じゅういち!

 テストも無事に終わり平穏な日常がしばらく続くと、授業の始まりと同時に答案返却がされるようになった。ここまで赤点はゼロ。想定より点数が高かった教科もあれば手応えほど点数が高くなかった教科もある。
 だけど次の教科さえパス出来ればあとはもう自信のある教科ばかり。教室に入ってきた先生の腕の中には返却予定のテストの答案用紙。授業開始早々クラスメイトの名前が呼ばれる中、今の私に出来ることは悪足掻きを越えて神頼みだけだ。
 
「赤点回避してますように……赤点回避してますように……」
「呪文みたいに小声で唱えるのやめろ。普通に怖い」

 白布くんはコバエを見つめるような目つきで言う。

「だってこれが一番不安な教科なんだもん〜。でもこれだけ回避出来ればあとはオールクリアだから祈るしかなくて……」
「どれだけ祈ったってもう結果は出てるんだから変わんねぇだろ」
「人事を尽くして天命を待つって言うじゃん?」
「人事を尽くしてから言え」
「み、身も蓋もない……」

 そうだけど。そうなんだけど、そうじゃなくて。でも白布くんは神頼みとかしなさそうだな。人事尽くしきってそうだもんな。
 そんな事を思っていると、とうとう名前を呼ばれた。ピンと伸びる背筋。はやる心臓。毎度の事ながら答案用紙を受け取るを瞬間は緊張する。
 赤点回避してますように。結局そんなことを頭の中で唱えながら答案用紙を受け取る。戻って着席し、ドキドキしながら点数を薄目で見ると、平均点は下回っていたものの赤点は余裕で回避した数字が記されていた。

「よし、勝った……!」
「何と勝負してんだよ」
「…………自分自身?」

 安心感からか口元が緩んでしまう。
 今は白布くんからどんな意地悪を言われても笑顔で受け流すことが出来そうだ。

「良かったな」

 そう思っていたのに、私の様子からとりあえず赤点回避出来たことを悟っただろう白布くんが意外にもそんな優しい声をかけてくれる。

「へへ、ありがと。白布くんがそんな優しい言葉かけてくれるなんてますます嬉しい」
「まあ気持ち悪い顔してるけどな」
「優しくなかった!」

 ぬか喜びだった! とわざとらしく嘆いてみても、白布くんは意地悪な表情で笑うだけだ。まあ今の私は1番不安な教科を見事にパスして気分が良いから落ち込む隙なんてないんだけどね。

「白布くんは? 何点だった?」
「名字より上に決まってんだろ」
「でしょうね!」

 ほら、と白布くんが自分の答案用紙を見せてくれる。いつもより平均点が低かったって話なのに、ほぼ全ての回答に丸がついている答案用紙を見て私はただただ驚愕するだけだ。

「す、凄い」
「普通だろ」
「白布くんの普通とは……」

 十分自慢できる点数でも驕る様子はない。元々要領が良かったり基礎がしっかりしているという事もあるんだろうけど、多分私が思っているよりもちゃんと勉強しているんだろうな。あれこれと忙しい中で自分のやるべき事をしっかりやっているんだろうな。

「なんだよ。言いたいことあるなら言え」
「や、本当に凄いなって」

 まじまじと白布くんを見つめる。
 こんな凄い人にマックで勉強教えてほしいとか図々しいお願いだったんじゃ……? 白布くんから勉強教えてもらうにはスタバのフラペチーノだけじゃなくてスコーンも奢らないといけないのでは……?

「ハッ……チーズケーキもつけたほうがいい?」
「は?」
「どうやったら白布くんに勉強教えてもらえるかなって」
「名字の話は脈絡が無さすぎるんだよ」

 ほんの少し上がった口角に、あ、なんかいいなって思う。なんか、白布くんが微かでも笑ってくれると嬉しいんだよなあって。
 中間テストが無事に終わった今、あと1ヶ月もしないうちに夏休みがやってくる。休み明けには席替えだってあるだろうし、こんな風に並んで授業を受けるのもあと数える程度。
 それはちょっと名残惜しいねって言ったら白布くんはまた脈絡がないって言うだろうか。それともようやく離れられて清々するって言われちゃうかな。

「授業始まったんだからいつまでもこっち見んな。点数ギリギリだったんだからちゃんと先生の話聞け」
「うっ……はい……」

 答案用紙が全員に返却されると特に難しかった設問の解説が始まる。話を聞いてようやく理解出来る問題を白布くんは自力で解いたんだなぁと感心しながら、ふと気付く。
 夏休み云々じゃない。私の目標は夏休みまでに牛島先輩の連絡先教えてもらう事だった。白布くんに絆されてる場合じゃなかった、と。
 あの頃より多少は仲良くなれた気がする。でも今のままだと夏休み前に教えてもらうことは不可能に近い。だけどまだチャンスはある。
 授業を話半分で聞きながら今から超特急で白布くんの友達の座を射止める方法を考えはじめるのだった。

(24.07.26)