15話 一つの区切り
感動的な別離で身を切るように去った場所に数日で戻るのはどうにも居たたまれないが背に腹は代えられない。存分に文明の利器を使わせてもらおうとエンナカムイを出て数日後に塔を訪れ転送機がある部屋に直行すると、何やら周りが気になるようで視線をあちこちにウコンがやっている。
「何をしても様になって格好いいわ〜」
淡々呟けば私に気づいたウコンが苦笑した。
「惚れた欲目でそう見えるだけであろう。だが褒められて悪い気はしない。其方の学は相当だな。某にはちっともわからぬ」
学ばずに分かられてたまるか。でも学べば貴方も扱える代物だ、聖上の許可を得てからなら多少の使い方は教えられるかもと双子を見るが横に首を振られる。何でだ。文明抑制してるからか?人当たり良さそうだけどそれとこれとは別ってこと?あの人やっぱ怖い。
てか何故オシュトルが出てる。あれか人目がないしいいかって奴か。最近ちょっと雑すぎない?気を引き締めようぜ右近衛大将様。
私の動揺など知らずオシュトル様は周りの風景を興味深げに眺めている。
「神の技術を簡単に人に教える訳にはいかぬということだろう。某も学ぼうとは思わぬ、聖上に連なる方々と其方が知っていれば良い……ふむ」
オシュトルを見ていると目が遭い、しみじみ好きだなと呟かれた。
「こちらこそ。もっともっと好きになってオシュトル」
代わりに私も貴方をずっと好きでいるからさ。
「これ以上惚れさせられても何も出ぬが」
「私は嬉しい、何考えてたの?気になるものでもあった」
「ああ、考えていた。其方のことを。其方は以前己を無知蒙昧と評したが充分英知に富んだ御仁だなと惚れ直していたのだ」
「うん事の真意は置いといて。オンヴィタイカヤンなら誰でも使えるからねコレ。私一人が特別優れてるんじゃないのよ」
「だが学士でもないものが神の御業に造詣が深いのは誇って良いと思うぞ。言いふらせば不興を買うのが残念でならぬ」
「今後も平穏な生活のために黙っといてね、お願いだから」
自分の努力でない知識を褒められるのって嬉しいけどかなり空しいんだな。今更か。
物思いに蓋をして転送機の下に集まりマスターキーに語りかける。
「転送先、ヤマト聖廟地下。行ける?」
『可能です。転送、開始しますか?』
ウコンに扮したオシュトルを見れば髪をなでつけ付け髭を取り身なりを整えていた。双子見れば無言で両隣にはべっている。数秒待ち仮面をオシュトルが付けて頷いたので、マスターキーにお願いと囁いた。準備は万端だ。鍵も手にした、妹も懐にある。妹……
『了解しました。転送開始します』
途端奔る光りの波に視界が白一色に染まった。徐々に晴れる景色の向こうに感じるのはクジュウリの底冷えする寒冷地特有のものではなく湿度がある空気だ。暖かい。
開ける視界は先ほどまでいた過去の遺物同様鉄で出来た冷たい床、若干ここの方が手入れが行き届いている。鍵に確認するまでもなく外套を脱いだ双子が聖廟地下ですと囁き場所が知れた。
「行ける?大丈夫?」
異変はないかと尋ねれば多少慣れたのか、大丈夫だとオシュトルは頷く。怪我もなさそうだ。よかった。
「某はいつでも。其方は?」
緊張を悟ってか、辛ければ某が代わりに渡そうかと尋ねられる。首を振り赴きはするがマスターキーは貴方が渡してと肌身離さず懐にしまっていた鍵を差し出すがそれは受け取ってもらえなかった。
「ナナコ殿が行かぬと言うならば受け取るが、其方の手柄を横取りするような真似はしたくない。それはナナコ殿の手でお渡しするようお願い申し上げる」
きっぱり断られては立つ瀬がなく、それなら仕方ないかともう一度懐にしまった。
「こっち」
「聖上がお待ちです。どうぞこちらに」
先導を買って出る双子に着いていくのに異論はないのか、オシュトルと見合い二人頷いて双子の後に続いた。
15話 一つの区切り
ヤマトに戻った私の心は晴れやかだった。トゥスクル戦の鍵となるマスターキーを先んじて手に入れ妹も戻った。オシュトルに素性を明かし極秘とは言え祝言を上げ名実ともに夫婦となれた。ご両親の挨拶も済み気負いは晴れたとるんるん廊下を歩くうちに気づいた。
やべえ、なんも解決してない。ほぼ私事にしか従事してないやんけ。
いやいや千里の道も一歩からと廊下を歩くけど果てがなさ過ぎて先も見えない。でも進むしかないと、私は今更の事実、これから成せねばならないことの途方もなさに項垂れながら双子の後に続いた。
冷たい居住空間を抜けて透明なエレベーターを下った先、一月前に訪れた森に到達した。やがて現れた人影は前会ったときと同じように円形のテーブルを前に静かに茶を飲んでいた。少し違うのは顔に布がなく、おそらく帝の正装を身につけている点か。
双子から連絡を受けて気が緩んだか、顔ぐらい晒して受け答えするかと絆されたか分からないが、人の良い好々爺の顔を帝は浮かべている。相変わらず食えないお人だ。傍にはホノカ大宮司が待機している。場所の特性もあるのか二人とも以前よりは穏やかな雰囲気だった。
オシュトルはここまで一言も発していない。驚きか分を弁えた振る舞いなのかは知らないがここは内裏じゃない、聖廟で許された人しか入れない庭園だ。帝が座す車椅子の前には同色の椅子があり今日は二つ用意されていた。
何か言わねばと思ううちにオシュトルが膝を着きそれに習う。しまった、双子が後ろに回ったせいで私が帝の真ん前じゃん。
「此度の遠征苦労であった。そこに座りなさい、ささやかであるがお主らを労う膳を用意してある」
「ご無礼を。恐れながら聖上を前に腰を下ろすのは余りに無礼かと」
「分を弁えた振る舞いは臣下の手本じゃが、ナナコはそうではないだろう。オシュトルはこう言うがナナコよ、其方はどうしたい?」
ここで私に話を振るっ〜!?
「ぶ、無礼を承知で申し上げます。オシュトル様は殿上人にお仕えする方、私は只人です。只人は大人しく上に習うべきかと」
膝を着き頭を垂れる。帝は、つまらんのう。だが弁えるのを責めるは酷かと言い捨て今度は只人として招待しようと物騒な言葉を吐くので私は戦々恐々だ。
「トゥスクルに懐かしい所はあったか?」
あ、今のは私に話を振ったかな?とオシュトルを見れば視線を返すのみ、代わりに頷く。
「多少は。ですがその多くが失われております。寂しさばかりが胸を打ちました」
そうかという相づちに、そういえばここにもアレはなかったなと思い返す。
「米がないのが難点です。コーヒーも嗜好品もないのが辛いです」
「ヤマトにも米はないのう。作れずすまんな。気象条件が合わぬし手間で定着せず、ついには諦めてしもうた。儂もコーヒーには随分助けられたから時折無性に恋しくなる」
やっぱないかあと嘆息し、謝られる理由もないのでいいえと返した。
「ですがここには多くのものがあります。人に文化、安らげる地に家族が」
「……家族を得たか」
「はい。縁者が許してくださるならばこの地に骨を埋めとうございます」
「許すだろう。今は少ない縁者だ、血が繋がらぬとて家族も同然、祝わぬ道理がない」
「ありがとうございます」
頭を垂れてはらはらこちらを見守っていたオシュトルが話の区切りと見て声を上げようとするのを手で制した。大方、家族は己だとかナナコ殿を娶る許しをだとか申し出るつもりだろうけど今は我慢してくれ。目的を忘れてはいけない。制したのか察してくれたのか視線が地面に戻る。よしよし。
「まずは成果を、お聞きして頂きたい」
袖から肌身離さず持っていたマスターキーを頭上に差し出す……誰も何も言わない。オシュトルや双子も何か言う素振りがないので仕方なく私が口上を述べた。
「目的の物を回収致しました。どうぞお納め下さい」
これでいいよな、これでいいって誰か言って!
祈る気持ちが通じたのか、歩けない帝に代わりホノカさんが近寄り頂戴致しますと受け取ってくれてほっとする。
数秒目視であらため異論はありませんと帝に渡し、渡された帝はふむふむと腕輪を回し見たり撫でさすり得心したのだろう、大きく頷いた。
「……うむ、確かに。そちの弁を信じよう、これは余が求めていたものに相違ない」
「ご期待に添えて何よりです」
よ、よかった〜。ほっと胸をなで降ろせば顔をあげよと呼びかけられて、我が身の教養のなさを思い知った。もうとっくに上げてました。だめだ、気取ろうとがんばってもこういう所でボロが出る。帝に呼びかけられるまで顔を上げちゃ駄目、覚えとかないと。
あ、でも使う機会って二度とないかも?え?じゃあ悲劇はどうすんの?恩打って取り立てて貰ってまずは八柱将にお目通りが叶うよう頑張る心算ご破算になった?じゃあ第二プランで、歌って踊って名をあげて、個人的に八柱将にお目にかかれるようになって外堀を埋める計画でいこう。わかってる無理ありすぎ、でもそんな計画に縋らないといけないほど事態は困窮を極めてるんだよなあ。
「ナナコよ」
「は、はいっ!」
「トゥスクルには向こうから侵略せぬ限りこちらも手は出さないと約束しよう。確かな盟約として余の名を以て書簡にしたためる。受け取られよ」
物思いに沈む思考が鶴の一声で霧散し現実に引き戻る。はいと答えれば硯(すずり)と道具、巻物を控えていたホノカさんが携えている。卓に置いた所で墨を溶き広げた紙に帝が筆を踊らせ最後に判子だろうか、大きな金印を当ててホノカさんがご見聞くださいとこちらに広げたまま渡してきた。ヤマト言葉で綴られた文面には聖上の言った通りの文字が綴られている。
間違いがあってはならないと、悪いと承知でオシュトルに確認を頼めば、聖上のお言葉に相違ない文字で認められていると太鼓判を押されて目頭が熱くなった。
まさか、目の前で叶えてくれるとは思わなかった。
数秒の沈黙の後、巻物を結び眼前に掲げて頭を下げた。
「ありがとうございます。願いを聞き届けて頂き感無量にございます」
「振りが上手くなったのう。誰に習った?」
「見よう見まねです。おかしな振る舞いをせぬよう気負ううちにいつの間にか」
だから非礼があっても縁者にお咎め向けないでよ〜との一心が通じたのか帝はそれ以上ツッコミはしなかった。
「学ぶ気概があるうちが花よ。いっそう精進せよ」
「はっ」
何とかなった?ふ〜っ、肝が冷えたわあ。とりあえずよかった。これで内乱を誘発するきっかけを一つ潰せたし。
安堵から私は自分の顔が多少傷んでいることを思い出した。何も隠してない。慌てて見苦しい姿を見せまいと巻物を袖にしまい下を向く。
「其方怪我をしておるな。任務のついでだ治療を許そう。医療ポッドの準備を、これで当面は持つであろう」
おおう、ありがてえ……この顔を見て気遣ってくれたらしいぜ。
「まだ私を労(いたわ)ってくれるのですか?」
「当たり前じゃろう。お主は数少ない同胞、労らずしてなんとする。其方には長生きして
もらわねば困る。
早く儂に可愛い姪御を見せておくれ、甥でも構わぬ。放っておけば其方はどこかで野垂れ死にそうで気になって仕方ないのじゃ」
「勿体ないお言葉」
色々と邪推しかねない言葉の数々に肯定も否定も出来ず沈黙に徹すのが最善と頭を垂れて動揺を隠すが、オシュトルは違ったようで、同じく頭を垂れたまま声を上げる。
「聖上、某はナナコ殿をっ」
「よいよい、言わずともわかっておる。ナナコは得がたい存在、大事にするなら何だろうと構わん。大いに励み好きに増えるがよかろう。むしろどんどん増やしてもらいたいのう」
顔を覆いたくなるのを拳を握ってなんとか耐えた。なんてこと言うんだこの帝。
どうぞ粗茶ですがと絶妙のタイミングでホノカさんが差し出したお茶にありがとうござ
いますと引きつった顔で受け取り膝を着いたまま頂く。一息つきたかったんだ、頂きますって緑茶じゃん!……美味しいなあ。
思考を飛ばした私を尻目に、許可なく顔を上げた非礼を詫びるオシュトルだがこの場は無礼講故とお済みを付きを頂いて自信を得たのか、妙に前のめりに帝と問答を交わし始めた。
「ご好意ありがたく、ですが聖上は如何ほどまで我らの仲をご存じか判断できかねます故どうお答えすれば良いか当惑しきっておりまする。どうか浅薄な己にも通じるよう明確に仰って戴けないでしょうか」
「左様か、ならばこう言えば良いかのう……
好きにせよ、いたぶるも良し愛でるも良し。その身を損なわない限り孕ませようが監禁しようが構わぬ。余はこの者が人でないのを知っておる。同胞の幸福を願うのは誰しも同じだろう。それとも不服と申すか」
とんでもワードの数々に一瞬思考が飛んだ
「否とお答えしたいところですがこの方は目覚めたばかりで世の道理にあまりに無知。悪い者に騙されやしないかと」
自分がまるで騙しているとでも言うような言い草に帝も苦笑いの表情だ。
「オシュトルの元で過ごせば安心よ。清廉潔白の其方なら嫌がることはせぬじゃろう。面倒ならば部下に任せても良い。子飼いとして直接側に置いても構わん。正式な妻として扱おうと余人に問われても咎めもせぬ。この者への振る舞いも貴人と対するよりは只人として扱った方が良いだろう。秘密を知るものは少ないほどよい。
あと子供のことだがな、何人産まそうと不問と処す。ただし出来れば至急余に通達せよ。教育も其方に一任するがこの者は病弱ゆえ時に母子ともに聖廟預かりになるがそこは譲歩できるな?」
「是非もありません。共にいられる幸福を叶えて戴き感無量、格別の配慮大変ありがたく」
「よい。この者も其方に連れ添うのを願うておる。身内に近しき者だ、望むよう遇するのは当然である」
なんか、凄い会話が前と後ろで流れてんだけど。吹き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
よほどおかしかったのか、帝は固まる私を見て相貌を崩しからからと笑った。
「なんじゃなんじゃ生娘のような反応をして、今更じゃろうが。不思議に思うか?死にかけの体を治療したのは誰じゃと思っとる。あれだけ執心された体を見て仲を察せぬほど儂は耄碌しとらんぞ。証拠にほれ、其方の着物出立前に揃えたモノじゃろうが、軍属でもない者が色揃いの着物を纏えるなど相応の関係でなければあつらえもせんじゃろう。お主相当執着されたな」
「そうなの?」
「聖上の前で釈明するのは少々」
人権ガン無視の会話目の前でした人が今更取り繕ってもねえ、渋面しても遅いって。
「仲良きことは美しきかな。構わんよ。後ろ盾が必要なら朝議の場で聞いてくれても良い。余とナナコは縁近き者故いずれ相応しい身分と職を与えるやもしれぬが、愛し合う二人を引き裂きはせんと誓おうとも」
爆弾ぶん投げまくった人の言うこととは思えないけど、まあお心遣い本当ありがたかった。本心からありがたいとは思っている。でも私は。
「其方、聖上とは縁遠いと言っていたがこの大嘘つきめ。肝が冷えたぞ」
袖を引かれて首を傾げる。聞こえる距離だろうに、帝はニコニコ顔でこちらを見つめるばかり。何事かとオシュトルを見れば愛しげに苦笑してこちらの袖を引っ張っていた。疑問に思い視線で問う。
「其方さえ一言言えば画策する必要もなかったという話だ。おかげで肩の荷が下りたがまた別の荷が……」
やれやれと言いたげな言葉に尋ねる。
「重い?」
「心地よい重さだ。僥倖の極みである。睦まじき夫婦になりたいものだ」
仮面越しに微笑まれ私も心からそう思った。仲の良い夫婦、成れる者なら心底なりたいと思う。でも貴方は仮面の者、短命の宿命を変えぬ限り長くは続かず、私もまた、不興を買えばすぐにでも……
「さて、ナナコを治療せねばな。オシュトルよ、しばし預かるが構わぬな?終われば邸に送り届けよう」
気を取り直すように帝に促されオシュトルは頷き立ち上がる。私は膝を着いたまま恐れながらと帝に声を掛けた。躊躇(ためら)うオシュトルをよそに、近くにと許可を得て膝立ちのまま帝の膝元ににじり寄った。
夫婦、確かになりたい。死ぬ運命にある人達を助けたい。だがそれはまだ試みる機会はある。でもこの子はおそらくこの機会を逃せば殺す機会は二度とない。私の決心が鈍る前に後顧の憂いを断っておきたかったんだ。
深々頭を下げたまま進言する。
「恐れながら、不躾を承知で聖上に折り入ってお願いがございます」
「聞こう……待て其方、ここに何を持ち込んだ」
抱えていた瓶詰めを聖上に差し出す。明るい光に晒されて大人しかった妹は途端に狂乱の声を上げ始めた。ごめん妹よ、今はまだ耐えてくれ。語ったところでわかりはしまい。共感こそすれ、同じ苦しみを目の前に晒さねばこの老獪(ろうかい)の説得は不可能と見込んだ上の暴挙だ。
「妹にございます。トゥスクル皇墓内にて留まっていたのを彼の者の許可を得て連れ出しました。匿って欲しいのではございません、とどめをさす許可を頂きたくお願い申し上げます」
柔和な帝の面持ちが途端に吊り上がり拳が握られる。
「余の宿願を知って、殺せというか」
不穏な事態になにがしかの危機を悟ったのかオシュトルが私の手を引いた。
「ナナコ殿、血迷ったと弁明されよ」
「できない」
「ナナコ殿!」
「また永の苦しみを与えろと仰るのですか。この子にもう望みはない、聖上も分かっているはずです。どれほど費やしても救えないのはよくご存じの筈でしょう」
「余が何者か知る其方が、言うか」
「はい、この子は生きています。ですが生きながら死に続けるより、せめてひと思いに終わせるのが残った兄弟の勤めかと」
何かを帝が言った。おそらく止めよとか続けるなとかそういう類いだ。私はいいえ黙りませんと告げ、声が聞こえるのだと言葉を続ける。いたい苦しい助けてお姉ちゃんと訴えるのだと。去る妹に縋ったとき、あるいはウコンが目を離した際呼びかけられる。聞き逃しそうな小さな声は原作と同じくただの幻聴なのかもしれない。でも私にはそう聞こえてしまった。知識が正しいと確信するような囁きを聞いたならもう見ない振りは出来なかった。
助けられればどんなに良かっただろう。だがどれだけの年月を捧げてもタタリは元に戻せない。ならば悪戯に時を重ねて苛むよりはせめて一瞬で終わらせてやりたい的な事を私は語った。
しかし語る途中で、突如奔った衝撃に視界がぶれる。
「黙れええいっ!」
「っ!」
激痛の後で意識が一瞬飛ぶ。地面に叩き落とされて頭を打たれたのだと気づいた。ぶたれたなんてもんじゃない痛みに手の力が抜けて取り落とした瓶が地面を転がる。
転がった先には、力みすぎて車椅子から落ちた聖上が見えて、赤黒い何かがどろりと視界を垂れた。聖上怪我を、ああ違うこれは私の。
「聖上!」
「我が君!」
助け起こそうと控えていた全員がきっと駆け寄ったんだろう。でも薄れる意識の向こうで、ホノカさんの手を聖上が振り払い何やら喚いている。
「貴様がそれを言うか!唯一の家族が、縁者が、のうのうと生きのびた貴様が訳知り顔で消せというか!あれほど探していた者を、夜も昼も!弟に縋(すが)ってでもデータを漁っていた貴様が、今更、今更っ!」
ああそうだ。薄れ行く意識の中で唐突に思い出した。
私がこうなる前に弟さんを良く尋ねていたのは何も世話になったお兄さんに頼まれたからだけじゃない。彼が凄腕のハッカーだったからだ。世界中のプログラムに精通した彼なら、プログラムを組みさえすれば人捜しなんてお手の物と何かの会話で胸を張ってから以後私は彼に付きまとった。
行方知れずの弟妹を記録だけでもいいから知りたいと縋る私を気の毒に思ってくれたんだろう。事は簡単だった。本当にそういうプログラムを組んで、でも私の遺伝子情報だけで世界中に散った家族を探すのは砂丘から一粒の砂を探すようなモノだから期待しないほうがいいと当人から説明は受けたっけ。受けて尚私はそれに縋った。貰ったデータと参照方法を教えてもらって暇さえあれば連日連夜プログラム漬け、見かねた私を手伝えと兄に言い含められたからと言い訳して弟さんが手伝ってくれて、それが重なるうちに……
「誰が彼らを救えると、我ら以外に誰が彼らを……ごほ、ごほごほっ!」
苦しいのだろう、咳く先にかすかな朱が見える。気遣わしげに聖上に視線を向ける忠臣達の中で己の鞘に手をかけるオシュトルを見た。
同衾し愛を囁いた相手でも聖上を害すなら容赦はしない、意図をくみ私は微笑む。悲しいなんて思わない、貴方はそういう人だ。それでいい、だからこそ好きになったんだ。
転がる先で妹が暴れている。竹筒がぴょこんぴょこんと跳ねているのが滑稽だ。手を伸ばす、届かない。
「聖上、マリカを、妹だけは聖上、永久の眠りをどうか……」
いよいよ黒く染まる意識の中訴えたけど何も掴めはしなかった。
気づけば私は筒状の液体に真っ裸で浮かんでいた。どこかで見た装置だなと思い返し帝と初めて会った施設だと思い出す。
そうだ妹はっ!聖上はどうなったと見回してここには私一人しかいないとようやく気づいた……失敗した、せめて信頼を勝ち得るまで妹のことは黙っておくべきだった。おそらく不興を買っただろう。もう二度と外には出して貰えないかもしれない。ああ失敗失敗失敗続きの道中だ。私だけならまだいい、良くはないが最悪なのが連座の責任をオシュトルが取らされる可能性もある点だ。帝の意に反し一族もろとも極刑される描写までしてしまって、今更罪悪感に胸を痛めたところで過ちを取り消せる筈もない。でも嘆いたところでどうにもならないのは明白だ。脱出無理、弁明当人不在。だってこのケースつついても音も鳴らないし割ろうにも叩きつけるモノないからねマッパだし。助けを呼ぼうにも人っ子一人いない、打つ手ないじゃん。
ぶんむくれた私は沙汰が下るのを待とうとふて寝を決め込んだ。決め込んだところで、おはようございますと唐突に聞こえるホノカさんの声に飛び上がった。どっからだ、何らかの機材使ってアナウンスしてるのか?さっぱりで見当が着かん。
聞こえるか知らないけど返事をすれば体調は落ち着きましたね、痣も消えて何よりですご気分は如何ですか?と尋ねられる。良くはないですよと正直に答えれば申し訳ありませんと謝られた、何でだ?
「聖上がお待ちです。先日は大変失礼した、謝罪したいと申しております。御足労おかけしますがどうか私について来て戴けないでしょうか?」
真っ裸なんですけど、と突っ込む前にぷしゅんと音がして筒が上に上がり液体が床に落ちていく。重力に従いそのままゆっくり地面に足をつけた私だけど、体中の至る所から溶液が抜ける感触は控えめに言っても気持ち悪かった。
どうぞと差し出されたタオルを受け取る。見ればいつのまに現れたのか、傍に双子が控えており私が着ていた服まで携えていた。礼を言い身拵えを整える。堪えるべきかと思ったが耐えきれず、こちらですと案内する背に妹はオシュトルはどうなったの?今は何時?と尋ねれば直に分かりますとだけ返してくれた。
大人しく双子について行き、訪れた庭園には変わらぬ聖上とホノカさんがいた。私に背を向け聖上の斜め前で膝を着くのはオシュトルだ。よかった、問答無用で切腹にはなってなかったんだ。
「先日はすまないことをした」
「いえ……」
近寄る間どう声を掛けようか迷ううちに先手を打たれそれだけ返す。椅子を勧められ今度は断らずに席に着けば、間を置かず聖上が心情を零される。
「お主の言い分もわかるのだ。じゃがのう、いくら身内とは言え実の兄弟を切り捨てるのを認めるのは、躊躇いがあってな」
「当然です、私が無理を言ったのです。聖上がお怒りになるのも無理もないこと。責は全て私にあります。このことで親しい方々を咎めるような真似は」
「せぬよ。個人的な事じゃし其方が悪いわけではない。悪いのは儂じゃ」
意図が読めない。そんなことはと零すけど首を振られてはこれ以上あらがえず沈黙に徹するほかなかった。沈黙し聖上の出方を待つ。
「生きている限り欲には逆らえぬ。次はあれ次はコレと試みてもそれだけは諦めきれなかったのじゃよ」
何を指すかは私でも察しが付いた。そりゃあ、妻と娘を目の前で化け物に返られて元に戻す方法探したけど随分経ったし諦めるわ、なんて簡単に割り切れる奴はいないでしょうよ。
「お気持ちお察し申し上げます致します。私などの共感など貴方様の慰めにもなりはしないでしょうが、家族を失うお気持ちだけは、私でも分かりますとも」
「同病相憐れむという奴か。同情で治るなら幾らでも余は多くのモノに同情しただろうよ」
「マスターキーの結果は如何でした」
話を変える方向に舵を切れば項垂れていた帝の表情が訝しむモノに変わった。
「……何の話じゃ」
「あれは奇跡の一端、遺跡調査やアマテラス制御以外にも用途はあるのでしょう?
データ収集や遺跡の完全掌握、世界中のあらゆる機材にアクセスが可能ならば、アマテラスを使った演算で未来予測も可能ではと推測致しました」
「……続けよ」
「ありがとうございます。人類の生き残りが我ら以外にいるか、あるいはタタリを元に戻す演算をアマテラスにさせたのかと。結果芳(かんば)しくなく、さてどうしようか迷っておられると思ったのです」
ふっと帝が溜息をつき口角を上げた。
「言いにくいことをお主は簡単に言ってのけるな」
「そういう性格ですから。不快ならば謝罪致しますが」
「良い、逆に小気味良いわ。そうであってこその其方よ。皆儂を崇め奉るが対等に物を言える相手などそうはおらんでのう」
例え居たとしても狂信者が秘密裏に片付けてるでしょうね、不忠だからって。お気の毒に。でもね、対等にモノを言えると帝は仰られたけど私たちって絶対対等じゃないと思うのよ。
「恐れながら申し上げます。我らはけして対等ではありません。小気味良いから見逃されているだけで不快に感じれば叩かれてしまいます、先日のように」
あれは帝も不味い一手だったのか、とたんに顔を顰めて終わった話を蒸し返すでないと厭わしげだ。だが確かにそちの言葉も頷けるが、ではどう振る舞えば良いのかと尋ね返されて、私も答える。
「確約もない相手を対等には扱えません。貴方は聖上、私は何でしょうか?」
関係性の保証が欲しいと訴えれば呼んでくれたのか、眦を緩めて答えてくれた。
「親族じゃよ。血の繋がらぬ妹じゃ、ほれもっと血縁に対するようにくだけんか。昔はお兄さんとよく声を掛けてくれたじゃろうが」
覚えてて、くれたんだ……熱くなる目頭を抑えそうでしたっけ?と素っ恍ける。首を傾げ顔を上げれば、どこか遠くを見るように聖上が視線をよこし思い出せと囃し立てる。
「ほれ言う取ったじゃろうが。お兄さん弟さんがまた文句言っただの、お兄さん弟さんが可愛い服着たのにちっとも褒めてくれないだの泣きついて、あげくに茶菓子まで要求しとったじゃろ。
儂は覚え取るぞ〜、研究でクソ忙しい中店に近いから並んで欲しいとホノカを頼って連絡させたあの炎天下を。おかげで仕事が立て込み残業で、その日は研究所にすし詰めでチィのカレーを食い損ねたんじゃ」
「貴方が研究一筋なのは今に始まったことじゃないでしょう。なんで今更私を責めるんです?私だって覚えてるんですからね。お父さん今日も返り遅いのかなって寂しそうな後ろ姿を。あ〜あ〜可哀相だったなあ、弟さんが代わりに食ってやるって完食してましたよ。
あのタッパーで勤め先持っていったの弟さんの発案ですからね?感謝されたの訂正する機会なかったんで訂正しときますよ。本当よくできた弟さん、ちぃちゃんもよくなついて代わりにいつも私がそっけなくされて、私がどんなにあの子と仲良くなりたかったか……」
失言だ、その上態度も失態だ。親しげな声につい答えたくて思いついたままをポンポンと語れば要らぬ暴言を吐いてしまった。連想ゲームに私は弱い、言葉は止まらず涙が吹き出てようやく一息ついた。聖上が何か言う前に頬を拭って胸を張る。
「昔のこと蒸し返さないで下さいよ。余計なことばかり思い出して辛くなりますから。それにほら、今はちゃんと立派に働いて、立派にオシュトルに養って貰おうと奮闘してるんですからね!」
「そりゃただのヒモじゃ。オシュトルも気の毒にのう」
違いない。心から頷くけどオシュトルは頭を下げたまま、某に気の毒な点はございませぬ、ナナコ殿は賢明に頑張っておられましたとフォローするものだから(しかも過去形)、一生懸命さがおかしくてついくすくす笑ってしまった。お兄さんも昔のことを思い出したのか綻ばさせてこちらを見ている。話すまですっかり忘れとったわとどこか遠くを見る目に答えに窮して、少し無言の間が続く。
「意思は、変わらぬか」
唐突な問い、だが意図を察して私ははいと返事をした。
「死なせることは我ら以外にできません。この機を逃せばヤマトの文明が追いつくまで苦しいままです。これ以上彼らを傷つけたくないし無闇に人を食らう化け物でいさせたくもない」
そうかと呟いた帝が控えるホノカさんに視線をやり心得ましたと私に何かを差し出してくる。腕輪……?っマスターキーだ!
「良いのですか?」
「うむ、其方に託す。危険性を分かる其方だからこそ受け取って欲しい」
見た目も感触も変化はない。コピーを疑うけれど、人類の英知を短期間で複製する技術はおそらく有していないはずだ。本物、そう結論づけて礼を言わねばと視線を戻すが聖上の顔に疲れが見えた気がした。
「余はのう、まだ諦めきれぬのよ。頭では理解しておる。放って置いても気の毒なことにしかならぬとわかっておるがそれでもそこに家族の幻を見てしまうのじゃ」
気の毒な方だ。お気持ちよくわかりますともと返しもう一度尋ねる。
「私の目的が何か知ってもこれを託されると」
無言、だが頷かれた。それを答えとして私は頭を下げる。
「ご好意痛み入ります」
「終わらせてくれ。余の代わりに同族の其方が」
「承(うけたまわ)りました。何時(いつ)が宜しいでしょうか」
「其方の、思うときに」
「では今終わらせましょう。決心が鈍ってはなりません」
席を立つ。聖廟は遺跡そのものだけどマスターキーを起動させられる施設がこの庭園にあるとは思えなかったから。
「其方でも鈍るか、連れてきた妹を真っ先に消す算段をつけた其方でも」
「迷いますとも、身内なのです当然でしょう。でもあの子がこのまま誰かを無差別に殺し続けるよりはずっといい。そう思うように決めた、それだけです」
本心は今も迷っている。
匿(かくま)うのは簡単だ、そしてこない救済を永遠に待たせ訪れるのは破滅の未来。現時点で可能なのは聖廟で匿ったタタリを完全に消滅させるのみ。また後日という話にも出来ただろうが私は待てなかった。
風が吹けば人が死ぬように、同じ明日が永遠に続く保証はない。おそらく盗聴してるだろうウォシスに暗殺される可能性も低くはなく、聖上も身内に甘い点を突かれ排除される可能性もない訳じゃないんだ。焦ったライコウが急に謀反を起こしなし崩しに触発されたウォシスの手でタタリを拘束するゲートが解除されて都中がタタリに飲まれ滅亡しない保証もない。複製体である彼がどんなに頑張っても聖廟を制する権限はない。それは逆にウォシスの行動如何でヤマトの存続は左右されるという点、わかっているのはそれだけだ。
タタリに飲まれれば有機物は融解し生きていけない、だが溶かす彼らだけは別だ。
ウォシスが解放しアマテラスに消滅させられるその日まで彼らは永遠と繰り返すのだ、誰かが、ハクが神となり滅してくれるその日まで。そしてそれは多くの消失の末に築かれる未来、そんなのはゴメンだ。少数の犠牲ならまだしも大切な人を犠牲にして勝率の低い賭けに挑むのも。終わりのない苦しみに縁者を待たせるのも、何より私の正体を知っても求めてくれたオシュトルを失うのは嫌だった。どれもゴメンだ。失うぐらいなら元を断つ。それがどれほどの血にまみれた道かわからぬほど私は馬鹿じゃない、つもりだ。
同族の大量虐殺を私は今から行使しようとしている。誰でもない私でないと出来ないことだ。ハクに帝に、見知らぬ誰かに託すのはダメだ。責を負うのは私だけでいい。
解放に足る施設がどこか案内して戴きたいと私は尋ねた。力なく帝は微笑みどこでもと答えられた。庭園だろうと実験場だろうと最深部だろうと聖廟そのものが遺跡、マスターキーは遺跡内部なら大いなる父の呼びかけに応えるよう調整されていると教えてくれた。
消す前に、まずは妹に会いたいと要求すればこちらに控えてお出でですと綺麗な瓶詰めをホノカさんが懐から取り出す。渡されて透かし見れば光が入らないよう調整されているのか、小さな気泡がガラス越しに光に反射して見えた。光りだって、笑える。
ここは地下だ、光源を感じてもそれは外部の空を天井に転写しているにすぎない。光りなど最初から私たちには……
感傷を振り切りマスターキーに呼びかける。管理者権限を確認すれば最新レベル五
とわかりきった情報を提示されて頷く。タタリを拘束する場所に私の妹、手持ちの瓶毎転送したいと要求すれば了承しました転送しますと答えが返り、瞬時に手元から瓶が消える。
別れの言葉ぐらい言っとくべきだった。転送機(ゲート)越しでないと転送できないのにどうしてと疑問がわくが一度帝の手に渡ったなら聖廟の制限は解除されると思い至る。遺跡の全ての機能を解除したというわけか。物理法則どうなってんだと今更の実感を脇にやり、拘束する場所の映像を展開して欲しいと囁いた。マスターキーは素直だ、なんの躊躇いもなく空中に映画館にあるような巨大なスクリーンを映写した。
山ほどのタタリの中に瓶が落ち割れる。あまりの数に圧倒され何も言葉が浮かばない。妹だったものが、砕けた瓶毎タタリに飲まれ同じように動き出した、誰が誰かなんてもう見分けが付かない。
妹、私の妹だった化け物。そこにいる多くの異形もきっと誰かの大切な誰かだったんだ。
生じる迷いに蓋をして(本当に今更だ)、消滅させたいと願えば聖廟内の施設維持に数秒のタイムダウンが生じます、電力系統復帰に二十秒かかりますが宜しいですかと尋ねられ帝を見れば構わぬと頷かれた。私は念のために声を掛ける。
電力が落ちれば真っ暗で危ないです、暗殺に充分お気をつけてと注意するが弁えておるよと返された。ホノカも常におるから我が身を損ねるなど何人も出来ぬと返されてはもう何も言うことはない。暗殺という単語に何か気になる点でもあったのか、膝を着いたままオシュトルが私の傍ににじり寄る。
「私は別に」
「御身も尊き身ゆえ力不足ではありますが某がお守り致します」
嫌みかそれは。見る機会はそうないだろう頭のてっぺんを見て随分遠い所に来たなと感慨深い溜息をつく。
帯から小刀を出し、緊張の奔る周囲に形見分けにいいですかと声を掛ければ帝が頷いた。少しは警戒して、有り難いから何も言わないけどと一房取った髪に刃先を当てて横に引く。はらりと切れたそれを刀を持つ手に携え、油でなまくらにさせてはいけないと袖で刃先を拭おうとすれば腕をとられて止められた。切れまする、このままで。仮面越しの眼差しに誘導されるまま刀を鞘に収め区切りとし、マスターキーに呼びかける。私が持つ髪を妹の元へよこして。機械は判別がつきませんとのたまう。成分分析ぐらいしろや、いやきっとどれも同じなんだろうな。溜息をつき、それらしい所にぶちまけてくれと頼めば了解しましたと告げてまた消えた。映像の向こうで私の髪がばらまかれちゃんと転送されたんだとどこか他人事のように思う。本当凄いな過去の遺物。そんでオシュトルは横に並び立ったままだしなんなのこの空気。こっち見んな。
「聖上お辛いなら別室に」
「構わぬ、其方一人に背負いはさせぬ」
有難いお言葉涙が出そう。もう出てるけど。せめてもの救いに心の傷にならないと良いけどと考えて傷にしかならないと自嘲する。
まあいいや段々辛くなってきたしさっさと終わらせよう。
「タタリ消滅を許可する。聖廟内の全エネルギーを用(もち)いて一切残さず殲滅せよ」
『管理者権限五の発言、了解しました。全エネルギーをタタリ区域区画に投入、映像、乱れます』
電源が切れたのか、空の映像が無機質な物に変わる。明かりもきれて昼日中(ひるひなか)だった施設は一転闇に包まれた。動揺はしてるだろうにオシュトルは平静を保ったままなんだろう。乱れる映像に最後ぐらい見届けねばとマスターキーに映像維持を命令し帝を見る。見えないがきっと酷い顔をしてるんだろうな。マスターキーに尋ねる。
「音声を繋げることはできるか」
『可能。全て連結は難しいですが、一部ならば』
「聖上、構いませんか?お辛いならやはり」
「許可しよう。末期を見届けるのも生き残った者の務めだ」
「そうですか……音声接続、大きさは人の声程度に聞こえればいい」
『了解。音声映像接続維持、繋ぎます』
とたん聞こえるのは無数の阿鼻叫喚。内容は痛い苦しい助けて。地獄絵図さながら、異形の化け物は照射される光りの中で苦痛の悲鳴を上げていた。
「おお、おお……我が同胞、我が家族よ、おお……」
映像の光りで顔が認識できる程度の光源に周囲の状況が目に入る。聖上も覚悟はしていたはずだ。それでも耐えきれないのだろう、顔を覆い漏れる嗚咽、ホノカさんが聖上と呼びかけ肩を抱く姿が視界に入る。
……こんなものか。震え消えていく同胞達に湧く感慨はよくわからないものだ。戦き怖れ、それ以上にもっと悲痛な感傷に苛(さいな)まれると思ったが大した衝撃はない。お姉ちゃんと声が聞こえた気もするけど勘違いだろう。切り捨てる決断をした私が今更何を未練がましく思うのか。慕う人間は己が手で切り捨てたんだ、誰もいない。何か言わねばと思うのに言葉が浮かばない。胸の奥が静かに冷えていく。
消えていく命を見守る手にふと感触を感じる。見れば映像に視線を向けたままのオシュトルに手を握られていた。気遣わせてしまったらしい。掌の暖かさに鼻の奥がツンとなる。握り返し映像に視線を戻した。
震え逃げ惑うタタリは徐々に小さくなり悲鳴もか細くなり、やがて宙へと分解されついには全てがなくなった。
『タタリ消滅、完了しました。分子レベルで分解され痕跡もありません。聖廟内の施設、復旧致します』
誰もいない映像が消えて代わりにマスターキーの言葉通り施設の電源が復旧したのか天井に空が映写され元通りの風景が目の前に広がった。
元通りだ、何もかも。ヤマトは何も損なわれていない。なくなったのは民も知らない現人神の化身達。私の同族が、妹が消えただけ……
「苦労を掛けたの」
少しの無言の後で、一番辛いだろう方が労いの言葉を掛けてくる。お互い様ですと返し、膝を着くオシュトルにつられて私も頭を下げた。手、握ったままなんだけど指摘するのも億劫だ。
望みのモノはないかと聞かれて首を傾げる。むしろ極刑を言い渡されてもおかしくないというのに聖上は其方の苦労に報いたいのだと苦笑された。
報いたいのは私も同じだ。だからずっと黙っていたことを明かそうと口を開く。
「帝は今回のことで、ご家族を見捨てたとお思いでしょうがソレは違うと訂正させて戴きたい」
何をと問う声に私は被せる。
「奥様と御子息は帝都の外でご存命です。目覚めたときに助けられました、タタリではありますが彼らの助力なくしてボロギギリからの生還は叶いませんでしたとお伝え致します」
「場所は、どこじゃ……」
震える声に顔を上げ期待する眼差しに答える。帝都地下に匿うタタリは滅した。タタリが地下から溢れだし帝都を呑む未来は変えれたと信じたい。二人のタタリを帝が隠し持つぐらい容認しても構わないだろう、矛盾は分かっている。
「クジュウリ国境沿いの集落です。未発見の遺跡がありその近くの洞窟で言葉を発しようとする彼らに会いました。あの人達は私達を食おうとはしなかった」
「感謝するナナコ。望みのモノを言うが良い。何でも叶えてやろうではないか」
「私は強欲ですが構いませんか?」
國でも地位でも構わんと仰られたのでこれ幸いに目下の目標を言い募る。
「ではヤマトの泰安と貴方様の息災を願います、永の繁栄をヤマトに。そしてアンジュ殿が賢帝になられるよう一層の精進をお願い致します。御子息との会談を一度取り持って戴きたい。オシュトル殿に咎なきよう配慮を、ひとまずはこれで」
「叶えようとも。なんじゃ其方、他に願いはないのか?オシュトルと連れ添いたいだの楽する金が欲しいだのもうちょっとはあるじゃろうが」
「オシュトル殿に叶えて頂いたのでそれはもう充分かと」
黙して語らずのオシュトルだが沈黙がきっと答えだ。頷いた帝は必ず叶えようと力強く頷き、余は疲れたまた後日会おうぞと手を掲げる。双子が現れ帰ってもいい合図なのかオシュトルが立ち頭を垂れるのに習い私も頭を垂れた。狼狽えても聖上は泣きはしなかった。諦めているのか枯れ果てただけか、どちらにしらする事は変わらない。所長が真情を吐露し安らげる機会がどこかにあればいいと思う。
帰っていいと言われて顔を上げたが、さて私はどうすればと迷っていると、オシュトルもこっちを見てじっとしてる。私の意思を通すってことだろうけどどうすりゃいいんと帝を見れば其方の望む道を行かれよと言われたので帰りますとだけ返した。でもどこに帰ればいいんだろう……
戸惑う私に気づいてか、其方はどちらに帰りたいと聞かれて少し考える。オシュトルと帰りたいと返せばならば某と戻りましょうと手を引かれた。
……一緒に帰っていいんだ。
泣きそうな感覚をよそにやり後ろを振り返る。またのうと手を振られて頭を下げてオシュトルと横並びに帰路につく。
酷いお姉ちゃんだ。ずっと一緒にいるっていったのにね。ごめんね、悪いお姉ちゃんで。お姉ちゃんは嘘つきだ。怨んで良い、憎んで良い。でももし望んでくれるなら……
その時は私の元に生まれておいで。
思いは言葉にせず歩く傍ら歌に悼む気持ちを乗せて口ずさんだ。先導する双子は何も言わずオシュトルも無言で聞き流す。気遣ってくれたんだろう。感傷に浸るのも今だけだからもう少し見逃してねと。居もしない人にそっと手を合わせて区切りとした。
風と行く