「欲しいもんなんでもええから言うてや」
「えっ」
「別に1個やなくてもええし」

 12月20日。クリスマスを目前に控え、ちょうど予定が合うからと仕事終わりに待ち合わせれば開口一番にそう言われて、私はただただ戸惑うことしか出来なかった。

「そらむっちゃ高いやつは無理やけど何とかするし」
「ああ……うん」
「いや待て、アカン、急に明日ハワイ行きたい言われても無理や……ハッ年始? 年始なら行けるんか……?」

 私、別に高いものが欲しいともハワイ行きたいとも思ってないよ。そう考えながらも、ひとり喋り続ける侑の言葉を聞きいて真意を見つけようとする。答えは出ぬまま、侑は再度私に問うた。

「で、欲しいもんなんなん?」
「ええー……特にない」
「特にない!?」

 カフェにある窓際のカウンターからは人の往来と、絵の具を垂らしたような鮮やかなイルミネーションが見える。熱めに注文したカフェラテを飲んで、もう一度欲しいものを考えてみたけれどやっぱり思い浮かぶものはなかった。

「せやったらネックレスはどうや」

 クリスマスプレゼントとして何かを贈りたいと思ってくれているのは分かる。でも「なんでもいい」とか「1個じゃなくてもいい」とか、プレゼントを贈ることへの強い熱量にはやはり戸惑いしかない。
 クリスマスプレゼントの代名詞と言っても過言ではないそのアイテムを思い描いてみるけれど、いまいちピンとこない。そもそもこの前新しいネックレス買ったんだったと思い出す。
 遠慮ではなく欲しいものは本当にない。必要なものは自分で買ってきたし、敢えてそれを挙げるとするならそれは多分、目には見えないような類のものだ。

「ネックレス、冬のボーナスで買っちゃった」
「なんで買っちゃったんや……」
「次、会えるときは可愛いのつけてテンションあげたいなと思って」
「今つけとるやつ?」
「うん」
「……そらむっちゃかわええけども」

 ニットの上から光る馬蹄型のスマートカジュアルなネックレス。その形から幸福を受け止め溜め込んでいく意味があるという事を聞いたとき、私は買わずにはいられなかった。
 手を伸ばした侑がモチーフに触れる。「似合うとる。かわええ」と言って、でも少し不貞腐れている様子は可愛いと思うしかない。

「どうしてそんなにプレゼント気にかけてくれるの?」
「やってクリスマスイブも当日も会えへんやん」
「お互い仕事だし仕方ないよ。侑に至っては大阪にいないもんね」
「せやからせめてプレゼントだけでもちゃんとしたやつ渡したいんや」
「私は今会えてるだけでも嬉しいけど」
「……25日早めの新幹線でこっち戻ってきてサンタの格好して名前のマンション訪問したろかな」

 侑が日々くれる幸せ。愛おしい時間。過ぎ去るものの中で蓄積される優しさ。どう考えたってこれ以上、望むものはない。いやむしろもう私は得ている。侑が私に伝えてくれる愛は大袈裟なんかではなく、私の人生を彩った。

「侑がずっとそばにいてくれるなら他に何もいらないよ」
 
 そう言うと侑は少し言葉に詰まりながらも「そんなんクリスマスやなくても、そもそもプレゼント関係なくそばにおるし」と、小さな声で言う。だけど私はそれがどれだけ難しいことか知っているから。だから、これはとんでもなくわがままなお願いなのだ。

「じゃあこれから先の人生、私は幸せしかないね」

 確約された未来ない。いつどうなるかなんて誰にもわからない。安寧した暮らし。揺るがない感情。どれもこれも永遠ではない。喧嘩やすれ違い、意見の食い違いもあるだろう。だって他人同士が寄り添い合って生きているんだから仕方がない。でもそれも生きていればこそ。

「あったり前やろ。あとはその無欲どうにかせえ」
「無欲かな? 結構強欲になったと思うけど」
「ハァ!? ほんもんの強欲やったらもっとあれ買うてこれ買うてどこ行きたいそこ行きたい言うやろ」
「……そんなに私にプレゼントしたい?」
「したい」
 
 間髪入れずに答える侑に笑いが溢れる。惜しみない愛を注いでくれるこの人を、私は一生をかけて愛すのだ。

「んー、じゃあキスでもしてもらおうかな」
「それのどこがプレゼントや」

 身を寄せた侑が唇に触れるのを制す。

「わ、待って。さすがにここじゃない! それは怒る! マンションの前でめちゃくちゃときめくような、それだけで年末まで幸せになれるようなセリフと雰囲気でキスして」
「難題やな……」

 クリスマスソングが流れる夜。色めく世界に、私は今日も幸せをプレゼントされるのだろう。

(20.12.17)

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