5話 ヤマトへ
目的地はは予定通り十日前後で到着した。人の往来と集落、何度か村から街を通り抜け、誰かが見えてきたぞと呼びかける声に窓から顔を除かせた。山の中腹から見下ろす町は白塗りの大きな外壁に覆われていて、目の前にすると予想よりずっと広い街並みに圧倒される。きれいに整備された都、それが私が初めて帝都に抱いた印象だった。
四方を山に囲まれた作りで入り口と思わしき大門の背後にはヤマトを横断するように長大な大河が流れていた。すげえだろとウコンは自慢げだ。確かに凄い、今まで見た集落とは比べものにならない規模だ。活気があり人も多く多く店も多い。四方一帯大きな城壁で囲い目の間に鎮座するのは軍隊や戦車が何台も通りそうな大門だ。そのはるか奥に一際輝いて見えるのが聖廟、というやつだろうか。帝が住み儀式を行う催事の場だとウコンが続けて説明した。
かつての文明を除けば大都市に入る都なんだろう。誇らしげに帝の偉業を語り、興奮から地を出し過ぎたと気づいたのかわざとらしく咳くウコンの振る舞いが可笑しかった。帝、原作と同じように今もなお貴方はタタリに変貌した旧人類を戻す手段を血眼になって探しているんだろうか。これだけの文明を築くのにどれほどの時間が掛かり、長い孤独を耐えていたのか、重すぎて私には想像もできない。月並みだが頭が下がる。近くで見ようとハク達が荷から降り歩く姿を簾越しに見る。弟が来たよ、まだ何も知らずに。ヤマトにとって彼の到来が幸運ならいいのにと燦々と輝く太陽に思った。
ウコンとは正門前でお別れ、と思ったが貢ぎ物を届けるまで護衛の仕事は終わらないと帝都に入っても同行していた。めっちゃ喜んだが皆は私の反応になれたのか、はいはいと完スルーだ。ちくしょう、ちょっと構ってよと寂しくなるが飽きられたんだろう、別にいいとふて腐れる。
まずは貢ぎ物の点検だ。右近衛大将の屋敷で荷に不審な点がないか検分し了解を得てから宮殿に届ける手はずになっているそうだ。私のテンションは上がった、ボルテージマックスだ。大好きなオシュトル様に会えると気分はるんるん、ウコンがオシュトル様の部下で良かったと声を掛けるがそりゃ良かったと笑うばかりで尻尾も出さない。酷い茶番だ。
失礼のないようクオンに散々言い含められて右近衛右邸前に荷が置かれそのまま置き去りにされそうなったり門衛が去ろうとするウコンを慌てて止めたりだので賑やかだった。
それとなくオシュトル様はご不在?とウコンの前で尋ねれば許可のないものは通せないし会わない決まりになっていますと門衛はウコンを見ながら言いきった。本当ひどい茶番だった。
宮殿にあがる門前でこれまた一悶着があった。ルルティエが帝に献上品を届けに来たと守衛に名乗ろうとするが小声とあがり症からしっちゃかめっちゃかになり、見かねたハクが口上を代わりに述べ上手く事を納めルルティエが惚れる、というわかりやすい一幕があった。めっちゃ見てる、恥ずかしそうにもじもじ見てるのがダダ漏れ。やるねえアンちゃん、だの憎いハクめだのクオンやウコンにつつかれてハクがキョトンとする。あれれ実は気づいてなかったの?可愛いなあと眺めていると、しらっと明後日の方を向きやがった。こ、こいつやはりわかっててスルーしてるな、女の敵め。
「正直私がお勧めするのはルルティエちゃんですが、本気で見当してみませんかハクさん」
「自分無職だから」
そっと簾越しに耳打ちするが白を切られた。あからさまにルルティエががっかりしていてなんだか申し訳なくなる。本当にお勧めなんだけどな、素直だしいい子だし料理上手で優しい末っ子。上に兄弟が十人以上いるのが不味いのかと考えてまだそんな情報ハクは知らんわと考え直す。ごめんよルルティエ力になれなくて。ぶっちゃけ諦めた方が楽だよ、戦始まると本気で神経すり減る展開になるから、との忠告は飲み込んで置いた。
荷物はここでお別れだ。ついでにルルティエ様が乗っていた馬車に酷似した車もここでお別れだ。
さて、ここからは歩いていかねばならない。気合いを入れて立たねばと車から降りたところで近寄ってきたハクに自然と抱えられてびっくりした。
「重い」
なら何故抱えた。
「おまえ弱ってるだろ、急がないと日も暮れるし腹も減った。クオンに背負わせてもいいけど財布あいつが持ってるから両手が塞がると何も食わしてもらえない」
「必要経費として稼ぎから徴収するから、心配要らないかな」
温情はなかった。世間はつめたい。ハクよりウコンがいいと囁けば当人はアンちゃんが気張るって言うんだら甘えとけと冷たい。ハクが可哀相だ、私のせいだけど。
乾いた笑いを浮かべつつ気を取り直してハクが降ろす。おい、降ろすんかい。さっきの気概はどうした。
「……歩けと?」
「いんやおぶされ、ようは乗っかれ。色々見たいし時間が勿体ない。この方がおまえも町が良く見えるし自分も歩くのに専念できる」
まさかの純然たる好意だった。意地を張って元気になれるわけじゃない。ありがたくここは乗らしてもらおう。
好意に甘え私はハクに背負われた。ウコン達とはここでお別れのようでお勧めの宿を紹介されて彼はさっそうと去って行く。未練がましく好きだの置いてかないでだの囁いてみたけれどガン無視だ。くそう爪痕すら残せないとは。
まあいい、気を取り直してせっかくのハクの背中を堪能しようと私はうつらうつら船をこぐ。このまま市街地に戻るのか、食事は私は軽めでいいキツいだとか、町並みを見て色とりどりの様に驚いたり教科書で見た江戸時代の風景に酷似してる様に感心したりやっぱ現代に似た要素は一つもないんだと旅愁に駆られる間に着いたのは予想に反して大通りから逸れた民家だった。
「まずはお医者さんに診て貰ってからだよ。ハク達は、はいお駄賃。先に食事しといて」
「食事って……自分たちは相場も何も知らないんだぞ。ルルティエですら帝都は初めてなんだ、終わるの待ってからだっていいだろなんでまた、いって!」
クオンの尻尾がハクを拘束し物陰に引っ張っていく。横暴だ暴力振るわれることしてねえと叫んでいたが、某かを耳元で囁かれて納得したらしい。戻ってくれば嘘くさい笑顔でルルティエと二人で先に行ってるからな、食ったら戻るわ、待ち合わせ場所で合流しようぜと手を引き離れていった。困惑しつつも頬を染めちらちら視線をやるルルティエが可愛い。楽しんでおいでとよく知りもしないのに手を振った。
クオンに促されるままおぶさり道を行く。
ほどなくして閑静な武家屋敷の一角にこじんまりとした民家の前でクオンが立ち止まった引き戸を開け現れた医者の様子になんとなく理由を察した。
室内に案内されそれなりに白髪の交じった割烹着の厳しそうな男の言うがまま、口を開けたり胸元を見せ背中をはぐられ難しい顔をされる。問診という単語は通じたので診察をしていたらしい。お腹を押したり腕を曲げ、目を大きく開かれるのが痛かった。背中をどうしたか尋ねられたけどクオンがすかさず彼女は知らないからと返して納得する。なんなんだ一体、知らないほうがいいというなら知らないほうがいいのかなと腑に落ちないながら黙っていた。
薬師と自称するクオンに症例を聞いた後は頷いて二人家の奥に引っ込んでしまう。手持ち無沙汰だ。出された茶や菓子(饅頭だろうか?)を食べないと、でも吐いて逆に手を煩わせるかもと思えば口を付ける気が起きず、ぼんやり手入れされた小さな庭を見ていた。日本庭園の作りだ。白い小石で敷き詰められ壁際に緑の配色と木立、石灯籠もある。懐かしさを覚える風景だ。でも足りない物が一つあった。
「……わかっていたんです。長くないって……そうですかやはり……いえ、でもそんな、そんなに短いなんてっ」
ここに患者は私だけだ。医者は淡々と症例を説明し、聞いているのはクオンだ。堪えようとしたのだろう、囁くように苦しげな呻きが聞こえてくる。そう、ここに人間はだれもいない。少なくとも宮殿とハクの以外誰も。静かな環境で自然と漏れ聞こえる声は無視した。だって人類はこの家に私だけなんだ、だから平気だ。
民家の扉をくぐり見送る医者に二人で頭を下げて通りに出た。まだ日は傾いていない。毎あわせの場所まで少し掛かるからとクオンがおぶってくれて通りを行く。道行く人が気になるのかちらちらと視線をよこしてくるが、都会だからか詮索する声は聞こえても尋ねる暇人はいないようだった。恥ずかしいから降ろしてと言ってもクオンは断る。かたくなに断るが何回目かにぽつりと零した。
「聞きたい?」
何がとは言わなかった。知らないままでいることも出来たけど聞いた方がふんぎりがつきそうで頷く。残された期間はどれぐらいなんだろうか。
「生きてるのが不思議だって」
つまりいつ死んでもおかしくない訳ね。クオンは明らかにしなかったけどこういうのは希望的観測でなく冷静に受け止めた方が気が楽だ。
「自立できるよう頑張ってね、ゆっくりでいいから」
「クオン……」
だというのに、現実から目を背けた仮定を話すなんてクオンらしくない振る舞いだと思う。
「ごめん私薬師なのに、気の利いたこと一つも言えない……」
立ち止まるクオン。嗚咽も涙も見えない。でも泣いているように私は感じた。きっと心安かったんだろう、ずっと一人旅をしていたらしいから初めての女連れにはしゃいで、仲良くなれるかもと期待して、救えない事実が悔しかったんだろうか。だから私の命に執着しているのかも知れない。慰めたくてよしよしと頭を撫でてみる。いつもみたく名を呼ばれて尻尾で締め上げるか、それか憮然とするか二つのうちどちらかの反応を期待したけれど聞こえるのは鼻をすする音だった。
「ごめんなさい、貴方の方が辛いでしょうに」
首を振る。
「クオンのおかげで寂しくなかったよ、だからいいの」
それで十分だ。十分すぎるほど勿体ない一時だったように思う。
「よくないよ、ナナコは諦めが良すぎる……そうだ、ハクもだよ。なんで二人とも自分には簡単に無理だって諦めちゃうんだろ……」
記憶がなくても同類が全員死んだってわかるからじゃない?言えない言葉がまた増えた。
「花は短し恋せよ乙女」
「なにそれ?」
「オシュトル様と結婚したかったなって」
「それは誰でも無理だと思うよ」
クオンが苦笑してしんみりした空気はどこかに飛んでった。後はのんびりクオンの背に揺られて目的地へ急ぐだけ。お腹がすいたとぼやいたら宿で美味しいご飯を食べよう、きっとナナコの食べられるものあるからと返されて空気がまたしんみり。私はつくづく失言が多いと反省する。生きてるうちに治ればいいんだけど、多分きっと無理なんだろう。
正直ヤマトにこれるとは思わなかった。だから生きて来れただけ幸いだったんだ。戦争で死にタタリ化することを思えば恵まれた最後だろう。生きたい、死にたくないと叫ぶ心に蓋をして、そんなの死んだ誰もが願う未練だ、せっかく生きてるんだから精一杯前を向こうと無理矢理納得させる。空を見れば青い。見惚れる青にうっとりするがお天道様はじりじりと私の肌を焼くばかりで温もりをくれるのはクオンだけだ。
目的地はそうかからずに到着した。ウコンの紹介で訪れた先は白楼閣という旅籠でそれなりに有名な宿らしい、うん知ってる。現実にあったら絶対泊まりたいと何度思ったか、はるか未来で聖地巡礼するとは夢にも……私のことはまあいい。今日はここでお泊まりだ。本日の宿代は雇い主であるウコン持ちだ。料理は美味しいし風呂は湯水。お風呂目当てで訪れる客も多くいると、クオンに背負われ訪ねた先で待ち構えていたウコンから説明を受けた。ほどなくしてしっかり食べたと腹を叩くハクとそわそわしながら大事そうに包みを抱えたルルティエが戻ってきた。ハクがおつりをクオンに渡した所、包みは自分のお金で買ったからちょろまかしてはいませんからと言わなくてもいいことをルルティエが言う。クオンに怪しまれ跳躍しろと尻尾で脅されハクがジャンプすれば小銭の音が鳴り、漫画みたいな展開だなおい。ちょっとぐらいいいじゃねえかとハクの訴えを酒購入の貯金と知ったクオンが尻尾で潰した。尻尾強い、だがここは宿前でお客さんの迷惑、そしてクオンに背負われたままの私にとってもハクの悲鳴は耳鳴りという暴力にもなった。
見かねたウコンが二人にただ飯ただ酒でただ風呂を用意したというとハクは瞬時に回復した。酒の力って凄い、ただという言葉が聞いたとも言う。
宿は豪勢だった。イラストでもその豪華さは見事だったが目の当たりにすると圧倒される迫力だった。朱塗りの木材は派手さの割に上品で調度品と統一されて揃えられているから華美ながら下品じゃない。広い空間に大きな回廊、これでまだ上の中なんてウコンが言うんだからヤマトは本当に豊かな國だと思う。
部屋へおなごしさんに案内される。ウコンも一緒だ、案内役を買って出た彼はまずは泊まる部屋に荷物を置いてそれから宴会風呂という流れに持って行くつもりのようだ。
宛がわれたのは白楼閣中程の部屋で地続きだが襖で区切られている。それぞれ一人部屋のようだ。クオンは不満そうにナナコは私と一緒と口を尖らせている。なんでも私が倒れてそのままぽっくり逝きそうで不安らしい。ははは幾ら病弱でも勝手に倒れて起き上がれなかったことはないってと笑って、思い出した心当たりは口にはしなかった。大丈夫、全部一人で起き上がれた。誰もいない野っ原だとか野営地の影だとかで本当よかった。あのときは正直哀しかった。
笑い飛ばされて襖越しだしまあいいと思ったんだろう。ナナコがそれでいいならとクオンは引いてくれたけど、ウコンにそんなわけで今夜夜這いにどうですかと話しかければやっぱりナナコは相部屋、これ絶対と慌てて訂正された。ちくしょう、ウコンも残念だなあと笑ってるけど絶対ほっとしてる。
案内された部屋はかなり大きい。下手したら四人でも止まれる大部屋だ。下の階と違って寝泊まりする部屋は安らぐことを優先させているのか、落ち着いた配色になっている。
ぶっちゃけ寝たかった。背負われ散々甘やかされたけど旅はかなり体に応えていたようでじゃ私はここで一眠りといえばきっと皆心配する。風呂に入りたくてうずうずしてるクオンの手前休むというのは憚られ、私も風呂が見たいと口火を切った。確かに汗を流さないとね、ナナコは病人なんだから身綺麗にしないととクオンは言いつくろうけれど、めっちゃ尻尾ぶわっとして心の声がダダ漏れです。風呂好きだもんね、可愛い。
あまりのはしゃぎっぷりに苦笑するウコンに連れられ、浴場前で掃除に専念するおなごしさんに風呂を見ていいかとウコンが訪ねる。今は掃除が終わったところですしお客さんもいませんから構いませんよ入られてももちろん男女別ですからねと念押しされたので、ウコンと混浴とうきうきすれば尻尾で口を塞がれた。番と浮き足立つ女子軍と共にのれんをくぐる。
想像はしてた。良くてスパ銭悪くてボロな田舎の銭湯と構えた私の前に現れたのは想像以上の大浴場だった。
池がある、池が各所に点在し並々と沢山のお湯が風呂釜からあふれ出ていた。檜、じゃない何かの木材か、木のいい香りがしてこれで外の景色が見えれば乙なのに、ああでも壁の先に描かれた海原が日本の銭湯を思わせるいい浴場だった。富士山があれば完璧なのに。
皆がそれぞれ広いですねえだの凄いだのと感嘆の声をあげる。自慢げに胸を張るウコンに一緒にどうですかと微笑めば色気がねえから断るわと袖にされ本当おまえ懲りねえよなとハクに呆れられた。いいじゃん、残り少ない人生好きな人に構って少しでも覚えてもらいたいって感傷ぐらいと胸中でむくれているとわなわなと震えるクオンが目に入る。
そういえばクオンは無類の風呂好きだったよね。わかるわ〜、私もこうなる前は一日でも風呂に入らないなんて考えられなかったよ、久しぶりのお風呂に体が震えるのもわかるわ、私は遠慮しとくけどなんせこっちに来てから水を飲めば喉が焼けるしお湯に入れば水疱が出来て痒くなるんだもの。どうぞご遠慮なく、久しぶりの湯を宴会の後で堪能してくれとうんうん頷いていると、クオンが叫んだ。お風呂だあと歓喜の雄叫び、そして一瞬で服が吹っ飛ぶ。は……?吹っ飛ぶ、なんで……?
なんかハクがいらん技術で消し飛ばしたかと見ればハクもびっくり目を見開いていて、あ別にこいつのせいじゃないわと思い直す……そして思い出した、原作であったはこういう展開。いわゆるサービスシーンって奴だね。クオンちゃん胸どころか女子なら絶対に隠すべき箇所全開できゃあきゃあ嬉しげにはしゃいでいる。あまりの光景に私は固まり過去同じ光景をイラストで見たゲームへと思考が飛んだ。
ああ、プレイ当時は戦記物に疎い青少年をエロで釣り上げようって魂胆、汚いと確かに思ったさ。まあぶっちゃけ違和感がなければ構わないやと流してたけどうひょお皇女様丸見えだのルルティエ気の毒可愛いだの、女のくせにノリノリで親父くさい感想抱いてさあ次は誰が剥かれるかとウキウキしていた自分の言えることじゃないよね。めちゃエロくて楽しかったです、男板ももっと欲しかった。
私は呆然としてたんだろう、いわゆる現実逃避ってやつだ。我に返ったときは手を引かれて走っていた。振り返れば、遠ざかるルルティエが素っ頓狂な声を上げクオンを隠そうと服を拾おうか声を掛けようかあたふたしている。踊ってるようで可愛いけど今はそれどころじゃない。もつれそうな足を引きずるようにして浴場から連れ出された。引っ張ってるのはウコンだ、顔は見えない。ハクでなく私の手を引くのは何故なんだろう。意図が分からないまま一目散に走って脱衣場を出たところで転んだ。痛い。
「おう、悪いな」
「いえ……」
立ち上がり裾を払う。怪我してねえか見なくていいのかと尋ねられ大丈夫擦り傷もないですと嘘をついた。背中でものすごい絶叫が響く。ハクだな、気の毒に。偶然の不幸とは言え女子の裸を見たんだから多少の制裁は勘弁してくれ。今後の女子の人間関係のためにも!すまないハク、後で謝る。そして今度はこうなる前に助けるからと胸中で弁解して、はてと首を傾げた。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
死んでないから拝まないで。死にそうなのはこっちだから。
「なんで連れてきてくれたんですか」
疑問を口にすれば何を言ってんだと逆に憮然とされた。
「クオンの姉ちゃん正気失ってたろ。何するかわからんからなあ。好いてもいねえ男の前ですっぽんぽんってのはさすがの嬢ちゃんも抵抗があるかなあと思ってよ」
気を遣ってくれたらしい。ありがとうととりあえず頭を下げた。粗野っぽい風帯のくせにそういう細やかな配慮を忘れないところも好きなんだよなあと、おうよと威勢よく返事をする彼に思う。
「私は、貴方ならいつでも歓迎ですけど」
「おお、嬉しいことを言ってくれるねえ。だが俺はしがらみはあまり作らない主義でな。適当に遊びたくなったらまた声をかけるからよ」
中々にひどい返事が返ってきた。
「うわあ最低……」
正直に呟くとウコンはふっと皮肉気に口端をあげる。
「嬢ちゃんもなかなかに罪作りだと思うがねえ」
ん、非難された?なんで?……あれ、この人もしかして。
「そんじゃちょっくら先に部下達としっぽりやってくらあ。アンちゃん達が出たらよ、宴会場で待ってると伝えといてくれよ」
片手をあげて足早に去る背に思いついた発想を訪ねる。今後のために言わないが花と分かっていても聞かずにはいられなかった。
「好きだから、見られたくないって思ってくれたんですか?」
「んな訳あるかよ。嬢ちゃんまで剥かれたらアンちゃんの味方一人もいなくなるだろ、今後のための予防線だ」
「えええ〜、絶対好きだと思ったのに」
「天地がひっくり返ってもねえって」
「じゃあひっくり返してやりますから」
返せる可能性は皆無だけどな!
「そいつは面白えな。しかしまずは独り立ち出来てからの話だ」
確かに。ぐうの音も出ない私によく笑う男はまた微笑んで今度こそ去って行った。
ハクはしばらくして脱衣場から出てきた。もう満身創痍フルボッコだった。見た目はどうともないが尻尾で散々締められたのだろう。千鳥足で脱衣場から出てきたから支えようと傍により、逆に私が支えられるという不始末で迎えてしまった。
「せめて自分を連れてけ」
「ごめん。でもそれウコンに言ってね、私は引っ張られただけだから」
とりあえず災難だったねと肩を叩く代わりに頭を撫でれば優しさに飢えていたのだろう。ルルティエが天使、クオンは鬼とぽそりと呟く。前者は同意する。
少しして二人の待ち人は現れた。めっちゃ不機嫌そうなクオンと真っ赤に俯くルルティエ嬢にどう言葉を掛けるか悩む。災難だったねと囁けばこの話はこれで終り!ハクも謝ったんだしと叫ばれたんで口をつぐんだ。非は自分にあるが納得いかないから不機嫌なんだろう。クオンが終わりと行ったんだからそれでよし、そう判断してウコンが先に行った旨を伝えるとクオンが先陣をきり狼狽えつつもルルティエが続いた。項垂れるハクと二人後を付いていく。
「余計なお節介だと知った上で言う、あんま深入りするな」
「……」
「アレはカタギには重い相手だ」
聞き返さず留めるのが最良と断じて私は聞かなかった振りをした。
言われた宴会場に赴けば、すでに先客達は勝手知ったる他人の宿すっかりできあがっていた。ちょっとは待てよと思いつつ、主賓が来ただの体力ねえのに兄ちゃん知恵回るねえ助かっただの歓迎されれば文句も言えずそれぞれ大人しく席に着く。胡座を組んでいたウコンが起立し旅の無事を喜び今後も頼むぜと乾杯の音頭を取った。再びの乾杯に一同が和やかに杯を上げ私もそれに倣いお隣と杯をあてた。方向けはするが飲みはしない。周囲も進めはしなかった、飲めば体調を崩すと報せが回っていたんだろう。そのくせ、男性陣女性陣と席は割り振られていてもウコンの部下は遠慮がないのか、嬢ちゃん夜這いできなくて残念だったなだのたらふく食って頭を振り向かせるぐらい肉付けりゃあ手引きしてやるよだの五月蠅いことこの上なかった。ウコンは無視してハクに絡んでいる、楽しそうで羨ましいなと私は少々ご立腹だ。周囲のヤジに晒されても女性陣は遠巻きにクオンに至っては自業自得かなと放置の構えをとっていた。五月蠅くはあったが渡りに船、そんときゃよろしくとばっちし頼みどっと場が賑わったところで勢いよく襖が開き、ウコンの妹ネコネが兄に苦言を呈しに現れた。可愛い。
曰く、帰って早々顔も見せず乱痴気騒ぎとはどういうことか、武家の出として恥ずかしくないのかと憤慨するが、ハクがいらん茶々を入れて場は無事収まりネコネは尊敬してやまない兄の膝で明一杯甘やかされてご満悦の運びとなる。しかし、年頃の娘の機微を悟れなかったハクは見事すねに痛い一撃を浴びて涙目だ。ネコネちゃん可愛いまじ可愛い!妹はもっと小さかったけど同じぐらい生きてればもっと可愛くなったんだろうかと要らない仮定が頭に浮かんで泣きそうになる。
名を尋ねられたので、クオンに拾われたウコン大好き人間です、よろしく未来の妹と叫ぶとゴミを見るような目で見られた。スネを蹴られなかったのは同性としてのせめてもの手心なのか、優しいのう。もう酔っ払ったですかお酒弱すぎですとも呟かれたので私一滴も飲んでないと応えると信じられないものを見るように見下げられる。
「一献ぐらい傾けたらどうですか、無事を祝う宴会で呑まないのは失礼だと思わないですか」
「嬢ちゃんは病弱だからな、無理に飲ませるのは」
「ああ確かにそうだよね。じゃあ軽く、はい呑んだ。うえーい気持ちいい!」
「おいナナコ……」
「結構度数高いよ、大丈夫?」
「へいきへいきあははは☆」
ちっとも大丈夫じゃないがネコネちゃんの指摘もご尤も。無事を祝う場でアレルギーでも酒に弱くもない人間が無手でだんまりしてるだけというのは見ていて気分の良い物じゃないだろう。一杯で礼が尽くせるなら安い物だ。周囲が止める前にと一気に飲み干し杯を置く。どうだこれなら文句もないだろうちびっ子め。しんとした周囲の雰囲気が少し気まずい。
「せめて味わえなのです。すごく良いお酒なんですから」
「あ〜ネコネ、嬢ちゃんは本当に体が悪くてだな」
「酒に弱い!だからすぐ悪く見える、そして調子に乗る!そんで痛い目見たのは数知れず、たはー病弱装ってウコンに近づく作戦失敗かあ。仕方ない別の手を考えないと」
「ほら見ろなのです」
「嬢ちゃん二杯目は飲まなくて良い、悪かったな」
「ああウコンさんが優しい、好き、もう超好き、結婚して〜」
無視された。くっそう頑張ったのにネコネちゃんにはゴミを見るような目で見られた。体が弱いから次はもう勘弁ねとお願いしたらピンピンしてるのにですか、この人嘘つきです兄様と告げ口をされたのでそう私本当は元気なの!だからいつでもウコンならお相手OK!オシュトル様の方がいいけどと叫べばついにはクオンの尻尾で制裁された。男衆は苦笑いだ。諦めない精神は立派だとウコンはフォローしあんな人は見習いたくないですとネコネが吐き捨てる。よかった、多少は場の盛り上げに成功したらしい。
後はちびちびご飯を食べてた。食べる振りでも楽しかった。
猥談は勘弁して欲しいが、だらけけつつも笑い声の混じるこの雰囲気は嫌いじゃない。それなのに体調はこちらの気持ちなどどこ吹く風で、段々しんどくなっていく。ここらで下がったほうがいいだろうと判断し、男衆が巷の流行歌を歌い出したのを頃合いにそろそろ戻るわと席を立つ。クオンも私もと横に続いた。さりげなく支えてくれる腕が痛い。
歌好きだよね、聞かなくて良いの?と廊下に出た際クオンに聞かれる。都についてから時折ながしの歌声に耳を傾けていたのを見られていたらしい。好きだけど今は良いと支えられて宛がわれた部屋に戻る。
正直なところ、歌い手の声は疎い私でも上手いと思える腕前で最後まで聞きたかったのは確かだ。部屋に入ったところで立っていられなくなる。胸を押さえて蹲り確かこの場所にと手を伸ばすとクオンが桶を手元まで持ってきてくれた。ありがたく顔を埋め背をさすられるまま、吐いた。
馴染みのない長唄だった、言葉は分かるけど好きな曲は一つもない、目覚めてから聞いていない……私が好きだった文化は彼らに根付かずおそらく残りもしなかったんだろう。馴染めない自分を象徴しているようで居づらくて飛び出たけれど、部屋に戻ったのは正解だった。楽しい雰囲気を壊すのは本意じゃない。
えづいているともう一つ背中に温もりを感じた。クオンよりも大きくてウコンよりは柔らかな感触は振り返るまでもなくハクだろう、落ち着くまで私はじっとしていた。
「知らない歌ばかり歌ってたからな、暇になって抜けてきた」
振り返るとそう言い訳する姿がなんだか子供じみて見えて、暇つぶしなら適当な歌を知っているよと声を掛ける。
「聞いてみたいな、どんなの?」
休め休めと言っていたが気になったのか、それか私を少しでも励まそうとしてか、食いつくクオンに応えるべく襖を閉めた。プロじゃないんだ、誰かに聞かれるのは恥ずかしかった。
いろんな歌を歌った。優しいのも激しいのも勇ましく哀しいものも。二人は上手い下手だのと評価はせずただ聞いていてくれてそれが有り難かった。桶を厠にハクが持って行く合間に綺麗な歌だねとクオンが呟き、私はますます調子に乗る。二人ともさりげなく催促が上手い。
初めて聴く歌ばかりで面白かったとクオンははしゃぐ。本気で歌手を目指したら?最初は物珍しさでお客さんも寄ってくると思うけど良い歌ばかりだから腕さえ磨けば稼がなくても向こうから依頼が殺到するよと上機嫌だ。ハクは悲しい曲が好きなのかと尋ねるので頷けばどうりでと得心し需要はあると思うぞなんだか懐かしかったと話を締めくくった。ちょっと得意になった私はまだ歌えるよとはりきり、それならとクオンがリクエストを言う間に咳が零れる。大丈夫と言う声も擦れていて、クオンはここで止めとこう無理をさせちゃったねとなんだか申し訳なさそうで逆にこっちが申し訳なかった。明日も聞きかせてくれとハクが続ける。
「記憶にないがナナコの歌は多分どっかで聞いたことあるやつが多いんだ、聞いてたら無くした記憶も思い出せるかもしれない。だから早く休んで、元気になれよ」
そこは上手いからまた聞きたいって言って欲しかったな。呟けばにかっと笑って自分を唸らせるにはまだまだだ。なんてほざく。むくれてその背を見送った。どうせ宴会場戻るんでしょ、いいよ存分に楽しんでおいで。クオンにも戻っていいと言ったけどナナコの傍にいたいからと職業道具を取り出し見覚えのある薬を煎じ始める。ああもうそんな時間ね。苦いのはイヤだなあと渡された日課の薬を飲んで横になった。靜になると色々意識するのか、かすかに聞こえる酒宴の賑わいや虫の声がどこか寂しく感じてしまう。
うたた寝をしていたようだ。辺りは薄暗い、虫や酒宴の賑わいは鳴りを潜め靜だった。いや、物音がする。襖を開ける音?また知らないうちに粗相をしてしまったみたいと考えて別に寝具も濡れてないと気づいた。それならクオンが妙薬を塗る準備をしているのかと寝ぼけ眼の視界に外の暗闇と人影が見えた。深夜だ。こんな時間までクオンは私の看病をしていてくれたらしい。本当に申し訳ない、頭が下がるばかりだけどこれ以上煩わせたくないから横になったまま声を掛ける。
ごめんねクオン、今は痛くないから大丈夫。ゆっくり休んでてと話しかければ、襖を閉めるその人は思いも寄らない人物だった。
「よっ、起きてるかい。約束通り夜這いに来たぜ」
……ウコンだ。もう一度言葉の意味を反諾する。約束通り、ヨバイ……なんで?夜這いに来るなんて、聞いてないし理由もないはず。
身を起こし呆気にとられてる間にどたどたと近寄ったウコンはよいしょと隣にどっかり腰を下ろす。暗闇でよく見えないけれどなんとなく笑ってる気配を感じて、ぼんやりしている間に行灯に明かりがともされた。やっぱり笑ってる。
「何考えてんのアンタ」
風来坊でも国の重鎮やん、何いきずりの相手にヨバイ?仰天するなか何とかそれだけ返した。天地がひっくり返ってからって言ってなかったか?
「あれえ、熱烈に歓迎してくれると思ったんだがこりゃ早とちりしちまったかねえ」
どう考えてもあり得ないでしょうが。だって彼知らないからね、好いていると本気にするほどお目出度い人じゃないって。一夜の慰めでも構わんよ、正直命を投げ出せるぐらい思い入れのある人だよ。でもそんなん相手はシランでしょうよ。会って一月初対面からしつこく口説く異性に好意を抱く人はいない。まあ体面やら出会ったばかりで好きじゃないってのも会ってお断りモード取ってると思ってたんだけどどういう経緯で気が代わったんだ?え、殺しに来た?帝に忠告したの徒になった?惑わす奸臣がいるから誅殺しろとこの短期間に命令下されたの?うわあ我が身の粗忽さを呪うわ。でもそれならウコンを使う必要ないでしょうに。
兎にも角にもまずはクオンだ。この状況を保護者を自称する彼女が見過ごすとは思えない。クオンの許可を取るにしても相応の理由がなければ真面目な彼女は首を縦に振らないはずだ。
クオンはどこに。周囲を探る視線に気づいてかクオンの姉ちゃんならハクの看病だと返される。さっと血の気が引いた。まさか移した? 表情から機微を悟ったのかうんやとウコンが否定する。
「宴会戻って酔い潰れた。んで姉ちゃんが部屋に連れ帰ろうと背負ったところ、姉ちゃんが倒れた」
大事やん!動転する私にウコンは手をかざし大事はねえと続ける。
「色々あって疲れたんだろ。今は別の部屋で休んでる。寝てれば大丈夫だって言うんでさっき見に行ったら本当に寝てた。苦しそうな面はしてねえ。よだれ垂らして爆睡だ。アンちゃんも似たような面だった。まあ無理もねえ、思うところが多くて気が抜けたんだろきっと。アンちゃんはあんなだし嬢ちゃんも一人にしておけねえ。大仕事の後だ、少し放っといて労るのも悪かねえだろ」
確かにそうだけど。ううむ、言いたいことはそれなりにあるけど今は後回しだ……ウコンは看病疲れとは言わなかった。気を遣ってくれたんだろう。原因はほぼ私だ、それなら話は分かる。休んでもらうのに異論は無い。世話になっているんだ、むしろ逆に倒れるぐらい負担を掛けていたのが申し訳ない。不甲斐ない我が身を変えるためにも自分の始末はやっぱり自分でやらねばとひそかに握りこぶしを握ったところで肩に手をやられた。
喜ぶ振りをする間もなく目の前に整った顔が迫る。怯えてると分かっていて止めもせず、というか固まって動けない唇にかさついた感触が振れて、それがウコンのものだと気づいた。かっと頬に熱が灯るがかちあう視線は常と変わらず、ちょっと私は落胆した。ついで強烈な酒の匂いにやっぱり酔ってるなあと思う。そして男の人って唇も厚いんだなあ女の私と大違い、と場違いに思う間に吐息が離れて気づけばにやついたウコンの顔が近くにあった。初めての口づけは甘いと少女小説でよく見たけど酒の味しかしない。触れただけの唇、唇は誰の物?
……は?
「嬢ちゃんは薬の味がすんな」
……それだけ?了承は?いやおまえ自分が何したかわかって……分かっててきたんだろうなあ。そもそも夜這いって双方の合意がないと成立しないって、ああ旧人類の不文律を尊ぶ理由はないわなそれにしても酒臭いし汗の臭いがしてどちらかといえば不快つーか知らせに来てくれたわけじゃなかったのね……思考がとっ散らかっている。
「で、どうだい?感想は?」
ニヤけづらを叩こうとして堪えた。痛いのはイヤだ、私のせいで誰かが痛い思いもするのもイヤだった。
迷う間にまた肩を押されて、そのくせ背に手を回したおかげで床との衝突は避けられた。覆い被さってくる。あれ、冗談じゃない、本気?
見下ろす視線は真剣そうだけどあがる口角が不釣り合いだ。とりあえずの疑問を腕を押さえる男に尋ねる。
「好きにならないとか言ってませんでしたか」
「言ってたなあ」
「軽口だと思うのも当然だと思わない?」
「まあ普通思うわな。だが気が代わった。嬢ちゃんと寝るのも悪くねえと思ってよ」
胸元に手が伸びる前に、私は自由になった手でぎゅっと襟元を握った。余裕のない私に対してウコンは平常を保っていてやるせない気持ちになる。どうせ遊び、興味本位の戯れ、セフレ扱いなんだろう。なぜそう断言できるかって答えは明白だ、私はこの人と情を交わせるような交流なんてしていないからだ。飲みに付き合うのはハク、武闘派で旅慣れたクオンに一目置いてるのは知っている。マロロは友人でルルティエは属国の姫だから粗略には扱えない。対して私は付きまとい囃し立て厄介な存在でしかない。ウコンだって逃げるか流すの態度で迎えていた。どう考えてもおかしい、気に掛ける順序が間違っている。なんで私に手を出すんだ。
私の抵抗なんて気にもとめず襟元に手が伸び手の甲を重なるように覆われた。節々がごつく厚みあるが白くて綺麗な手だった。それに比べて……。気を悪くしたと思ったんだろう覆っていた手が離れた。見える私の手はがさつき荒れて所々黒ずんでいる。包帯の下はもっと酷い、肉付きだって良くはない。鶏ガラだって賊に捕まったとき罵られたっけ。抱きごこちはよくないぞと独白して哀しくなった。
「イヤならイヤでもいいぜ、また声掛けるかもしれねえしな」
そう言いながらも彼は退けない。一心に見られているのが辛くて視線を外したまま低い可能性を模索する。
「……妹さんの詫びで自分を売るんですか。見上げた妹愛ですね」
「んなことで一々寝てたら身が持たねえよ。ただの興味だ、そう構えんな」
「賊とのことを悪いと思うなら」
「そんなんで毎回抱いてたらキリがねえ。詫びでも何でもねえって。抱きてえと思ったから抱きに来た、それじゃいけえねかい?」
良くないに決まってるだろ馬鹿。なんで私なんだよ馬鹿、嬉しいと思う私も相当馬鹿だ。
すぐに死ぬからだろうか、冥土の土産にせめてもと情をかける気になったんだろうか。それならまだ納得できるかもしれない。理由としては腹立つけど。
「貴方のこと、嫌いじゃないんです。それは本当です。でも、愛しているか断言できるほど気持ちに確証が持てない相手にどうして」
私も好きです両思いと騒ぐ気にはなれなかった。失礼だしふざけた相手に同じ態度で返せるほど私は人が出来てない。少しぐらい意趣返ししても良いだろう。
「俺が嬢ちゃんを気に入った。ならそれでいいだろうが」
いけなくはない、いけなくはないけど。ウコンの正体はオシュトルだ。身元不明の流れの旅人、しかも病人を都合の良い相手と扱うのは後々遺恨にならないんだろうか?寝たのに責任を取ってくれないと役人にかけこまれ政敵に餌を与える危険性を考慮すべきだ。確実に私は足を引っ張る。酔った勢いとか絆されて寝る相手ならもっと後腐れの良い相手を探すべきだと考えて、後ろ盾のない人間ならどうとでもできるとはたと気づく。ああ、やっぱりその程度の認識なんだ。
やるせない、救いたい相手に遊ばれてそれでも嬉しさを感じる自分も、身分を明かし帝の後ろ盾を得れば振り向いてくれるだろうかと血迷う自分の浅ましさも、やるせなかった。
「都合いいですよね立場上、敵多そうですし。すぐ死ぬ相手なら後腐れもない。大丈夫誰かに言う気はないです。慕ってたって言うのは本当ですから」
「言いたいことは山とあるがよ、それは良いって意味に受け取っていいのかい?嬢ちゃん」
頬を撫でられる。視線をあげて見つめ合うがやはりそこに色は見えず。私は頷き体の力を抜いた。包帯は絶対に取らないで、取ったら舌を噛むと脅しを添えて言葉を繋いだ。
「……優しくして下さい。記憶の上では初めてなので」
そうだといい。
「おう、任せろ」
そう言うと存外優しく頬に唇が寄せられた。自然と竦む身に体を寄せながらウコンが耳元を噛む。
「だがな嬢ちゃん、俺は軽い男だが病人にせがまれたから抱くほど女に飢えちゃいないんだ」
吐息と共に囁かれる言葉の意味を尋ね返せば察しろと手を取られ、もう片方の手でウコンの前をはだけた左胸に宛てられた。心臓がある箇所だ。一般的な脈拍よりかなり早くどくどくと脈打っている、気がする。
「好きだぜ、ナナコ」
嘘ばっかり、きっとその脈も嘘ばっかり。内心の強がりは彼の唇にふさがれ飲み込まれる。私は目を瞑り流れに身を任せることにした。
随分遠慮してたんだろう、性急に脱がされる最中明かりが灯ったままだと気づき消してからと促すが無視された。ついで避妊も大事と合間に訴えるがやっぱり無視された。行灯の明かりに手を伸ばせば引見たいと引きずられ、酷い体を見たくないと本心を吐露しても許してはくれなかった。
腹立つ、好きと言うくせに全部無視かよ。なんで私なのかな、でも嬉しい、都合が良い女で結構、糧になるなら何でも、全部終わったら責任取らせる、ううん生きててくれればそれで。
ふわふわと定まらない思考で初めてを迎えた私だがついて行くのに精一杯で、相手が満足したかはわからない。
風と行く