結婚式


 バージンロードを歩く名前を見つめる。一歩一歩を確かめるようにゆっくりとこちらに向かってくるその姿を見ていると、つい手を伸ばしたくなった。

(きれい)

 さっきもそう思ったはずなのに、同じことを何度も思う。照れくさそうにこっちを見ながらはにかむ名前の顔がベール越しに見える。別に式なんてなんでもいいし、どこでもいいし、好きなようにやってくれて構わないと思ってたけれど、ちゃんとこの日を迎えられて良かった。
 正直朝から今のこの瞬間に至るまででも大変だったし、これからまだ披露宴があるとか信じられないけど、名前の父親からその手を受け取って、柔らかい光が灯るような感覚を覚えた。
 誕生日でも、クリスマスでも、お正月でもない。大抵の人は流れる日々の中で忘れてしまうような特別でもなんでもない日。そんな平凡な日を特別な日にしてくれたのは名前で、その顔をそっと覗けば、緊張しているのかベールの下で唇をぐっと噛み締めていた。

(なんて、高校生の時は想像も出来なかったけど)

 賛美歌が流れる。隣で名前の歌声が聞こえて、俺はやっぱり笑ってしまいそうになった。だってこんなの、高校生の俺が聞いたら顔をしかめて「めんどくさい」ってすぐ言うだろうから。タキシードを着て名前の隣にいるって言ったら、多分クロだって驚く。

「新郎。あなたはここにいる彼女を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 この言葉を聞き、それに答える日がくるとは。

「はい、誓います」
「新婦。あなたはここにいる彼を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
 
 ちょっと震えるような名前の声。緊張してるんだろうな。わかる。俺もなんか、うまく言えないけどすごい変な感じ。
 名前の薬指に指輪をはめて、そして名前が俺の薬指に指輪をはめる。注目されるのはもう慣れたはずなのに、忘れかけていた感情を思い出す。今こうして身内や親しい友人に注目されて、感覚が昔に戻ったような気さえした。

(……クロ、泣いてる?)

 でも一瞬、視界に入ったクロが躊躇いもなく涙を流しているのを見て逆に冷静を取り戻す。隣にいる夜久くんが声をかけてるみたいだけど、誓いのキスが言い渡されて、俺はもうそれどころじゃない。
 名前のベールをあげる。これは絶対口に出すことはないし名前も俺がこんなことを思ってたなんて想像もしていないだろうけれど、俺は一生名前だけを好きで生きていくんだろうなと思った。

「研磨くん」
「なに?」
「ありがとう」

 ゲストが見守る中、名前は小声でそう言った。真っ直ぐに俺を見つめる瞳。何に対して感謝の言葉を述べたのだろうか。キスをしなくちゃいけないってわかってるのに、魔法にかけられたみたいに動かない。

「これからもよろしくね」

 その言葉が俺にかけられた魔法を解いた。「うん」その言葉と共に、唇を重ねる。人前でこんなことをするのもこれが最初で最後だと思いながら、沸く拍手に俺も名前も恥ずかしさをたくさん抱えて見つめ合うしかできなかった。


△  ▼  △


 フラワーシャワーを浴びながらチャペルから退場する最中もクロは泣いていた。わりと豪快に涙を流すクロを見て俺はちょっと引きながらも短く声をかける。

「クロ、泣きすぎ」
「泣くだろこれは。俺がふたりのことどれだけ応援したと思ってんの? 何年そばで見てきたと思ってんの?」

 このあとの友人代表スピーチ大丈夫なの。ていうか余計なことは絶対に言わないでほしいんだけど。ほら、名前だって笑っちゃってるじゃん。

「黒尾先輩が一番泣いてる」
「親より泣いてるとか信じられない」
「それくらい研磨くんが幸せになるのが嬉しいんじゃない?」

 フラワーシャワーの中に混ざるフェザー。フラワーシャワーは花の香りで周りを清め、幸せを妬む悪魔や災難からふたりを守り幸せを願い、フェザーシャワーは天使の羽で悪魔を追い払うんだっけ。ずっと前にプランナーの人が言っていた言葉を不意に思い出す。悪魔なんてゲームの中でしか見たことないけどさ。
 
「多分、俺と名前が幸せになれるのが嬉しいんじゃないかな」

 天を仰げば絵の具を掠めたような白い雲がゆっくりと空を泳いでいた。「うん」優しい声で名前が俺に微笑んだ。

(21.01.15 / 60万打企画リクエスト)