起こしに行く
10時を過ぎても起きてこない研磨くんを起こしに寝室へ向かう。出来るだけ音を立てないようにそっと歩み寄ると、まだ瞼を下ろしている研磨くんが布団の中にいた。
(まあ今日はお休みで予定もないし……)
昨日は黒尾先輩たちと鍋パーティーをして遅くまでお酒を飲んだから研磨くんも疲れているだろう。目が覚めるまで起こすのは止めようと布団をかけ直そうとした時、ふと思った。
寝顔、可愛い。
いや、前々から無防備なその感じが可愛いとは思っていたけれど改めて思う。カーテンから漏れる朝の光の元で研磨くんの寝顔を見つめて、私の手は自然とポケットに入れていたスマホに向かった。
(1枚だけだから、うん。許されるはず)
カメラアプリを起動して研磨くんに向ける。結われていない髪の毛は枕に広がって、黒と黄色の境界線を一層ぼやけさせた。
「あっ」
小さく声が出たのと、スマホからシャッター音が鳴ったのはほぼ同時だった。音が出ることをすっかり失念していた。無音のカメラアプリを起動させればよかったと盗撮よろしくそんなことを後悔すれば、眠っていた研磨くんがうっすらと重たそうに瞼を持ち上げる。
「……名前?」
「う、うん」
寝起きの掠れた声。程よく届く光が鬱陶しいと言うように腕をおでこに乗せた研磨くんはその状態のまま言葉を続けた。揺蕩うようなまどろみの時間に、私の声もついか細くなる。
「……いま、なんかした?」
「なんか、とは」
「音がした気がした」
絶妙なやましさを感じながらこっそり寝顔を写真に収めようとしたことを白状するしかない。
「盗撮じゃん」
「う……すみませんでした……」
「こっちきて」
「え?」
「こっち」
言葉ほど攻める様子もない研磨くんは、まだ眠たそうなのが伝わる声色で少しだけ布団を捲った。
本来であれば研磨くんが眠っている間に洗濯やお昼ごはんの準備をするべきなんだろうけれど、魅惑的なその場所に私は逆らえるはずもない。優しさと穏やかさと愛しさが集まるような場所。
「ここ。きて。寒いから早く」
「う、うん」
研磨くんの急かす声に、私はおもむろに布団の中にお邪魔した。
腕枕と言うには少し不安的な状態で研磨くんに抱きしめられる。研磨くんが着ているトレーナーに顔を押し付けるような形になって、届くのは研磨くんの匂い。
「……私、研磨くんの匂い好きなんだよなぁ」
「なにそれ」
頭上で小さく研磨くんが笑った気がした。広々としたベッドにわざわざくっついて眠るなんて、ダブルベッドの意味はあるんだろうかと思うけれど、これはこれでやっぱり幸せだなと思う。
「まだ眠いから、もう少しだけ寝かせて」
「良いけど私ここにいる意味ある?」
「あるよ」
「どんな意味?」
「抱きまくらって言うか、湯たんぽって言うか、そんな感じ」
言葉は萎んでいって、研磨くんが夢路に戻っていくのが分かった。
どんな夢をみるのかな。そこに私はいるかな。いなくても仕方ないけどいたらちょっと嬉しいな。そんなことを思いながら私もつられるように瞼をおろした。
お昼寝と言うには早すぎるけど、ここは安心できる場所だから気持ちが緩んでしまうのは仕方ない。
目を覚ましたのは遠くで微かに何か音がしたからだ。
研磨くんに合わせて私もしっかり眠ってしまったと慌てたけれど、眠りに落ちる前と特段変わらない体勢に安心感がやってくる。多分、それほど時間は経っていないはず。
「研磨くん、いまなんかした?」
「なんかって?」
「音がした……気がした」
「名前の寝顔を撮った」
「え! 盗撮!」
「名前もしたでしょ、俺に」
「……しました」
もたつくような優しい会話。研磨くんはどこか満足そうで一瞬流されそうになったけど、研磨くんと比べて私の寝顔は可愛くないと抗議の声をあげる。
「いいじゃん、可愛いって」
「研磨くんのほうがかわいいって!」
「名前が消すなら消す」
「消してほしいけど消したくない……」
生産性のない会話がこんなにも楽しいってどういうことだろう。布団の中で寄り添い合うってなんでこんなに幸せになれるんだろう。
「じゃあ消さない」
「えー……」
研磨くんが笑う。まあいいか。いつか写真を見返して、こんなこともあったねってきっと笑い合う日がくるだろうから。
太陽が南中にくるあたりのお昼時、私と研磨くんは布団の中で陽だまりみたいな時間を共有するのだった。
(21.01.02)