商店街のイルミネーションは大きな駅のそれと比べれば簡素だけれど、その素朴さが私は好きだった。等間隔に並んだ木は巻きつけられた電球のおかげで冬の冷たい空気の中に弾けるような光を放っている。

「木、キラキラしてますね」
「せやな、キラキラしとんな」

 時間帯のせいかすでにシャッターを下ろしたお店も少なくはない。帳が降りた空の下に響くのは私のブーツのヒールが地面を蹴る音。1ブロック向こうにいる客引きのお兄さんの声がここまで届いて、急に年末と言うことを実感させられた。
 12月21日。もうそんなに時間が経ったのかと、この1年をなぞるようにゆっくりと思い出す。あれ、そう言えば去年はちょうどこの日に治さんと共にイルミネーションを観に行ったんじゃなかったっけ。本物のモミの木を一緒に見られたことは私の大切な思い出の1つだ。あの日から気がつけばもう1年が過ぎたのか。

「去年のイルミネーション覚えとる?」
「もちろんです」

 去年渡した小さなおもちゃのクリスマスツリーは今年、おにぎり宮のカウンターに2本仲良く隣同士で並んでいる。それが目に入る度私は優しい気持ちになれて、もう少しでクリスマスが終わってしまうのが本当はちょっとだけ名残惜しかった。

「ちょうど今日やったのも覚えとった?」
「実はさっき思い出しました」
「今年はどこにも行けへんかったな」
「私の仕事が忙しかったばかりにすみません……」
「ああ、すまん。責めてるんやなくて来年はどっかまた行けるとええなて」
「来年……」

 当たり前のように来年の話をしてくれる治さんが好きだ。商店街の福引は今年もテッシュしか当たらなかったけれど、治さんがいる世界ならイルミネーションが光ってても光っていなくてもどっちでもいいなって思える。
 そういう日々がずっと続いていけばいい。平凡でも、特別でも。

「さぶ〜。はよ帰っておでん食わな凍ってまう」
「出かける前に煮込んでて正解でしたね」

 鋭い北風が吹いて背中を押す。身を縮こせるように肩を竦めると隣で治さんが盛大なくしゃみをしたから私は慌てて見上げた。

「大丈夫ですか?」
「すまん。風邪とかやないで」
「ならいいんですけど、忙しくても無理しないでくださいね。頑張り過ぎは禁止です」
「おっ、なんか今のええなあ」
「治さん!」
「でも風邪ひいたら看病してくれるんやろ?」
「そりゃあしますけどー……」

 言葉尻を濁すように言う。するけど、元気なら元気でいてくれるのが1番嬉しいし。まあ私に言われなくてもお店のこともあるし治さん自身、体調管理には人一倍気は使うのだろうけど。

「手、繋いでもいいですか?」
「ええよ」

 おにぎり宮まではそう遠くはない。短い距離でも私は治さんと手を繋ぎたかった。冷たい夜の中で温かい気持ちになりたかった。同じ色の光がひたすらに並ぶ道で差し出された手のひらに、自分のそれを重ねる。

「あと、ポケットの中入ってもいいですか?」
「そのつもりやったのに先に言われてしもた」

 治さんは笑いながらそう言った。
 とうとう商店街に流れていたクリスマスソングも止まって、街が眠る時間がやってくる。まだ開いていたいくつかのお店が閉店準備を始めるのを横目で見ながらゆっくりと歩みを繰り返す。
 言葉は夜に溶けていって、じんわりと冬の色が濃くなったような気がした。

「じゃあ先に言ったから私の勝ちですね」
「えっ勝負やったん?」
「今、勝負になりました」
「それはちょっと狡いと思うんやけど〜」
「あはは。なんか良いですね、こういうの。治さんと一緒にいるとたくさん幸せになります」

 ちょうどお店の手前で立ち止まった治さんは繋いだ手に力を入れた。半ば強制的に私も立ち止まることになっても、ポケットの中で繋がれた手が解かれることはない。

「名前」
「なんですか?」

 名前を呼ばれて治さんを見上げる。
 治さんの後ろで冬の星座たちが姿を見せている。あれがオリオン座、なんて思う余裕すらなく、重なったのはお互いの唇だった。
 言葉すら紡ぎ出せず、ただ眼前で微笑む治さんを見つめるのが精一杯だった。

「俺の勝ちやな」
「……狡い」

 小さな声で言えば得意気に笑った治さんがもう一度だけ、今度は頬にキスをした。私の冷たい頬に触れた治さんの唇は柔らかくも少しだけ乾燥していて、それでも私は心の中で白旗を上げるしかないのだ。この夜が続く限りは。

(20.12.14)

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