じゅうに!

 それから数日が経っても、結局、白布くんとの距離を超特急で縮める案なんて思い浮かばず、とうとう明日から夏休みが始まることとなった。大多数の学生がこの日を待ちに待ったのかもしれないけれど、私にとっては喜ばしいと言えない現実。
 このままずるずる秋になって冬になって牛島先輩が卒業したら困るんだけど。

「明日から夏休みなんて辛すぎる……」

 最後のホームルームを終え、いの一番に帰る気にもなれず机にうつ伏せた。

「意外だな」
「意外?」
「名字みたいな奴は長期休みを楽しみにしてるもんだと思ってた」

 今日も今日とて部活に向かおうとする白布くんを見つめながら口を開く。
 去年まではそうだったけど、恋する乙女になった今は違う。いいよなぁ白布くんは。これから牛島先輩と会えるんだもん。私も入部できるものなら男子バレー部に入部したいよ。

「……だって渡り廊下で牛島先輩とすれ違うイベントも発生しないんだよ? 落し物拾って手と手が触れ合うイベントも足を挫いた私を牛島先輩がお姫様抱っこで保健室まで運んでくれるイベントもないんだよ!?」
「安心しろ。そんなイベントは夏休みじゃなくても発生しねえ」
「そんなのわかんないじゃん!」

 て言うか当初の計画では今頃、牛島先輩と夏祭りに行く約束とか海行く約束とか取り付けてる予定だったんですけど。夏のイベント大満喫の予定だったんですけど。

「それにこの席も今日で終わりだし」

 まあでも今日に限って言えばそれだけじゃないと、独り言のごとく呟く。

「ていうか白布くんとも会えなくなっちゃうし」

 白布くんと会えないって事は仲良くなる機会が減るってことで、仲良くなる機会が減るってことは牛島先輩の連絡先がまた遠ざかるということで。
 この席、結構気に入っていたんだけどな。残念、と白布くんを見上げても双眸はこちらを向いていなかった。

「白布くん聞いてる?」

 白布くんは何も言わない。

「白布くんもしかして照れてる?」
「うるせぇ。その口縫い付けんぞ」
「こ、怖……」

 話を切り上げるように白布くんがそのまま鞄を肩にかけて教室を出ようとするから慌てて後をついてゆく。

「ついてくんな」
「玄関こっちなんですけど!?」
「非常口使え」
「全然非常事態じゃないのに……」

 ええ、なんか急に不機嫌だ……と、いつも以上の塩対応を受けて白布くんの地雷を踏んでしまったかなと焦る。
 そもそも白布くんの地雷ってなんだろう。むしろ全部が地雷に思えてきた。でもここは雰囲気を変える為にも、と明るい話題を選んでみる。

「白布くんってさ、好きな子いないの?」
「は?」
「や、ほら、ハッピーになる話題を、と……」
「お前、そんな話題でハッピーになんのかよ」
「概ね。え、楽しくない? 恋バナ」
「修学旅行の夜じゃねぇんだぞ」
「まあまあ。修学旅行の夜だと思って話してよ」

 地雷とは真逆の話題だと思ったのに白布くんは深いため息を吐くだけだった。

「白布くん、彼女ほしくないの?」
「いらねぇ」

 長い廊下をゆっくり肩を並べて歩きながら、もう一度質問をぶつけてみるとぶっきらぼうにも答えが返ってくる。答えてくれるのはちょっと意外だと内心驚きながら質問を重ねた。

「じゃあ告白されたことは?」
「人並み程度」

 そっか。白布くん、告白されたりするんだ。まあ私には関係ないけど。

「確かに白布くんって口を開かなかったらイケメンだもんね」
「それ褒め言葉になってねぇからな」
「あはは。ごめん。でも確かに白布くんに彼女って想像できな――」

 いや待って。関係あるじゃん?  だって白布くんに彼女が出来ちゃったら気軽に話しかけられないじゃん?

「おい」

 白布くんに彼女。
 白布くんの彼女。
 白布くんと彼女。
 いらないなんて言っても人の心はわからないんだから、これからどうなるかもわからなくない?

「おい、足元見ろ」

 その言葉と同時に腕を強く引かれてハッとする。
 危ない。いつの間にか階段まで来ていた。白布くんがいなかったら普通に転びおちるところだった。

「ご、ごめん。ありがとう」
「注意力散漫。早死するぞ」
「やだ、私130歳まで生きるって決めてるのに」
「どんだけ生きるつもりだよ」

 耐えきれなくなったかのように白布くんが笑う。
 相手が彼女だったらもっと屈託のない笑みをみせるのかな。もっと優しい言葉をかけるのかな。
 本当のタイムリミットは白布くんに彼女ができる日だったりするのかな。

「あのさ。白布くん」

 先に階段を降りようとする白布くんを呼び止める。

「今度はなんだよ。もう変な質問には答えねぇぞ」
「夏休みも会えるかな?」

 白布くんはこちらを向かない。それでいいし、今はそのほうが良かった。

「気が向いたらな」

 その答えだけで十分だった。

(24.07.27)