01


 どちらかと言えば人見知りするタイプではないと思う。初めて会った人にもわりと気軽に声をかけられるし、人前に出てもそれほど緊張はしないし。
 だけどまあ偶然とは言え、クラスメイトがいきなりバイト先にやって来たらさすがにどう反応するのが正解なのかは悩んでしまう。しかもやってきた相手が孤爪くんだったから余計だ。

「⋯⋯孤爪くん、だよね?」

 それでも一応クラスメイトだったしお互いに顔を知っているわけだし挨拶しないのもどうかなと思って迷った挙げ句、確認するように孤爪くんの名前を呼んだ。あ、これは不正解だったかも。孤爪くんは私がいきなり話しかけた事に驚いたのか、俯いていた顔を上げ猫みたいな丸い瞳で私を見た。

「えっと⋯⋯名字さん」
「うん! 良かった。覚えてもらってた」
「なんで、こんなところに」

 孤爪くんの言う「こんなところ」というのはコンビニエンスストアだ。どうしてについて答えるとここは私の叔父さんが店長を務めるお店で、私は春休みの間だけお小遣いを稼ぐためにバイトとして雇ってもらっているからである。そのことを手短に話す。

「⋯⋯へえ、そうなんだ」

 孤爪くんは自分で聞いてきたのにも関わらず、興味がないような返事をした。確かに前々から会話が弾むようなタイプはないなと思ってはいたけたど、こんな風に会話のキャッチボールがうまくいかないとまでは思っていなかった。1度投げたボールはもう返ってこない。

「あ⋯⋯えっと、じゃあ、ありがとうございました」

 正直に言えば気まずいけれど私は店員で孤爪くんはお客さんだし。と、今私に出来る最大限の接客スマイルを向ければ、無情にも孤爪くんは無表情のまま何も言わずにコンビニを去っていってしまったのである。
 あれ、私一応クラスメイトだったんだけどな⋯⋯。そんなに話したことなかったけど随分とあっさりだな⋯⋯。
 自動ドアの向こうに消えていく孤爪くんの背中を見送りながらもの悲しい感情を覚える。いいけど。別に。仕方ないし。仕事だし。それでもやっぱり、もう少し楽しく話せたら良かったのになと思いながら、私は次のお客様に笑顔を向けた。私のバイトはまだまだ終わらないのだ。


△  ▼  △


 そんな私のアルバイトだったけれど春休みが終わる3日前の今日、無事に最終日を迎えられることが出来た。
 土日を挟んでまた学校が始まっちゃうのかあ。勉強頑張らないといけないのかあ。クラス替えもあるし、なんかちょっと緊張してきちゃうな。気の緩む最終日、そんなことを考えながら最後の仕事をしていると、孤爪くんが来店したのである。

(孤爪くん、この前ぶり!)

 心の中では元気に話しかけたけれど、孤爪くんの前では冷静に振る舞った。2回目ともなると驚きは減るけれど、逆に知った人に働いてる姿を見られているということに緊張を覚えた。
 孤爪くんは私に気付いているだろうか。選んだ商品をカウンターの前に置いた孤爪くんは私の「いらっしゃいませ」の声に、前回と同じ反応を示した。
 あれ。またお前か、みたいな顔してない?

「⋯⋯どうも」
「私、今日で最後だから安心していいよ」
「何が?」

 ピッピッと商品をスキャンしながらそう言った。クラスメイトと会うの嫌だよね。自分が何買ったか知られるの嫌だよね。今ガム買ったけど本当はエクレア食べたいとかかもしれないもんね。そう思ったので、孤爪くんに改めてコンビニのバイトは今日が最終日だと言うことを告げる。 

「実は今日でバイト最後なんだ」
「そう」
「そういう反応かなとは思った」
「まあ⋯⋯おつかれさま」
「えっ」

 それだけ言った孤爪くんは袋詰めされた商品をすっと手に取り足早にコンビニを去ってった。あの孤爪くんが。あの、孤爪くんが私におつかれさまって言ってくれた。ただそれだけのことに私は途端に嬉しくなる。
 次のお客さんに笑顔を向けたけど、にやけてしまわないようにするのが精一杯だ。そんな私のアルバイト最終日はあと数分で終わろうとしている。

△  ▼  △


 予想はしていたけれど残りの春休みは特にこれと言ったこともしないまま、あっという間に終わってしまった。財布は無事に潤ったから良いんだけど。
 迎えた登校日初日、玄関に貼り出されたクラス表を確認する。

「⋯⋯あ、3組」

 1組から順に確認して私の名前が2年3組のところに記載されているのを見つけた。他に知ってる人いるかなと並ぶ名前を見ると、中学の時に仲の良かった子の他に孤爪くんの名前があった。
 足取りは軽やかに教室に向かう。黒板に貼られている座席表を確認して、廊下側後ろから2番目そこに腰を下ろした。まだ隣の席の子は来ていなくて、話しやすい子だったらいいなあと願う私の横に来たのはここ最近私と関わりのあった孤爪くんだった。

「⋯⋯孤爪くんだ」

 どうやら今年は孤爪くんと縁があるらしい。

(15.09.18)