4話 盗賊はゲス
平謝りのルルテイエに救い出されてしばらくして一行は出立した。帝への献上品の数々に相応の護衛を従えての旅だからゆっくりはできない、かなり急ぎ体に掛かる負担も相当と構えていたが、十日前後とクオンから聞き思ったよりもゆっくりなんだとほっとしていた。ほっとしていたが、旅はなかなかに過酷だった。
山賊も出ないし退屈かも知れません、お姫様方はゆっくり外の景色でも眺めていて下せえとウコンはほざいたが、中々にどうしてしんどかった。
揺れ、体に応える。暇、することがない。前方、マロロが車酔いで桶に突っ伏し吐瀉。女通しでお喋りしようにも私に話題はなく、必然的にクジュウリ姫のお相手をクオンが務めることになりココポに乗って二人は歓談に勤しんでいる。いいねえ、年頃の子が仲良くお喋り。私は隅で寝転び暇を持て余していた。時折、体の調子はどう?とクオンが顔をのぞかせたり起きてちゃダメ横になってと文句をつけてくる程度の交流はあった。体調は最悪だが隠したつもりだけどきっとバレバレだったに違いない。軟膏を塗ったりお茶を勧めたりとクオンは忙しなく動いていた。
ルルティエがお茶でもどうですかだの、野営に至っては気分の良くなる香でも焚きましょうかと申し出てくれて大変申し訳なかった。良ければ体をお拭きしますと尋ねてくるので丁重に辞退した。お姫様のすることじゃない。ついでにウコンに体を拭いてもらったり拭いたりして仲良したいと零せば、ルルティエの様子を見に来たウコンにどうせならもっと色気がある方がいいねえと嘆息され哀しかった。さして交流もないのに体を癒やす札があるでおじゃるだの、親友のお連れなら友も同然、まろで役に立てるならなんでも言うでおじゃると胸を張るのでお化粧取っていったらそれは断られた、残念!ハクも寝てろだの動くなだの怠惰の権化が色々世話を焼こうとしてうるさい。
「休みてえなあ……」
そのくせこうボヤクのだ。代わりに働こうか?と提案すれば寝付く私を見て本気に取らなかったんだろう、はいはいと手を振ってくる。
「冗談、お前は寝てろ」
「あ〜ゆっくりって気持ちいいなあ!」
「こんにゃろ、気遣ってやってんのに」
「サボる?」
「……それこそ冗談。飯食わせてもらってんだ、働くよ」
「偉いねえ!さすがハクだわ」
「おまえもな」
怠け者に怠惰の権化がそう吐くんだ。何も返せなかった。
夜毎(よごと)見る家族の夢に飛び起きる。天幕で一緒に眠るクオンを起こしてはと外に飛び出すのに、どういうわけかハクにはバレバレなのが腑(ふ)に落ちない。人目を避(さ)け物陰で嗚咽(おえつ)を殺そうと蹲(うずくま)る私を追ってきて、自分の外套(がいとう)を顔に被(かぶ)せ問答無用でぐるぐる巻きにするんだ。外(はず)そうとすると抑(おさ)えてきて、意味が分からず困惑し質問攻めする私の疑問には答えずさっさと寝ろとだけ返す。そのくせ落ち着くまで傍(そば)にいてくれるんだ。
毎回それが続き、いつものパターンになる頃には純粋に嬉しさだけが残った。ハクは何も聞かない。無くした記憶が気にならないか尋ねても、お前から聞いたところで実感がなければ意味ないだろと詮索する素振(そぶ)りすら見せない。落ち着いたところで手を引かれ三人一緒の天幕に戻り眠るのにも大分慣(な)れた。その頃には徐々に夢も見なくなり魘(うな)され飛び起きる回数も減った。寂しくはあるが慣れてきたということだろう。ハクに迷惑かける回数が減ったのなら何よりだと自分を納得させた。
ウコンの部下達も頭思いを遂げてあげりゃどうですだの、なんかすることあったら変わってやるよ嬢ちゃんだの口々にやかましいことこの上ない……皆が気遣ってくれているのが在り在りと分かり、私は優しさを無碍に出来ず大丈夫だよと返すことしか出来ないのが空しかった。
むせて息ができないとき双子がたまに現れて何かの術を掛けてくれる。最初は警戒していたクオンだけど癒しの術とわかれば二人の行為を見逃すようになった。私が苦しいときハクが辛うなとき双子はふいに現れ撫(な)でさすり術をかけて落ち着いた頃にいなくなる。ハクは怪(あや)しんでいたが周囲が害はないから好きにさせてるのを知ると皆と同じように好きにさせていた。
「いつも、ありがとね」
咳込み伏せる床(とこ)で礼を言えば双子は無言で首を振り慈(いつく)しむ様に優しく頭を撫(な)でまた術を再開させる。どんな思惑かは知らないが帝都まで生かしてもらえるなら大歓迎だから私も彼女たちの好きにさせた。
撫でなくてもいいのに、励(はげ)ますように手まで握(にぎ)るから涙もろい私は優しくされるたびに泣くのを堪(こら)えるのに苦労する。
「ボロ泣きじゃねえか」
「余計な事ハクは言わなくていいの!」
「どうしたの? ハクに意地悪された?」
次の野営地確認に馬車から出ていたクオンが戻ってさっそく妙な誤解してるし。
「違うの、優しくされて辛い、うっ、えっぐ……」
こらえたいのに涙は頬を伝(つた)い袖に落ちる。隠そうと突っ伏すが背を撫でる感触と暗くなる視界が余計涙腺を刺激してボロ泣きだ。嗚咽(おえつ)までこぼしてしまい困る。
「馬鹿、お前が泣くと馬進まなくなるから少しは我慢しろよ」
「出来たら苦労しないよ!なんで泣いてるのか自分でもわかんないんだよ、ううぅ……」
「よしよし。ナナコが落ち着けるように保護者の私が子守唄でも歌ってあげるかな」
「あ、私ダウナーな曲が好きだからそれはいいや」
クオンは傷ついたのか硬直し打ちひしがれた風に膝をついた。クオンには悪いけど、彼女の子守唄はハクのために取っておきたい。
「お前その変に正直な性格直した方がいいぞ。今のクオンじゃなかったら見捨てられてる」
「だって余計な労力これ以上割(割)いてほしくないんだもん。クオン働きづめじゃん」
私の看病に昼夜奔走させて申し訳ない。
「気にしなくてもいいかな、私は薬師だし保護する人を守るのは当然かな」
そうしてすぐ微笑んで強がるの空元気に見えて心配なんだけど、余計なお節介だから黙っておく。
クオンは気を取り直していいというのに子守唄を披露してくれた。途中ココポの様子に心配したルルティエちゃんが顔のぞかせてクオンの歌をお上手ですと褒(ほ)め各地に伝わる子守唄の違いを世間話に教えてくれた。ココポは私が気になるのか追従する傍(かたわ)ら狭(せま)い窓(まど)から顔をのぞかせる。近寄り撫(な)でればホロホロ鳴き喜ぶ仕草を見せてくれた。
可愛い振る舞いと暖かい感触、和(なご)やかな雰囲気に自然と瞼(まぶた)が落ちるのにも随分慣れた。
……皆が気遣ってくれているのがありありと分かり、私は優しさを無碍(むげ)に出来ず大丈夫だよとしか言えない。何も返せない自分が歯がゆかった。
旅は順調だった、順調に次のイベントがやってきた。山賊が出ると噂の山道でこんな大所帯襲う馬鹿はいないと豪語して襲われた。まあ想定済みの襲撃なのでウコン達は素直に後ろ手に縛られて転がされる。女を値踏みして荷を奪い、潜らせた密偵が根城へとウコン達を案内し捕縛。ここまでがウコンの読みだ。以後の原作イベントは逃げだした頭目をハク達が撃破し捕縛。現れた右近衛大将オシュトルに引き渡しウコンが合流するという物だ。
私は高みの見物を決め込むつもりだった。だったのだが想定外が起こった。
ルルティエに目を付けた賊の頭目が怯える彼女を無理矢理連れて行こうと腕を取った。クオンは拘束から抜けだし颯爽と自慢の体術で頭目を蹴り飛ばす。殺気立つ賊たち、ウコンは動かない。連れていかれても助ける算段があるからだろう。でも連れ去られた方は見捨てられたと思いかねない、遺恨が残る大変よろしくない展開だ。ハクもクオンに助太刀をしようと解けなくせに拘束された体をくねらせ何とか立ち上がろうともがいていた。原作では二人の間に信頼関係以外何もなかった、不信感が芽生えたら以後の流れによくない影響を与えかねない。とくれば、誰が犠牲になればいいかは明白だろう。
私は、ねえと殺気立つ頭目に声を掛ける。ああ?と睨まれて怯む気持ちをぐっと抑え、努めて平静を装った。
「お姫様で満足できるの?」
「なんだ?てめえが代わりになるってのか?」
掛かった!心の中でガッツポーズを取りくたびれた風情で言葉を繋いだ。
「皆を相手にするのは大変でしょう?そこの二人はとっても綺麗でめったに見ない上玉って奴だけど、華奢だし今にも壊れそう。大店のお嬢さん達だし、手を出したら血眼で行方を探られるのはわかるよねえ?縛り首って末路貴方たちも嫌じゃない?喉でも突かれたら興ざめでしょうし、それなら平民の私が代わりに相手しようかって話しなんだけど、どう?」
何を言うのかとそれぞれが素っ頓狂な声をあげる。ハクが馬鹿引っ込めと叫ぶけど隣のウコンは静観の構えでこちらをじっと見つめるばかり。なら大丈夫だ。
「鶏ガラ見てえで不味そうだ。それに身代わり買っておまえに何の得があんだよ」
「薄給なの、こき使われてろくに食えない。それなら賊の女にでもなりゃ飢えはしないだろうし売られたとしてもマシな主人に当たれるかなって思ったわけ」
下卑た声で盗賊達が笑い出す。笑わないのはオシュトルと協力関係にあるノスリ旅団だろうか。嘘は止めるかなとクオンが叫ぶが、青ざめるルルティエの喉元に獲物を突きつけられては禄に動けないのだろう。責めるような視線が痛くて、酷薄に微笑む頭目にもういちど微笑みかける。
「身代わりを買うには納得できる理由だが野垂れ死ぬとは思わねえのか?
それとも、嘘をついてでも身を挺して助けようとするのは、なんだい、仕える物の義務ってやつかい?」
「それもあるかもね。でもほら、この人達見るからに人がよさそうでしょ?使用人が人身御供を買って出たら多少後ろめたい思いもする、無事に戻ればせめてもの慰みに給金を弾んでくれるかなあって打算もあるの。
あんまり食えてないのは本当よ。大店がケチで給金全部娘に入れ込んでるの。お嬢様たちもここで知ったからには私になんかありゃ下の弟妹には良くしてくれるでしょうし」
「違います、この方は使用人などでは」
「お嬢様ったら相変わらず優しいんだから!ナナコ感激!……でも感激じゃ飯は食えないって訳で。
どうよ盗賊さん? 縛り首か運がよければ生き延びる道。どっちを選ぶ?」
歯を見せて口角を上げればやつれた格好から酷使される使用人を装えたのか、嫌な笑みを浮かべて頭目がこちらにやってきた。
ルルティエは青ざめながらいけませんとか細く抗議の声を出しクオンやハクもダメだと声を荒げていた。ハクがウコン!と叫ぶが彼は俯くばかりで(演技うまい)、ちくしょうとハクは拘束を解こうと躍起になっていた。腕痛めたら大変だから大人しくしてて欲しいとどこか他人事のような感想が湧く。
ふいに腕を掴まれ顔を仰向けにされじっと値踏みされた。今は我慢だ。どうやらその気になったらしい、腰に手を回され頭目に抱えあげられた。上がる視界の端にクオンがこちら目掛け走るのを見た。私は叫ぶ。私を大切に思うならハクをルルティエを守って、と。クオンは躊躇い動きを止める。その隙に手綱を打つ音がして賊達のウマが走り出した。ウコンが護衛してた荷も一緒だ。馬鹿ナナコと誰かが叫ぶ声がしたけど振り向きはしなかった。
「できれば適当に遊んだら解放して欲しいんだけど」
「おうよ、たっぷり遊んだら解放してやんよ」
ちくしょう、叫ぶ声と共に何かが飛んできた。なんだあと頭目がキャッチする。見ればそれは見慣れたハクの武器、クオンより譲り受けた鉄扇だ。ああ、なんてこと。振り向く気はなかったのについ振り向いてしまう。クオンがハクの拘束を解いたのか、追いかけようとして無理と悟ったハクがせめてもの抵抗に獲物を投げて寄こしたらしい。残念敵の手に渡ってしまった。懐にしまわれてるし。クオンはルルティエの拘束を取るのに専念している。
追いつくからなとハクは叫んだ。ウコン達は大人しく拘束されている。義賊を誇るノスリ旅団は沈黙し帰ったら宴会と息巻くモズヌ団と反応が著しい。計画に変更はないらしい。
そりゃそうだ想定外に一人連れ去られたとはいえ相手は平民、助けて逃亡を許しまた悲劇を生むよりは多少の危険をおかしても殲滅した方が犠牲は少なくてすむんだから。密偵も潜入済みだ、救いの手がないわけでもない。
せめてもの抵抗の証しとして靴を馬の鞍こすりつけ、曲がり角で落とす。もし想定外のルートを使っても、目印が二個あれば見逃す確率が少なくなる、だから大丈夫だ。
そう納得して、我慢して私は安心させようとハクに呼びかける。馬鹿なハク、どうせ後でウコン達が回収するのに武器まで投げてよこすなんて。これからどうすんのよ。まあ回収してもらえるだろうからいいか、私は……間に合わないかもね。でもまあ、いいさ、長くない命だし。
「私は、大丈夫だから!元気でね、またね!」
咳き込みながら叫んだけれど、睨み付けるようにこちらを見ていたハクに届いていたかはわからない。
結果は上々だった。盗賊団の根城に連れ去られてほどなくしてウコン達の追跡は成功した。部屋に連れ込まれさあ宴会の準備だ乱交だと忙しく賊達が動く中、悲鳴と剣戟の音が外から聞こえてきた。ここは山頂にほど近い岩肌にできた洞穴だ。緑とコケ林の影に覆われており、今まで検非違使達が見つけられないのも無理はない難所だ。到着は遅いと見込んでいたが思ったより速かった。
砦の奥に着くとすぐ部屋の真ん中に放られた。まずは頭からいや頑張った部下からと揉める間に壁伝いに出口を目指すが、気づいた頭が一番乗りとばかりにしまりのない顔で迫ってくる。
早速餌食になりそうだったけど、隅には先客がいて、じゃあオレは頭が終わるまでこいつで我慢とのし掛かる姿に、ああやっぱりこいつらはどうしようもない屑なんだなあと服をひんむかれながらぼんやり思う。
抵抗はしたが殴られて諦めた。痛いのはイヤだ、どうせこの身は長くない。それに原作通りなら救いが来るはずと待とうとするが、腕を押さえつけられるとぼろぼろになった彼女がそれでもと抵抗し殴られ泣く姿が見えて可哀想になる。
寒いからとクオンに着込まれた服を脱がせるのに必死だった頭目は脱がせるのを諦めて片手の短剣で切り裂く方向にシフトしていた。ヤルのに必死で注意散漫、腰の獲物はもう一つ、ハクの鉄扇が括られている。
私はそれを蹴り上げた。何度か殴りつけて安心していたのだろう、拘束していた手が緩み驚く顔、くるくると舞う鉄扇が頭目の腕に辺り悲鳴と共に抑えていた片手が完全に外れた。
鉄扇の下へ掛けだしもう一人の犠牲者にのしかかっていた賊を一突き。感触が気持ち悪いが構わない。風が吹けば人が死ぬとクオンの言葉が脳裏によぎるけど、悪い奴が死んでいい奴が助かるならこんなに良いことはない。
助けたつもりで私はほっとした。でもそれは間違いだった。浅かったんだろう、激高した盗賊は呻きはしたが生きていて、嫌がる女性を持っていたもう一つの短剣で刺した、それで終わった。喉を刺され血が噴き出す。呆然としてる私の前で村に帰りたいとかすかに囁き事切れた。
固まる私をよそに頭がちゃんとやらないからと仕留め損ねた賊が罵る。手を焼かせんなと殴られ、ああ鉄扇は当たっただけだと我に返りまた地面に倒された。私は弱い、下手に動いたからこうなった、世は無常だ。まあ仕方ないとハクなら言うだろう、割り切って生きるのが大人ってもんだと。私もそう思う。そうすべきだった。
助けはきっと速かった。地形や諸々の情勢を顧みてもおそらく相当の早さで来たのだろう。私が無力さを痛感しているなかで扉がぶち破られ集団が飛び込んできたのだ。のし掛かっていた頭目は悪態をつきどこかへ走って行く。追って何人かも。それに続こうとした賊を次々切り伏せる彼らは皆一様に同じ服を着込んでいてやっと帝都の役人が到着したんだと気づいた。正体はウコンの部下なんだろうけど。
逃げ惑う者、腹をくくり応戦する者その全てを打ち払っていくが峰打ちなのか血が流れない、切り伏せても構わないだろうに職業意識の高いことだ。助けが来た安堵から思わず我が身を抱きしめる。でも少し遅かった。
「怪我はないか?」
俯く私に影が差す。顔を上げればその人がいた。膝を膝を立て目線を同じくして涼しげな眼差しで労るような視線をこちらに向けている。本当に原作通りハクそっくりの髪色だ。ハクが同じ格好で仮面を付ければきっとぱっと見違いなんて分からないだろうな。そう思って我に返る。今のハクは無手だ。慌てて私は転がった鉄扇に手を伸ばそうとして体勢を崩した。倒れそうになる体を横から抱きとめられる。違うそうじゃない、怪訝にこちらに向ける視線に訴えた。
「ハクが、ハクが武器を持っていないの!速く武器をハクを助けてっ!!」
「案ずるな、残りは検非違使達が捕縛している。彼らは無事だ」
「頭目が逃げた!抜け道があるの、ハク達はその先でかち合う。だから」
「場所はわかるか」
「ウコン達とわかれたとこ、十字路の真ん中に出てくる。賊が話してた。アイツら廊下を右に。ハクは、ハクは皆より弱い、だから速く、っ、げほっ」
勢いよく喋って咳き込んだ。どんだけ脆くなってんだ自分の体。咳き込む背を撫でる感触が優しくて哀しくなる。振れる感触に馴染みがあった、他人のそら似じゃない、ウコンと同じがさついた手だ。嬉しくはある、大好きなキャラに触れられてでもそれ以上に今は心が辛かった。
「まずは癒やせ、それからだ」
立てないと判断したのか、そのまま抱き上げられる。近くに来て気づいたけどほっぺがうっすら赤く腫れているみたい。殴られた後がある……誰に?視線に気づいてか、ぶつけただけだ、気にするほどではないと釈明したけれど、無意識にぶつける醜態この人がするわけない。詮索しようか考えたけどすぐに止めた。
それよりも今はハクだ。仮面を被った男は部下に何事か指示を出し室外に向けて歩み始める。
「弔いもしてやらねば、この者がどこの出か聞いておらぬか?」
首を振る。そうかと言った男は失礼となぜか声を掛け、私の襟元を正した。忘れてた、クオンにもらった服はぼろぼろだ、せっかく誂えてくれたのに。好意をこんな風にしてしまって悲しい。クオンは私の無事を喜んでくれるだろうか、短慮を嘆き怒るだろうか。きっと心配してる……死んだ彼女にもそういう家族がいただろうに、もっと上手くやれた。
ふいにばさりと白い外套が掛けられる。見上げれば至近距離でオシュトルが微笑んでいた。
「よく頑張った。其方のおかげだ」
何も私は出来ていない、それどころか……
口をつぐみ零れる涙をオシュトルの手が優しく拭った。労りが心に染みる。だがその労りは私だけが教授していい物でもない。
彼女の遺体がある方へ向き手を合わせた。かける言葉は浮かばない、ただ安らかに魂は故郷に帰れるよう祈るだけだ。オシュトルも何も言わない。
近くにいた部下の一人が手当が必要ですかと尋ねてきたのでお願いした。降ろしてもらうが立つのもしんどい。見かねて座ってもいいですよと声を掛けられたのでありがたく地面に腰を落とす。
怪我は顔だけだから消毒してもらったけれど、お礼以外で特に話すこともない。災難でしたねと呟かれ包みを渡される。首をひねる私に兵は、必要がなければ使う必要はありませんがと注釈を付け、包みの中にある薬剤の使い方を教えてくれたわ。
余計なお世話とは思わない。向こうも聞かないし、もしもの可能性を案じてくれた親切だと私は解釈して素直に受け取っておく。
後は隅に座り慌ただしく動く兵を見ていた。部屋の中央に立ちオシュトルは部下に指示を出す。部下達もオシュトルの指示に適格に動き証拠品の確保から残党の捜索に忙しなく動いていた。
仕事の邪魔にならないよう静かにしていると一人の兵が外から駆けてきてオシュトルに耳打ちをする。頷いたオシュトルは私を見てハク達の無事を教えてくれた。良かった!
労わる言葉に礼を言い嬉しさから零れる涙を手の甲で拭う。
「ハクが無事ならなんだって良いんです」
「ハクという者も其方と同じように其方の無事を案じているだろう。他者を大事に思うならば、己が身を損ねる真似は今後控えた方がよかろうよ」
思わず零れた本音を聞かれてしまった。それとなく軽率を窘める言葉だが確かにと私も思う。深く考えずに動いて回り巻き添えなんて私でも嫌だわ。現にこうして余計なことして一人亡くなったし。
ごめんなさいと頭を下げて仕事の区切りがつくのを待つ。
ややあって、目処が着いたのか、部下達が整列しオシュトルが引き上げると声を上げた。
私はどうなるのか、都に証人の一人として連行されるのか捨て置かれるのか思案に暮れているとオシュトルが近くに寄ってきて膝を着いた。急に注目されて狼狽える私にオシュトルは静かに尋ねてくる。
「其方は近くの里の者だろうか?縁者が心配していよう。其方さえ良ければ送ろう」
少し呆けてしまうが素性を隠しているなら内情を知る部下の前でも体面を保つため茶番は必須、ということなのだろう。気を取り直し真面目に答える。
「いいえ、旅の者です。都……ヤマトに荷を運ぶ方々にご一緒させて頂いてました。仲間もです、彼等の無事を確かめたいのですが私はどうすればいいでしょうか?」
身の振り方がわからず意思を問うと、相分かったとオシュトルは頷き、引き返すついでにお仲間の元まで送ろうと答えてくれた。ほっとしていると、何故か近づき私を抱え上げた。何故だ?お姫様抱っこだぞ。
「この方が速いであろう?」
ぎょっとして見上げればなんの含みもありませんと言いたげな涼しげの風貌でオシュトルが言い切るのにも唖然として脱力する。部下があきらめた風に視線を横にやるのも通例なのが伺えた。誰かを助けるたび毎回こうならそりゃ人気も出るはずだわ。女性達がのぼせ上るのも無理もない。他意もないのが尚悪い。
私も見ないふりでそうですとね頷き現状を享受する。役得役得、辛い目にあったんだから少しぐらい甘い思いしてもいいじゃんってのは言い訳なのも分かってる。
道中尋ねるまでもなかったが、私を自分の馬に乗せてくれたオシュトルが砦で何をしていたかを教えてくれた。賊の罪障から説明が始まり、奪われた荷を持ち主に返すための荷詰めや他に強奪した物品や犠牲者はいないか捜索に取りかかっていたらしい。作業はすぐに終わり、証拠品と盗賊の身柄を帝都に送るもの、遺体の女性が何者か近くの集落に確認し埋葬のため運搬する者に別れたそうだ。それと追撃に出た数人も。
私は取り返したルルティエの貢ぎ物と共に送られる手はずとなり、オシュトルのウマに乗せられて彼の手綱を見ている。はしゃぐ気にはなれない、私が変に動いて犠牲者が出たんだ。皆もきっと心配している。ハクは怪我をしてないかなと気ばかりが焦る。それとオシュトルの外套を血で汚してしまったのも悪かった。シミ一つもなかったのに私の血で薄く汚れているのも申し訳なかった。
だから邪魔にならないよう靜かに彼が手綱を握るウマに乗っているのだけれど、正直揺れが気持ち悪くて仕方がない。後ろに憧れのキャラがいるっつーのも落ち着かない。
幸いハク達は大きな怪我もなかったとオシュトルの話が進んだところで、気が緩みウマから落ちそうになった。すかさずオシュトルに支えられてアンタは王子様かよと内心で突っ込む。飛び出そうな心臓を抑えてありがとうございますと礼を言うに留めた。はやる気持ちを抑えて皆に早く会いたいと街道を進む。
しばらくして道の向こうに佇む四人の姿見えた。後ろ手に縛られ転がされているのは賊だろう。
クオンとハクの名を呼び手を振るがやっぱり本調子でないのか体制を崩した所を再度オシュトルに支えられ、ゆっくりウマを降りた。掛けてくる二人は妙に焦った表情でなんだかおかしい。一刻も早く傍に寄りたいと走るが足がもつれてふらついてるうちにハクに受け止められた。おお、男の人に抱きつかれるなんて初めてでドキドキ!あれ、さっきオシュトルに抱きかかえられたよな?まああれは緊急事態だからナシだ。まさかハクに抱きしめられるとはとニヤニヤするが、抱きとめる力が思ったより強い。てか痛い。ハク、ハク。大丈夫だからと背を叩いて離してくれと訴えるが拘束は解いてくれなかった。あの〜ハクさん?離してほしいんですけど、てかクオンの笑顔が怖いんですけど!メインヒロイン、メインヒロインだからね彼女!メインヒロインをまずは優先したげて。あ、私はルルティエ推しだから推す必要なかった。そのルルティエ様はナナコ様よくぞご無事でと涙ぐんでいる。お姫様に様付けさせるとは、なんか不敬で申し訳ない気持ちになる。うん、きっと私は皆に申し訳ないことをしたんだろう。
「この馬鹿」
「うん」
「大馬鹿野郎」
「でも無事だよ、助かったんだし」
「どこが無事だよっ!あんだけ肝冷やさせて怪我して何がよかったんだよっ!助けが間に合わなかったら下手したら……」
それ以上ハクは口にしなかった。項垂れてだんまり。初めて聞く怒鳴り声によほど心配かけたと察して申し訳なくなる。自分を責めているんだろうか。彼は怠惰だけど責任感は人並みにあるから。ちょっと軽率すぎた振る舞いだったかと私も反省した。次はこうならないよう務めよう、よしこの話はおしまい。
力が緩まったのを見てハクの胸に手をやりぐいと離れる。腰に差していた鉄扇を差し出した。
「これ返すわ。助かった、ありがとう」
「……他に何か、言うことはないのかよ」
「ごめんなさい。心配掛けたのもそうだけど、ちょっと軽率が過ぎた。私ってほら体力も力もないからさ、誰かが連れ去られるよりはマシだと思ったわけよ。追っかける側私には向いてないわ。皆の足を引っ張っちゃう。
とはいえ希望的観測が過ぎた行動だったとも思っている。ウコンさんもいたし今は無理でも助けを呼ぶなり助けに来てくれるかもと見込んでのうえだけど、やっぱり心配掛けたよねごめんね」
「判断は妥当だと自分も思う。だがな、おまえは弱いんだぞ。下手しなくても自分以下だ。ルルティエは論外とは言え、クオンや自分ならどうとでも出来ても、おまえじゃ無理だろ」
無理ですわな。嬲り者にされてうち捨てられて終了ですわ。間違ってもクオンみたいに関節外して大立ち回りだのハクみたいに知略で立ち向かうのなんて不可能ですわ。
「今回ばかりは私もハクに同感かな、ナナコは病人なんだよ?ちょっとのことで悪化しかねない。下手したら引きつけ起こしてもう二度とって何度思ったことか。心配したんだよ、すっごく心配したんだからね」
あああ皆の気遣いが痛い……
「ごめんなさい、私がもっと強ければナナコ様をお守り出来のに……」
貴方ならココポだけで十人でも守れるわ、とは言わないでおく。これは本気で思ったより心痛をかけていたようで。私はひたすらごめんなさいと弁解をするほかなかった。
「ううっ……でもほらこうして無事に帰って来れたわけだし」
「満身創痍で何言ってんだ。ぼろ切れみたいだぞ」
「殴打に転倒、立派に怪我してる。手当はしてもらったみたいだけど、服揃えるのけっこうかかるからね。損害は考慮してるの?」
「してませんでした」
「ナナコ〜?」
ひいい、尻尾が空を切っている。
「ご、ごめんなさい。もうしません」
「当たり前かな!」
ぺちりと、頭を下げたところ腕を叩かれた。きっと軽く小突いたつもりなんだろうけれど、あまりの衝撃に膝を着く。誤魔化す間はなかった。クオンはごめんと慌ててちょっと見せてねと私の裾をまくり、思ったよりもひどかったのだろう。言葉を詰まらせている。
「クオン、手当だ」
「あ、そ、そうだね。ごめんねナナコ、思ったよりも強かったみたいで」
「ううん、いいよ」
腕には叩いた衝撃からできた赤い痣と……小さな黒い点がある。今朝はこんなのなかった。伝染病を考えたけど伝染病ならこうなる前に皆同じ症状が出ていたはず。
「でもこんな、どうして……こんなの今までなかったのに」
そりゃきっとあれだ、脆いからだわ。なんてクオンが懐から傷に塗る軟膏を取り出しているとすっかりのけ者にされていたオシュトル様が頭上から遠慮がちに声を掛けた。うひい、染みる。
「某がみたところ病の類いではない」
「アンタは……」
「申し遅れた。某はオシュトル、ヤマトで右近衛大将を務めている」
ざっと場の空気が固くなる。ぼんやりしてるのは私とハクぐらいで、クオン達ははヤマト重鎮の肩書きにおっかなびっくりだ。当惑を感じ取ったのか渋面だったハクが困惑気味に名乗りをあげた。
「自分はハク、こっちはクオンにルルティエ、クジュウリの姫だ。んで助けてもらったのが」
「ナナコです。危ないところを助けて頂きありがとうございました」
頭を下げると続けてハク、クオン達も頭を下げた。助かったのは事実、オシュトルだけでなく後ろに控える部下達の協力がなければ貢ぎ物を奪われた失態でルルティエと彼女の家が危うかった。責任を追及されるのは間違いなかっただろう、ついでに私も死んでた。ありがたやありがたら。
「礼が遅れ申し訳ない、荷を奪われて難儀していたところだ。本当に助かった」
「民を助けるのも兵の勤め、頭を下げる必要はない」
促されおずおず顔を上げる。
「まずは手当を」
「ナナコ、腕」
街道の脇に手招きされれば断る理由もなく私は仕方なく腰を下ろした。手早く軟膏を塗り包帯を巻くクオンの手際は早い。塗られた軟膏が染みていたかった。
手当の間にハクとオシュトルが何やら話している。まだ礼がどうのとお互い言ってるようだ。
「おまえ達の協力でここ最近帝都を悩ませていた賊を捕まえることが出来た。礼をしたいと思い参ったのだが、その者を無傷で帰せず申し訳ない」
「あんたが頭を下げることじゃない、自分たちが弱かっただけだ。本当に感謝している。そういえばウコンという者が助けにそっちに向かったはずだ。会ってないか?そいつも多分礼をしたいと思うはずだ」
「ウコンは某の部下だ。今は奪われた荷の確認と近くの里に賊の身柄を預けに赴いている」
「此度は真に世話になった。失礼する、帝都に行かれるならまた会う日もあろう」
話はそれで終わったのだろう。手綱を引きウマが嘶く。部下達がそれに続き、通りすぎる際オシュトルがこちらを見た。そういえば外套を返してないと私は掛けてもらった外套を外す。
「よく、養生するように」
「大好きです、結婚して下さい」
洗わず返してごめんなさい、ありがとう。そんな意味をこめて外套を差し出すが、やはり伝わっていないようだ。受け取りつつもきょとんとした主の意を汲んだのかウマが止まった。できたウマだ。
「ってどうしてそうなる!」
「馬鹿かなナナコ!」
驚いたハクが私の頭を押さえ込んだ。軽口で無礼うちするような人でないと私は原作知識で知っているが、まあなんの知識もなければお偉いさんを口説けば無礼とみなされ斬られかねないと焦ったらしい。いい奴だ、そんで自分も同じく頭を下げてくれるのか。
「すいませんこいつ本当馬鹿で、いろんな奴に惚れて告白してる馬鹿でして、どうか聞かなかったことに……ってあれ」
釈明の弁を垂れるが気を取り直したのかオシュトル達は少し先を進んでいる。すごい、あの告白にも動じず流すとはさすがオシュトル。
「さらば」
「お返事またくださいね〜」
去りゆく行軍に手を振れば力なくハクが項垂れた。おまえといると命がいくつあっても足りない気がすると零される。大丈夫、命の危機はこれからごまんと転がってるから慣れとくべきとの独白はやっぱり胸にしまいこんだ。
それからがちょっと大変だった。クオンの説教に続いてハクも説教、ルルティエには泣かれた。ついでに自然と私が彼女に様付けしないのは不敬ともクオンに糾弾されたが、クオンはいいのかと責め返せば友達だからいいのと膨れている。いつの間にそんな仲良くなった、私が寝ている間にかちくしょう。羨ましいと叫べばおろおろしていたルルティエがどんな呼び名でも結構ですからと宥めてくれてなんとなく説教は納まった。
帰ってきたウコンはしれっと事の次第を白状する。やはり私は賊を信頼させるための生き餌にされたらしかった。傷つける前に救い出す算段だったとはいえ怖い思いをさせてすまなかったと真面目に頭を下げられれば怒る気にもなれない。そもそも向こうを焚き付けたのは自分だしね、責める道理がない。神妙なマロロが更に沈痛に謝るのも私には結構応えた。
アンちゃんがあそこまで怒ったのを見たのは初めてだ。からからとウコンは笑いばつの悪い顔をハクがして、ああやっぱりオシュトルの時ほっぺば赤かったのは殴られた後だったのねと思い返す。嬢ちゃんに怪我させたし怖い思いをさせたんだ、報酬に色をつけないとなと呟くので、なら娶って?とぶりっこすれば自分は酒とハクが便乗する。二人仲良くクオンに締め上げられなんとなく反故する流れとなった。残念。それとなくもう一度娶ってと囁くが色気がねえしなと残念な目線で見られたのでもうおまえには頼まないオシュトル様一筋で行くわと宣言し、やっぱ貴方の方が気楽だからこっちにすると掌を返せば鼻で笑われた。ちくしょう。
荷の確認をしている際、ふいに横から誰かが話しかけてきた。
「見捨ててすみませんでした、姉上も気にされていましたので、代わりにこれをお使い下さい」
振り向きはしない。物音もなく話しかけてくるキャラが誰か私は知っているし関わるとシスコン騒動に巻き込まれて大変な目にハクが会っていたことをしっていたから。触らぬ神にタタリなしとやらだ。
靜になったところでようやく振り向けば、言葉通り丁寧に畳まれた着物が一式置かれていた。靴もある。広げて履いてどれも私の丈ぴったり。さすがノスリ旅団の副官オウギ、アフターフォローも申し分ないとはやはり奴はできる男だ。姉とで会ったさいは彼の逆鱗に触れないよう気をつけないと。
その後の旅は順調だった。賊の襲撃もなく難所と言える地点もなく穏やかに旅は過ぎていった。ウコンに近づきたいと騒いでついにはクオンに簀巻きにされ、風呂イベントをくれと騒いでクオンに看病の名目で体の皮膚がひんむかれるまで擦られたり見張られたり、夜這いしたいと騒いでいる間にハクがちゃっかりウコンと飲み明かして朝帰りし激高、マロロに愚痴り二日酔いに悩む彼の二日酔いをさらに悪化させたりもした。
相変わらず食事は少ししか取れないし寝付くばかりだけど、窓の簾から除く風景は緑が多く見ると気分が晴れる。ルルティエが入れてくれる薬湯も面白い味がしてとても楽しい。文字が読めないとクオンに明かせばついでに自分もとハクが名乗り、クオンが顔を白黒させるのも楽しかった。ハクに帝都で頭で食わせる算段をつけていたクオンはがっくり、だが知らないのをそのままにもしておけないと色々な文字を教えてくれる。これからのことはこれから考えればいいかなと投げやりに優しく文字の教導を取るクオンの好意が嬉しかった。交替を申し出たマロロが雑学を交えて話してくれたり飛び入り参加でウコンが酒持ってきて仕事しろとどやしつつちゃっかり隠れて飲むハクだとか、正しい文脈を優しく教えてくれるルルティエからいい匂いがして、ハクにお勧めして姫様養う解消ないと断言し項垂れるルルティエににやにやしたり(ハクもにやついてた、絶対奴はルルティエの気持ちに気づいている、ずるい奴め)
とても楽しい道中を過ごしていた。
こほこほ咳が出る。そういう時は悪化しないよう寝るのが最善とクオンに言われているから大人しく横になることにしている。天幕の中、今は女子会の真っ最中だ。クオンとルルティエは旅先で出会った美味しい珍味で盛り上がり、私はひたすら文字の練習。クオンは意外とスパルタだ。まあ話し振られても常識も知識もないんで頷くしか出来ないからいいけど。きっと気を使われてるんだろうな、皆優しいから。
ハクは今日もウコン達男衆と飲みだ。うらやまけしからん。からまれると面倒だからか、後でウコンに会わせてやるからと約束を取り付けているけれど、絶対一瞬で終わる。私が出会いがしらウコン今日も素敵!だのオシュトル様に会わせて!会ってから惚れちゃった!って言うの面倒がってるのわかってるんだから。笑い飛ばすの最近めっちゃおなざりになってるし。
咳をした私を見て、夜更かしが過ぎましたねとルルティエが並べた草子や書を片付け始めた。手伝いを申し出て簡単な書類の整理に入る。クオンがこちらから目を離した隙に捨てる雑紙でこっそり口元を拭った。ずっとクオンとは一緒だ、見張りを自称するがそれは異性関係が原因ではないと私はもう悟っている。
……順調に私の体調は悪化していた。
言わぬが花、知らぬが仏。やぶ蛇をつついて竜を出す気概は私にはない。双子に託した知識は帝がきっと生かすだろう。ふと、偶然起きて厠に立った深夜、私の容態をハクに涙ながらに話していたクオンの姿を思い出す。皆皆優しい。酷薄なのは私だけでいい。今日も私は皆の好意に甘えて生きる。
風と行く