「23日あけておいて」

 聖臣くんにそう言われたのは今から1週間前のことだった。
 クリスマスイブの前夜。24日と25日は平日ということも考慮すれば、その言葉の意図は詳しく聞かずともわかる。付き合ってから初めてのクリスマス。その言葉の時点で浮かれてしまいそうになったけれど、口元をしっかりと引き締めて、そんな感情を微塵も出さないように努めた。

「わかった」
「出来れば、夜。いい?」
「うん、いいよ」
「遅くならないようにするし、ちゃんと家まで送るから」

 冬の音色が超特急でやってきたみたいだ。センター試験を間近に控え、カップルらしいことも、冬らしいことも出来ぬまま過ぎていった日々。聖臣くんはスポーツ推薦で大学進学が決まっていたけれど年明けに春高があるから、ここ最近はまともにゆっくりと話すことも出来なかった。
 魔法みたいにその一言で途端に目の前が彩られた気分になって、一瞬、自分が受験生であることすらも忘れてしまう。今年はクリスマスらしい何かをすることは諦めていたけれど、一足先にプレゼントをもらった気分だ。

「ニコニコしてる」
「ニヤニヤしないようにしようと思ってたのに考えると嬉しくてニヤニヤしちゃう」
「なにそれ。なんか可愛い」

 せめて。せめて浮かれすぎないようにとその日までの1週間、私は受験生としての務めを果たすべく、ただひたすらに参考書と向き合うのだった。


▽ ▲ △ ▼


 先週の金曜日に渡された模試の結果がA判定だったこともあってあまり罪悪感もなく家を出られた。それでも気を緩めてはいけないと電車の中で参考書をめくり、待ち合わせの場所まで辿り着く。
 都内でも人の往来が多い某駅。クリスマス前、最後の祝日の夜ともあってきっと普段よりも人出が多いはずなのに、聖臣くんがどうしてこの場所を待ち合わせに指定したのか私にはわかりかねた。

『後ろ』

 目の前の電光掲示板に写る時計が待ち合わせ時間を表示させた瞬間、手の中の携帯が震える。閃くように聖臣くんだと思い、中を確認すると届いたのはその2文字。言葉に従って振り向けば、宝石を散りばめたようなイルミネーションの中に聖臣くんが立っていた。

「聖臣くん!」
「うん。ごめん、待った?」
「ううん、全然。それにしても後ろ姿でよく私だってわかったね」
「いつも見てるからわかる」

 駆け寄って久しぶりにちゃんと見つめた聖臣くんの顔。マスクしてるけど、うん。やっぱりかっこいい。体の中から沸々と湧き上がる好きの泉に蓋をしても、私はもうこの「嬉しい」と言う気持ちを隠すことは出来なかった。

「現時点で最高に幸せ」
「大げさすぎるだろ」
「そうかな?」
「……時間は平気?」
「うん。この前の模試もA判定だったし親も今日くらいならって。聖臣くんも大丈夫?」
「俺は部活終わりってだけだから」

 こっち、と聖臣くんが言うので置いていかれないように歩く。この人混み、聖臣くんは不快じゃないかなと見上げれば予想通り眉間には皺が寄っていた。どこに行くとは聞いていなかったけれど、聖臣くんがそうまでして行きたい場所とはどこなんだろうと、私はとうとう疑問を口にする。

「どうしてここで待ち合わせだったの?」
「イルミネーション好きって言ってただろ、前に」
「えっ覚えてたの?」
「……別にたまたま忘れてなかっただけ」
「イルミネーションデートだ」
「詳しくないけど綺麗らしいから、多分、名前は喜ぶと思って」

 調べたのかな。誰かから教えてもらったのかな。それはもう、なんでもいいか。

「人混みいいの?」
「全然良くないけど、クリスマス当日に会えないし、これくらいは我慢する」
「無理しなくてもいいのに」
「無理じゃない。俺がしたいだけ」

 会えないときでも私のことを考えてくれる聖臣くんがすきだ。私の為に嫌なことを頑張ってくれる聖臣くんがすきだ。決して崩れない気持ちがまた今日も積み重なる。ああ、ここが外じゃなかったら今すぐ抱きしめるのに。

「今度はニヤニヤしてる」
「ニコニコだよ。聖臣くんと一緒にいられて幸せのニコニコ」
「……ふーん」
「聖臣くんは?」

 手が重なる。冷たい夜が何処か遠くへ行ってしまったかのようだ。

「幸せだからここにいる」

(20.12.16)

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