01
 
ある所に一人の少女がいた。
太陽の光に照らされてキラキラと輝く金色の髪。純度の高い海を思わせる涼しげな青い瞳。
少女の名はエリザ。


大国・フィリップ王国の王女だ。


「母様、母様」


少女は繋いでいた手の先にいる人物を見上げた。
その人物とはこの国の王妃であり、エリザの母親でもある女性だ。


母親は柔らかな表情でエリザを見つめた。


「エリザはいらない子?気味の悪い子?」


一寸の曇りもない宝石色の瞳が母を見つめる。


「いらない子でも気味の悪い子でもないわ 貴方は私の愛しい子よ」


「本当?父様より?エミリアより?」

「……ええ本当よ」

この国の王妃であるエリザの母親は、彼女の目線までしゃがむとその小さな頭を撫でた。


生まれながらに非科学的な力を持って生まれたが故に宮内で"気味の悪い異端王女"と呼ばれ周囲から蔑まれている少女は母の手の温もりを感じてふにゃりと微笑む。


周りからどんな酷い言葉を浴びせられたとしても、どんな酷い扱いを受けたとしても、母がいる。少女にとってはそれが全てだった。後のことは全てどうだって良かった。


目に映れば暴言を吐きながら容赦なしに暴力を振るってくる姉やそれを見て見ぬふりをする侍女。姉に負わされた傷の手当てすらしない宮廷医。気味の悪いモノを見るような目つきの父親。


ただ母がいれば、それだけでエリザは救われた。



だがある日、それはエリザがちょうど12歳になった日の夜に起こった。


いつもの様に就寝しようとしていた矢先、母から散歩に誘われたのだ。エリザは二つ返事で頷いた。こんな夜遅くに散歩など初めてで嬉しかったのだ。


しかし連れてこられたのはとても散歩に使われる様な道ではなく、岩肌と岩肌に挟まれた、底の見えない崖の上だった。
一言も口を開かない母になんとも言えない不安が募る。


「は、はさま…?」

「本っ当最後まで気味の悪い子ね あなたみたいな化け物が私を"母様"だなんて呼ばないでちょうだい」


優しい母の見たことのない表情、聞いたことのない声色。剥き出しにされた嫌悪感にエリザの頭は真っ白になった。


「は、母様!エリザ、何か悪い事した?もししてたらごめんなさいする、もう悪い事しない。だから――」


不安げな、今にも泣き出しそうな表情で母に手を伸ばすエリザの手をパシッと払い、少女の"優しかった"母はトンッと彼女の肩付近を後ろに押した。

その反動で少女の体が後ろに傾く。その後ろはどこまでも深く底の見えない岩肌に囲まれた谷底で――


「もういいのよ どうせあんた、今から死ぬんだから」


少女の青い瞳が大きく見開かれた。ひゅるる、という音と共にエリザの小さな体はどんどん真っ暗な谷底に吸い込まれて行く。


「そんな驚いた顔しないで?その気味の悪い力で暴れられちゃ困るから最後の最後まで黙って可愛がってるフリをしてあげただけよ」


信じられなかった。いや、信じたくなかった。
信じていた母がこんなセリフで、こんな仕打ちをしてくる事なんて。


「最後に教えてあげるわ。私の大事な娘はエミリアただ一人よ 間違ってもあんたみたいな化け物じゃないわ」


そんな母の言葉が、最後にこの世界で聞いた言葉だった。

最初から全部嘘だった。誰からも愛されてなんかいなかった。こんな力さえなければ姉のように父や母からも愛されていたのだろうか?
今頃は、童話で見た幸せなお姫様として暮らしていたのだろうか?


両の目から溢れる涙で視界がぼやける。国に、家族に蔑まれた王女は、そうして谷底に落下する中で意識を失った。

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