お迎えを見られちゃった話


 何気なく見ていたテレビに映ったタイ料理があまりにも美味しそうだったから、今日のお昼はタイ料理にしようと心に決めて出社した。
 無事に午前の仕事が終わり、待ちに待った昼休み。向かう先はもちろんタイ料理店。
 入社したばかりの頃はいろんなお店を開拓していたけれど、最近はお気に入りの中からその日の気分によってお店を選ぶことばかり。

「相席、いい?」
「あ、おつかれー。今日混んでるもんね。もちろんどうぞ」

 そしてそういうお店はたいてい社内でも人気だったりするから、こんな風に店内で黒尾とばったり合う、という偶然もよくあることだった。

「昨日テレビでタイ料理の特集やってんの見たら食いたくなって」
「思考が私と丸かぶりなんだけど」
「名字も見た?」
「見たよ。完全にタイ料理の口になった」
「だよな」

 普段よりも混んでいるし、私達と同じ考えの人が他にもいるのだろう。しっかりとテレビ局の策略にはまってしまった……なんてくだらない事を考えながらさくっと注文を済ませる。

「そういや先週、男の車乗って帰ってたよな」
「先週?」

 料理を待つ最中、ネクタイを緩めながら黒尾が言う。
 その言葉に最初はピンとこなかったけれど、そう言えば先週は従兄弟が迎えに来てくれた日があったんだったと思い出した。

「え、見てたの?」
「見えたの」

 親戚一同の集まりがあるからと残業を許されず、必死に定時で仕事を終えるように調整した日だ。

「あれは――」

 従兄弟、と口にしようとして止める。
 ここで素直に答えを言っても良いのか。いや、良くない。

「もしかして気になってたの?」

 せっかくのチャンスを逃す訳にはいかないとニヤニヤしながら言うと、それを上回る笑みで黒尾が言う。

「気にしてほしい?」
「うわ、素直に気になるって言えばいいのに」

 ちょっとくらい調子崩してくれてもいいのに。まあ気になるって言われたら言われたで困るのは私なんだろうけど。
 揶揄う気持ちも削がれて、さくっと答えを口にする。

「従兄弟」
「いとこ?」
「あの日、親戚でご飯行くことになってて。私が残業で遅刻しないようにほぼ監視役として迎えに来てくれたの」
「ふーん」

 反応が薄い。薄すぎる。確かにこれ以上広げるような話ではないけれど黒尾から誰って聞いてきたんだからもうちょっとなんかあってもいいんじゃないの。

「そこまで反応薄いと逆につまんないんだけど」
「彼氏じゃなくて良かったなって思ってますよ」
「え」

 いやそんな素直に言われたら本当に反応に困ると視線が泳ぐ。
 私と黒尾の間に流れた一瞬の沈黙を埋めるようにテーブルにガパオライスが置かれ、再び沈黙がくる前にとカトラリーを手に取った。

「なあ。タイ行ったことある?」
「や、ない、けど」

 それまでの流れを完全に無視した話題。戸惑いながらも新しい話題を切り出してくれた事に安堵して答える。

「タイだとマンゴーともち米一緒に食うらしいぜ」
「え、うそでしょ!?」
「しかもデザートとして」
「う、うそでしょ……」

 頭の中でマンゴーの味ともち米の味を組み合そうとしてみるけれど上手くいかない。信じられない……と世界の広さに慄く私を、黒尾はどこか満足そうに見ていた。

「まあ実際さ」

 タッパイを食べながら、黒尾が改まるように言う。

「名字が知らない男の車に乗り込んだ時は一瞬驚いたし、マジかよ嘘だろ聞いてねぇぞ、くらいは思ったわけですよ」

 私の反応を試すでもなく、揶揄うでもなく、本心から言っている言葉が鼓膜を揺らす。
 ナンプラーの香りが漂う騒がしい店内で、私の意識は黒尾の声とガパオライスの味に注がれていた。
 このままスルーする事も出来たはずなのに、再びこの話題をあげるということは黒尾にとって「私に彼氏がいるかどうか」は意外と重要な事案だったりするんだろうか。

「名字に彼氏がいたら気軽に2人で飲みにも行けなくなるしな」
「それは、でも、お互い様じゃん」
「じゃあしばらくは彼女作らないでおくか」

 作らない、なんて言うけど黒尾は社畜だし結局彼女はできない気がする。とは言わなかった。さすがに言えなかった。
 それでもいつかはお互いの結婚式に出席したり、子供の写真を見せあったりする日がやってくるのかな。
 今はまだ想像出来ないけど。

「だからって3年後くらいに私のせいで彼女出来なかったとか責めないでね」
「待って俺少なくとも3年は彼女出来ないだろうって思われてんの?」
「黒尾社畜じゃん」
「いやいや俺意外と器用よ?」
「でも私、黒尾と飲みに行く事で気分転換してるとこあるからしばらく独り身で居てくれると助かる」
「それは同意」

 顔を見合せて、結局笑い合う。
 一生独り身希望じゃないけど、まあ当面こんな感じでやっていってもいいかな、なんて思う私はちょっと単純だろうか。

(24.4.21)
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