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 バレーの試合は面白かったし、凄かった。
 試合が終わり、興奮は冷め止まぬままそんな単純な感想が頭を占める。

「飛雄とは会えないと思うし、今日はこのまま帰ろっか」
「はい」
「圧勝だったね」
「あっという間でした」

 時刻は夕方。正直、終わるころには夜になっているかもなと思っていたから想定よりも早く試合の勝敗がついたことに驚く。ストレート勝ちは見ていて気持ち良かったけれど、まだ戦っているところを観たいと思う自分もいた。
 人の流れが落ち着いた頃合を見計らって美羽さんと試合会場を後にする。

「どうだった? 初観戦は」
「すっごく楽しかったです! どうして今まで観戦しなかったんだろうって思うくらい。次は一人で観戦しようと思うのでユニフォーム買っていいですか? あ、でもバレー初心者なのに一人でユニフォーム着て観戦なんてハードル高いかなぁ……」
「そんなことないと思うよ」
「じゃあ帰る前にグッズ売り場付き合ってもらっていいですか」
「もちろん。誘った手前、楽しんでもらえて良かったって思うし。あ、あとさっきの飛雄に伝えてあげなよ。きっと喜ぶと思うから」

 鉄は熱いうちに打てと言うし、今ユニフォームを買わないでいつ買うんだと私は悩むことなく飛雄くんのレプリカユニフォームを購入した。
 この後、明日の仕事の準備をしなければいけないと言う美羽さんとはテルミニ駅で別れ、私はそのまま部屋に戻ることにした。道すがら、飛雄くんにはチケットを用意してくれたお礼も言いたいし夜になったらメッセージを送ろうと決意する。

『試合、観に来てくれてありがとうございました』

 だけどその夜、私が飛雄くんへメッセージを送るよりも先に飛雄くんからそんな言葉が届いた。

「先を越されてしまった……」

 せめて返信だけは間を開けないようにとすぐに文字を打つ。

『こちらこそ、ありが』

 でも、ふいにそこで手を止めた。
 脳裏に浮かぶ今日の試合。会場の空気感、割れんばかりの歓声、手に汗握る試合展開。
 やっぱりこの気持ちはちゃんと自分の声で伝えたい。

『いま、電話出来ますか?』

 そう思ったときには、そんな文章を飛雄くんへ送っていた。


▲▼


「すいません、いきなり電話したいなんて」
「平気です」
「改めて今日はチケット用意してくれてありがとうございました」
「いえ。こちらこそ来てくれてありがとうございました」
「試合、とっても楽しかったです。ハラハラしたりドキドキしたり悔しくなったり嬉しくなったり始終感情が忙しかったんですけど、とにかく面白くて楽しかったです。あと、ポップコーンの匂いも! お昼ご飯ちゃんと食べてから行ったのに香りでちょっとお腹空いちゃいました」

 本当はもっと伝えたい事がある。聞いてみたい事も。でも一度せきを切ってしまうと止めどなく流れ出してしまうような気がしたから出来るだけ手短に済ませようと意識する。

「私、バレー好きです。まだちゃんとルールはわかってないけど、また観に行きます。ユニフォームも買ったので」
「ユニフォーム買ったんすか?」
「えっと……飛雄くんのユニフォーム買いました」

 本人を前にして言うか迷ったけれどいつかは知られることかもしれないし、この状況で飛雄くん以外のユニフォームを買うという選択肢がないことは明白だから正直に伝える。
 少しの沈黙の後、電話の向こうで飛雄くんが小さく呼吸をしたのが分かった。

「……あの」
「はい」
「ありがとうございます。名前さんにバレーを好きになってもらえて、俺も嬉しいです」

 口元が緩む。やっぱり電話で良かった。こんな締まりのない顔を見せるわけにはいかないから。

「今度ルール教えます」
「いいんですか? ありがとうございます」
「あと、サイド席だけじゃなくてエンド席から見る試合も面白いです」
「エンド席だと自分がボール受けてる気分を味わえそうです」
「そっすね。それが面白いんでぜひ」
「今日も観戦しながらあのボールが目の前に飛んで来たらどんな感じなんだろうって考えてたんですけど、私なら怖くて逃げちゃうなと思いました」
「多分、名前さんの腕だったら普通に怪我します」
「あはは。ですよね」

 とても奇妙でくすぐったい感覚が心に宿る。自分の好きなものが増えていく事。それを共有できる相手がいる事。このままずっと話しを続ける事が出来たら良いのだろうけど、そんなわけにもいかないから電話の終着点に向かってあと少しだけ会話を続けるのだった。

(22.06.04)