余談SS 無駄に声のでかい護衛が来た
オシュトルと色々語らい決めごとを取り交わした数日後、未だ寝付くマリカに代わり私の護衛をしてくれていた鎖の巫が所用で来られないとメールで連絡を受けた。内裏に出る用事もないので伝えてくれたホノカさんにお礼の返信を打ち、自室の寝台に転がり本日のお仕事に没頭していると部屋の扉が開いた。断りなく来訪したのはオシュトルで、用事がありましてと近くに来て申し出る。
「マリカ殿がお体を崩されているとお聞きしました。殿下をお守りするために、二三護衛を付けた方がよろしいかと」
「いらぬ世話だ」
気やすくしていいと言ってから何故か態度がでかくなった女官に放置され(さすがに来客がある際は壁に控えたり入室の許可を取る最低限の業務もこなしているので注意もできない。変わり身の早さに唖然とするうちに注意する機会を逃してしまった)一人静かに天蓋の布奥でポチポチ本日の学習課題を済ませる。
事前に打ち合わせのない来訪は歓迎してないですよと態度で示すのに、オシュトルは寝台の端に膝をつきこちらの機嫌を伺ってくる。
「部屋の中までは入りませぬ。部屋の外に待機させると申したまで」
てことは、今は部屋の前で待ってくれているのね。
「あらぬ誤解を受けると言っている。私ではなくお前がだ」
「某の身を案じて頂き嬉しく思います。ですが殿下のお立場は盤石ではございませぬ。某を案じて頂けるならば御身を損ねる真似だけはなさらぬようご忠告申し上げます」
布を捲ると案の定オシュトルが一人膝をついていた。女官を横目で見ていたのか私がオシュトルを見るころには視線をこちらに戻しそ知らぬ振りをする。何か圧でも感じたのか控える女官は無駄話もせず大人しい。私の時とはまるで態度が違う。違いは何ですかね?威厳ですかね?いや原因は諸々察している。『気やすく振舞っていい』、この単語が不味かったのかもしれない。
大いなる父の言葉がこれほどまで影響を与えると思わなかった。オシュトルに心配をかけたくなくて指摘はせず、靴に足を入れ気怠げに伸びをしながら自室前の扉に近寄り入り口を開ける。
「上司が心配性でお前たちも大変だな」
扉の前に立つ衛士は二人だ。私に気づくと即座に膝をつき最敬礼の姿勢を取った。誰の差し金かは知らないが足手纏いを寄こすとも思えない。注視すれば新米でないのは私でも見て取れる。男女一人ずつ、大柄の男性と小さい女性か。オシュトルが帝室の付き人に進めるぐらいだから手練れと解釈して私は頷き申し出を了承する。
「いいだろう、部屋の外までは許す」
畏(かしこ)まる衛士の表情に隠しきれない喜びがにじみ出た。前職でどのような立場にいたかは知らないが帝室の傍付きに抜擢されるのは衛士にとって相当名誉とふみ過酷だぞと注釈を付けた。ぬか喜びさせてはいけない。
「許される範囲を見極められるなら好きにするがいい」
膝をつく衛士たちはありがとうございますといやに大きな声で礼を言う。
元気でいい事だと頷き部屋を出るときは声をかけるからその時まで好きにしていいと声をかけ、礼を言い退室するオシュトルを見送り扉を閉めた。
雑事を済ませ部屋を出る。付いてくる衛士たちを放って進むと扉の前で足音が途切れた。振り返るとこれ以上の立ち入りは我らには許されておりませんと首を振られた。聖廟は良くても深部は無理と覚えておかないと。そうかと返しじゃあなと前を向くが立ち去る気配がない。振り返り促す。
「帰っていいぞ?」
「殿下をお守りするのが我らの使命です。ここで待たせて頂いてもよろしいでしょうか?」
殊勝なことだ。
「構わない。疲れたら帰っていいからな」
帰りませぬ! とやけに大きな声で男が叫んだ。小さい方は男の声の大きさを注意しここに来た理由が気になるのか尋ねてくる。
「殿下はどのような用件でこちらに?」
「護衛が体調を崩してな、正確な情報を確かめたい。あと薬作ってくる。薬湯が効果あるのは知ってるけど私が動いた方が早い」
薬を飲ませる許可を上に求めても了承されないから勝手に作りに来た、なんてのは余計な情報だから口にはしない。薬も副作用が出てはいけないから軽めの、気休め程度のものを調合してマリカの許可を得てから飲ませるつもりだ。
「どれくらい掛かるか検討もつかん。不審者を撃退する仕掛けもあるから心配はいらない。放っておいてくれて結構だ」
不審人物が高官なら積んじゃうけど、何かあれば帝が確実に手を打つ場所で事に及ぶ馬鹿はいない。
じゃあなと手を振り開いた扉の向こうに足を踏み入れた。
マリカの状態を確認しようと聖廟内のデータにアクセスしたが目論みは破綻した。こうなることを読まれていたのか、医療ポッドが並ぶ部屋で端末にアクセスすると警告画面が空中に展開する。読まれていたと私は焦り気づかれる前にとスクリーンを消したが感知されたのか、早々に別のスクリーンが展開されホノカさん直々にお叱りを受けてしまう。珍しく笑顔がなくて怖かった。
副作用が出てはいけない、帝もご承知、案じるならば静観に勤めるのが最良ですと静かな声で窘められ、スクリーンに映る厳しい表情に余計な手間をかけさせ申し訳ありませんでしたと頭を下げるしかなかった。
引く姿勢を見せたのもありお小言はすぐに止む。逆に気遣わせてしまった。主に大切に思われてマリカ様も嬉しゅうございましょうと労ってくれるけど、私がいないと寝てばかり、そんな余力感じる元気もなさそうとの文句は胸の奥にしまっておく。
ホノカさんから帝に任せていれば大丈夫ですと太鼓判を押され仕方なくそうですねと応じれば安心されたのか、通信が切れた。
手持無沙汰になり、薬がだめならせめて菓子でも差し入れようと棚からビーカーを取り出しパウンドケーキの制作に取り掛かった。この時間断りなく厨房を勝手に使い明日の朝食の準備に障りがあってもいけない。
レシピは聖廟内のデータにアクセスすればいいから楽だ。バターなんて高尚なものはないからそれっぽい材料で仕立てたバターもどきを少量ボウルに投入。砂糖と小麦もどき大目のあっさりしたお菓子に仕上げたと試みる。聖廟は便利だ、オーブンがなくても似たような機材はそこかしこにあり、鍵まで有する私は命令一つで転送し似た器具を扱える。
……何から何までもどきばかりだ、なんて感傷は不毛でしかないから痛む胸から目を逸らしてお菓子作りに専念した。
足りないものは転送して作る片手間に、本日の業務や子供の様子をつぶさに観察して時間を潰す。
動いていると時間はあっという間に過ぎ、中々に楽しい時間だったなとオーブンもどきから型を取りだし冷めるのを待つ。
出来上がったパウンドケーキを可愛く個包装して、マリカ食べてくれるといいなあとウキウキ気分で深部から出た。
「まだいたのか……」
衛士たちは壁に背をやり膝をついていた。上司が堅物だと伝染するのか部下まで似るらしい。
殿下の護衛が我らの任務ですとやけに大声で宣言する衛士に今は夜だから静かにしてくれと言い含め対価として抱えるお菓子を差し出す。
「勤勉ご苦労。これをやるから家に帰りゆっくり休め。根を詰めて倒れられてはかなわん」
女性は受け取るのを躊躇うが男性の方は見た目通りおおざっぱなのかありがとうございます! と迷いなく受け取った。喜色満面の表情に唖然とするが、思い切りが良くて小気味いい。こらと叱りつつ受け取らない小さい方も私が責める態度を取らないから、受け取らないのも不敬と思い直したのか、礼を言いおずおず手に取る。これはどのように食べるので?と聞かれ無礼な食べ方をしてはと危惧させたのに気づいた。配慮が足りなかった。困り顔の衛士に、貴方の想像通りの菓子だから気負わずにと宥(なだ)めにかかる。
「砂糖菓子の一種だ。似た菓子で言えばカヌレだな。部下にやるついでに作りすぎた。要らなければ捨ててくれていい……って」
「話の途中で食うな馬鹿!」
大柄の衛士は説明の途中で包みを破り豪快に口に放り込んだ。
即断即決すぎない? 私だから良かったけど頂いた物その場でガブリは上流の方々が眉をひそめそうだ。多少周囲を伺うべきじゃと脳内でどん引くが、小さい同僚も同じ感情が生じたのか、道理を説き叩いて止めるも大きいのは気にも止めず食い切った。掛かった時間は数秒程度、どんだけお腹空いてたんだ。身を削りすぎだろと思う間に、腹が減っていて、上手い、助かった!的な言葉を吐いた男は最後に手を合わせ私を拝む。
「ご馳走さまにございました!」
「……お粗末だが上手かったなら何よりだ」
気圧され返事をするが男は腹を叩きもっと食えますと胸を張る。えばるな。
横にかがむ衛士が手刀を首筋に叩き喝を入れるが男はびくともしない。結構凄い音がしたがケロリとする様に私はさらにドン引き、小さい方が折れたのか深いため息をついて低い頭をさらに低くして詫びの言葉を掛けてきた。
「見苦しい姿をお見せし弁解の言葉もございません……」
「いや、いい食べっぷりだった。作った甲斐がある」
相方かどうかは知らないが青筋を浮かべ項垂れる小さい方は色々難儀してそうだ。責めずねぎらえば地面につきそうなほど頭をたれて謝意を表明する。
「そう言っていただき有難く」
「殿下は飯が上手うございますなあ!」
「お前は周りの状況を見てものを言えと何度!」
「五度目だったかな?」
「百は超えてる馬鹿野郎っ!」
堪らず叫ぶ彼女に噴き出す。失礼をと畏まる姿に同期かと尋ねれば腐れ縁でと本気で嫌そうに顔を歪める様にまた綻んでしまった。何気ない振る舞いが常に緊張しっぱなしの我が身には小気味よく感じられた。しかし初対面でそんな内情を打ち明けられても迷惑かと咳払いをして私は姿勢を正した。恥ずかしそうに俯く姿に(対照的に男は状況が分からないのかぽかんとしてるのが面白い)労いとこういう縁も貴重だから気負わずにいてくれと宥めてみる。
「なかなかに大変だな。私から見れば微笑ましくはあるが色々苦労もあるのだろう。腐れ縁というが人の縁は途切れるときは簡単に途切れてしまう。大事にすることだ」
「途切れるものなら即行途切れてしまいたい……っ」
あ、これ本当に腐れ縁だわ。ふはっと吹き出したところで口元に手をやり笑いを堪える。あんまり笑えば失礼だと気を取り直しすまし顔で去ろうとするのだが、男の方が殿下と声を掛けてきた。真自目な声音に振り返れば二人顔を見合わせ深く頭を垂れる。
「少々お待ちを……おい」
「ああ、分かっている」
「?」
小さい方に促された男が口を開いた。
「殿下、出過ぎたことと存じますが聞いていただきたい」
何かと男を見れば平伏したまま内情を男は吐露した。
「市井で何度か殿下の歌をお聞きしました。光栄なことに、任務で御姿をお見かけしたこともあります」
「俺は、俺は貴方様の歌が好きでした。屋敷で過ごされる時も町で嬉々として溝掃除に興じる貴方様を見て驚きはしても、好ましく思わない日は一度としてなかったです!」
「馬鹿一言多い!」
「お前だって褒めてただろ。上流のやることじゃないなんて一言も言ってないぞ!」
「だから一言〜っ……」
顔に手をやり項垂れる女性を尻目に尚も何かを訴えようと男は口を開くが女のほうから待ったを掛ける。
「あまり時間を割いて人目に触れてはオシュトル様の評判が」
「わかってる! 此度のこと、本当に残念でなりません……」
……どうやら二人は私と顔見知りでいたく私に同情してくれたようだ。どこで会った? 覚えのない顔を集中して見ると該当する顔を思い出した。
大柄の衛士は雪山でウコンが連れていた男衆の中に見た顔だった。もう一人は私が初めて舞台に立った際演目の途中慌てて外に飛び出した客人にそっくりだ。下手すぎて聞くに耐えず飛び出したと解釈したから妙に印象に残っている。
そしてあと一つ共通点がある。右近衛邸でオシュトル直々に紹介された数名の中に二人はいた。オシュトルが引き合わせ「世話を掛けるときもあろうがその時はよろしく頼む」と口上を述べた後、互いに簡単な挨拶をしたっけ。身分や役目は明かさずよろしく程度の。オシュトルも内情は明かさなかったから勝手な憶測でしかないけれど、オシュトルが危ういときはこの者達を頼れと顔見せしたとその時は受け取ったんだよね。
部下たちが退席した後で、一蓮托生だよ?と確認すると当然であると頷いたから深くは突っ込まなかったけどさ。
私は溜息をつく。今がどういう状況か正確には測れないが、オシュトルの懸念通り配下を頼り落ち延びるほど追い込まれていないのは分かる。つまり単に私の身を案じ付てけてくれたんだろうが、当の護衛は現状に不満があるらしい。
自分ではなく上司の立場について憤るなんて出来た部下だよなあなんて内心はおくびにも出さず、右近衛府の面々が窮地に立たされないようあえて厳しめに振る舞おうと私は胸を張る。
「聖上の命だ。異を唱えればどうなるか知らぬわけではないだろう?」
「存じておりまする。ただお伝えしたかった、指をくわえて見るしかない我らですが御身を案じ義憤を感じる者もいるのだと知っていただきたかったまで」
真摯な訴えに私の決意は脆くも瓦解した。人の情が胸に染みる。厳しめになんて当たれない。突っ立ち万感の思いに胸を震わせる私を知らず、小さい方が想定と違うと会話に文句を飛ばしてきた。
「御味方は一人もいない訳ではない、と伝えるだけだと私は聞いたんだが……」
「悪い」
こほんと咳払いし脱線する話を引き戻した。
「聖上の妹である私が一兵卒の不満を見逃す……と思うなら大間違いだぞ」
二人の表情に焦りが見えた。やはり帝の判断に異を唱えるのはヤマトの民にあるまじき振る舞いらしい。聞いたのが私で良かったよね?私そこまで帝命じゃないから告げ口しないから安心してね!なんて心のままに明かせるわけもなく、二人を安心させねばと口角を上げて話を補(おぎな)った。
「まあ誰しも? 上に立つものに不満を感じないなんてあり得ないから、心のうちで思うのを止めよ……というのは無理な話だとも分かっている」
感謝の意を示すために頭を下げて一礼すれば、二人は慌てて頭を上げるよう促してくる。苦笑して頭を上げるとほっと息をつく様にまた綻んでしまった。
「ありがとう、同情感謝する。ただ今後は口にするな。どこで誰が見ているかもわからん。例え身内しかいなくても壁に耳あり障子に目ありだ。とくと心に刻め」
二人は胸に手をやり刻みますると声を張り上げる。双方ともに納得したところで自室目指して歩を進めた。
道中軽口がてら、困らせるのを承知で意地悪な質問を振ってみた。
「悪かったと思うなら多少弱みが知りたいな。私は情勢に疎くてな、誰が味方なのかさっぱりわからなくて困っているんだ」
二人は情勢に詳しかった。正確にはわかりませんがと前置きの後、派閥に関して自室に戻る道中詳しく語ってくれた。一大勢力がこっちで分派がどうのこうのだが表と裏で力関係が異なりうんたらかんたら……客観的な見解も交えて教えてくれた。なぜそんなに詳しいか訪ねると主君の脚を引っ張らないよう務めるうちに自然と、と恐縮する。立派なことだ。ウォシスと異なる見解も見受けられるが合致する部分も多い。となると、衛士よりは宮中に詳しいウォシスの方が情報の正確さでは勝っている。嘘教えてたんじゃなかったのね。内心でこっそりウォシスに謝罪して話の区切りに別の話題を振ってみた。
「オシュトルは落ち込んでただろう?」
助けが必要なら教えてと続ける言葉は二人の沈む表情で口にできない。
「……あの方は心の内を誰にも明かされません。一人抱え込み胸の内に秘匿なさいます。内々でかつて酒を酌み交わした部下に対してもそれは変わりません」
「ですが今回の件はさすがに堪(こた)えたようです。態度にこそ出しませんが、平時より酒を飲む量が減り市井を見回る回数も増えました。闇雲に動き回られておいでで……」
「顔役殿のところか?」
側近なら隠密衆も熟知しているとみてカマを掛けたが二人は頷く。名実ともに右近衛大将に近い立場にあると言葉にせずとも理解できた。本当に護衛のつもりで寄こしたんだ、側近を……自分だって危ない立場なのに。
オシュトルの気遣いが心に染み入り感傷から目を伏せた。少しでも内情を伝えようとしてか意見する二人の声に耳を傾ける。
「それもありますが仕事に没頭し傷心を忘れようとしているのかと」
「お二方が厳しい立場に立たされているのは我等も承知しております。無茶を承知で申しますが時々でよいので内裏に赴き御姿を見せて頂きたいのです」
「何故だ」
意図を尋ねれば予想だにしていなかったのか二人はきょとんと呆け顔を見合わせると狼狽え取り繕う。
「え……? あ、右近衛府まで足を向けてほしい訳ではないのです。オシュトル様が参内なされた時にでも内裏で殿下の御姿を目にすれば傷ついた御心も慰められると思った次第でして。どうかオシュトル様のために」
「おまえは私に指図できる立場なのか?」
「そ、そのような気は全くありません! 不興を買ったなら深くお詫びして」
「指図する真似はよせ。お前にそんな気がなくても穿った奴は曲解して根も葉もない噂をばらまく。オシュトルを思うなら静観する主の意を汲み、別の気晴らしを提案した方がいい」
「……出過ぎた物言い申し訳なく」
オシュトルに伺わず申し出た予測は当たりのようだ。沈む彼女から気まずそうに床を向く男に視線を移せばお叱りが来ると思ったのか身構えている。
「おまえも主観で意見するのはやめろ。気持ちを聞いてるんじゃない、私はどうしているかの報告が聞きたかっただけだ……これ以上間違いがあってはいけない、だろ?」
誰を指す言葉かは明言しない。オシュトルとの関係を間違いと断じる気はないが、客観的に見れば身分を隠し下位の、それも兄の部下と関係を結ぶなぞどちらにとっても醜聞でしかない。ただでさえ心もとないオシュトルの立場を悪化させるような物言いは慎もうと匂わせたが、どこまで通じたのか、二人は粛々と頭を垂れて謝罪する。
「「し、失礼しました」」
「先走りまして、そのっ……」
「確信があるなら別だ。そう反省することでもない」
小さい衛士は言い淀むが大柄の衛士はあります!とよく考えず宣誓し背中を叩かれてしまった。痛いと訴える大きいのとよく考えて物を言えと激高する小さい対比に堪えきれずくつくつ笑い声を立ててしまう。生暖かい目で見られているのに気づき笑いを殺して前方に視線を戻す。暗い廊下の果てに微笑み佇むオシュトルを脳裏に描き呟いた。
「いつか納得する日が来るさ、そう信じたい」
自分に言い聞かせた言葉を目をつむって飲み込み後は淡々歩を進めた。
自室の扉の先で膝をつく二人に向き直る。
「仔細報告感謝する。気を付けて戻るといい」
おやすみなさいませと応じる二人に労(ねぎら)いの言葉をかけた。
「護衛心強かった。報告もありがとう。これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「感無量にございます殿下っ!」
「至らぬ我等ですが誠心誠意お仕えいたしますともっ!」
感極まり綻ぶ二人に得心して二人とも仲良くと言い切り扉を信る。
閉じる寸前で嫌だ〜と嘆く女性とこれからも縁深ければいいなとと朗らかに言い切る男の対比が面白かった。一時でも穏やかな歓談を聞けて心が晴れた。オシュトルに会えたら楽しい臣下と引き合わせてくれてありがとうと礼を言おう。会える機会はそうないけれど楽しいひと時だった。
……本当は、主不在で部屋を辞すのは許されないのに深夜になればさっさと下がる女官のおかげで今夜も部屋に人気はない。そちらの方が気が楽だ。暗い部屋に口頭で明かりを灯(とも)し私は寝台に転がり課題の復習に取り掛かった。
◇◇◇
「おはようございます帝妹殿下! 今日も麗しくて何よりです!」
「声控えろ馬鹿。おはようございます帝妹殿下!昨夜はよく眠れましたでしょうか」
「即行寝台に戻りたくなった」
まだ女官も来ていない明朝、ノックすればいいのに殿下とがなり立てる声に私は飛び起きた。近所迷惑っ! と(聖廟に住むのは女官と帝室ぐらいだから近所迷惑もないのだが)慌てて飛び出れば昨日の出で立ちそのままの二人が部屋の前に立っていた。徹夜はしてなさそう、肌がつやつやしている。あの休憩時間で身なりを整えてくるなんて勤勉だなと感心はしてもそれはそれこれはあれ。来るのが早すぎるとパジャマ姿の自分を指さし小言を言い含めた。
「朝を告げる鐘の音はまだ聞いてない」
「主君が動く前に動くのが我らの鉄則です!」
ああそう……
「お疲れですか? 響いてはいけません。お早く体を休められ元気になられますよう、お気を付けくださいませ!」
何を勘違いしているのか額に手をやる姿から寝込んでいると思われたらしい。悲し気に休むよう促されてしまった。うるさい。
「だから声が大きいっ! 殿下は病弱なんだぞ、体調の悪い方の傍で大声を出すなと何度!」
「二人とも五月蠅い……」
「「はっ、失礼いたしました!」」
たまらず漏れ出た本心に気を害しもせず二人は胸に手を当て直立不動の姿勢をとる。応じてくれて有難いが真面目な態度に余計疲れを感じてしまった。ええっと、と口ごもりつつ二人に確認する。
「昨日だけではなかったのか?」
「はい! 殿下の護衛は八柱の手練れが適任と会議で決められましたが、近衛大将は其々の任務が多忙でお傍に侍られません。なので急場しのぎで我らに護衛として付くよう命令が下されました」
私って会議の議題にあがるほど重要案件なの!? お偉方の時間取らせて申し訳ないわ。てか近衛大将が付けるよう色々便座測ってくれたのかな、有難いが裏の権謀術数凄そうで余計な苦労かけて申し訳ないな程度の感慨しか湧かない……嘘、右近衛大将が付いてくれるといいなあなんて願っちゃってる。周囲も私の考えなんてお見通しなのか右近衛大将様をご推薦はしなかったわけですね。いいけどさ、任じられたところで余計恨まれて足引っ張りそうだし。
残念そうに小さい方が目を伏せてくれて、気遣いが有難いなあと思う。
右近衛府の面々には迷惑をかけ通しだ。どこで帳尻を合わせようか、礼を返したくてもオシュトルは用がなければ訪ねにも来ないしなあと眉をしかめたところでマリカはどうなるの?と浮かぶ疑問に青ざめた。まさか護衛を解かれるほど病状が悪化したとかじゃ……!
恐々二人に尋ねてみる。
「……マリカの代わりにか?」
「いえ? 術と武、双方備えた方が御身の安全をはかれると大老直々に御命令をいただいた次第です」
「嫌がらせか……」
だがマリカを護衛から外さずにいてくれたのには感謝しかない。罠でもいい、知己と離れるのは辛すぎる。
「嫌がらせかは分かりかねますが、平時は静かに控えますので何卒お傍に侍る許可をお願い致したく」
「わかった、わかったから静かにしてくれ。寝不足で辛い。護衛の件理解した、有難く受け取ろう、だから」
静かにしてと言い含める言葉は喜び勇む男には届かない。
「御身を煩わせないよう静粛に努めます! お傍付きの許しをいただき望外の喜び、今後とも一層御身を守るよう職務に励みます!」
「ず、頭痛が……」
膝をつく男はそこで初めて私の状態に気づいたらしく慌てて立ち上がると扉を開けて自室に戻るよう促してくる。
「これはいけません。どうぞお休みくださいませ帝妹殿!」
「何者も眠りを妨げないようしかと見張りますとも! 曲者一匹見逃しませぬっ」
女官は通せよと注意すればさすがにそれぐらいは分かりますと男に胸を張られた。
「見逃す方がやばいからそれ、いや返事はいい、いい加減静かにいた」
「ご主人様――――おはようございま―――す! マリカすっかり良くなって元気いっぱいになりました――――っ!」
やっと部屋でもうひと眠りできると引っ込む途中で廊下の果てから聞き覚えのある声が爆速で近づいてくる。馬鹿、昨日の今日で元気になる奴があるか、ポッド使ったな?アレは急場しのぎだから大事を取り数日休んでから来いと言い含めたのに、どいつもこいつも話を聞かないっ!
おまえはいいから戻れと慌てて外に飛び出すが突然の来訪に頭がショートしたのか男は腰の鞘から刀を抜き仁王立ちで叫ぶ。
「く、曲者!? おのれ、ここは一歩も通さぬぞぉ!」
「馬鹿、護衛殿だ! 一旦退け!」
問答する二人に。私の護衛だそこを退け! 危ないケガするなんて言葉は近くまで来たマリカの声でかき消された。
「むむ〜見知らぬ顔ですねえ? ……あ――っ! ご主人様にちょろまかされたオシュトル様の配下だぁ! 主君に代わりご主人様とマリカの仲を邪魔しに来るなんて不届き千万極まりないっ!!」
は、はぁ? あと何でおまえぶりっこみたいな語尾してんの?キャラ変わった?頭馬鹿になってない? と当惑するうちに、元気になったのは本人の弁で多分熱が下がってないと行きつく答えに血の気が引く。話が、通じないから説得も聞かない。
「ご主人様とマリカの蜜月を邪魔する奴はあ、全員木っ端みじんにしてやるうぅ、てえ――――いっ!!」
「ちょっ……!?」
転身する私が二人の首を引っ張り扉の奥に体を引き込むと同時に、閃光と轟音で視界が真っ白になる。
馬鹿マリカ、むやみやたらに術使うなってあれほど言ったのに!
主巻き込んでどうするのと白む視界に文句を飛ばすが当然聞こえるわけもなく、視界は黒一色に染まる。
幸い大事にはならなかったと後から聞いた。
気づけば天蓋の布が見えて自室で私は寝かされていた。横に顔を向けると青筋を立てたウォシスがおはようございますとキレ気味に微笑んで座っているのが見えて、助けを求めて視線を彷徨わせると泣き声が耳に入る。慄きつつ視線をやれば縄でぐるぐるに巻かれ芋虫状にされたマリカが部屋の隅に転がされ泣いていた。あんまり謝るので早く休ませてあげてと解放をウォシスに訴えると唐突に扉が開あた。現れた護衛達は謝辞を述べながらマリカを抱え、大老に事情は説明した、軽率なふるまい申し訳ないとひたすら遜(へりくだ)る。体を試しに起こせば護衛の言うとおりピンピンしていてほっとする。
誰も悪くないと私は取り成しウォシスも三人を咎めず責任はないと言ってくれたが、マリカだけが恥を掻かされたとぶん剥れた。貴方達のせいでと罵りっ放しのマリカに苛立ったのか、護衛達は互いに責任を擦り付け合いながら三人揃(そろ)って(マリカは大きいのに抱えられ)退室する。
「ご主人様に向かう前にマリカにも一言言うべきじゃないですか! お付きになった年で数えれば私の方が先輩なんですからね!」
「状況から見れば不審者でないのは明白だろうに、誤解したマリカ様が悪い、俺は知らん。あと一年も違わないから同期だ、俺は呼ばん」
「ゴリラと小っこいの見て不審に思わない方がオカシイです! マリカは悪くないですからね! あと様はいいです、先輩ってちゃんと呼ぶべきと提案致しますぅ――――っ!」
「ごりら?」
「ゴリラはいいです先輩と言え、てかいい加減離せゴリラ――――ッ!」
「ごなんとかも先輩も私にはどうでもいい。おまえが近しい方々にお伝えすると言うから信じたのに、今回の件が知られればオシュトル様のお立場が、ああ……」
「いつも通り切り抜けられるさ、あまり気にかけても失礼だぞ」
「……だがなあ」
「マリカはいい気味です〜。部下に丸投げするからこうなるんですよぉ、自業自得ですぅ♪」
「その敬愛する殿下に術ぶっぱなして足を引っ張るどころか昏倒させた先輩はどの程度いい気味に該当するんでしょうか?」
「うわ――んっ、ご主人様ごめんなさ――いっ! マリカが悪うございました――――っ! うわ〜〜ん!」
遠のく声はどこかで聞いたような問答で思わず苦笑してしまった。二人ともいい性格をしている。三馬鹿と私の脳内で勝手に解釈していた一人は同じように苦笑する癖に、修理費がどうの貴方のおかげで予算がどうのと嫌味を言ってくる。ウォシスの言葉に私は平身低頭で(寝てるから事実は異なるのだが)謝罪する。冗談だとウォシスは意見を翻し、正確には貴方の護衛のせいですから謝る必要はありませんよと被害状況を詳しく教えてくれた。
聖廟は頑丈で傷は出来ても損壊はない。私も閃光で気を失っただけだから大した被害はないと聞く言葉にほっと胸をなでおろす。
「仲良くなれそうで安心しました」
「腐れ縁になれたらいいよね」
なれるといいですねとウォシスは微笑む。
私が気絶している間にどのようにして場を納めたのか尋ねると、懸念通り衝撃は周囲にも知れたそうで、事態把握に慌てふためく衛士たちに的確な指示を出し近衛府が出る前に場を収めてくれたそうだ。
マリカの術は遺物の取り扱いを間違った私の失態と説明したおかげで大した騒動にはならず何よりでしたと微笑まれた。本当こいつ私の評判貶めるのに躊躇がないよな。おかげで助かったけどさ。
騒動は監視カメラの映像から知ったそうで、参内する日でもないのに事態終息のために動いてくれて本当ウォシスには頭が上がらない。
「何か忘れていませんか?」
「ありがとう?」
「それも嬉しくはありますが、護衛についてすぐの者に渡して私に何もないのはあんまりだと思いません?」
まさかの催促……監視カメラで護衛にお菓子あげるのばっちし見たんだね。白を切り不興は買いたくないから袂から個包装された幾つかを取り出し差し出した。大丈夫、ちゃんと人数分用意してるんだよ。帝とホノカさん、姫殿下とウォシスの分もね。マリカのだってちゃんとあるんだ。
「珍しいよねこれ、もちろんどうぞ、一応用意はしてたんだよ。口に合えばいいけれど」
「繊細な舌に味わわせるのに躊躇いは感じますが、折角だから頂きましょう」
マリカに渡し損ねたから届けてくれる? と頼むとウォシスは快諾してくれた。二つ渡すと一つは帯にしまいもう一つの包みを逸(はぐ)る。
……それでウォシスもその場で食べるし。大雑把な味ですねと酷評しない。そんなの自分が一番わかっている。
「オシュトル殿にも差し上げればよろしいのに」
「分かってること言うのはやめてよ。甘いの苦手だし余計なやっかみ買わせたくない」
嫌味に余念がないウォシスでも私が本気で嫌がれば追及しない。これは失礼をと以後突っ込まずお菓子を食べきるまで静かにいてくれた。お茶をと申し出る女官の薦めを辞退して甘すぎますと文句を言いつつ間食してくれて嬉しかった。
私が昏倒している間に御典医の診察も済ませたとウォシスから聞く。取り立てた不調はなくても大事を取るべきと判断して、寝台に横になり腰元までずり下がるシーツを首元まで引き上げた。
今日は大人しく寝ておきますとおどければ、ウォシスは五月蠅い方が珍しいですと詰るものの安心したのか椅子から立ちお大事にと背を向ける。
控える女官に向き直り、帝妹殿をよろしく頼みますよと妙に優し気に微笑む姿に、どうして護衛を三人も付けたの? と聞くのを堪える。
人目もある、聞くのは容易(たやす)いが聞きたい答えは返らないとみて、私は口をつぐみ退くウォシスに手を振り見送った。
風と行く