2話 保護されて
そんなこんな、おそらく世界最弱の私たちは世界最強の女クオンに保護された。急ぎはしたものの人里を辿り着けたのは夜も回る時刻だった。予定としては夕方に到着するはずだったらしい。
旅の遅れを知ったのはカゴを背負った村人に、遅いねえ、どうしたんだいと声を掛けられるクオンを見て気づいた。体力がからきしで申し訳ない。
宿の手配をしてくるから荷物見ててと言われ二人手持ち無沙汰になり外を見ていた。通りを見れば仕事終わりなのか家へ入る人迎える人、店じまいをする人などそれなりの人が行き交っていた。
「賑やかだな」
ハクの言葉に頷く、それが二人が村に抱いた印象だった。
子供が退屈そうに井戸の端にかけている。お父さんでも待っているんだろうか? 視線に気づいたのか、お兄ちゃん達旅の人と声を掛けられた。そうだよと返すと、お父さんを待ってて退屈なんだと返される。そうなのかとハクが返せば退屈だから遊んでと無茶ぶりがとんできた。荷物を見ないといけないからと断ったけど、お菓子余ってるから勝ったらあげると饅頭っぽいものを出してきた。お父さんにあげようと思ってたけど遅いからいいとふて腐れている。どうしようかとハクと顔を見合わせると、溜息をつき荷物見といてくれと頼まれた。
「兄ちゃんが遊んでやるから、その菓子は父ちゃんにやれよ」
喜ぶ子供、苦笑するハク。私は物語にない展開にちょっと興味津々(しんしん)で成り行きを見守った。
結果はおおよその予測通りというかそれ以上に悲惨だった。腕相撲は秒で瞬殺。相撲は投げ飛ばされた(相撲文化よく残ってたな)。かけっこは言わずもがなだ。
兄ちゃん弱いな。子供に言い捨てられ、大慌てで帰ってきた父親に頭を下げられたハクは消沈している。ハクのちょっとした子育ては散々な結果に終わったから、可哀想になり労ろうと言葉を掛ける。
「お疲れ様」
「強すぎだろ最近の子供……」
大丈夫、彼らが特別なだけ、私らが弱いだけだよ。
代わりに遊んでくれてありがとね、気を遣ってくれたんでしょって尋ねれば、おまえも相当無理したっぽいしまあ大人に任せとけと照れくさそうにそっぽを向く。私も大人だ。彼と同じ同類の……言えない事ばかりが増えていく。
「子供と遊んであげてたんだって?」
「遊んだ、っつーか遊ばれただけなんだけどな」
クオンに答えたハクは脚にまかれた包帯をさすっていた。私たちは用意した旅籠の一室でめいめいに寛(くつろ)いでいる。クオンは荷物の整理、ハクは痛んだ足をもんで休め私は筋トレだ。休んでるときは止めてくれとハクに言われたので視界に入らないよう物陰に移動して現在スクワット中だ。筋肉痛は避けられないだろう、でもちょっと休んでちょっと動いて痛い思いをするよりは、鍛えて痛さにもだえる長さを減らす方が効率的なので励んでいるという訳だ。ハクも少しは見習うべきかなとクオンに言われ、やぶ蛇をつついてはたまらないと以後文句は出ていない。
宿に戻るとクオンは女将とどちらの勘定が正しいか問答をしていた。数え直そうと経費やら収支やらを唱えるのをぼんやり聞いていたハクが一発で正解し、もう一度計算機をもちいて数え直せば大当たり。意外な才能にクオンが舌を巻き私も同じ才能があるやもと暗算を薦められるが大外れ、普通そうだよねと頷かれた。計算式を紙に書けば大丈夫かもとアピールしたけど計算式って何と返されてまた失言したらしい。何でもないと黙った。
あとは用意された食事を大広間で他の宿泊客と集まって食べた。用意された品々はどれも美味しいけれど、やはりそこに見知った料理がないのがすこしもの悲しい。しょんぼりしてたら遠慮したと思われたのか、もっと食べていいんだよと皿に山盛りのクレープをクオンに差し出され謹(つつし)んでハクに回した。こんなに食えるかと文句を飛ばすけどそこは拾って貰った手前全部食べきっていたハクは偉い。
それで宿の一室に戻り自室で腹が痛いと呻(うめ)いていたってわけ。クオンは本当に無理ならちゃんと言ってねと腹下しの薬を煎じていた。手持ち無沙汰も手伝いすることがないか尋ねれば、ナナコは働き者だねと返され疲れているだろうから休んでいてと促される。ハクはそういうこった甘えておけと幸せそうにごろ寝してるけど、クオンが何やらさっきからいそいそ用意したものを押しつけられて風呂に入れと促され渋々の体で追い出された。そういえばお風呂に入ってない。湯船が楽しみと言えばここは蒸し風呂だからちょっと残念だねと返される。サウナかな、確かにないよりはマシだけど熱いお風呂に入れないのは残念だ。ああそれにしても疲れた。ちょっとだけと床に座って壁を背にもたれかかる。
「先に寝ておく? ハクが戻ったら起こすよ」
う〜ん、どうしようかな。
一緒に入ろう、足も痛いんでしょ? 治療をかねて揉んであげるから。背中に効く薬も持ってるしナナコが嫌じゃなければ。そうクオンが何か優しく話しかけてくれるけど、まどろむ脳内では意味を咀嚼(そしゃく)できずただ休んでもいいよと言う意味だけはくみ取って頷いた。
お言葉に甘えてちょっとだけ休むね。そう言って、少し休もうと私は瞳を閉じる。
ゲームをしてた。そんな記憶がある。居間、田舎の夕方の景色、妹はおやつを食べて弟は居間で寝転び漫画を読んでいた。母はパートで父も仕事、祖父母はそれぞれの自室で末の弟はまだ保育所だ。皆日々を過ごしていた。そこには確かに日常があった。
場面は変わる。赤い空、黒い山々に走る光り、聞いたこともない緊急放送にテレビでしか見たことがない黒い黒い塊が空を走る。燃える家々。
光り、悲鳴、走る人々、災害の数々、どこか他人事に聞こえる避難所で見た各国の緊迫した状況を伝える声明文が目の前を通り過ぎていく。いつのまには私は走っていた、逃げていたとも言う。でもどこに逃げるのが最善かわからない。減っていく家族に焦燥感だけが募っていく。
どこへ逃げればいいんだろう、どこへ行けば助かるんだろう。細くなる弟妹を抱えそれでも私は走っていた。私は、私はどうなってもいい。ううん本当は死にたくない。皆みたいに死にたくない。
でも家族が助かるなら、嫌だけど家族が助かるなら私の命なんていくらでも捧げるからどうか、どうかこの子達だけはお願い助けて!
「目、覚(さ)めた?」
視界いっぱいに穏やかな微笑みを浮かべたクオンが見えた。映像との剥離に理解が追い着かずびっくりする。視界が滲んでいて瞬きすると頬を伝う滴に泣いていたことに気づいた。
「あれ……え、私?」
「何も言わなくていいから」
起きようとして力が入らない。背中を支えられて起こされる。室内は暗い、どうやらかなり寝入ってしまったようだ。虫の音(ね)がかすかに聞こえるぐらいで朝の訪れはまだ遠そう。それにしても全身が痛い、きっと筋肉痛だなこりゃあんなに歩いたの久しぶりだもん、何百年ぶりかも? ははは笑えない……
クオンに支えられるまま水差しを口元に持ってきてくれたので喉(のど)の渇きを自覚した。ありがたくそのまま水を飲む。礼を言い水差しを取って貰って気づいたけれど、いつの間にか布団に私は入っていた。ハクかクオンどちらかが私を運んでくれたらしい。本当頭が上がらない。
「私、なにか言ってた?」
「ううん、何も。ただ喉(のど)が疲れたかなと思って」
何か叫んだんだろうな。それで起こしちゃったと。ハクは……寝てるよ。よかった、彼まで起こすのは忍びない。あんなに頑張ったんだ、せめて夜ぐらいゆっくり寝て欲しい。
何を叫んだか知らないけれど見当はつく。でもそれはあまりに衝撃的で私は困惑するばかりだ。おそらく過去の自分に付随するんだろうけれど、それが自分の記憶だと飲み込むには非現実的すぎて当惑している。少しの沈黙の後、クオンが声を掛けてきた。
「分かっていると思うけど詮索はしないかな。人それぞれだもの」
「人、それぞれ……」
「うん、私は貴方の保護者だからね。言いたくなければ聞かないし言いたいことがあれば言ってくれていいんだよ。愚痴でも不満でも、それで気が晴れるなら。ただ聞くのも保護者の勤めだから」
何か言いたいことはない? 私でなくただの呟きでも構わないからと背中をさすられる。
「……寂しかった」
「うん」
「辛かった」
「そうだね」
「すごくすっごく怖かった」
未練が山のようにあった気がする。そして何も出来ずに終わり、形容しがたい怒りや悲しみが未だに胸の内に渦を巻いていた。でも。
「あなた達がいてくれて、よかった……」
おかげで穏(おだ)やかに目覚めれたと、零れる涙を顔を覆(おお)って隠す。
「私も、ナナコに会えて良かったよ。」
そうしてしばらく、クオンは私が泣き止むまで背中をさすってくれた。
「……ありがとう」
ハクも優しいけどクオンも同じぐらい優しい。落ち着いたところで礼を言う。本当に会えて良かったと心から思った。
「どういたしまして。それよりもお風呂残念だったね」
ああ風呂、確かに残念だ。
「もう一日ご厄介になるから、その時はゆっくり入ってね」
今聞いたこと全部忘れるから、貴方もいつもどおり元気でいてねと横に下ろされ優しくお腹を撫でられた。なんだかむず痒(がゆ)い気持ちになる。
笑顔が眩(まぶ)しい、クオンは神様や、いやトゥスクルの未来の女王様だ。無礼な真似はなるだけ控えないとと思うのに甘えてばかりの自分が情けない。
瞼(まぶた)が閉じるまで彼女は傍にいるようで、横になり目をつむると子守歌まで歌ってくれた。本当にクオンは優しい女の子だ……会わない方が彼女のためになったのかもしれない。ごめんクオン。こんなに優しくしてくれてるのに最後選ぶのはきっと自分だけ。白状でごめん。
翌朝、私は背伸びをしてすがすがしい目覚めを迎(むか)えた。寝るのが少し怖かったけどあれから夢は一度もみず気分爽快だった。相変わらず朝から振る舞われる食前酒のどぎつさには辟易したけどハクは対照的にぼんやりして酒はうまいが休みたいとだれている。わかる、私も筋肉痛で全身が痛い。
だが保護者様は働くものは食うべからずを地で行く人だ。稼いでこいと二つの仕事を持ってきた。一つは水車の粉引きに倉庫にある七つの小袋の運搬だ。もちろん私は後者を選んだ、量が違うから。
力仕事は男の役目とハクに押しつけ鬼と罵(ののし)られたが、原作ではハクは見事粉引きどころか都の技師でないと直せない水車を治し感謝される数少ないピーアールポイントでもある。ぜひ感謝されて欲しい。私には水車を直すなんてどだい無理だからとの文言を胸に秘め、ハクの罵りをバックに子供でも出来る簡単な奴だからお駄賃程度の稼ぎにしかならないけどと、貴方なら大丈夫と女将さんとクオンに太鼓判をおされその仕事を引き受けた。
結果は散々だった。子供でも出来る簡単な仕事って嘘じゃんってぐらい重かった。一度に持てるのは一袋が精々、それも引きずるようにしてようやく納屋から目的の倉庫まで運んだときは、姉ちゃんなにだらけて遊んでんのと見ていた子供に囃(はや)された。亜人の体力ってすごい。旧人類だぞ、一緒にしちゃダメ。どう考えても私に完遂できる体力なんて無いじゃん。
でもここで投げ出しちゃダメだ。自分達が一人で食べれるようになるまで面倒を見ると言ってくれたクオンの手前、一つでも完遂させなきゃと私は焦っていた。
焦っていたからか、二袋目を運んでるときに紐が緩んでころころ(正しくはごろごろ)アマムという芋が辺りに転がった。幸か不幸か周りに人はいない、子供は飽きてどこかに走り去ってしまった後だった。咎めるものはおらず助けてくれる人もいない。
傷をつけてはいけないと慌てて拾い袋に詰めているとひょいと横から腕が伸びてきて取りこぼしたアマムを拾い上げた。あっと見れば影になった男が芋を片手にこちらを見下ろしている。尻尾は、隠しているのか見えない。
「ごめんなさい、それ返して下さい」
「嬢ちゃん何してんだ?」
どっかで聞いた声に私は動揺した。お、おおう! まさかこんな所で原作主人公より先に会うとは。立ち上がって見れば、不思議そうにこちらと芋に視線を行き交う男は私の見知った顔だった。当然向こうは私を知らない。三次元でも二次元に劣らないまさにそうとしか見えない姿に私は感嘆の声をあげそうになり、堪えた。
男は偉丈夫で浅黄色の着物を着流した切符の良さそうな風来坊だ。ヒゲさえなきゃ格好いいって初見では思ったけど、村人とは違う出で立ちで、めっちゃ序盤で死にそうな主人公が奮起するきっかけになりそうな兄ちゃん来たなって印象は、残念ながら大当たりだった。
彼はこのヤマト、帝が支配する大國の重要人物だ。姿こそ風来坊を気取っているが、正体は八人の将の一人、八柱将にして右近衛大将オシュトルだ。帝より賜(たまわ)る仮面を常に身に着け、清廉潔白文武両道の表の顔と、付け髭と粗野な風体で市井(しせい)に紛れヤマトの闇に睨みをきかせる裏の顔、そのギャップと熱いストーリーから心掴まれた人間は多かったけど腐った道に引きずり込んだ数もそれなりにはいたと思う。
はてさて、今の貴方はどうなんですかね? お腐れ様ほいほいですか? ノーマルですか? なんの明言もせずに逝ったからどう解釈しても自由ですよね、生き伸びてくれた方がファンとしては嬉しかったけどね。とりあえず私はどちらでも可! できれば自分とくっついて欲しい、腐った夢乙女とは私業が深いなあハハハ業が深すぎて生き残っちゃったかなあハハハ……別ルートくれ。
「どうした、俺の顔になんか付いてるか」
出会えた感動からしばし呆けちゃったみたい。目の前でひらひら手を振られてはっと我に返る。
「い、芋を運んでます」
「見りゃわかるんだが、遊んでんのか?」
んなわけあるか、どこを見たらそう見えるんだっつの!
「真剣に、真面目に運んでます! 重くてこれ、引きずるので精一杯なんです」
「これをか」
指を指される。力強く頷くとええっとドン引きされた。
「あと何個ある?」
「五袋は、あ手伝いなら結構です。私はお金を持っていませんし保護者も日当なんて出せるほど大金持ちじゃ……って」
反転しやがったよ。なんで納屋目指して歩いてんのと足下を見れば私がずりずり引きずった痕が残っている。納屋から一直線だ誤魔化しようがない。仕方なく、歩くのが速い彼に私は慌てて付いていく。
「礼はいらねえ、何ついでだ。案内してくれ、残りも運んでやるよ」
案内する前に一直線じゃん、何この人有能すぎる。
「……お礼とかあとで言いませんよね」
「けつの穴の小せえこと言うわけねえだろ。ほらちゃっちゃと片付けるぜ」
颯爽(さっそう)と現れた推しキャラはそう言って(汚い)、納屋の扉を乱暴に開けると一つどころか五袋全部片手で抱え倉庫まで足早に歩き丁寧に床に置いた。本当に、ちゃっちゃと片付けちゃった。
「ありがとうございました」
頭を下げれば、たいしたことねえと掌(てのひら)をひらひらされる。
格好いいなあ、一々動作が格好いい。オシュトルも間近でぜひ見たい、なんて勝手な要求を飲み込んで、せめてものお礼をと言葉を繋いだ。
「あの、良ければですけど、荷運びほぼやってもらったので、私の稼ぎ持って行かれても構いませんが」
クオンに許可を貰わないと、あの義理堅いクオンだから拒否することはないだろうし。
「いらねえよ、先に一つ持ってったのは嬢ちゃんだろ。俺は勝手に手伝ったんだ。後から来て稼ぎかっさらうなんざ男のすることじゃねえよ」
本当格好いいなこの人。ヒゲと無作法さえなけりゃ完璧なんだけどなあ。
「あとな嬢ちゃん、あとでちゃんと保護者には言っておけよ、体弱えのに無理させんなってな」
「あ、いえこちらから言い出したことですから、それに無理をさせる気はないみたいだから大丈夫ですよ」
「そっか? ならいいけどよ」
じゃあな嬢ちゃんと手を振る先にはダチョウもどきのウマが待機していて、彼が任務の合間によった先で偶然私を助けたのだとうかがえた。名残惜しくて声を掛ける。
「あ、あの、すみません」
「うん、まだなんかあるのかい?」
「いえ、そ、その……」
思わず声を掛けてしまったけれど次の言葉が出てこない。二度目の戦争で死ぬから気をつけて? ハクをヤマトに入れなければ内乱は起きないと思いますのでどうぞ閉め出して? ダメだどれも怪しい、怪しい以前にこの村に入った時点でハクは帝に見つかっている。どうあってもヤマトに行かない選択肢はない。
彼は死ぬ、このまま放っておけば多くの思惑に沿って死ぬしかなくなる。そしてハクもだ。文字通り身を削って死力を尽くしヒトでなくなるんだ。嫌だ、大好きなキャラには生きて貰いたい。せっかく知識を持ってこの世界に現れたんだ、平和なお祭り世界を望むくらいいいじゃないか。
ああ語彙力の無い自分が恨めしい。迫る危機を伝えたいのに、彼には助かって欲しいのに上手く伝える展開も言葉も浮かばない。そしてふと血迷った思考が浮かんだ。
誰とも結ばれないキャラだったから不味かったんじゃ? 少なくとも、原因を排除し未練を多く作れば身を賭(と)して戦うなんて事もなくなるのでは? とくれば、アレだ。現状オシュトルに最大の好意を持っているのは皇女殿下と取り巻きプラス私というわけで、この中から誰かと結ばれれば死亡フラグ回避できるんじゃない? となると、この場で結ばれる最有力候補は誰? 皇女様がいない……となると、私しかいない? つまり現時点でオシュトルの嫁最有力候補は私のみ! やった〜、皆幸せ時空でべりはっぴ〜。
「ということで、私の貞操、貰って下さい!」
「……ん?」
流れで告白した。それ以外の打算やら内心やらはもちろん吐露せず包み隠さず好意のみ叫んだ。ついでに私の連れということでハクも警戒してくれれば、隠密活動も活発ではなくなる、つまり! 政敵を原作ほど多く作らずおまけに帝の目にかからないよう務めれば、原作並に活躍せず敵視されることなく帝暗殺の実行犯として追われることもなくなるって算段よ。私ってば頭いいわ! 惜しむらくはもうすでに大出世して帝の目に掛かってるって事ぐらいかな、打つ手なしやね! まあ直接の原因を帝がなんとかしてくれれば納まるはずだからおいおい帝関係は手を打っておこう、おけるはず……
相手は心底驚いたのだろう、数秒硬直するがすぐに回復し脱力する。さすがオシュトル。
「……はあ?」
聞き返された。冗談だとでも思ったんだろう。私も第三者がこんなやり取りしてたらからかってるのか馬鹿にしてるのかと流し見るぐらいだったろうさ。そしてこんな告白も普通はしない、なにせ私はヒッキーだ。人との接触はできる限り避けたいし、誰かと遊ぶよりのんびりしてほうが好きな根っからのヒッキーだ。そんな私が初対面の相手に告白するんだ、本気と書いてマジなんだが正しく伝わっていないのも理解できた。狙いは皆の生存フラグだが、ついでに本妻に娶られたい下心も多少はある。
私はぐっと拳を握り振り切ったテンションを爆上げさせて苦笑いのウコンに畳みかけた。
「惚れたんです一目惚れです。好きです大好きです愛してます! 見た目が好みおそらく性格もドンピシャなんです! ぶっちゃけもっと耽美で優美な方が好みですけど見たところ貴方様は旅の方、ここで離れたら二度と会えないそんな気がしたんです。だから思い出に一晩だけ、如何でしょう!」
そうすりゃぶっちゃけ死んだとしても私は彼の最後の女よよよと己を哀れむことが出来る。我ながら最低だな。さっきまでの親切なおじさんの表情は一転し、こいつ何言ってんだと言いたげな不審そうなものに変わった。その表情は結構レア! いい、いいよ。居たたまれなくて直視できんわ直視するけど。
手を取ろうとしたらさっと避けられた、さすがオシュトル。
「嬢ちゃん、以外と積極的なんだな」
値踏みするようにこちらを生暖かい視線で見ている。
「一期一会!一期一会ですから!袖する縁も多生の縁です、これを気にお付き合いから正式な結婚をよければなんて願っては多少は願ってますけど!」
顔を覆(おお)い天を仰(あお)いだ男はふうっと溜息をついて私の肩を叩く。
「嬢ちゃん、自分の身は大切にするもんだぜ」
もう笑顔だ。慣れてるのかな? こういう女の対処法。さすがオシュトル、いやぶっちゃけ可哀そうなものをみるような目なのがキツいし、若干いい加減にしろや的な雰囲気も感じるけれど、ああ疑ってる? それなら多少納得できそうなものに話題を転換するか。
「ぶっちゃけ貴方が大好きなオシュトル様と体格に似てる気がして、似た人に抱いて貰えれば思い出に出来るかなと」
「そりゃ直接本人にぶつけな。代わりで満足できるほどあんたの思いは軽]いのかい」
あ、急にトーンが下がった。怒られても仕方ない発言を諭すなんて大人だなあと思いつつ、私はちょっと考えて違うと答える。
「……軽くはないと思いますけど、はい」
「なら大事に暖めておきな。適当でいいと投げやりになればなるほどちょっとの気の緩みから、気づけば坂道を転がるようにごろごろ落ちてどん底、なんてなりかねねえからな。嬢ちゃんもそうなりたくはないだろう? 大切に思う相手がいるならそいつに振り向いて貰えるように努力するのが肝心だ。たとえ振り向かない相手でも切磋琢磨した過去は嬢ちゃんを腐らせやしねえ。いや、よりもっと嬢ちゃんを輝かせる砥石になるかもしんねえ。だから嬢ちゃん、そう簡単に……まあ好きだ惚れたっつ〜のはわかるが、寝るだの結婚だの軽々しく口にしちゃいけねえよ。
世の中にはな、沢山の目と口がある。付け入る隙をみられて弱みを握られ思ってもない奴に関係を持たされるだとか売り飛ばされるだとか話が世間様には山と……これは嬢ちゃんには関係ないな」
おっほんと咳払いをして、彼は私の肩を叩く、痛い。
「自分を大事にしろよ、嬢ちゃん」
「大事だから告白したんですけど」
「思いとどまってくれたようで何よりだ。情けは人のためならず、俺はここで失礼するよ」
聞いちゃいない。
「あ、待って……」
慌てて追おうとするがものすごい早さでウコンは走り去った、走って通り抜けた。村の入り口でおそらく彼を待っていたのだろう部下達が、頭どこへ! ちょっと待ってくだせえと慌ててウマの手綱を村の簡素な門に括(くく)りつけて追いかけるのを私は見送った。
あれ、逃げられた? やっと気づいたけれど返事を求めて追おうにもすでに消え去った後で。さすがオシュトル、逃げ足も速かったとよくわからない感慨を抱いて、ひとまず仕事の完了をクオンに伝えるべく旅籠に戻った。
「嬢ちゃん、この宿だったのかい……」
宿に戻るとげんなりした顔のウコンが玄関で腰を下ろして出迎えてくれた。周りには荷の確認作業のためか、数人のお連れさんが帳簿らしきものを持って縄やら壺やらを出し入れしていた。
「そうなんですよ、奇遇ですね」
旅籠に入り休むんだろうか、仕事終わりに迫るのは気が引けたから、先ほどはどうもでしたと頭を下げて荷積み? の準備をしている集団を通り抜ける。
「あ、頭の付きまといだ」
「ばっか、行きずりの相手に付きまといはないだろうよ」
「じゃあなんだって言うんだよ」
「頭も罪ですねえ、もうこれはすましたんですかい?」
「うるせえおまえら、んなわけねえだろうが。おらとっとと休んどけ、明日は夜明けに出るぞ」
野次馬の軽口は無視して(非難の元は自分なのでグーの根も出ないが気まずい)知り合いは戻っていないかと見回すがクオンの姿がない。
キョロキョロ見回したところでやっとハクを隅(すみ)に見つけた。疲れたのか広間の柱に背中を預けぼんやり辺りを見ている。ステルス能力高すぎ。
ほっとして呼びかけると気がついたのかお疲れさんと手を上げて応えてくれた。
「ただいま」
手を振り水車どうだったと靴を脱いで駆け寄ろうとするが、走ると転ぶぞと向こうから足早にやって来た。仕事はと聞かれガッツポーズを取る。よかったなと返されたところでクオンはどこに言ったか尋ねる。先に風呂って言ってたぞ、自分はおまえを待ってた、迷って違う部屋行ったら困るだろ、とハクが言うので部屋の場所ぐらい忘れるほどぼんやりしてないと文句が出かけるが、ぐっとこらえて一応礼を言う。
ついで袖を引っ張り尋ねた。私の仕事の日当はいかほどだろうか?
「何かあったか?」
「仕事、そこのヒゲが生えた素敵なおじさんに手伝って貰ったの。クオンに言って取り分渡して貰おうと思ったんだけど」
「は? 素敵……誰が?」
「いらねえいらねえ、その金でいいもん食って体力つけとけ」
聞かれてたのか、手をぶんぶん振って断られた。ついでにお兄さんだからと要らぬ注釈もついてきた。ハクは怪訝な顔をするもすぐに気を取り直し頭を下げる。
「どうも、連れが世話になったみたいでありがとうございます」
「おう! しっかり手綱握っておきなよアンちゃん!」
殊勝な態度に男衆は話の種が来たと喜色ばんで軽口をかけ始めた。
「兄ちゃん気をつけなよ」
「その嬢ちゃん惚れっぽいからな」
「……おまえ何したの?」
「告白して振られたの。オシュトル様の姿絵そっくりのウコンさん、やっぱり諦めきれません」
「ははは当人に言え」
「ね?」
「ね? じゃねえから。てかオシュトルって、誰……」
疑問符だらけのハクに町の店の一角でオシュトル様の姿絵が売られてただとか、オシュトル様というのはこの國で大人気の将軍だという説明をしようかと思ったが、オシュトルの名を知らないハクに男衆達は驚いたのか興味津々にあらゆる話題を振り始めた。どこ出身の田舎者だとか細いとかもやしとかほぼ悪口にしかなってない詮索はウコンが一喝し静まった。てかあるんだもやし……
困惑するハクだったが尻目に風呂上がりのクオンが出てきて雑談は一時中断。私は事の経緯を説明し(告白し玉砕した話は伏せた。ハクは何か言いたそうだったが茶々は入れなかった、変に自分に火の粉が飛ぶのを避けたのだろう、賢い)、クオンが日当の払いを申し出てウコンが拒絶、かわりに細すぎる私に飯をたらふく食わせるという約束を取り付けてその場はお開きとなった。
お開きとなったのだが、食事をするのは居間なわけで、必然的に宿泊客が一同に集まるのも居間なわけで、私のお膳にはこれでもかと女将自慢の料理が山と積まれていた。クオンよりは少ないが他の宿泊客と同等の量に私はげんなりする。
ハクは私の半分しかない、羨(うらや)ましい。視線で変わってくれと訴えるけど、目もあわせず食えるかなあとぼやいている。そうだね、ちょっと多そうだよね。まあ現代人の基準で考えるのは間違いだ、本来なら周囲のお膳ぐらいが普通の量なのかも知れない。
それにしても多いな、残す前に女将さんに下げて貰おうか。他の人が食べてくれるかも知れないし。
「なんでえ、嬢ちゃんそれっぽっちしか食わねえのか」
食事の席ではウコンと配下達がすでに宴会を始めていた。少なめの膳が気になったのか席に着いたとたんに非難の声をクオンに向けるがそれは見当違いというものだろう。
クオンが溜息をつく。自分を基準にしちゃ行けない、あなたは常人の三倍の量だ。
「再三言ってるんだけど、お腹一杯ってやめちゃうかな? 食べないと体力つかないのに」
「ウコンさんが食べさせてくれるって言うなら考えますけど?」
どうせなら食べてくれよ、残したらお仕置きとか尻尾ぶんぶん回してくる姿が見えないわけないだろうに。ウコンは自分のことをちゃんと出来ねえ奴を俺の女には出来ねえよとニヤニヤしていて食べないといけない流れに私はげんなりした。
発言に驚いたのか、頂きますを言い食べ始めていたハクが吹き出す。汚い。
「ぶふっ、いきなりおまえ何言ってんの。振られたんじゃなかったっけ」
向かいにいるのは私なんだけど。掛からなかったからいいけど気をつけてと咎めようとして、視界の端に白塗りの貴族風のふざけた男の姿が見えて吹き出す、寸前で堪えた。
マロロだ、原作ではハクと仲良くなり親友と慕う一見面白風な熱い男で……気の毒な最後を迎えたんだっけ。話の細部まで覚えてない自分が恨めしい。いや、戦争の発端を抑えれば悲劇も変わるはずだと抱えた膳の食事を口に運ぶ。けしてクオンの気迫に飲まれたわけではない、食べてる間は笑顔でドスを利かし問いただそうと尻尾をぶん回す恐怖から逃れようと仕分けではないと自分に言い聞かせる。
それにしても苦しい、美味しい筈なのに飲み込むのに抵抗を感じる。女将さん達ががんばって作ってくれたんだからと吐き気を堪え飲み込んだ。
明るげな笑顔をつとめて、まだむせているハクに胸を張って応えた。
「時間置いたら気が変わるかなあって。そう簡単には諦めきれないや、だっていい男なんだもの!」
「いい男っつ〜のはありがたく受け取るぜ、返事は却下な」
「よ、頭のモテ男!」
「女殺し」
「眼中にない相手から好かれてもなあ」
外野は話の種に興味津々(しんしん)らしい。よかった、不快に思われてない。話しに耳を傾けながら進まない食事に私は務めた。美味しいはずなのだ、原作でも旧人類のハクは美味しそうに食事を楽しんでいたのだから私だって食べられるはずなのにどうも体が受け付けない。お酒は嫌いじゃないはずなのに、異臭がするは食べ物はえぐみなのか噛むと痛い。だからなるだけ噛まないように飲んでいる。味覚でもおかしくなったんだろうか?
「頭は見かけによらず固えからなあ」
「嬢ちゃん、俺なら大歓迎だぜ!」
「てめえら騒ぎすぎだ! 村のもんや客人に迷惑かけねえ約束だろうが」
「発端]はナナコみたいだし別に構わないかな。ナナコ、食事も取らないし仕事を手伝ってもらった人に迷惑をかけてはいけないかな」
話を振られて我に返る。ああ今はウコンの事だっけ。
「でも一期一会だと思ったんです。私体力ないしこれを逃したらこんな良縁二度と手に入らないと思って」
いつ死ぬか分からないご時世だ。風が吹くだけで死ぬ人もいるとはクオンの弁だがヤマトの治安が良いといっても限りがある。少し見ただけでも、過去私が暮らした時代と比べて生きにくい土地なのはわかった。化け物はいるわ野犬がうろつくわ常人なら一撃で撃退するところを私は旧人類の虚弱さから倒せず怒らせるだけ。体力を付けたい、独り立ちして自分ぐらい養わないとと思うけど、頼る伝手も袖も無ければ野垂れ死には避けられないだろう。せっかく二人に出会えたんだ。このままできる限り生きたいと願っても罰は当たらないはずだ。ついでに、推しキャラが目の前にいるんだから少しぐらい良い思いがしたいと思ってしまう。無理なのもわかっていた。
「ちょーとナナコと話があるから失礼するかな? ナナコは人との接し方の常識が抜けてるみたいだからお姉さんがその辺の話をよーく聞かせてあげるかな」
「ウコンさーん、クオンにぼっこにされそうなんで助けて! あと夜這いに言っても良いですか! 来るのも私的には大歓迎ですけどお」
「ナナコ!」
見逃されませんでした。隣のクオンから細いのが来たと思ったら、うわ、瞬時に尻尾が体に巻き付いた! え、締められる?
「残念だけどお断りするわ。アンちゃんの視線がさっきから痛いし面倒はゴメンなんでな」
「自分は別にどうでも良い、人の恋路に足突っ込んでウマに蹴られたら適わんし」
ハク〜、そんな飄々(ひょうひょう)とみてないで手酌で酒飲むのやめて助けてよお。連れのかわいこちゃんが折檻受けそうだよと訴えるけど、尻尾の締め上げはなかった。代わりに立ったままずるずる引きずられる、尻尾つよ、びくともせんわ。
「ナナコは説教!」
「あ、じゃあご馳走様でした」
「お膳は部屋に運んでもらうから安心して食べるかな」
「遺言はウコンさんに好きですって必ず伝えてねハク」
「目の前にいるけどな」
「だっはっはっは。愉快なお連れさんだなあんたら」
豪快に笑い冷めた目のハクに肩を回しアンちゃんももっと景気飲め飲めと杯(さかずき)を引っかけるウコンに見送られ、私は拘束から抜け出せないまま部屋に引きずられた。尻尾も強いとはさすが亜人。ハク、ウコンさんに手を出されたら承知しないから! 私の方が後腐れないですよと負け惜しみを叫んだけど、大笑いで見送られついでに頭を更に締め上げられて軽口もたたけなくなった。
戻ってすぐ彼女は私を解放してくれたけど膳を運んでくると出て行ってしまった。勝手に出かけたら折檻だからと睨まれては居間に戻れず、彼女が戻るまでにと腕を確認して奔る赤い線を少しでも消そうとそっとさすった。痛い、自分のせいで怪我をしたと分かれば無用な心配をかけるから気づかれないうちに消そうと撫でるが、どういうわけか締められた箇所の傷みはしばらく引かず私は困った。
クオンはすぐに戻ってきた。幸い彼女が拘束した痕に気づくことはなく、私は彼女が山ほど持ってきた膳の処分にその日大半を過ごしたように思う。いつまで経っても減らない量に食事を終え戻り見かねたハクが胃が小さいんだろうと助け船を出したところで勘弁して貰えた。結局半分も食べれなかった。
食事が終われば楽しみにしていた蒸し風呂だ。何故か同行をクオンに申し出られ拒否する理由もないので二人のんびり風呂を楽しみ、今は部屋で寛(くつろ)いでいる。
「ナナコは明日まで外出禁止」
布団に転がり眠いなあと欠伸(あくび)をしたところで突然クオンが高らかに宣言したのだ。外出禁止ってどういうことやねん。
「え、トイレは?」
「何それ、聞いたことないかな」
「ああ、便所、厠(かわや)だな」
「そうそう、厠に行けないと困る」
「別にそれぐらいなら……でも長い外出は禁止! 夜這いも絶対ダメだからね。貴方は目を離すと急にいなくなりそうで心配なのかな」
私を案じてくれている気持ちはありがたいがちょっと余計なお世話が過ぎるんじゃない? と思わないでもないが、彼女は保護者だ。そのうえ優秀な薬師である。衣食住どころか体の調子は悪くないかと診て貰ったり何かと世話になっているんだ。言うことを聞かないと罰が当たりそうだから大人しくしますと宣言して置いた。そもそも、行く気は無かったんだけどね。行ったところで応じる性分でもないだろうし。
風来坊を気取ってもオシュトルは真面目の大堅物だ。後腐れのない女郎ならいざ知らず、誰とも知れぬ女と一夜の火遊びに興じて政敵に餌を与える愚行彼が許すとも思えない。なので私は安心して夜這いに行くとほざけたわけだ。応えてくれるなら全力で夜這うけどさ。
「チャンスは明日もあるんでここは大人しくしておきまーす」
「いや、マジ行く気だったのかよ」
「だって格好良かったんだもん」
「ナナコの惚れっぽさは問題かな、いつか痛い目みそうで心配だよ……」
大丈夫、もう相当痛い目みてる。主に推しキャラ達を救いたいと貧弱脳フル回転でさっきから頭がショートしそう。でも哀しいかな、私は只人でとれる手段が限られている。身分もなく金もない、おそらく常識もない。言葉に信憑性はないし説得力のある証拠もないし後ろ盾なにそれ状態だ。素直にこれこれこうしたら貴方が死にます国の危機です死なないようにつとめて下さいと告げたところで頭おかしいと疑われ下手すりゃ切り捨てごめんで終わる。
「そういやさっき言ってた言葉、トイレって奴? なんで自分わかったんだろ」
「さあ? 偶然の一致かもしれないし心が通じ合ってるからかもしれないし故郷や祖国が一緒か前世で恋人だったからかも? んなわけないか」
「あってたまるか」
ハクは無視だ。こいつが率先して動くとどうなるかわからない。最善を目指して進んでくれればいいけど、都合の悪いことは見て見ぬ振りする悪癖がある。入れ知恵してもっと悪い結末にいきましたとなりかねない。洒落にもならないから、見守っとこうってのが私の考え。
……何を考えてたんだっけ。そうそう、推しキャラを救って國を救う方法だった。誘導尋問、潜入捜査、フラグ潰しも考えてみたけれどどれも確実性がないし一歩間違えば連帯責任で保護者を危険に晒しかねない。どうすれば、戦争を回避できるか、どう動けばこのままを維持できるか考えるけど、無い知恵を振り絞っても浮かぶわけもなく、漫然と時が過ぎ使わない脳をフル回転させたせいで体調が悪くなるだけ……
「ナナコ、眠たい?」
眠くない、体がしんどい……っていうのは言わない方がいいか。無理に薦めすぎたってクオン落ち込んでたっけ。頷くと座っていたハクがごろりと用意されていた布団に横になった。
「寝るか、自分も良い感じに酔いが回ってきたしなあ」
「ハクは飲み過ぎ」
穏やかな時間、クオンの小言やハクのぼやきがどこか遠くに聞こえる。ああ、これはいい子守歌、なんて言うとクオンが子守歌の催促と勘違いして歌い出す。違う違う、何が違うんだろう? ああそうだ、私が聞きたいのはここじゃなくて違う子守歌だ。嫌がる理由が分からず不思議がるクオンにこっちが聞きたかったと歌った。聞いたことがないとクオンは呟く。でも優しい歌だねとハクに呼びかけそりゃあお母さんが子供に歌う歌だから子守歌なんだろと返して子供扱いされたとクオンが苛立つ。
私は得意げだった。なんだか褒められたみたいで気分がいい。懐かしいなと呟くハク、姪っ子に歌ってあげたの? と尋ねて、お兄さんがいたの? とクオンに尋ね返された。違うよ私は長女、弟妹達に歌ってあげたの。あとは暗闇が続くだけだ。
「おう、起きたか。なんか食いたいものとかあるか」
何故かかすむ視界にウコンが見える。あれ、夜這いしたっけ私? 違う違う、たしか吐きそうになって廊下に出て、そのあとどうしたんだっけ……
「ここはどこですか、ハクは……」
「寝てるよ、気分はどうかな?」
ああ良かった、クオンがいた。気分はどうだっけと思い返しぐるぐる波に揺られる感覚を自覚した。
「……気持ち悪い」
二日酔いだ、まだ一杯も飲んでないのに。聞くと心得ていたのかクオンが用意していたらしい煎じ薬を差し出してくる。
「コレ飲んで。大丈夫、お酒でも水でもないから、もう吐いたりしないと思うかな」
「ありがとう……」
取ろうとして、仰向けの体制では受け取れないと気づいた。けれど体は言うことをきかず反転もできず突っ伏す。すぐさまクオンが助け起こして薬を口に放り込んでくれるけれどバサバサして纏わり付く。その上強烈に苦い。水もなしに飲めってコレ拷問。
クオンは私の顎と頬に手を掛けて上向きを維持してるし、どうあっても飲めって事ね、はいはいゴックン、これでいい? あ、また服が替わってる。後でお礼を言わないと。ぼんやりする体に力が入らない。
ううん、また粗相をした自分が信じらなくて愕然としていたんだ。寝るよう促され抗う理由もないから布団に横になり目を閉じた。
私が寝たと思い込んだのか、クオンはそっと布団をかぶせ、少し経ちふうっと溜息をつく。
「いつも、こうなのかい」
「会って間もないからわからないけど……昨日も……ハクはこんなこと……無理して食べ……記憶はある……親族は……夢で……、だから心配……」
途切れ途切れ聞こえる会話に胸が締しめ付けられる。
ごめんなさい、ごめんなさい。また私は貴方たちに迷惑を掛けたんだ。昼の仕事だって私に出来ることをって無理させて、迷惑ばかりかけてごめんなさい。
「ナナコ、起きてたの!? 大丈夫、負担じゃないよ。昼は無理をさせて悪かったね。もう無理に進めないから責任を感じる必要ないんだよ」
優しい言葉に涙腺が緩む。普段なら言えない不安や迷いがぼろぼろと口から転]び出てどうしようもない。ひたすら私は何かを言っていた。置いてかないでだとか、置いてくぐらいならいっそだとか、役に立てなくてだの未練ったらしいったらない感傷が胸の内からころころ転び出る。
「大丈夫、置いていったりしないよ。私は貴方たちの保護者なんだから。都なら腕の良いお医者さんもいるから原因が……」
苦しくて唸る。物理的に苦しんでると勘違いをしたクオンが私の顔をぞき見て心理的なものと悟ったのだろう。そっと背中をさすってくれた。
「寝ようナナコ、寝たら少しはよくなるよ。明日はお饅頭を軽く食べよう、アレなら少ないし貴方も食べられるだろうから。もちろん無理ならいいからね」
ハク、ハク。見えない姿に手を伸ばす。優しさが苦しい労りが哀しい。彼女の傍に貴方が見えないと不安になる。早くこの人を遠ざけて、私はきっと悪い病気なんだ。だって触れられるたび痛くなるなんておかしいもの。言葉は形にならず胸を押さえて出るのは吐息ばかり。
「はいはいまたくっついて寝るのね。おまえもいい年だろうになに子供みたいな事言ってんの。大丈夫だからちゃんとくっつくって、んでクオンも」
「うん、大丈夫、傍にいるからね」
クオンが手を離して胸のつっかえが取れた。勘違いを正そうとやっと言葉が口から出る。
「違くて、離れて……悪い病気だったらダメ。感染症、もし移ったら私自分を許せない」
「カンセンショウが何かは知らないけど、私の見立てでは病気と違うかな? だから心配しなくてもいいんだよ」
「薬師様のご高説も頂いたんだ。ほらほら、とっととくっついとけ」
意外と強い力で引っ張られた。姿が見えない、でも掌から伝わる温もりがハクが傍にいることを実感させてくれる。ついでクオンの柔らかな感触に胸がふっと温かくなる。大丈夫、何が大丈夫かわからないけど二人がいるなら大丈夫だ。そう思わないと叫びそうだった。
優しさに甘えて私はそのまま身を横たえた。ふっと額を撫でられた感触に意外に手がごついと感じて、そういえば彼もいたっけと今更の事実を思い出した。迷惑掛ける相手を撫でるなんてどんだけ菩薩と涙が出る。
「ちっこいガキみたいだな」
「クオンの方が低いのにな」
「ハク、何か言ったかな?」
「いえ何にも。兄弟がいたらこんな感じなのかね〜」
「生意気だよ、いないと辛い」
「……そっか」
「二人がいてくれて良かった……」
聞かないつもりの会話に弟妹達を思い出してつい口を挟むのは悪いくせだ。直そう、そして早く寝てしまおう。明日には元気な顔を見せて二人を安心させるんだと意気込み大人しく身を横たえる。
「世話掛けたな」
「何、厠行ったら見つけただけだ。気にすんな」
寝付いたつもりだったけど中々寝入れず、ウコンが去り二人がそのまま寝て、結局朝が白むまで私は寝れなかった。私はおかしい、ハク以外に振れられると苦しくなるなんて恩知らずにも程がある。
風と行く