16話 家路へ


 私は堂々と宮中の廊下をオシュトル達と進んでいた。人目が着くけどいいのかなあと迷ううちに紫の霧が周囲に展開し内裏に出たようだ。通りを行き交う人達は官服を着ていて一目でお偉いさんと分かった。視界に入りすれ違うときも何の反応もない。気づいていないんだ。術の類いを使っていると当たりを付け先導されるるまま辿り着いたのは厩舎だった。
 用意されていたのか双子が車に馬を繋ぎ、どうぞと促される。オシュトルに続き車に乗り二人相対するように腰を下ろすと、御者を買ってくれるのか前に座る双子が手綱をひきゆっくり道を進み始めた。まだ術を行使してるためか道行く人達が私たちに気づく素振りはない。室内は静かだ。無言の間が気まずい。
 自然と、馬の蹄と揺れる車の音が外の喧噪に混じり聞こえてくる。
 御簾ごしに通りを見れば盲いた時には気づかなかった様々なモノが溢れていた。
 賑やかで活気ある人の姿、色とりどりのモノを並べた店々、路地に目を向ければ細やかに咲く植木に目が行き、時折買い物帰りか世間話に興じる人々が垣間見えた。静かな通り賑やかな町並みそのどこにも日々暮らす人々の営みがある。懐かしい過去に自然と重ね見てやりばのない感情に耐えた。
 私が殺した人達も同じ日常を過ごしていたはずだ。穏やかに親しい誰かと過ごす。今を守るためとはいえ切り捨てた彼らを無碍にはしない。私に力はないけれど、いつか何処かで報いれるときがくれば良いと思う。
 淡々と沈み行く夕日を見る。どこもかしこも真っ赤だ。せめて道行く人達は守れただろうかと過ぎる姿に自問するがただ切り捨てただけで何をと内省し視線を外した。

 無言の道中、視線を感じて見上げればこちらを見つめるオシュトルと目が合った。
「今でも信じられませぬ」
「私がそういう身分と言う点?」
 聞かされていなかったのかと言外に滲ませるが意図が通じたかは分からない。オシュトルは頷き肯定する。
「それもありますが、ナナコ殿が生きている事実に歓喜しております。
 某は二度ナナコ殿の命を諦めねばならぬと覚悟致しました。守ると誓った某が見捨てたのです。ただただ、聖上の温情と貴方様の豪胆さに圧倒されるばかり。我が身が不甲斐なく恥じ入る所存」
 イヤミかな?
「言っとくけど私も確証がなかったんだよ、私だって信じられない。あと敬語!二人きりの時やめろって言ったのもう忘れた?貴方から聞いたはずだけど?」
「尊き御身を敬(うやま)わぬ振る舞いは某も気が引けるという物、何卒(なにとぞ)ご容赦を」
「泣くよ」
「……」
 そこで無言だもんな。本当オシュトルは堅物ですね。普通に接して欲しいのに諦めるしかないのかとぼんやり外の風景に視線をやれば意を汲んでくれたのかオシュトルがぽつりと零す。
「……其方と共に帰る日は、もう来ぬと思った」
「二人で帰るはずの家路を一人歩く絶望は、二度と味わいたくはない」
 仮面越しに見える視線は静かだが射貫くようなひたむきのもので私は目をそらせない。伸びた手が私の膝の両手を覆う。知らずまた拳を作っていたようだ。解きほぐされ身を乗り出し膝を付くオシュトルに覗き込まれる。
「これからも、ずっと共に在りたいと願っている」
「……そうだといいね。私もそう願っている」
 覆う手を解き私も彼の手を握り返した。
 少し気になる点があり確認もかねてオシュトルに尋ねる。
「オシュトル、分かっていると思うけど今回のことは」
「他言無用なのだろう、言われるまでもない。第一お二人の会話は某にはさっぱりだ。聞かれても何が起きたか答えられぬよ」
 よかった。私のせいで帝の威光に傷が付く心配は皆無と明言されてほっとする。ふうっと溜息をつき項垂れると倒れると思ったのか、支えようと背に手を伸ばしたオシュトルにちょうどいい案配に車が揺れて、私は彼の体に倒れ込んだ。
 大事ないかと尋ねられ頷く。暖かい体温に人心地が付いた気がして自嘲する。もういいよと離れがたい胸を押すが抱き取られたまま席に戻された。隣にオシュトルも座り支えるよう腰を抱かれる。甘えても良いと許されたように感じて、流れに身を委ね彼の肩に頭を乗せた。
「ちょっと、疲れた」
「ならば休まれよ。どちらが心安い、拍楼閣か某の邸か」
「ハクには会いたい、でも今は……」
 言い切れず肩に縋り付けば宥めるように頭を撫でられる。
「傍にいていい?」
 思ったより震えた声が出てしまった。障りはしなかったのかうむとオシュトルは私の肩を抱く。
「無論。では某の屋敷に」
 オシュトルが外に呼びかけて進路を変えたようだ。大きく揺れる流れに任せ彼の優しさに甘えて私は目を閉じた。


 夢は見なかった。うつらうつらする間に到着したのか馬車の揺れが止まり寝ぼけ眼の瞳を開けば、今まさにしな垂れかかる私を抱きかかえようとしたオシュトルに気づき眠気も吹っ飛んだ。慌てる私に構わぬよと言ってくれたけど些細なことで煩わせたくもないので申し出を固辞し一人で降りた。日は沈む寸前で辺りは夕闇と紅の中間の情景に染まっていてなんだか不思議だ。ここに来たのは一度昼中だったから変な感覚を覚えるのかも知れない。

 降りた先でなんの挨拶もしないから怪しまれたんだろう。訝しむ門衛に後から降りたオシュトルが声を掛ければ快くおかえりなさいと出迎えられた。労いの言葉をかけ門衛の横を通るオシュトルに慌てて続く。失礼しますと言えばどうぞと頭を下げられてなんだかくすぐったい。
「今帰った」
 玄関に入りオシュトルが声を掛けると小さな足音がぱたぱたと早足で向かってくる。現れたのはネコネちゃんだ。変わらない姿にほっとして、知らず息を詰めていたことに気づいた。私、緊張してる。
「お帰りなさいです、オシュトル様!今日はずいぶん早いお帰りでネコネは嬉しいで、ってナナコさん!?」
「ネコネ変わったことはあったか?」
 兄の帰投に嬉しげなネコネちゃんだが私の訪問は突然だったんだろう。嬉しげな表情を一転させるが刀を預けるオシュトルは務めて平静で、兄を習い何でもない風に答えてくれた。
「は、はい何もお変わりはなく。
 ええっと、久しぶりですねナナコさん。随分見ない間にお元気そうになられて……ご自分の足で歩けるようになったのですね、おめでとうございます。治験成功して良かったです」
 一月前にあった人物の状態をよく覚えてるなこの子。それだけ気にしてくれてたってことか。目も潤ませちゃって。本当態度は生意気だけど、良い子だよねえネコネちゃん。
 ありがとうと答えたけれど、内心の戸惑いが態度に出たのか、ネコネちゃんの表情が気遣わしげなものに変わった。
「どうしたですか?まだどこか痛むですか?顔色も悪いですし元気がないのです。無理そうなら休んで行かれますか?叩き出しはしないので安心するです。
 何かあればハクさんを引っぱたくのでどうぞ遠慮なくお上がりください」
 どうしてそこでハクをしばく台詞が入るかな〜。ネコネちゃん胸張らない、和んだんじゃないよこれは苦笑いだよ〜。
 どう答えよかうか困っていると先に靴を脱いだオシュトルが振り返り助け船を出してくれた。
「ネコネ、ナナコ殿は客人ではない。お帰りと言っておくれ」
「そうでしたハクさん達と同じく隠密衆の一員ですものね。お客様扱いは失礼でした、ごめんなさいです」
 殊勝(しゅしょう)に頭を下げるネコネちゃんに、あれオシュトルもしかして私たちの関係伝えてない?と今更の感慨が頭をよぎり。え、それって不味くない?と続く言葉を止めようとするが間に合わない。
「ナナコ殿は確かに隠密衆の一員だがそれだけではないのだネコネよ」
 何が違うですかと、あわあわする私を胡乱な目で見ながらネコネちゃんが無邪気に尋ねる。
「某の妻となってくれたのだ。ナナコ殿は随分お疲れのご様子、ひとまず休んで頂こう。さあ遠慮は要らぬぞナナコ殿、其方の家でもあるのだ。上がられよ」
 助け船じゃない爆弾の投下だ。上がられよって、そんな笑顔で手を指し伸べる前にするべきことがあるでしょ。あ〜あ〜、ネコネちゃんは大爆発だ。
 んな〜っ!と叫んでどういう事か私に問いただしまくるけど逆にこちらが聞きたい。
 きっと皆を守るためだとか私に味方する利だとか色々考えて黙秘してたんだろうけど、ついに妹にぶちまけたって事は完全に外堀埋めたって事よね。私を娶る上での問題点山ほど理解してその道を選んだのよね。あ〜あ〜格好良いなあ。こんな素敵な人と夫婦になれるなんて私は幸せもんですよ。親族は不幸だけど。親御さんあれじゃん片親だし、一家を背負って立つ長男が選んだ嫁がコレって、やっぱやるせなくない?
 手塩に育てた顔も性格もいい出世頭の息子が選んだのがこれよ。許可は貰ったけど何度考えても釣り合わないわ。怠惰だし無責任だし、義理とは言え自分を保護してくれた恩人や弟になんの一報も入れず出奔して男たらし込む不義理な女だし。おまけに将来遺恨を残すからって身内も切り捨てるしさ。絶対縁戚結ぶなら避けるタイプの人種よ私。いいのかな、大丈夫なのかな、大丈夫じゃないよね。会ってからずっと迷惑の掛け通しで体の弱いトリコリさんとこに急に押しかけるしネコネちゃんも怒髪天過ぎてちょっと何言ってるかわからない。BGMはわ〜きゃ〜んぎ〜っ!だもん。錯乱しすぎ。気持ちはわかる。
 本当ならいいとこのお嫁さん貰って幸せな家庭を築ける人なのに、お役目第一でこんな女に捕まって運がないよなあ。実妹も身の安全のために他人を装うしかない気の毒な環境でさ、親もいい人なのに環境が悪いせいでいずれは……
「あ、兄様!?何故ナナコさんが泣いてるですか。泣きたいのはこちらの方ですよ」
「色々あったのだ。ナナコ殿、腹が空いているなら膳を用意するがそれよりも蒸し風呂がよいか?」
「寝たい……」
「相わかった。ネコネ、某の食事はまた後で構わぬから」
「はいです、客間にお通しするのです!兄様は別室ですね」
「ネコネ呼び方。ナナコ殿は妻だ。某の寝所にお連れする。某もだ」
「んな〜〜!!信じられないのです、何でですか、何でなのですかあ。オシュトル様〜〜!」
「だからなネコネ、妻にしたのだ。わかってくれ」
 その説明で分かる方がおかしいから〜。喚きまくる義理の妹様の文句を聞き流し考えに没頭していた思考を浮上させて私はオシュトルに尋ねる。
「ネコネちゃんをさ、私、妹として扱っても良いの?」
「其方が望むなら。望まずとも屋敷ではそういう扱いになるが」
「認めないのです!なんでそうなるですかっ!説明、説明してくださいなのです〜っ!」
 きんきんぎゃあぎゃあ喚く様があまりにも素直で可愛らしい。妹を切り捨てたから若干不安定になっているのは自覚してるけど、彼女の反応は大変可愛らしいものの耳障りだ。余計なことを意識してしまう。名ばかりの妹が出来て嬉しくもあり、何故実の妹は彼女のように生きられなかったのだと覚える嫉妬に不甲斐ない自分を心の内で笑った。
 切り捨てたのは自分だ。八つ当たりして良い道理はない。妬みをこらえ私はなんとか微笑んでみせた。
「はは、そっかあ妹かあ、うん私は大歓迎」
「私はちっとも歓迎しないのです!早急に出て行ってくださいなのです」
「聞けないかなあ?オシュトルの奥さんになっちゃたし。そういう訳でよろしくネコネちゃん、私は貴方のお兄様の奥様という事だから、外では奥方様。内ではお姉ちゃんって呼んで頂戴ね」
「絶対呼んでやらないですからっ!」
 小気味良い返しに私は破顔した。年を試しに聞いて返す義理はないと怒りつつもしっかり十だと聞いて近い年にまた涙腺が緩んだ。私が消した中にもそれぐらいの子はいたかもと幼い悲鳴を思い出し、ああでもネコネちゃんは生きてるわといきの良い反応に妙に安心して嬉しくなる。よかった。未だぎゃあぎゃあ喚いている義理の妹に私は大笑いして、張り詰めた糸が切れたのか妹の名を叫び突っ伏して泣いた。

 相当困らせただろうに二人は優しかった。オシュトルの自室に案内された私は彼に勧められ敷かれた布団に身を横たえているけれどちっとも寝付けない。
 急に泣き伏した私に当惑したネコネちゃんを思い出す。あの後泣き通しの私をオシュトルが抱き寄せてこの部屋まで連れてきてくれたんだ。
 明日になったら急に泣き出してごめんと謝ろう。布団をたぐり寄せ、傍で書類の確認に専念するオシュトルを眺める。

 相当仕事溜まってただろうに、其方を一人には出来ぬ、しばし待てと言い捨て外に出たと思ったら、卓を抱えてくるわ書類を取りにまた戻るわ寝所で仕事する気満々で相当気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
 一人でも大丈夫と言ったけどならば某はここで勝手に仕事をする、厭わしければ我慢せよと言い含められればもう何も言えず、こうして私は大人しく布団に包まっていた。

 手持ち無沙汰だ。何かしようとしても手習いの道具は手元にはない。拍楼閣に双子が持って行ってくれたらしく、後日ハク達がこちらに届ける手筈となったそうだ。かといえ部屋の主を前に家捜しをするのは無作法というもの、静かにしているけれどどうにも退屈だ。寝返りを打ったとき私の心を読んだように寝られぬかと声を掛けられる。
 そりゃそうでしょ、まだ夜になって間もないよ。ご飯だって食べてないんだ。落ち着いてからどうぞって家人の方が台所に用意してありますからと言いに来てくれたけど、オシュトルの仕事が落ち着いてからと待つうちにこんな時間だ。膳を運ばせようかと聞かれたけど食べるなら一緒がいいから待ってるわけで。待つうちに体を休めておくべきだと勧めもあり横になり……でも眠気はないのよね。
 寝れないと返せば硯(すずり)を置きオシュトルが正座のままこちらに向き直る。気になる点が?と尋ねられ頷いた。気になることが多すぎて疑問ばかりが浮かんでくる。ちっとも寝付けない。邪魔なら話さなくていいから聞いてくれる?と尋ねれば邪魔ではないよと言ってくれたので身を起こす。
「私はどういう扱いになると思う?」
「公式の場で其方が聖上と会われたわけではない。其方は只人だ、聖上が臣下の前で認めるまでは。だが某には得がたい人物である」
「ナナコ殿は妻だ。目聡いモノにはもう知れている。大っぴらには出来ぬが杯を交わしたただ一人の人、オーゼン殿が病弱故に秘匿された姫でもある」
 という事になってる訳ね。
「奥さん、奥さんかあ……」
 一の答えに五まで返ってきたけれど何処か他人事だ。だってねえ、奥さんですよ?
 何度も確認されて答えたけど、落ち着いて考えても雲の上すぎる立場に実感が湧かないよのねえ。右近衛大将夫人の座を狙ってたお貴族様関係の怨みが凄いことになってそうだなあ。言葉にしてその意味するところが不穏すぎて怖い。
「ああ、すでに噂が出回っている。何かの折に某が一目惚れした姫を部下のウコンが献上品と共にお連れしたとな。何、根も葉もない噂だ。聞かれても覚えがないと返しておけば良い。大体の方はそれで諦められる、納得はされぬだろうがな」
 納得されないとどうなるんだろう。聞かない方がいい話だろうな。とにかく身の振り方には気をつけないと。一寸先は闇と言うが宮中はまさに言葉通りの世界なんだろう。帝都の情報網正確すぎて怖いけど、そもそもが風が吹けば死ぬのが人だ、人以下の弱い私なんて些末な事で死んでもおかしくないんだから気をつけるに超したことはない。
「八柱将が聖上に挨拶もなく婚姻を結ぶのはいのは些か非礼故いずれ其方にも招集が掛かるだろう。面倒をかけてすまぬがその時は共に参内して欲しい」
 挨拶回りね。大丈夫それぐらいなら、務めて目立たないよう静かに出席しまーす。
「式はいずれその時に。確約できぬのが申し訳ないがそれまで待って貰えるか?」
 わかりきった答えを聞くオシュトルは殊勝ながら中々ふてぶてしい態度で私に微笑んでいる。待ちます待ちますいつまでも。ぶっちゃけなくても良いです、立場に相応しい振る舞いが出来るとも思えないんでと答えれば、左様かと返されて其方は本当に我慢強いなとなぜか困った顔をされてしまった。
「でもね、私ルルティエと会うのが怖いのよ」
 胸中の不安をついでに吐露してみる。だってあれだよ、いきなり姉になったんだよ。めっちゃ良い子の不意付いていきなり家族の仲間入り。絶対驚くし場合によっては不興を買う。
 ルルティエちゃんには嫌われたくない。嫌われたらハクのお嫁さん計画が台無しに……ってこれは言う必要がないので黙っておこう。
「言わねば良い。それとなく某から打ち明けよう。嫌がりはせぬよ、かの姫君は争うのを何より厭われる」
「……仲良く、なりたいな」
「ではそう務めよ。某も微力ながら協力致そう」
「ネコネちゃんとも」
「成れるとも、某の妹なのだ。無理と思うなら離れておけば良い。あの子は聡いから適切な距離で接してくれるはずだ。それでも問題があれば某を頼れ。妻と妹の問題を其方だけに押しつけはせぬ」
 本当いい男だよなこいつ、勿体ないわと思いながら、後はオシュトルにされるがまましばらく撫でられていた。また涙腺が緩むので横になりオシュトルの仕事が一区切り付くまで待つことにする。

 寝入りばなオシュトルに揺すられて起きる。持ってきてくれた膳から食事を取りお腹一杯になったところで彼に抱えられて風呂に入った。結構疲れてたのか終始まどろみの中にいて最後覚えていたのは布団に入り熱を分け合うように寄り添う所だけ。新婚の、妻の勤めが果たせずごめんと寝ぼけ眼で呟くが辛いときは無理せずとも良いと気遣われた。
 優しさが、痛かった。


 近くで衣擦れの音がして目を覚ます。まだ夜も明けぬうちに隣で休んでいただろう人が身支度を調える姿に身を起こそうとして制された。そのまま布団に戻ったところで尋ねる。
「お仕事?」
「ああ。すまぬ。傷ついた其方を一人にして行くのは某も本意ではないが大切なお役目だ。行かねばならぬ」
「いいよ行って。邪魔したくないし、傍にいれるだけでも嬉しいからさ」
「……拍楼閣に使いを出しておく。彼らも其方の帰投を喜ぶだろう」
「言ってなかったの?」
「治験が長引くとだけ。どうなるか読めなんだ故濁すに留めた。いらぬ世話だったか?」
「いいよ、逆に助かった」
「ネコネが今日は邸にいる。必要なら呼んでくれ。静かでいたいなら声を掛けずとも良い。昨日はあんな真似をさせてしまったが、ナナコ殿が元気になったのを大層喜んでいたのだ。煩わせて申し訳ない」
 ここ最近良く聞く言葉だ。聞き飽きた謝罪を手で制し止まったところで腕を降ろした。
「私は、大丈夫だから」
「左様か」
 左様なんですよ。謝らなければいけないのは私の方だ。付きまとって面倒みさせてついには邸にまで押しつけさせた。謝るのは容易い、それより今は相応しい言葉で仕事に出る夫を労いたい。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行って参る」
 背を向ける背は振り返ることなく出て行った。本当にオシュトルは格好いい。彼に見合う人になりたいと願ったけれど、千里の道も一歩からまずはゆっくり体を休むのが一番だと横になった。

 しばらく惰眠を貪ると外から声を掛けられて起きた。気を利かしてくれた家人が部屋に食事を持ってきてくれて、ありがたく遅めの朝食を頂いた。持ってきてくれた服に袖を通し身嗜みを整えていると、懐かしい恩人達の到来を告げる声に勢いよく飛び出ていく。立場にあった振る舞いという言葉は思い出したが瞬間脇に追いやった。一分でも一秒でも早くハク達に会いたかったんだ。

 廊下を走り待っていてくれんだろうネコネちゃんにさっそく叱られたけど、玄関で変わらない三人の顔を見て格好良くただいまというつもりだった矜持は脆くも崩れ去り抱きついた。受け止めた二人は宥めるように背を撫でてルルティエちゃんが尻尾を震わせる音にまた涙腺が決壊した。ヤマトに帰ってから私は泣き通しだ。
「おまえ走れるようになったのか。よかったな〜」
「ハクッ、クオン、ルルティエちゃん……」
「心配したんだよ、元気になったんだね。良かった……一人にするなんてと思ったけど、ウコンに託して本当によかったかな」
「本当に、本当に良かったですねナナコ様!ルルティエは貴方様の無事を聞いただけで胸が一杯で、お元気な姿まで見れて、本当に嬉しいですっ」

 笑顔でただいまだとか超元気になっちゃったって張り切る展開は雲の彼方、ぐずぐず泣く情けない私を三人はしばらく撫でていてくれた。
 落ち着いたところを見計らいネコネちゃんが客間に通すと先導し、皆が腰を下ろした所でお茶を入れに退席した。
 早速、今までどうしていたかハクに聞かれたけどネコネも聞きたいだろうからとクオンの苦言もあり彼女の帰りを待つ。ネコネちゃんがお茶を運んでくれたところで、後は懐かしい三人そして新しい妹と右近衛邸で和やかにお茶を楽しむ流れとなった。

 滅茶苦茶聞かれた。私がウコンと何をしていたか勿論くわしい説明は省いて説明した。嘘つきまくりの後ろめたい話題に終始したけど。
 どうも話を聞けばオシュトルは隠密衆にも諸々の経緯を明かしてないようで彼等は私とウコンの関係に興味津々だった。勝手に言いふらすわけにもいかず如何に相手が難敵だったかを私は騙る。

「そんでウコンとの進展はなかったって訳か」
「そうなのよ、ガードが堅くてねえ〜。ほら私ここ来たとき死にかけてたでしょ?密命もあってついでに名医のところに連れてってくれるっていうから、ちょっと離れてさ。私は静養ウコンは任務で離ればなれ、寂しかったな〜。
 任務が終わって合流してからは至れり尽くせりで、私もさて元気になったから振り向かせようって頑張ったけど、夜這いしようが粉掛けようがさっぱりよ。超つれない、中身オシュトルだしありゃ相当の堅物だわ。ちっとも靡かなかった」
 夜這いという言葉にルルティエちゃんは真っ赤だ。参考にしてねと水を向ければこいつは特殊だから無視しとけよお姫さんに馬鹿言うなとハクに窘められた。いいじゃん、是非参考にして欲しい、ハク相手の痴情のもつれなら私は大歓迎だ。
 変わらない私にクオンは嘆息するしかないようで釘を指してくる。
「元気なのは良かったけど、さすがに諦めたほうがいいと思うかな、徒労でしかないよあの人は。仕事に障りがあって困るのはナナコだけじゃない、皆なんだよ。いい加減身を引くべきかな」
「やだ!身を引くぐらいなら玉砕する!」
「もうしてんだろ〜」
「オシュトルはダメでもウコンなら付け入る隙があるもんどっかに!私は諦めないっ、仕事に支障のない範囲で頑張って落として、幸せな仲良し大家族を作ってやるんだからっ、日陰のみで結構よ!いずれ落としてやるんだからっ」
「身を引けです、大家族なんてあり得ないです、落とすなど不敬で思い上がり甚(はなは)だしいのです。端的に消えるですよ」
 ヒエ〜。事情を知るネコネちゃんの怨嗟の呟きが恐ろしいわあ。
 嘘も方便、落とすどころか落とされ通しだなんて言わぬが花だ。凄い不機嫌のネコネちゃんは見ない振りに限る。いかにウコンを物にするか算段を付ける間にまたハクがいらぬちょっかいをネコネちゃんに付け、連帯責任と叫ぶネコネちゃんにスネを蹴り上げられ啼いていた。
 ネコネちゃんも私達の関係を詳(つまび)らかにする気はないのだろう、もしそういう関係になったとしても無理矢理迫ったに違いないのです、別れたくなるよういびりまくってやるのですと息巻いて圧を掛けてくる。怖い。
 嘆息するクオン、困ったように微笑むルルティエちゃん、息巻きゴミを見るように私を見上げるネコネちゃん、そして仕方なさそうに我関せずを貫くハクを見ていると万感の思いがこみ上げる。なんだかヤマトに帰った実感が湧いてきた気がする。私は勢いに駆られ立ち上がった。
「よし皆、元気になって勢いも付いたことだし早速仕事に行こうか!まずは溝掃除を」
「今日は休みかな。オシュトルのお達しだから絶対働かないでね」
 空ぶった。まあそんな日もある。じゃあ明日はと返せばそれは明日決めるかなと微笑まれ、あれ皆暇なの?仕事大丈夫?と尋ねれば静けさに気まずくなる。
 え、ヤマトって私が思うより平和だった?聞くまでもない事実かな、という訳で明日はお仕事探しね。溝浚いはと尋ねればハクが心底うんざりした顔で自分だけ毎日溝掃除、休みがあるけどもう嫌きついと顔を覆うので、よっぽど答えたのだと察して黙った。
「元気になったとはいえナナコは病みあがりなの、まずは安静第一を優先してかな。
 だから今日はゆっくり過ごそうね」
 あ、じゃあ文字の手習いや訓練の実地手合わせをと希望を伸べるが速攻却下された。あれ、もしかしてめっちゃ休ませようとしてない皆?
 そんでなんで私だけ客間出された。え、寝ろと?超元気なのに?ええ〜……
 とっとと寝てくるですとネコネちゃんに外に押し出されたけど別に眠くないしすこぶる元気だし。今後はどうすんのよ、私は何をすればと困っていると明日は明日の風が吹くかな、それじゃここらでお暇するからとクオン達が席を立った。
 荷物は?尋ねれば何で持ってこないといけないの?また帰ってくるんでしょ?と逆にクオンに聞き返される。ああそうだね、何も説明してないもんねと胸中で独白し肩を落とす。オシュトル様のご好意で泊めて貰ったようだけど甘え続けると最低限の愛想も尽かされるから、本当に元気になったらちゃんと自分から戻ること!と指を指されて力なく頷く。
 愛想、愛想ねえ……尽かないほうが有り難いけど、それだと一生戻らなくない?黙っとくけどさ。後ろのネコネちゃんがめっちゃ不機嫌に睨んでくるけど私のせいじゃないから睨まないで。怖い。

 薄情にも去る背に手を振る。仕事出来たらおまえも呼ぶかんなとハクが言うけど、私はいつになったら溝掃除ができるんだろう……



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風と行く