精いっぱいだ。

「あ、もしかして私が研磨さんとやりとりするの嫌だった?」
「え」
「知り合ったのも翔陽がきっかけだし笑っちゃうくらい話題は翔陽の事ばっかりなんだけど、知らないところでやりとりされるのが嫌なら控えるよ?」

 名前は軽い調子で言った。
 嫌なんだろうか。言われて考える。確かに俺の知らないところで研磨と仲良くなってたのは驚いた。名前が困ったり悲しむんだったら嫌だって思うけど、名前が楽しそうにしてるなら大抵のことは嫌じゃないと思える気がする。だから別に名前と研磨が仲良くなるのは嫌じゃない。

「驚いただけだから嫌じゃない。それより名前がSNSしてるの知らなかったなって思った!」
「見るだけ用のアカウントだけどね。ちなみに翔陽の公式アカウントもフォローしてるんだよ」
「え、どれ!?」
「秘密。当ててみて」
「当てたいけど多分当てらんない……」
「翔陽のフォロワー数じゃ探すの難しいよね」

 ちょっといたずらに笑って言うところが可愛い。

「あ! 前にファンの子から『奥さんのどんなところが好きなんですか』って聞かれて答えたけど、それも見た……?」
「見たよ」
「じゃ、じゃあ遠征のとき名前へのお土産に迷っておすすめを聞く投稿した事とか……」
「見たね」
「み、見られた……!」
「翔陽が嫌ならフォロー外すけど」

 これは嫌とかじゃなくて普通に恥ずかしい。

「そのままでダイジョーブです……」

 俺は名前が好きで、名前も俺が好きで、時々子供っぽく嫉妬しそうになる時もあるけれど、でも俺の知り合いが名前の事を知ってくれる事は、名前と交わる世界が広がっていく感じがして、多分、俺は結構嬉しいんだと思う。

「……研磨とリオで会うって話さ」
「うん」
「俺からも確認しようと思ってたんだけど、名前も来れる?」
「え、いいの?」
「当たり前じゃん! ニースとエイトールも誘おうと思ってたし」
「やった。じゃあ仕事入れないようにするね」

 でも、だからこそ俺も名前の世界を構築する一人の人間として、名前にとって恥じない人間でいたい。

「ハッ……そういえば黒尾さんが現地のコーディネーター探してるって言ってた気がする!」
「そうなの? 私で良ければ引き受けるよ」
「仕事になるけどいいの?」
「うん。むしろ仕事として扱ってくれるのって嬉しい」
「黒尾さんの連絡先伝える?」
「うん。じゃあ、ふふふ、お願いします」

 名前が笑うから俺は首を傾げた。

「私、翔陽の友達と知り合う度に世界が広がっていくなぁって思うんだよね。だからまた広がったなって。昔ね、翔陽とリオの朝日を観に行ったとき、翔陽が私を知らない世界に連れて行ってくれそうだなって思ったんだけど、あながち間違ってもいなかったなって。あの時、その言葉が翔陽に届いてたかはわからないけど」

 リオにいた頃を思い出す。それは名前と知り合ったばかりの頃。まだ暗いリオの街を名前と共に自転車で駆け抜けた。朝日に間に合うように、だけど絶対に名前を置いていかないようにと思いながらペダルを漕いでいた気がする。

「俺も」

 名前を見つめる。

「俺も、名前と一緒だと知らないことたくさん知れて楽しい」

 肩に預けられた名前の頭の重さが心地よい。
 世界は広くて、だけど時々驚くほど狭いことを知っているから、笑ったり、躓いたり、時々後ろを振り返ったりしながら、これからも名前と一緒に新しい景色を知っていければいいと思う。

(22.6.20)


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