街中、至るところに遺跡があるローマ。見渡せば続いてきた歴史の重みを感じるほかない。長く続くコルソ通りを歩けばナヴォーナ広場に辿り着き、高く伸びるオベリスクが目に入る。
 クリスマスマーケットが開催されているナヴォーナ広場では、オベリスクが霞んでしまうくらい存在感があるメリーゴーランドが真ん中にあって、私は感嘆の声をあげるしかなかった。

「すごい! めちゃくちゃクリスマスしてる!」

 12月22日。大多数の人にとってはクリスマス前の平凡なとある1日かもしれないけれど、私にとってはクリスマスよりも重要で、特別で、とにかく大切な日だった。

「はしゃぎすぎて転ぶなよ」
「子供じゃないんだから転ばないよ」

 飛雄の誕生日。今日と言う日に、飛雄が普段暮らしているローマでこうして顔を見て笑い合えることが私にとっては何よりの奇跡のようにも思える。それこそ「クリスマスの奇跡」みたいな。
 簡易設置されたお店が並んで、目移りしそうになる私の手を飛雄が握った。私よりも幾分温かい手のひら。繋がれたまま飛雄のコートのポケットに突っ込まれて少し得意気な顔をした飛雄が言う。

「これで迷子にならないな」
「飛雄にだけは言われたくない……」

 そうは言ったけれど私は飛雄の行動が嬉しくて、普段会えない分を埋めるかのように必要以上にわざとらしく飛雄に寄った。もちろん私の力で飛雄がバランスを崩すことはないけれど、それでもやはり歩きにくいのか飛雄が声をかける。

「おい、わざとだろ」
「だってなんか嬉しすぎてとにかくくっつきたいなって。幸せが大爆発だよ。飛雄の誕生日にちゃんとお祝い出来るなんてさ、仕事頑張って休みもぎ取ってよかったー! って。飛雄、本当にお誕生日おめでとう」
「それもう5回くらい聞いたぞ」
「嬉しいから何回でも言いたくなっちゃう」
「別にそんなたいしたことじゃない」

 飛雄は1つ歳を重ねただけだと言って特に喜ぶ様子は見られなかったけれど、やっぱり私にとっては嬉しい以外にない。冷たい風も時差に疲れる身体も、すべてをかき消すくらいに嬉しい。

「えー、じゃあ私が来たの、飛雄嬉しくない?」
「それは……まあ……う、うれ」
「うれ?」
「……嬉しい」

 ただその一言を言うのでさえ戸惑う飛雄に私は肩を震わせて笑う。

「おい笑ってんじゃねぇ」

 ポケットの中で繋がれた手に力がこめられる。一瞬だけ強く握られて痛みを感じた私はお返しと言わんばかりに同じくらい力を込めてみる。

「全然痛くない」

 じゃあ、と指を動かしてくすぐってみたり繋ぎ方を変えたり、誰にも見えない「ポケットの中」という小さな世界で2人だけのやりとりを重ねる。
 恋人らしいことを特別な日にできる幸せを私はひたすらに噛み締めて、今日という日が終わらなければ良いのにとすら思う。

「食いたいもんとか、飲みたいもんとかないのか」

 戯れることにひとしきり満足して指を絡ませる握り方で落ち着けば、飛雄は周りを見渡して言う。
 チョコレート、ホットワイン、ワッフル、オーナメント、おもちゃ、ぬいぐるみ、ランプ。たくさんのものが並んで、中央では路上演奏者の奏でる音色が高らかに響いている。

「飛雄は? 誕生日なんだし今日は私が飛雄のために何でも買うし何でもするよ」
「わざわざ来てくれたんだから俺が何でもする」

 私の申し出はあっさりと折られた。

「えー、なんかさせてよ。なんかしたいよ。そもそもプレゼントはこっちで飛雄の欲しいものを確認して買うつもりだったんだし」
「俺は別に……」
「そういうのいらない?」
 
 首を傾げながらそう聞けば、飛雄はまだ濁すように小さな声で言う。

「……そうじゃねえ。ただ、もう、なんつーか、名前が来てくれたことが、プレゼントになってる」

 飛雄が日本にくるのは代表に選ばれた時だけだし、恋人らしいことなんて普段全然できないし、会いに行くにもお金と時間はかかるし、友達の惚気は羨ましいけど、飛雄の一言で私は世界で1番幸せになれる。そんなことはくだらない悩みだと一蹴できる。

「もっと欲張ってよ。……バレーしてるときみたいにさ」

 あーあ。日本とイタリアが車で1時間くらいの距離だったらいいのに。そんな馬鹿げたことを平然と考えてしまうくらい、私は飛雄が好きで好きで仕方なかった。
 難題を解いている時のような顔をした飛雄は「じゃあ……」と絞り出すように答えを出した。

「後で部屋戻ったら」
「うん」
「キスを、する」

 笑ってしまいそうになるのを必死にこらえた。だってそんなの宣言することじゃないし、欲張りじゃないし、なんなら出かける前もしたのに。
 なのにそう言ってしまうあたり飛雄らしいというか、私の好きな飛雄で、好きがまた弾けて寒さが遠ざかる。

「うん!」

 12月22日。大多数の人にとってはクリスマス前の平凡なとある1日かもしれないけれど、私にとってはクリスマスよりも重要で、特別で、とにかく大切な日。産まれてきてくれて、出会ってくれて、私を好きでいてくれてありがとう。異国の地で私は今日も好きを募らせる。

(20.12.18)

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