12

『今日、試合観に来てくれてありがとうございました』

 試合が終わったその日の夜、飛雄くんから連絡が届いた。チケットを用意してもらった手前、本来であれば私の方から連絡するのが礼儀であるはずなのに先を越されてしまったことに少し焦る。
 だけど試合の興奮が冷めやらぬままに連絡をとろうものなら何を口走ってしまうのか自分でもわからないと、なかなか行動に移せなかったのだ。言い訳を心の中で繰り出しながら、文字をまじまじと見つめる。

 ――こちらこそ、ありが

 そこまで打って手を止めた。脳裏に浮かぶ今日の試合。会場の空気感。割れんばかりの歓声。手に汗握る試合展開。やっぱり、この気持ちをちゃんと声で伝えたい。

『いま、電話出来ますか?』

 そう思ったときには、そんな文章を飛雄くんへ送っていた。


▲▼


「す、すいません急に電話なんて……」
「もう部屋に戻ってきてるんで平気です」

 飛雄くんの声を聞き漏らさないようにとスマホを耳に押し当てる。

「今日、こちらこそありがとうございました。チケット用意してくれて」
「時々関係者用のチケットもらえるんすけど、いつも余るんで」
「そうなんですか?」
「知り合いはバレー関係者しかいないっすから」

 なるほど、と納得する。
 あまり長く話すことになっても迷惑だろうから、私は伝えたい事を早速口にした。

「あの、それで電話で話したかったのは今日の試合のことなんです」
「あ、はい。聞きます」

 至極落ち着いた飛雄くんの声。私は一度深呼吸をしてから口を開いた。

「私、今回初めてプロのスポーツを観戦したんですけど、すっごく、それはもうものすごく感動しました。感動って言うか、尊敬って言うか、テレビで見るよりも迫力が凄くて、どうして今までこの感覚を知らなかったんだろうって後悔するくらい」
「後悔、すか」
「もっと早くこの興奮に出会いたかったって思いました。もちろん飛雄くんのいるチームを応援しているんですけど相手のチームもとにかくかっこいいし上手いし。ファイナルセットの最初の飛雄くんのサービスエース凄かったですよね。あのサーブ、目の前に飛んで来たらどんな感じなんだろうって思ったんですけど実際に飛んで来たら絶対怖いだろうなって」
「多分すけど、名前さんの腕だったら折れるかもしれないです」
「あはは。ですね。折れるかもしれません。あと、ルールももっと詳しく知りたいなって思いました。すみません、まとまりのない感想で。でもハラハラしたり、ドキドキしたりこれは絶対に文章じゃ伝えられないって思ったから声で伝えたくて。バレー、とっても面白いです! 好きです!」

 私なりに手短に伝えたはずだった。
 ただ、全てを吐き出して改めると、一方的にたくさんの言葉を浴びせてしまったような気がする。と言うか結局、興奮が冷めないまま思ったことをそのまま口走ってしまった。冷静になり、羞恥心から逃れるように小さく咳ばらいをする。

「い、以上です」

 今更とはわかっているけれど、年上らしさを前面に出すように意識して締めくくろうとした。スマホの向こうで飛雄くんは呆気に取られているだろうか。訝し気にしているだろうか。それとも、引いているだろうか。

「あの」

 だけど、飛雄くんの声色はとても穏やかだった。……ように、思う。はい、と短く返事をして言葉の続きを待つ。

「また連絡するって言ったのに全然しなくてすいませんっした」
「え?」

 その穏やかな声のまま、だけど強い意志を携えて、飛雄くんはそう言った。どうして今、そんなことを言ったのだろう。今の今まで忘れていた事を、その言葉で思い出す。そうだ、一緒にご飯を食べた日、確かに飛雄くんはまた連絡をすると言っていた。少し疑問形ではあったけれど。
 だけど私が飛雄くんに連絡するよりも先に美羽さんがローマにやってくることを知ったし、それをきっかけに3人でご飯へ行ったり試合を観に行けたりしたのだから、結果的にはなんの問題もなかった。そもそも飛雄くんが謝ることなんてない。

「気にしないでください。私も連絡したいなと思って出来てなかったんで」
「また試合観に来てください」
「はい、ぜひ」
「今度、ルールも教えます」

 自然に上がる口角。今度。その言葉を頭の中で繰り返す。そう、私達には「また今度」がある。

「ありがとうございます」
「それと」

 飛雄くんが小さく呼吸をしたのが分かった。

「それと?」
「バレーを好きになってもらえて、俺も嬉しいです」

 息を呑む。心に灯った感覚は、とても奇妙でくすぐったい。そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。だけど、嬉しい。好きが増えていく感覚も。楽しいを共有出来る時間も。
 おやすみと言い合って電話を切る。名残惜しさと共に夜は更けゆくのだった。

(22.06.04)