35話 女官に甘い顔してたら部屋の前を事故物件にされた※推しキャラがモブに残虐な行為、首切りする描写があります。
※ロスフラの敵キャラに関するネタバレがあります。
別カプ(ハクオシュ)の本を描写する文章と残虐な行為を肯定する展開があります。
地雷の方はご注意ください。
心身を少しずつ摩耗する日常がこれからもずっと続いていくんだろうなあ。なんて考えていたある日、冠童子(やたなわらべ)の青髪の子が自室の隅で片膝をついていた。当然断りはない。シャワー室から出た私はモラトリアムの終わりを悟る。真夜中の自室に断りなく冠童子が現れるのは初めてだ。何かある。
疑念で固まる私をよそにナナコ様にお任せしたい業務があるとウォシス様が、と冠童子は申し出た。御同行願いますとの言葉にいやお風呂上りだから髪を乾かしてからでいいシャスリカさん?と尋ねるが、リヴェルニですと訂正した少年は中々せっかちで、業務につけばすぐに渇きますと暗に早く来いと要請された。色々考えるけど急に呼び出される理由がわからず、ちょっと待ってと脱衣場で着替え仕方なく先導する冠童子の後に続いた。
夜伽はないよな、暗殺したい奴いるから代わりに遺物で殺してくれとかもないよなと浮かぶ益体(やくたい)もない考えに道中私は気もそぞろになる。その時は話が違うと宥め賺(すか)し説教食らわせて逃げるか、それとも叔母に頼らなければならないほど食指の狭い自称甥の性的範囲を広めるために古のデータからエロ画像を発掘せねばならないか、いよいよならば自害か御父上に打ち明けるか悩む内に目的の場所に到着した。
辿り着いたのは聖廟奥の庭園で、良かった夜伽じゃないと安堵してのんきに付いて行くと広がる光景に安易に誘いに乗ったのを後悔した。楽観し過ぎた。開けた広間にはどこかで見た機械、大型のドローンがでんと鎮座している。多分搭乗できる、だって人の飲み込めるぐらい大きいし、立つためのでっぱり、台が二つ機材下の先端に付いてるから。死ぬ覚悟は出来てたけど雑に落下死しろなんてあんまりじゃないですかね大老!?雑すぎて意図がよめんわ。
「これをお使い下さいとのことです」
「いや、訳が分からん」
どこから見てもドローンだ。私の生きた時代の遺物を頼った方がいいとウォシス様がと冠童子は言うけれど、ごめん何がどうしてドローンを使わないといけない事態に陥るのか理解が追いつかない。
尋ねればリヴェルニは又聞いた理由を教えてくれた。
上空のタタリ排斥にミサイルを使うのに帝が難色を示したそうだ。郊外はいい、私が進言したとおり人気の少ない箇所から遺跡を通じて徐々に潰すのに異論はない。都市部が不味すぎた。
衛星は一定のスピードを保ち決まったルートを漂うのが通例だが動力の切れた物や元から位置を固定された機体もあると聞く。高低差があるため衛星通しがぶつかり落下、なんて状況は頻繁には起こりえない。必然的に平野や開けた土地、気流の少ない都市上空にそういう衛星が集まっているとのこと。ミサイル射撃で撃墜すれば破片や残骸等で最小でも被害が出る。郊外も強風で飛来した遺物が拡散すれば道行く人に激突なんて可能性も考えられた。上空で実験もしてたそうで危険な薬品は山と保管されており、例え人的被害はなくとも環境汚染や残留物質で土地を汚す恐れもある。後々まで影響が残ると考えれば撤回するのも当然の話だろう。
またミサイル射撃の際周辺に被害が出ないよう術者の結界で保護してもタタリを取り零せば確実に遺恨になる。被害が出る前にタタリを拘束できればいいが、毎回派手に遺物を使えば私を祀(まつ)り上げる者も確実に出てくる。帝なら御せれてもアンジュの代に私が御輿に担ぎあげられれば国が真っ二つになりかねない。色々考慮した結果、悪目立ちせず帝都にタタリを運ぶなら個別に運んだ方が安全と見なし、私に空を飛ぶための宿題が課されたというわけだ。
「資格もないけど?」
「いるのですか?」
きょとんとするリヴェルニに、いるに決まってるじゃん!と叫べばぎょっと目を見張られた。反応に驚き固まる私にリヴェルニは頭を下げ早口で言い訳を捲(まく)し立てる。
「実地で学んで下さいとしか私は聞き及んでおりません。どうかお怒りを御沈め下さい」
「怒ってないから、困ってるだけだから、一々頭下げないで。悲しくなる」
「し、失礼しました」
謝らなくていいと言ってるのに。ますます平伏する様に私はこれ以上の声掛けを諦める。リヴェルニという冠童子は気遣っても余計気負うタイプと見た。そっとしておいたほうがいい。無駄に困らせて関係をこじらせたくもない。
でも帝たちには色々思うところがある訳でして。また丸投げかよ!と思わないでもないんだよね実は。前々から感じてたけど帝縁戚含めて現場に丸投げしすぎで付いて行くのが大変だわ。現場の負担が酷すぎる。オシュトルもなんかそうじゃなかったかな?後の作品で実は信頼した部下に全部放りっぱなしでハクが苦労してた描写あったし。
反面教師にしようと私は硬く決意し、片手を上げて未だ釈明するリヴェルニの謝罪を止めた。理由はいいから装置を出してとお願いする。
「実地で学ぶの了解、頑張るわ。んでこの遺物、私使ったことないんだけど説明書ある?後リモコン頂戴」
顔を上げたリヴェルニはありませんと惚(とぼ)けた返事を返す。
「鍵があれば不用と伺っております。りもこんなるものは筐体(きょうたい)が大きすぎて取り落とす可能性があるため付けていないとお聞きしました」
どんだけ複雑なのこの機械、ウォシスもそんなもんいきなり押しつけないでよね。いいけどさ、信頼の証しと受け取っておく。
「操作こまんどなるものは握る部分にあるのでそちらで操作して下さいとのことです」
あるなら最初から言ってよと不満を零せば増々平伏して、りもこんなるものの有無を聞かれましたのでと釈明するから責めるのは酷と判断し謝った。気遣いが足りずごめんよ!と応じれば、リヴェルニはますます恐縮するから苦笑いで気になる箇所を尋ねる。
「気を付けること何か聞いてない?何をすればいいかも知ってたら教えてほしいな」
「それはゴール地点に到達してから明かして下さいとウォシス様が」
クリアしないと明かせないのね、了解。リヴェルニは、あれがゴール地点ですと木陰の葉を指さした。目を凝(こ)らすと庭園上部浮かぶ風船が見える。わかりやすく真ん中にバツマークが書かれていた。
視線を柄の部分に戻す。握る箇所には矢印とゲームコマンドしかない。作ったのゲーマーだな、誰かは知らんけど下手に触るとモーターが回転して飛ぶ前からこけたりミサイルぶっぱして大変な状況になるとみた。とりあえず柄の部分が操縦桿と確認できたから見えない箇所に操作パネル、もしくは電源入れるとスクリーンが展開して動くのかもしれないと辺りを付ける。
私はちゃっちゃと終わらせてタタリ殲滅の一手を打とうと意気込みドローンに近づき柄を握った。私が生きた時代では人が飛べるドローンはまだ実験段階で実現には相当の年数が掛かるとテレビで見たっけ。ヤマトさんが生きた時代には化石扱いされてたな。もっと安全な機械があるって。
機械工学は遠い世界の出来事にしか感じなかったからなんだか新鮮だ。しかもそれを自分が動かせるなんて、新米パイロットにでもなったみたいでちょっと心が浮つく。
……数秒待っても何も起こらない、スクリーンも出てこない。こんな状況でどう飛べと?胸中で嘆息し他に操作盤とかないかなと視線をあげた。
急に浮遊感を感じて目を見張る。私の体は宙へと翔んだ。
……は?
急浮上し木木の枝を折りながら突っ切る光景に頭が真っ白になる。どこかのんびりした冠童子の忠告が耳に飛び込み我に返った。
脳波を読み取るそうですから強い思念は控えた方が良いですよ、なんて今更言われても。
早く言ってよ!と私は叫び、風圧と重力に引っ張られ地上に戻りたいと意図せず考え、思念を読み取ったのかドローンはまたも急旋回。逆立つ枝をものともせず地上に着陸、もとい機体から地上に突っ込んだ。響く轟音に慄くがドローン全体を覆う様に謎の透明の膜が張られ(多分電磁波)怪我を負いはしなかった。重力に従い落下する節もなく、足は台座についている。どんな状況でも安定して作業できるようドローン内部のみ何か力が働いているのかもしれない。搭乗者が転落しないよう安全設計がなされていて一安心だ。止まったらシールド消えて頭から落ちたけど。心臓悪すぎ事前説明ちゃんとしてくれ。
リヴェルニはちゃっかり自分だけ巻き込まれないよう飛び跳ね、私の無事を目線で確認するとちっと舌打ちをし地面に降り立つと平伏した。
隠しきれてないから本心。私はドローンの機材に突っ伏し胡乱な目で小心者のくせに太々しい態度のリヴェルニを睨むが突っ込むのも疲れそうだから流しておく。機体は頭から突っ込んだがぱっと見損傷もない。若干体は震えていたけど命があっただけ良しとしておく。
機体から這い出た私は両方の無事を確認してリヴェルニを睨んだ。
「貴方、私のこと嫌いでしょ」
顔も寄こさず下を向く少年は開き直った返答をよこす。
「理解が早くて助かります。ええ嫌いですよ」
そのくせ怪我がなくて何よりですと案じる言葉をかけるんだから矛盾してるよなあと思う。いや単に怪我がないよう見守れだとか命令受けてるのかもしれないけどさ。
「ウォシス様に関わるもの以外私どもには塵芥に過ぎません。貴方様が特別嫌いと言うわけではありませんのでそこは悪しからず」
含む物言いにカマを掛けてみる。
「帝も?」
「尊き方以外の認識は我らにはありませんので」
肯定されて驚くが新鮮だった。敬えど忠義は別、と受け取れる言葉に徹底してるな〜と素直に感心する。
「疲れない?休みたいとか思わない?」
ウォシスの命があれば丸一日働き通しでも文句言わなそうな側近に、休みたければ休んでもいいんだよと薦めるがリヴェルニは眉根を寄せて否定の言葉を吐く。
「お役に立てて光栄としか。その様な思考に至るほうが信じられませんね」
滅私奉公の塊っすね。人類の強制力がどうのと以前ウォシスが強調してたけど、強制権だけでここまでの忠義が貫けるとは思えない。見えないところでは臣下を大事にしてるのかも。原作でウォシス裏切る配下ってライコウの小姓ぐらいだったもんね。身内びいきする気質帝に似たのかな、配下を大切にするのは素直に尊敬するわ。
ウォシス達の関係に感じ入るが返事がないのを不審に思われたのか、顔を上げた当人から無駄口を叩く暇があるなら仕事に戻って下さいと促される。
時間を無駄にしてはいけませんとのお小言は至言過ぎて反論できず、そのくせリヴェルニはお気に触ったのなら申し訳なくと謝ってくる。
「気にしてないよ。偉いなあと思っただけ」
「褒めても貴方に組する気は我らにはありません」
ウォシスはだいぶ私を買ってくれてるけどね。主を敬えど意に沿う気はないって割り切りの良さは図太くて面白い一面だなとにんまりした。
「知ってるよ、単純に好ましいなあと思っただけだから」
軽口もほどほどに内部からは確認できなかった外部に視線をやり壊れてないのを目視で確認する。目ぼしい損壊はない、だから大丈夫と不安要素を訴える内心に蓋をして、要請に応じ柄を握り今度は成功しますようにと念じ空を飛ぶ。やはり失敗、それを何度か繰り返した。
失敗も重ねれば空中に安定して留まれるようになった。少しだけ周囲に目をやる余裕が出来たところで眼下の景色、森やら横手の空を眺め得意げになる。
空を飛びたいと願うのは人類共通の通過儀礼みたいなものだ。実行できるか否かに関わらず鳥になりたいと夢想するのに時代や国の垣根はないように思う。はからずも子供の頃の夢が叶ってしまったんだ、嬉しくない訳がない。喜びを共感できる数名は、其々の仕事で不在なのが寂しくはある。ハクはもう遠い人になってしまったし。
一人悦に入るのはむなしいが周囲の風景に視線をやり少しだけ感傷に浸るのを良しとした。
雄大な自然を眺めていると早く課題終わらせて下さいと二度目の催促が下から飛んできた。少しは浸らせてくれ。尻込みしてたくせに離れれば強気になるなんて図々しい子だなあと自分を棚上げして鼻白んだ。
不意に珍しいとの感想が脳裏に生(しょう)じる。原作だと三人一組で行動してたのに。鍵に呼び掛け周囲を探らせても二人どころか他の冠童子も不在である。以前私を呼びに右近衛低に冠童子を一人使いに寄こしたが今程長く一人きりではいさせなかったよねと自問する。
一人でも御せると思われてる? 私の扱い雑すぎない?裏切らないと確信して見張り少なめにしてるなら嬉しいけどさ。
一人空を飛び悦に入るのが段々滑稽になり、どうせなら一緒に飛んで恥をかいてくれと浮つく下心を隠して上空から尋ねた。
「同じように飛びたいとは思わない?」
「命令があれば付き添いますが個人的な欲求で空を飛びたいとは思いません」
声が聞き辛い。少し高度を下げよう……失敗!枝に足が引っ掛かった。リヴェルニの表情が強ばるのを見て心配させまいと笑顔を作る。大丈夫だよ〜と呼び掛ける間に足首をひねり枝の隙間から抜け出てほっと一安心。眼下のリヴェルニも同じく表情から力が抜けた。好いてなくても傷つくのは嫌らしい。気に掛けてくれて嬉しいと思う。心配掛ける振る舞いはしないよう心がけたい。
体勢を立て直そうと少し上部に上がったところで、未だ心配げに見上げるリヴェルニを和ませようとして私は軽口に興じる。
「飛んだことないんだ?」
「遺物の管理は学士様と大宮司ホノカ様達の管轄です。御血縁のウォシス様も許されてはおりますが血縁でもない者に触れる許可は出ておりません」
「不満感じてたりして?」
「御冗談を。付き添える幸運に感謝はしても不満を覚えるなど不敬極まりない。不満など我らにはありません」
兎の耳がひくひくしてるぞ〜。気にしてませんって顔してるけど飛んでる私が動くたびにじっとこちらを見るのは興味があるからじゃないかな?なんて指摘は強がる少年には野暮だからそっかと話に乗った。
「もしさー、何か強要されて嫌だと思うことあるならさー、私から止めるよう言ってあげてもいいよー」
風船まで進もうと高度を上げる。危ない、風に煽(あお)られてバランス崩すところだった。室内でも上部は大気の流れがある、覚えとかないと。
「何故私を気にかけるんです?私たちは貴方と直接的な関わりはありません。気にかけるなら別の方をお薦めします」
今度は上に飛びすぎた。ゆっくり近づきたいのに話してたらそっちに意識がいってバランスを保てない。飛ぶのは諦めてその場に留まるのに専念する。よし、上手くいった。
リヴェルニの問いかけに答えるべく大きく息を吸う。地上から離れるほどホバリング音で声が聞こえづらくなり会話できないと見越して大声を上げた。
「特に気にかけてはいないよ―。危害加えられてないし貴方の主には世話になってるからね−。円滑な主従関係結べてるならいいけど、行き違いがあるなら正した方がいいかも、って思っただけなのよ−」
「……行き違いなどあるわけがない」
呟きが聞き取りづらい。胸元のマスターキーに呼び掛けて、地上の人と会話できないか尋ねれば了解の旨がきてすぐにリヴェルニの言葉が右側の端子から発せられた。音声機能があるなんて便利、聞きやすくて何よりです。
「言いきるぐらい信頼関係結べてる訳ですか、羨ましいなー」
応じれば望む答えではないのかジト目で睨まれた。
「羨むなら貴方様も応じれば良かったのです。幸運にも求められたにも関わらず断った貴方様が今更なんです。ウォシス様に近づく理由がなんなのか逆に聞きたいぐらいです」
「皆と仲良くなりたくて、なあんて……」
茶化すと失笑された。バランスを崩したのを悟られないよう、それとなく態勢を立て直す。
「懐柔を試みても無駄ですよ、仲を取り持つマネは致しかねます」
ダメだ、課題に集中できない。ひとまず会話を終わらせるかとこちらを見上げるリヴェルニの疑問に答えるべく機体の高度を下げる……着地成功!風の強さも気にならないのかリヴェルニは視線を離さない。ドローンを停止させて機体に腰かけよっこいしょと膝を伸ばす。
「好きな人は別にいるからね。お近づきにはなりたいけどそういう関係築く気ないから断っただけだよー」
「理解できない、ウォシス様が可哀相だ……」
リヴェルニはさも当然のようにウォシスを擁護するけど普通じゃないからね君ら。二度めの邂逅で暗殺の算段付ける奴に惚れる人はいないって。
それにしても大老の小姓達は本当にウォシスが大好きなんだなあとしみじみする。悪いとは思わない、むしろ良い傾向だ。盲信に近い信頼が、オンヴィタイカヤンの登場で揺らぎはしないと示されて小気味よかった。なので、無い前提で鎌をかけてみる。
「もしかして何か強要されてるの?体の関係迫られて難儀してるとか?」
「ゲスな勘ぐりはやめて下さい!ウォシス様がその様な暴挙に出られたことは一度としてありません!」
「乙女書のモデル嫌々させられてない?」
「……」
そこで俯(うつむ)き無言になるのはどうかと思うよ。
「……よく私共に描かれる草紙のモデルになれと仰いますがお眼鏡にかない光栄としか思いません。お役に立てて嬉しい以外の感慨は我等にはありません」
じゃあ何故言い淀んだのか。不満だからつい口から出ちゃったんだよね。小さく息呑んで口に手を当ててるし。
「大いなる父の命令を行使するのは辞めて下さいっ……」
目を強くつむり声を絞り出したところ申し訳ないのだが、使ってないよと明言するのは打ち明けてくれた彼の矜持を損ねそう、なので気をつけるねと濁すに留める。
「ちなみにどんなモデルをしてるの?態勢とか気になるわあ」
場を盛り上げたいのと単純な好奇心で疑問を投げかけたが、リヴェルニはそう受け取らなかったんだろう、悲しげに目を伏せる。慌てて他意はないと釈明し理由を説明した。
「えっと……告げ口じゃなくてだね。ウォシスよく私にネタ要請出してるじゃん?被らない方がいいかもって気を回したつもりだったんだ。万に一つもないけど、ほら、杯返さなかったオシュトルとそういう雰囲気になったら違う態勢意識した方がウォシスも喜ぶんじゃないかなって……」
もちろんそんな予定はない、可能性だってない。オシュトルは臣下の態度を崩さないし私も誤解を招かないよう帝室の一員として相応しい態度を取るよう意識している。
だがウォシス信奉者の冠童子はもしもの可能性を考えたのか、はっとした表情に代えて応じてくれた。
「……そういう事でしたら」
この説明で納得しちゃダメだよリヴェルニさん。ドン引く内心を知らずリヴェルニは咎められない保証が欲しいと怒らないよう頼んできた。何をする気だ、てかウォシスは何をさせてんだろうとビクつき、ソフトかつ常識的な範囲での接触を許すと口にすれば多少安心したのか、やっと笑顔らしきものを見せてくれた。私も微笑み、失礼致しますと掛けられる言葉に頷くと視界が反転する。
押し倒され、いや背中はリヴェルニの腕で支えられているから大丈夫だ、大丈夫じゃない。間近にあどけない顔が迫っていた。唇が触れるまで後指二本分の距離で、なんの動揺も見せずリヴェルニは粛々と説明する。
「ウォシス様はよく我らにこのような姿勢を取らせます。私が下になるときもありますが、固定はされておりません。他の者も私同様好んでは動かず、また過度な接触は互いに避けるので問題はないかと」
「わかった、帝に一言言っておく」
言い切る前に胸を押し腕の中から抜け出た私はここがドローンの上というのも忘れて後ずさり物の見事にひっくり返った。帝妹様と焦るリヴェルニに助け起こされ、礼を言いつつ背中を見せないよう注意しながら更に後ろに引き距離を取る。
当惑する態度を見せたリヴェルニは主の不興を恐れたのか、もしかしたら主を窮地に追いやると案じたのか、膝をつき懇願する。
「聖上に言いつけるのは勘弁してください!嫌とは言ってません。不快に感じられたなら謝罪致します。私は単に……」
「単に?」
「無理強いはされていないと進言したまでです。ウォシス様を貶める真似だけはどうか、どうかお止め頂きたくっ……」
土下座されてしまった。まるで私が悪者みたいで嫌な気分になる。悪者だけどさ、告げ口は誰だって嫌だよね。
でも潤滑な組織運営のためには互いの意思表示は大事だと、オシュトル関係で大失敗した先輩は思うわけですよ。見ない振りも出来ないし。反対意見表明できないのって正常な関係結べてたらまずない事態だと思うし。
おそらくだけど私はウォシス派に組み込まれていると状況から見て取れた。護衛に冠童子が付く理由を考えれば手駒を失いたくないからだと察せられる。
まだ味方ではいる気なのか、側近のリヴェルニは低姿勢で意思を確認してくれている。情に飢えている私は罠かもなんて疑いつつ見て見ぬ振りができない。大老一派にはこれからも仲良しこよしでいてほしいと願っている。何かあったとき関係がいびつだと連携できず足下掬われてし、こっちまで火の粉飛んできたら困るしね。ハクと敵対したら負けて欲しいけどさ。
動機のほとんどが自己保身なのが悲しいところだ。場当たり的に動くから女官にも舐められんだろうかとちょっとだけしょんぼりしてしまう。
「無理強いする人だとは思わないけどさ、嫌なら嫌って言っていいと思うよ」
あんまり口うるさく言っても困らせると判断して口答のみの注意に留めた。嫌ではないとリヴェルニはひたすら平伏する。これ以上尋ねても酷なだけと判断し帝には言わないよと応じれば途端ほっと胸を撫で下ろす様にこちらも一安心である。いたいけな美少年の沈痛な表情は見るだけでも辛い。
リヴェルニはこちらの気も知らず、振る舞いに関しての補足を付けた。
「嫌ではありません。抵抗を感じているだけです」
世間ではそれを嫌と言うんだが、常識はあっても世間知らずなのか私の認識を正そうと必死だ。
「気に掛けて頂き感謝の言葉もありません。ですが貴方様はまずウォシス様の言いつけを優先すべきとか進言申し上げます。私にも、済ませなければならない業務があるので」
納得できかねる表情でもしてしまったのか、話を切り上げるためか、リヴェルニは語気を荒げ課題に取りかかるよう催促してきた。打ち解けてきたなら嬉しいが舐められただけかもしれない。一々確認するから舐められると顔を顰めるウォシスの表情が脳裏に浮かぶ。
「はいはいごめんね!」
頑張るわと集中してドローンの柄を握って高度を上げた。
失敗を何度か繰り返したがそのたびに機体の速度やバランスを微調整しておそらく数分も立たないうちに目標の風船に到達した。
「やったゴールした!」
風圧で飛んでく風船を前にリヴェルニに向かって手を上げれば彼もなんとなく微笑んでくれた気がする。
「おめでとうございます。では次の課題を提案いたします。少々お待ちください」
リヴェルニは気弱なくせにスパルタだ。ちょっとは喜んでくれてもいいのに態度が素っ気ない。リヴェルニは腰巻きに手をやり雑紙を取り出し目視で確認すると、声を張り上げ次の課題内容を教えてくれた。
柄の部分のぼたんを押せばドローン先端から空気銃が発砲されるとのこと。漂う目標の風船を射撃して撃墜して下さいと指示が飛ぶ。風船一個しかないんだけどと見れば、風船に私が近寄り離れた時点で撃墜用の風船が自動でせりあがってくると聞く。待たずとも森の端々から真ん中にバツマークの風船が上がってきて、わかったと応じ柄を握りなおす。
ゲームセンターの射撃ゲームでもしてるような感覚になる。本家よりリアルで空飛んでるけど。おまけに命の危険付き。誰か適当な人選に変わってほしいがその場合ハクが危なそうだから全うするしかないの辛いところだ。不味い事態なのにまるで実感が湧かない。とりあえず課題を果たそうと浮かぶ風船に集中した。
戦場に出るのもっと後なら良かったのにと愚痴りつつ浮遊する目標を見定めて撃てば柄からの衝撃と空砲の音に目がちかちかする。怯えを見せてはいけないと悲鳴を上げるのは堪えたが、コントロール力皆無の私では散らすのが関の山。外れる軌道に苦笑いするがリヴェルニは特に反応せずウォシス様にもその気はありませんよと懸念を否定し教えてくれた。
ドローンは衛星に接続し乗り込むために用意されたもので、空砲もタタリが衛星から逃げ出した際無力化するために扱い方を知った方が良い、とのウォシスの判断で人目の少ない時間帯を選び呼び立てたのだと、理由を明かしてくれた。配慮を断る理由はないのでありがとうと礼を言い課題に取り組む。
ゲームは好きだが専ら好むのは物理を上げて殴ればオーケーの脳死RPGだ、なので撃てば外れた。みかねたリヴェルニが風の流れを読めだばいいだの、これくらいの強さなら指何本分か逸らして撃てば当たりますとの指示に従ううちに何発かは命中した。リヴェルニ先輩ありがとうと年甲斐もなくはしゃいでしまったが、リヴェルニは良かったですねと流すのみだ。褒めてくれただけ仲良くなれたと思いたい。
自動追尾機能使えば早いとウォシスが言ってたそうだが自力で解決を試みるのは私の少ない長所ですと(侮られていたことにビックリだわ!?)褒められ私は消沈した。コントロール力鍛える鍛錬じゃなかったのね。無駄な努力(長い目で見ればそうじゃないかもだけど)にがっくりしつつ自動追尾機能使っていい?と尋ねればリヴェエルニは快く頷く。
風船を地上に何個か落としたところで疲れたから休みたいと地上のリヴェルニに声をかけた。気にかけてくれたのか、リヴェルニはいいですよと応え地上に誘導するためか広場はこちらですと指さし手を振る。私は薦めを断りもう少し飛んでいたいと言い訳する。
「偽物でもさ、好きな人が纏う色の傍にいたいんだ」
芝居がかった物言いだが多少同情は買えたようでお好きなようにとリヴェルニは直立の姿勢をとる。声がかかるまで待機するつもりらしい。実直なことでと素直に感服し、浸りたいから通信切るねと念押しすると反論もなく了承された。
……気取られては不味い。ウォシスの配下は相当の手練れ揃いだ。中でも特徴的な三人は大抵三人一組で行動している。護衛もかねており基本ウォシスから離れることはない。重要な案件に限り別行動を取るのを許されているのか、右近衛邸に私を呼びに来たときはシャスリカが呼びに来てくれたんだよなあとしんみり回想した。
ウォシスは忙しく傍に居られないから今回は側近を護衛に付けたとリヴェルニは言う。 ……おかしな話だ、それなら他の冠童子でもいいだろうに。側近の一人を付けるには何か理由があるはず。今、リヴェエルニだけが私に付くのは護衛ではなく監視のためと予想し、ウォシスを探るために離れたと言うわけだ。
通信を切り応答がないのを確かめ、懐の鍵を起動させる。
「ウォシスが今どこで何をしているか知りたい。聖廟内の監視カメラを手元のスクリーンに映して……相手に気取られないようこちらの履歴は残すなよ」
鍵は求めに応じ目の前にモニター程度の映像が展開された。ついでに各部屋のウォシス関連の映像も端に小さく映される。場所は……確認するまでもなく私の部屋だ。なにしてんだろと視線をやるが読めない状況にますます頭が混乱する。
帝が付けてくれた女官が一列に並び(姿が見えなくなった女官含め全員いた)、床に手を着き許しを請うている。対面するのはウォシスとオシュトルだ。衛士も何人かいて女官を囲う様に前後に並んでいた。
私は首をかしげる。なんで部署の違うオシュトルがウォシスとつるんでいるのかと。
嫌がらせでウォシスが私に難癖を付けるのは分かる。味方を宣言されたがウォシスは気安い者とふざけるのが好きなのか、近しいもので固まれば挑発する言動を好んで行いがちだ。誤解を招くから改めたほうがいいと忠告したが、外ではしませんよと流されれば深くも突っ込めず気をつけろよと釘を刺す程度の牽制しか取れていない。
でもこれはやり過ぎじゃない?なんて遠巻きにされてる私は思うわけですよ。他部署巻き込んで女官いじめなんてさ。何で周囲を巻き込むかねえと胸中でうんざりする。もしかしたら女官が帝室を貶める真似をして、見かねたウォシスが怒るポーズで私を守ろうとしてくれたなら申し訳ないけどね。多分それが正解に近いんだろうけど、一言言って欲しかったなとも思う。配慮してくれたのかも知れないけれど、生き餌宣言した奴が蚊帳の外で事納められると立つ瀬なさ過ぎて辛い。駆り出された右近衛府の面々にも申し分けないし。
ウォシスには後で謝ろう、反省の姿勢を取る女官達はこっそり励ましとこうと決意し、なおも険しい顔で叱責するウォシスをどう取りなすかに頭を悩ませる。お腐れ話?慰問込みの愚痴に付き合う?
益体(やくたい)もない考えに気を紛らし何を話してるのか音量を上げて確認すれば、ウォシスが怒るのも道理だと悟った。
嫌がらせで叱責をうけていると思われた女官一同は詮議を受けていた。罪状は帝妹暗殺未遂、証拠は体調を崩した護衛が証人とのこと。
女官達は心当たりはない、誤解だと訴えるが配膳したのは貴方方でしょうとウォシスは取り付く島もない。容疑者は多いものの女官以外に毒を盛れた者はいないとオシュトルが断じる。ウォシスなら命令で入れられるよなと疑惑の目を向けても、今私を毒殺する利はないと思い直す。私の信を得るために自作自演したと浮かぶ考えは即打ち消した。ばれた時のリスクが高すぎる、ありえない。
女官の誰かが帝妹殿は元気にございますと叫ぶ。涙ながらに女官達は賛同するが、ウォシスが、帝妹殿が元気なのはあらかじめ護衛が食事が運ばれる度にすり替えていたからだと逃げ道をふさいだ。
寝耳に水の情報に内心で私はパニックに陥るものの、幸い目の当たりにする者はいなかった。マリカ、私のせいで……
浮かぶ自責の念に耐え自分に言い聞かせた。落ち着かないと、事実か確認しなきゃ、そのためにも落ち着かなきゃと狼狽える間に事態は刻々と進んでいく。
女官は様々にさえずった。ふさぎがちな帝妹殿を励ますために薬味を入れたが毒ではないと、誰々からお声を掛けて入れただけ。別の女官は明るい色があれば見るだけでも気分が晴れやかになると誰々から声を掛けられ色粉を入れたが害する気はなかったと。
後から盛り放題で毒味の意味がない。これは責を問われるのも仕方ないと私でも分かり呆れるほかなかった。上司のご機嫌伺いは嘘だろうが相手への敬意や守る意欲など欠片も見えないのががっかりである。
だが彼女達は貴族出身で高等教育を受けた者がほとんどだ。物の道理を熟知した者たちが何故食事に細工を?と考えるが思いつくのは好ましくない展開ばかり。
多分馬鹿になったんだ、オンヴィタイカヤンのせいで。辿り着く考えから申し訳なくて、でもマリカを害したのは許せなくて助命は無理だが減刑ぐらい訴えようかと気乗りしない映像に思考を戻した。少し後悔した。女官たちが私に取り入ろうと接触してきた官僚たちの名を口々に上げて保身を図る場面を目の当たりにしてしまったから。うんざりはするが、口にする名前は様々で特に気をつけろと言われた方々でもない。だからこそ女官も信頼し口車に乗ったのかもと無責任を承知で私は同情した。
用意された服の何点かが紛失したのはほつれがあり繕おうと部屋に持ち帰ったとの言い訳には失笑したけどな。洗濯かな?そうでなくてもいつか返してくれるかもと期待してたのに借りパク自供したも同然の言葉にがっかりだわ。でもさ、白昼堂々明らかにするのは当然だけどさ、八柱直々それも二人から責められる疑惑ではないよねと庇う気持ちも確かにある。
一般人だけでなく官僚でも疑惑を確定する証拠が出れば検非違使が捕縛しお白州裁きとなるのが通例だ。口を閉じれば資格あるものが詮議を行い自白を引き出すが、それだって確実に黒でなければ検非違使は動けない。治安維持が使命とはいえ手当たり次第に捕縛し冤罪を生み出せば帝室の権威を貶めるからだ。彼女たちが捕縛されたのは黒との確証を得たからだろうが、きっかけが私とくれば気に入らないやつ処分万歳☆なんて安易に手は叩けない。
『気安くして良い』と言ったから多分認識が馬鹿になったんだ。気安くするなと命じれば私を遠巻きにしつつ誠実に働く女官に戻るだろうと通信ボタンに手を伸ばし仲裁に入ろうとしたのだが。
忠義を叫ぶ女官達に、いいかげんにして下さい!とウォシスが一喝してピタリと皆の動きが止まった。私も固まった。
動機が気遣いでも害に成れば見過ごせないとウォシスは言い切り、私の私物に呪術を掛けた者が出たと報告も受けたと明かした。私にとっても寝耳に水である。オンヴィタイカヤンの私に精霊の加護はなく、一発食らえば死ぬかも状態でまさか近場から危険が迫るなんて思いもしなかった。助け船を出す気が一気に失せ、静観に務めるのが最善と思い直した私は出しゃばる自分を内省し状況を見守る。
続けて、万一を考え部屋に張っていた結界に山と呪いが掛かったとウォシスが説明する。中には睡眠を早める香が帝妹の衣服に焚き締められていたとウォシスは続ける。組み合わせれば一瞬で昏倒させるほど強力なもので、女官の一人が私の棚から盗んだ衣服を運ぶ際に昏倒、その間帝妹の部屋に女官でない者が侵入し帝妹を探る素振りをしていたと、ウォシスの側近から報告も上がったそうだ。倒れた女官は通りがかった者が医務室に運んだため大事はなかったという。だが衣類に関して追求すれば洗うためだと白を切り私の服を調べて呪詛の痕跡を発見し捕縛に至ったのだとウォシスが説明した。
呪術を使ってもいないしその様な怪しいものは見ていないと叫ぶ女官に、貴方達の留守を狙っていたのでしょうとウォシスが言い訳を一刀する。侵入したものも痕跡から割り出し即座に捕らえたそうで、この顔に覚えはありませんかとウォシスが死角に視線をやった。暗がりから冠童子の一人が姿を現し、縛り上げた半裸の男を衆目に引き出した。意識はないが女官の誰かは覚えがあるのか、悲鳴を上げて私は知らないっ、と目を瞑った。もうそれで証拠としては十分だったんだろう、冠童子は一礼すると意識のない男を抱えて扉から退席した。ウォシスの言葉を引き継ぐ形でオシュトルが告げる、男は高官で悲鳴を上げた者の兄だと。断りなく帝妹の部屋に侵入したのは……私を攫(さら)い手籠めにするためだったと。聖上は妹に甘く子を宿した男を罰しもしない、ならば他の男が手籠めにしても子さえ仕込めば命を惜しみ手を出した己も見逃すだろうと、吐いたそうだ。
(うわあ気持ち悪い、吐き気を催す解釈勘弁してくれ)
孕めば何とでもなるって考えは色んな創作で見たけどさ、それは創作だから許されることなんだよね。その創作だって、お互い実は両思いでした的な展開でないと上手くはいかないわけでして、大抵遺恨になりバッドフラグ立ちまくりで終わるのしか私見たことないんだよなあ。肯定的なのは春画や乙女書ぐらいだけどそれだって欲望のはけ口として見逃されているだけなんだろうし。規制しまくった反動で欲発散できずに犯罪行為起こされるよりはマシだろう……ってな具合にね。まさか、官僚の中に希望的解釈で実行に移す馬鹿がいるとは思わなかったわ。そんな行為強要する奴に好意なんて湧く人はいないし私だって拒否感しか感じない。実行に移されたらわかった時点で相応の処分求めるし無理強いする男の子供も産みたくはない。誰がなんと言おうと降ろし存在毎抹消する。帝も多分だけどそういう下衆は態度に出さなくても内心ではノーセンキューでしょうよ。実行に移してたら、私の意を汲み事を起こした当人と焚きつけた身内八つ裂きにするのは容易に想像できた。子供はなあ、人間だったら私に隠して育てそうなのが簡単に想像できるからこそ身辺には重々気を付けないとなあと背筋がヒヤリとする。
出くわさなくて良かったなあ、頻繁にマリカの見舞いに出て正解だったと安堵するのだが、オシュトルの苛立ちは相当だった。そりゃそうだ、元妻でも情を交わした女を手籠めにする算段を付けられていたなんて未遂でも腹立たしく思うのは当然な話だ。詮議は苛烈だったのかな?興味で聞けば無駄に落ち込ませそうだから知らないふりをしておこう。
今後顔を合わせた際どのように応じるか考えるうちに、仮面越しでも分かる怒気に女官たちは慄(おのの)くが、件(くだん)の兄を招いた女官はめげずに無実を訴える。兄は妹様と話がしたかったのです、と釈明する声に鋭い眼光を向けたオシュトルが、部屋の主人が不在の折に尋ねる客人はおらぬと一蹴した。毒婦という噂がと返す言葉に、聖上の妹御をそしる者は誰であろうと許されぬと取り付く島もない。逆上したのか、女が声を荒げる。
「私は貴方様をお慕いしてっ」
「すこぶる迷惑だっ!」
大きな声にしんと静まり返る周囲の中でクスクスとウォシスが笑う。
「心の内で誰を思おうと構いませんが、まさか帝室に仕える女官が、思い人の気を引くために姦計を計り脚を引っ張ったあげく、兄を道連れにしたことにも気づけない不出来な方だなんて、御家中方もお気の毒ですね」
反論しようと件の女官が口を開けたところで扉が開く。そこには男の首を頭上に掲げた冠童子がいた。向こうに転がるのは男の体か、女官は絶叫し悲痛な声で兄を呼び近寄ろうとしたのか、立ち上がるがすぐに控える衛士たちに取り押さえられる。私は呆気に取られて声も出ない。廊下には首から切り離された体から流れ出た血だまりが広がっていた。帝妹様の部屋の前事故物件にしないで、もう遅いけどさ。
パニックに陥ると思われた他の女官たちは静かなものだった。窃盗どころか、毒殺誘拐未遂、しかも婦女暴行まで試みた同期の身内がお白州裁きもなく処されたんだ。重ねた罪科に言い訳も浮かばないのか、これ以上ウォシスたちの不興を買うのを嫌ってか、皆一様に口を噤む。すすり泣く同期に慰めの言葉を掛ける者もいない。しかし、続けるウォシスの言葉に項垂れる女官たちはいっせいに震えだした。
「これほどの大罪は中々にないですね。私も驚きました」
その無駄に明るい単調な反応が逆に怖いぞ、何考えてるんだか。反面オシュトルはカメラ越しでも分かるほど消沈しきってるし。オシュトルは膝をつき謝意を表明するが、ウォシスが途中で割って入る。
「女官たちの動きに気づけずこの様な事態を招いてしまい」
「謝罪はいりません。貴方に思いを寄せる下人どもをどう扱えば良いかなんて興味もありません。今は、立場を弁(わきま)えず暴挙に出た愚物がどんな末路を辿るか、聡い者たちに見せている段階でしょう? 己の進退なぞ、それこそ事が終わってから熟考なさい」
ウォシスから遠回しの激励と窘められ、オシュトルは考えが足りず申し訳ありませんと退いた。失脚はないよね、守ってくれていたわけだしとハラハラ見守る間にウォシスが話を元に戻す。
帝妹殿の側近が体調を崩した現状でこれ以上好き勝手振る舞うのは許せないとウォシスが断じたところでオシュトルが控える部下から巻物を受け取り周囲に見せるよう眼前にかざし開いた。
視点の違う監視カメラから印象に残ったのは帝の筆跡で認めた二文字、連座。青ざめた女官達はすすり泣き懇願する。悪気はなかったどうか家族は見逃して。
その中に認める言葉を吐いた者がいた。毒婦を始末して何が悪いのかと。
衝撃から固まり静まり返る周囲の中、彼女は私を誹り始めた……あの顔には覚えがある。悪口に勤しむ女官達の振る舞いを咎め妙にこちらを気遣っていた、優しいヒトだった。
どうして?浮かぶ疑問は拘束された彼女自身の手で解消される。
帝室への忠義を呟き、彼女は私を罵(ののし)った。
帝は騙されている。他人の空似だ、帝室に相応しくない、近衛大将と帝に付けいれたのは心の機微を突くのに長けていたからだ。あれは帝室を揺るがす外道そのもの。長く帝にお仕えした方々を差しおいて傍に置き暴言を許すなどあってはならないと怒りをあらわにした。
当惑する周囲だがウォシスは話にならないと首を振り、控える衛士に外へ連れ出すよう命じた。応じた二人の衛士に両側から手を取られ、後ろ手に回されたところで観念したのか、あるいは自棄になったのか、女官はギラついた目で周囲を見回し怨み言を零し始めた。
「いずれ皆あの者の虜(とりこ)になる、あの者はわずかの間に多くの者の心を解(ほぐ)した。何事にも動じず慎ましく振る舞うよう仕込まれた我等が気安く振る舞うのはなぜなのか、どうして誰も疑問に思わない!あの者に操られ意に叶うよう誘導されているからだ。聖女など妄言極まりない毒婦で売女、放っておけば全てがあの者の意のままになり帝室の権威は地に落ちるだろう」
うんざりしたふうにウォシスが早く連れて行って下さいと慌てる兵達に念押しした。言葉を封じようと手を伸ばす衛士達から身じろぎ罵倒していた女官は苛立たしげに嘲笑し、聞くに耐えない言葉を重ねる。
「将一人だけでなく二人も虜(とりこ)にしたの?許せない、帝に準ずる方々をこうも籠絡するなんて。ほら見て、きっとそのうち全ての八柱が骨抜きにされる。男ばかり、碌でもない、きっと取っかえ引っかえよ。口にするのもおぞましい、淫売な出自に相応しい振る舞いでのし上がるんだわ。帝の血縁でない者が妹なんて、おかしいと思っていた。帝の威光も地に落ちた」
ものね、と多分彼女は言おうとしたのだろう。あまりの言い様に抑える衛士は殴りつけようと拳をあげ、オシュトルは鞘に手を掛けた。それよりも、女官の首に手を伸ばすウォシスのほうが早かった。
「あの方が、どれだけのものを諦めてここにいるか知りもせずに、よくもっ……!!」
「ウォシス様お止めください!」
憤怒の表情で首を締め上げるウォシスを衛士達が羽交い締め引き離す。罪人を手に掛ける権限は大老にないと、さっきまで鞘に手を掛けていたオシュトルが宥めに掛かり急きこむ女官を衛士たちが引き離し大老から距離を取る。当のウォシスは、すぐに大老の顔を取り戻し兵達に失態を謝罪した。衛士達は動揺なさるのも当然、帝室を侮蔑する者に怒るのは道理だと補佐する言葉をかける。女は高笑いし、なおも帝への忠誠をやかましく叫ぶ声をふさがれ、衛士達に無理矢理部屋の外へと引き出された。
冤罪を嘆いていた女官達は静かなものだ。我関せずでも同僚の性根を見抜けず帝室に牙剥く様を見て帝の判断もやむなしと観念したのかもしれない。
未遂とはいえ、周囲の助けがなければどこかで手に掛けられ今の私はなかったはずだ。思うところが無いわけではないが、意図的に害する気がなかったものは軽い罰で済むといいな、後で帝に嘆願しとこう、ついでに彼女も人類強制権見破ってるぽいから縁者は恩情かけて見逃して欲しいなと呑気にその光景を見ていた。暴行を試みた男の罪が確かなら切り捨てられるのは妥当だとも被害者意識から思ってしまう。マリカを害したのは許せないから法にのっとって処断してくれと見守る内にオシュトルが何故か部屋を出て行く。
直々に牢屋にぶち込むのかなと映像を自室前に切り替えた。私を罵った女官が衛士に両肩を押さえ込まれ頭を差し出すように俯いたところをオシュトルの一刀で斬られて、落ちた首が廊下を転がる……意味が、分からない。
「帝室を貶めるだけでなく尊き方を自らの意思で徒なす性根、許しがたき。成就せずとも実行にうつした時点で極刑は免れぬ。沙汰が下されるまでもない。連座の勅命、某が適えよう。地獄にて、己が招いた災禍を見届けよ」
言葉で示す理由が分からない口上を述べ、転がる首を一瞥したオシュトルは片手で刀を振り血を飛ばす。懐から取り出した懐紙で刃先を拭い控える部下に差し出した。受け取る部下は下を向き血まみれの体と首を掴み廊下の隅に無造作に投げた。どさりコロコロ……そしてすでに転がる先人の体も遠慮もふたもなく掴むと通りの邪魔にならない配慮だろうか、空いた箇所に放った。壁に当たろうが血だまりに足を踏み入れようが、動揺の欠片もない一同の表情にぞっとしてしまう。そして心の内は違うだろと引く自分を恥じた。国を守るのが職務の彼らに暗部の仕事をさせたのは私だ。私が上手く動かなかったせいでこうなったんだ。私が斬らせた、オシュトルの意思じゃない。実に申し訳ないが、今後のために止めるか見捨てるか迷っている間に時は刻々と過ぎていく。
これで終わりと思いたかった斬首は最後まで続いた。次、と声を上げたオシュトルに応じ部屋に控える衛士が別の女官を引き出して、死ぬしかない状況を見て取り悲鳴を上げた女官に再度殺す理由を告げて、オシュトルが一刀。
宣言した理由は先ほどよりは簡素だった。奸賊に組した罪で連座、最早言葉は不要。一族は極刑を免れるそうで地獄で帝の温情を喜べと一方的にオシュトルが話を締める。
ころりと転がる首に一瞥も向けず懐から取り出した新たな懐紙で刃先を拭(ぬぐ)い、先ほどと同じ流れを繰り返す。
細部まで聞こえずとも何が起きたか理解したのか部屋の中で女官達はそれぞれ訴えていた。関係ない知らないお慈悲をどうか。ウォシスは冷たい目で彼女達の訴えを退ける。
「帝室に仕える栄誉を頂きながら謀に気付けず、まして一助を成した貴方方を何故助けねばならないんです?言葉は不要、私もそう思います」
諦めたのか、誰かがすすり泣く声がする。諦めず命乞いを訴える者、逆ギレし抵抗した者は即座に部屋から連れ出されオシュトルの一刀で命を散らせる。
何もかもが制裁を止めるには至らず呆気にとられる内に関係者の処断が終わってしまった。オシュトルに思いを寄せていた女官も何かを伝えようとして言い切る前にオシュトルに切って捨てられた。命を取るまでじゃないと止めたいのに、盗み聞く後ろめたさから声も掛けられず、何よりおそらくこの光景を見せまいと気遣ってくれたウォシス達を思うと軽率に口を挟めず見捨ててしまう形に収まる。ううん、実質見捨てたんだ、付けられたとはいえ私は彼女たちの主で庇わなければならない立場だったのに、私は堪る鬱憤から目の前の光景を小気味いいとすら感じてしまった。お高くとまるお嬢様方の散り際はなんてみっともない……そう考える私の方が性根がひん曲がって醜い。役に立ちたい、掛けられた情に恥じない自分でいたいと願っても矯正は中々難しい。
全て切り終え血だまりに佇むオシュトルが端に身を寄せ頭を下げる。部屋から出たウォシスはオシュトルの労苦を労(ねぎら)い、応じたオシュトルもお役に立てたならば幸いにございますと下げる頭を深くする。片付けはウォシスの手勢がするらしく、首謀者の関係者の詰問に戻りなさいとウォシスは踵を返す。今後帝妹をどう守るかで近しい者達で話し合うそうだ。疲れの見える表情にドン引きしたくせに私は申し訳なくなった。話し合う方々は帝とホノカさん達だろう、世話になりっぱなしで本当頭が上がらないなとモニターから消える背を拝んだ。業を背負わせた。首謀者の縁者も殺されずとも辛い目に合うだろう、無関係だとしても連座と勅命が下ったなら確実に詮議を受けるのは私でも推し量れた。拷問までは行かなくても得た知識量から尋問苛烈っぽいのが窺(うかが)えるし水責め石責め鞭打ちは聞くだけでもキツい。女官達も私が来なければ死ぬ必要もなかったと考えると、私に祈る資格はないがせめて魂は天国にいけるよう手を合わせる。
この世界の宗教で大きなものは二つに絞られる。オンヴィタイカヤンを奉るものとオンヴィタイカヤンから人々を解放したウィツァルネミテアを崇めるものに分けられる。ヤマトは大いなる父の帝が建国したため国民もほとんどがオンヴィタイカヤンを信仰している。亜人は死ねば常世という天国にいくとのこと。お坊さんはいてもオンヴィタイカヤン信仰に亜人独自の読経はなく、となると帝由来の仏教に酷似したバチモンの宗派しかないから正しい念仏の詳細を私は知らない。それでも、掛ける祈りとしては的外れでも、安らかに成仏してほしくて念仏を胸中で口ずさんだ。南無阿弥陀仏は簡単だけどそれだけで死者のために祈れた気になる。我ながら現金だなと思わないでもないが切り替えの早さが長所の一つだと消沈しそうになる気持ちを奮(ふる)い立たせた。
簡単な念仏を数度唱え顔をあげると、オシュトルも私と同じように手を合わせ拝んでいた。さすがにお経などは唱えていなかったかが、戦いに馴れた武人でも無抵抗の市民を斬り捨てるのは良心にクるのかもしれない。上官に倣(なら)ったのか衛士たちも手を合わせていた。ややあって、オシュトルが顔を上げたのを皮切りに部下たちも手を下ろす。部下に振り返るオシュトルが関係者を詰問する手筈を取るよう命じ粛々応じ散る部下達を見て、オシュトルもどこかに向かおうと歩を早める。一人きりの状況だ。今なら声を掛けられると不審がられるのを承知で、少し進んだ先の監視カメラから呼び掛ける。
オシュトルと名を呼べば近くにいると判断したのか、壁に身を寄せ片膝をつく姿に、声を掛けたいだけだからいいと慌てて取りなした。
「惨いことをさせて、ごめん……」
それだけが言いたかった、忘れてくれていい。一方的に言い捨て映像を切る指示を出すところで平伏したオシュトルが応じる。
「なんのこれしき、御身が損なわれず何よりでございました」
臣下の誉れに相応しい態度に、ひるんだ我が身を省みて恥じ入るしかなかった。
「おやすみ、安らかに眠れるかは分からないけれど、寝るときはせめて良い夢を」
鼻を啜(すす)り涙声で行ってくれていいと言うがオシュトルは首を振り否定する。
「貴方様と生きた日々が夢そのものでした」
叶うならばずっと見ていたかったと続ける言葉に、おまえの夢はヤマトの奉公だろ!と悲鳴じみた声を上げる。オシュトルはかすかに微笑み夢は一つのみとは限りませぬと認識の誤りをたしなめられる。最適な返しが見つからず私は二の句を告げられない。押し黙る私にオシュトルは失礼致しますと声を掛けて監視カメラの視認範囲から外れ映像は途切れた。
どうとでも解釈できる言葉だが、今も私を思ってくれていると受け取めてもいいんだろうか? 惨劇の後なのに胸の内が暖かくなる。一人ではないと示されたようで嬉しかった。
一瞬状況を忘れた。多分それがまずかった。
女官惨殺の時ですら意思喪失せず高度を保てたのに、喜び一色に染まり脳内からの意思伝達が途切れたのか途端ドローンは失速する。取り乱す私の意思では高度を戻せず気づいたリヴェルニが跳躍し姫抱っこで救い出したおかげで怪我なく地上に降り立てた。ドローンは落ちて燃えたけど。電源喪失でシールドも消えたし、あんま意味ない安全装置。過信は禁物と心にとどめておこう。
「火事に、なったりしない?」
放っておけば爆発しそうな燃え具合だ。木木が倒され鳥が飛び立ち意図せず行われる自然破壊に青ざめつつ尋ねれば、炎の影に頬を照らされたリヴェルニが横手で心配いりませんと答えてくれる。
「ご心配なく、すぷりんくらーなるものが設置されているとウォシス様から聞きました。煙を感知すれば火の気も消えます、ほら」
天上に空の映像を映すモニターの切れ間から水が振り出した。鎮火剤でも入ってるのか煙が消えて炎も鎮火、油の匂いもせずオイルが染み出した形跡もない。無味無臭の素材使ってたら積んでたけど。ひとまず爆発延焼する可能性がなくなり一安心、と言いたいが……
「これ、誰が片付けるの?」
「遺物の扱いは学士様が専門です。ですがこれだけの規模は荷が重いかと。ホノカ様方やウォシス様が対処なされる、筈(はず)です」
聞くんじゃなかった、また借りができてしまった。
二人仲良く並んで濡れネズミ、水気を含んだ衣服は重く厄介だ。落ち込む出来事が連続して起こり物理的にしんどい事態も生じれば自然俯いてしまうのも仕方ないだろう。ある程度沈んだ後は浮上するだけだ。凹んでも仕方ない、自分に出来ることを精一杯やって責任を減らしとこうと私は意気込んだ。
意気込みはしたのだが気力だけでどうにかできるほど遺物は簡単なものではないとすぐに理解できた。
ドローンに近寄り直せる箇所はないか確認したが凡人に直せる訳もなく、落下時にへし折った燃えそうな枝なんかを拾い余所にやる程度しか出来なかった。
手伝ってくれたリヴェルニは課題を終わらせたから咎められはしないと慰めてくれる。そのうえ部屋まで送ってくれた。報告は後でするそうだ。今日の課題はひとまずクリアらしい。良かった良かった、何も良くはない。
自室は機材の故障で汚れたため近くに用意した別室で寝るよう促される。
庭園を出て案内された部屋はかつての居住空間そのもので無機質だが綺麗に整頓されていて(もしかしたら自動掃除ロボが管理してるのかもしれない。ヤマトさんと同棲中家事の手間減らせそうで欲しかったけど、ヤマトさんの許可降りなくて買うの諦めたんだよなあ。高価な割にメンテの工程膨大で出来るのは部屋全体の埃取りだけだからって)簡易的な寝床としては申し分なかった。
リヴェルニと別れ自室に戻りシンプルな寝床に転がりメールを打つ。宛先はホノカさん宛だ。直接ウォシスに事の真意を問いただすのは躊躇われた。惨状を見せないよう配慮してくれた者を責める真似は私でもしたくなかったから。
深夜にすみません的な挨拶からさっそく本題に入る。
帝室の一員死んでなくても傷付けようと試みた時点で積み?とメールを送り、ポッド内の子供たちの映像に切り替える。今日もミリ単位の成長で人の方は人らしい指が微かに見えて小さく動いて愛らしい。うねるタタリも子と思えば哀切の中に尊いとの感傷が芽生え、動く二人に癒されるなあと少々見入った。茫洋と佇みぼんやりしている間はないと痛む胸に蓋をして簡易的な衣服を用意しているとリヴェルニから聞いた箪笥を開ければ和服が数着あった。有難く拝借してひとまずは汚れを落とそうと手に取り脱衣場に向かえば、スマホのアラーム音が鳴る。明日返信が来ると見立てたが連絡を寄こした相手はホノカさんだった。忙しいのか電話ではなくメールだけど逆にありがたい。
お風呂に入るのは後回しにして、ホノカさん宛のメールを開き内容をあらためると罪ですと簡潔に、そして何故惨殺に至ったかの理由が書かれていた。
見せしめだそうだ。帝室を損ねれば白だろうと黒に関われば罪が下されると示すために皆殺しにしたとのこと。斬首でなく内々に処断したのも刑を課す価値もないほどの大罪を侵したためと周知するためらしい。
本来なら、私より上の立場、縁者である帝や大宮司、係累の姫殿下から注意して正す予定が実際に毒物を盛る者がいたためあえて強硬策にでたそうだ。
護衛が体を損ねても毒物の投与を辞めなかったので処断を各各に委ねたと文字が続く。傷になると見越し気づかない内に処分を命じたが、気づかせて申し訳ありませんと締めくくられた。
少し考えてメールを送る。傷にはならない、配慮嬉しく思う。手間を掛けさせ申し訳なかった。今後はこの様なことがないよう気を付ける。先ほどのような強硬策に出る際はできれば一報が欲しいと結ぶ。理由は、誰に何の理由で怨まれるか知っておきたいし、手を汚した者達が居たと知らないままでいたくないからだ。適うなら子息に私が気づいたと伝えるのは待ってほしい、私の方から労いたいと文面を締める。
メールを送ればまた即返信。了承する旨がきてスマホを脇に置き、今度こそ身ぎれいにするため脱衣場の扉を開けた。
風呂場には監視カメラの類はないと見越して湯に打たれる間ちょっとだけ泣いた。
◇◇◇
翌日、マリカの見舞いに行こうと廊下を歩くと、書類を抱えた冠童子を引き連れたウォシスと鉢合わせた。遠目からでも目を細めしんどそうに背骨が曲がっているのに、私に気づくとすぐきりっと姿勢を正し、さも平気なように取り繕うのがおかしかった。壁を背に道を譲る素振りをとるので気負わずとも良いと声を掛けて立ち止まる。
「あの、少し話があるんだが」
手短に労おうと声を掛けるが尻込みする態度に不審なものを感じたのか尋ねてきた。
「何か困りごとでもありましたか?」
しどろもどろ、えっとねだのあのだの言葉を選ぶ内に煮え切らない態度に苦言を呈してくる。
「大変恐縮ではありますが、進言を一つお聞き頂けても宜しいでしょうか?」
どうぞ。
「帝室の威厳を損なわない振る舞いをなされるよう申し上げます。言動も態度も貴方様は卑屈で見ていて実に歯痒い」
「未熟で済まない……」
そうではなくてですねとウォシスは言い淀む素振りを見せた。
「寝癖が、幾つか」
「どこだ?……ここか?」
手を伸ばすが外れたらしい。ウォシスは溜息を付き近寄ると、ここがと手を伸ばし撫でつけた。側頭部のちょっと上だ。近い距離にちょっと後ずさりしつつ礼を言おうとするが、何か話したいことがあるのでしょう?今の間なら聞けますと手をかざしたまま囁(ささや)くので、小声で訴えた。
「血塗られた判断を下すなとは言わない。必要悪もあると思うし。ただ一言ぐらい言ってほしい。何も知らないままでいるのは気分が悪い」
気付くポカは踏んでないが昨日の今日だ、ウォシスはすぐに該当する出来事に思い至れたのか口角を上げて答えてくれる。
「引け目に感じられるなら礼の一言ぐらい告げては如何です? 私は処断を命じたまで、首を落としたのはオシュトル殿の独断です」
「もう言った。貴方はまだだから」
後回しにされたと僻(ひが)まないかな?ビクつき様子を伺うがウォシスは意地悪く眉根を寄せて揶揄(からか)ってくる
「お礼に口付けでも授けて下さるんですか?」
「試す物言いはやめて、貴方の信念を侮辱する気はない」
「私ではなく付けていた子にどうかという話ですよ。貴方に気づかせないよう命令していたのに失敗するなんて、どうしてくれましょうか……」
私はぎょっとしてウォシスを見る。腕を組み配下に横目でどう責を問うか算段を付ける素振りに慌て、リヴェルニに責任はないよと取り成した。そんな密命知ってたら声なんて掛けなかったのに!
「リヴェルニは悪くないでしょ、一生懸命私の注意を引こうと頑張ってたよ。貴方を尊敬してるって大事にされてるって、疑う私に怒るぐらい忠義を誓ってるんだよ。罰しないであげて、悪い事なんてしてないよ!」
「大いなる父に歯向かうなんて、躾がなってないと叱られるのは私なんですけどね……」
そうして嘆息する姿にまた失態を思い知る。要らない餌を与えてしまったらしい。大いなる父でも冠童子の一人は怒ったと。ここに来てから私は失態ばかりでいいところがない。挽回したいが糸口が見つからず謗る相手が誰か考えて帝だろうかと辺りを付けた。もしそんな場面目の当りにしたら一言文句言ってやる。原因は私なんだから怒るなって。動揺する思考に区切りをつけ、ウォシスにリヴェルニに非はないと言い募った。
「悪いのは私だ。誰も悪くないだろ、私が気やすくしろと言ったせいでっ」
「毒殺実行拉致暴行未遂の上私物窃盗まで計るなんて、気やすいの限度を超えています」
「っ、……言動には本気で気を付ける。だからっ!」
冷たい言葉に私は責任を認めた。惨劇の原因はどう考えても私だ。人類の強制力を甘くみて招いた失態を否定はしないが、最善を尽くした者が責任を背負わされるのなんておかしい。落ち度は軽率な言葉をかけた私にある。だからリヴェルニをウォシスから遠ざけるのは辞めてほしいと訴えたのだが、何が琴線に触れたのかウォシスは剣呑な表情を一変させいつもの笑顔に戻る。その変わり身の早さが怖い。
「咎めはしません。貴方が気づく前に片を付けられなかった私の落ち度です。そもそもがです」
ビッと人差し指で私を指しウォシスが指摘する。
「上に立つ者の言葉を真に受けて増長する方がおかしいんです。帝室を守ってこそヤマトは万石なんですから貴方はもっと堂々としていなさい」
「軽率な声掛け責めてた流れだよね……?」
なんで急に励まされてるの?と呆然とすれば分かってませんねえとウォシスはやれやれと言いたげに首を振り認識のずれを訂正した。
「その前に言いましたよね? 相応しい態度を取れと。この場合責任は認めても二度としないと公言するのが正解ですよ。ほら叔母上、しゃきっとして下さい」
……どうやら上に立つ者の振る舞いをついでに教えてくれたようだ。曲がる背骨を伸ばせば得心したかのようにウォシスは頷き叔母上は適度にしょげてるのが一番ですから潰れないようお気を付け下さいといらん一言を付けてきた。
私は呼び掛ける。今回の失態の責任は自分にあると。ウォシスに支障のない範囲で責任を負いたいと申し出るが、明らかにされてない失態なんてないのと同じですよと暗に目をつぶる宣言を受けてしまう。
「貴方には価値がある。なので無駄な責任を背負わせる気はありません。潰れられては困りますから女官の件は忘れなさい、それが一番です」
遠回しな優しさに袖で顔を隠し涙をぬぐった。顔を上げて、心配かけてごめんと謝れば、心配なんてしていませんとウォシスはどこまで本気か分からない飄々とした笑みで返事をする。リヴェルニの件はとおずおず尋ねれば、仕方なさそうに小さく溜息をつき、特に不備はないですし責は問いませんよと応じてくれた。喜色ばむ私だが控えていたんだろうリヴェルニが物陰から姿を現し、余計な気遣いを掛け申し訳なくと頭をたれる。私は首を振り逆に気遣わせて悪かったと言葉をかければリヴェルニは一礼し暗がりに消えた。
側近は解かれていないから案じずとも良いと暗に示す配慮に、ウォシスに向き直り嬉しかったと言葉を重ねる。
「労(ねぎら)いたくて声をかけたんだ。ウォシス、守ってくれてありがとう、嬉しかったよ。気遣わせてごめんね……ウォシス?」
礼を告げて去るつもりが、会話の途中人差し指を立ててしぃと静かにするよう指示された。すぐに響く足音に気づき誰が来たんだろと周囲に目を回したところでウォシスが相手の名を呼び高官と知った私はげんなりした。
現れた高官はウォシスと個人的な付き合いがあるのか楽しげに近寄り私が居るのに気づくと慌てて平伏する。公の場でもないから改まらずとも良いと立つよう促せば立ちはしても恐縮しっぱなしだ。誰かまでは分からない、危険人物だから近寄るなと伝えられた高官でないのは確かだ。
「それでは私はこれで」
「ああ、子細教えてくれて助かった。また機会があれば尋ねたい」
世間話を装うのに整合性が足りない気がして、さも何か教わってた風を装うがもしかしたら不味かったのかもしれない。
「貴方に余暇を使えるほど大老は暇ではありませんよ。ちゃんと専門の方の指導を受けた方が適切です。円滑な関係を維持するためにも適度な距離感で今後ともお付き合いしたいですね。それでは忙しいので失礼致します、妹君」
辛辣が過ぎて辛いんだけど。ウォシスはさあ行きましょうと困惑する高官の背を押し足早に廊下の影に消えた。態度変わりすぎだろ、誤魔化しサンキュー。
人気のなくなった廊下をトボトボ歩き溜息をつく。
「滑稽すぎて涙も出ない」
疲れを感じる体を引きずりマリカの部屋を訪ねる。返事がないので失礼するよと声をあげ開くよう命じればやはり鍵が掛けられていて解錠音と共に扉が開いた。
部屋に女官は一人もおらず寝付くマリカが寝台に横たわっていた。席を外してるだけか、あるいは粛正されたかは知らない。高官しか入れない聖廟に帝室の世話をするからと、特例で立ち入りを許された者達だった。
知らない方が幸せでも知って置くべきと判断して、寝台に近寄る際モニターを空中に展開すれば幸い席を外しているだけなのが伺えた。モニターには過去の映像、部屋を訪ねたウォシスの側近から帝妹が見舞いに来るから席を外すよう指示され不安げに退室する女官達の姿が映っている。無事な姿に心底安堵してモニターを閉じる。関係が薄くとも自分が原因で人が死ぬのは辛い。
足音を立てないよう気を付けて、眠るマリカに近付き傍の椅子に腰をおろす。寝台の横の卓には花瓶があり今日は珍しい花が生けられていた。白と青のアジサイはネコネちゃんが差し入れたものだろう。マリカの部屋を経由して渡すと以前オシュトルが言ってたから、もしかしたら行違ったのかもしれない。でもそれで良かった。今はマリカに集中したい。
振る舞いこそ落ち着いたがマリカは綺麗なものを好む。花の好みこそ知らないが、寝付くマリカが目覚めたとき花に癒しを感じてくれればいいと願った。
穏やかな寝顔とは言いがたいマリカの目覚めをしばらく待った。ほどなくして目を覚ましたマリカは大きくあくびをして、二度寝する気かまた目を閉じる。
お姉さんぶっても幼児のような仕草が可愛くて思わず笑ってしまった。こちらに顔を向けたマリカの瞳に私が写る。途端微睡(まどろ)む表情が一変した。嬉しげに破顔し身を起こそうとして、本調子ではないのか、横向きでシーツの上に倒れた。無理をするなと助け起こそうとするが慌てる様がおかしかったのか、マリカはふふっと楽しげに笑った。
「おはようございますご主人様!起きて一番にご主人様に会えてマリカは嬉しいです」
「マリカ……」
謝るのは簡単だ。思うままに謝罪すれば胸のつっかえも取れるだろう。でもマリカに気を遣わせては本末転倒だ。
手をシーツに着けゆっくり身を起こすマリカの背を支えながら問いかける。
「マリカ、何かして欲しいことはない?」
姿勢よく座りキョトンとするマリカの手を取り畳み掛ける。
毒味をいつからしてるのか、打ち明けてくれても良かったのに、なんて憤りはなんの足しにもならないと知っている。やつれたマリカの骨張った手が悲しい。身を挺(てい)してでも庇うマリカに何かしてあげたかったんだ。
「早く元気になってほしいんだ。護衛は有志の方がしてくれるけど、離れると妙に寂しくて……いつも世話になりっぱなしだったでしょ?たまにはマリカに恩返ししたいなって。余計な、お世話かもしれないだけど……って、マリカ!?」
マリカはボロ泣きだった。嗚咽を零し瞳から溢れる涙をぬぐう。肌を傷めると焦る脳内でどこの右近衛大将だと一人ツッコみあたふたする。マリカはすみませんと微笑み謝罪して、狼狽える私に躊躇いつつ要望を口にした。
「ギュッて、してほしいです。変な意味じゃなくて、家族にするみたいに抱き締めてほしいです。そういう記憶はあってもマリカは……したことないですから……う、ダメですかぁ?」
「ダメじゃ、ないよ……普通の、ことだよぉ!」
私はマリカに飛び付き苦しくない範囲でぎゅうっと抱きしめる。
痛かったろう、苦しかったろう。もう頑張らなくていい、毒を盛った者には沙汰が下された。私のせいで苦しい思いをさせて悪かった。ゆっくりお休みマリカ、辛い思いをした分今度は貴方が癒されるべきだ。
「……帰りたい場所があるなら、帰ってもいい」
腕の中のマリカの体が強張る。お払い箱にする気はないから安心してと宥(なだ)めた。
「追い出す気はない、今は違っても元になった者にも家族がいたと案じただけだ」
「どこで知りました……?データは何も残ってないはずなのに」
「探ってはいないよ、寝言で聞いた」
目を伏せるマリカに私は過去を懐かしむのは悪い事ではないと説き伏せる。
「気になるのも当然だよ。私に遠慮はいらない、過去が気になるのは誰だって同じだ。マリカはずっと頑張ってきた、休みなく頑張ってきたじゃないか。だから尋ねに出るのを止めはしない。ちょっと休みをもらって静養に出ると考えればいい事だから」
「マリカの生きる場所はここです」
射貫くような瞳に私は少しだけ気圧され、すぐに言い淀んではマリカを困らせると笑顔を取り繕い背中を押す言葉をかける。
「っ、……もちろんそうだよ。ただね、私はマリカが望むように動いてもいいって言いたかったんだ。私にはもう、そんな場所なくなってしまったから、だから私の分まで、その……っ」
「戻ってくれたら嬉しいけど、マリカが望むなら……っ!」
帰っても、いいんだよ。言葉にできない思いを読み取ったのか、マリカはか細い手で私の背に手を回しお礼の言葉を口にする。
「ありがとうございますご主人様。大丈夫、戻りはしません。マリカはただ夢を見ただけなんです。マリカの帰る場所はいつだってご主人様の傍なんです。だってご主人様、マリカがいないと泣き通しじゃないですか。マリカは心配で夜も眠れません」
爆睡してたじゃんと突っ込めば、一々突っ込まないでくださいよと頬を膨らませる。美少女なんだから変な顔しない、綺麗な肌に皺ができると注意すれば、泣き通しのご主人様に言われたくないですとこましゃくれた反応にしばらく喧々囂々。
やがてマリカは嬉し気に微笑み答えてくれた。
「マリカは幸せです、ご主人様」
私もだ、優しい人達に囲まれてしあわせだよと微笑んだ。処世術も学んだのか、少し嘘の混じる本音をマリカは見ない振りで済ませてくれた。あとちょっとでいいから抱きしめて下さいと肩に首を落とし甘えてくる。幼子のような振る舞いに私は苦笑して、マリカの意に沿えるようその日はずっと傍にいた。
惨劇から日が経てば掃除もされすぐに自室に戻れるとの予想は外れた。障りがあったのか、今後使わぬようウォシス直々に言いつけられ、別の部屋を宛がわれた。聖廟内なのは変わらずマリカの部屋に近く遺物も扱える。言うことなしだ。
部屋の使い方や今後どうするか部屋を訪れたウォシスから説明を受ける。ドローンを落とし損壊させたのには辛辣な嫌味を言われたが怪我なく済んで良かったと最後に無事を喜ばれた。イビるくせに優しいから私は反発もできずありがとうごめんなさいと項垂れるしかない。
女官ももう付けないとついでのように言われた。今回のように流行り病が続出して帝妹に移ってはいけませんと補足する言葉に目が点になる。
「彼女たちは……」
オシュトルが全員切り殺したんだよね?
問いかける言葉は途中で胸の奥に落とし込む。しかし帝妹に礼儀作法の指導を与える名目で訪れていたウォシスの耳には届いてしまったようで、笑みを深くして疑問に答えてくれた。
「流行り病で地方に隠遁、治る者もいれば儚く散る方もいる。それがいつかは知りませんが、皆さま早く快癒なさるといいですね」
そっか、誤魔化してくれたんだね。
「……私も、気を付けないとね。流行り病なんて掛かりたくないし移したくもない」
私の扱い一つで結構な人が死んだ。それも想い人の手を汚してまで、帝室の権威を周囲に知らしめた。女官を付けてくれるのはありがたいが対処を間違った際の弊害が大きすぎる。流行り病で内裏から消しても被害者の身内は確実に恨むだろう。帝室に恨みを抱かずとも私個人の印象はすこぶるマイナスに振り切ったはずだ。
「叔母上は大丈夫ですよ」
臣下たちへの接し方に気を付けないとと頭を痛める私に反してウォシスはのんきだ。控える冠童子から渡された雑紙を差し出してくる。
「内裏には魔物が住むと口さがない者たちは噂します。正誤はこの目で見ていないので実在するかはわかりません。単に、そういう魔物に運悪く目を付けられた。それだけの話です」
それ、お前こそが魔物だと白状したも同然じゃん。
私は気を取り直し、末永く平穏なお付き合いをしたいなあ、でないと危険視されて消されそうだし、とぼやきつつ差し出された雑紙を受け取り内容を改める。ネタ帳でも見せてくれるのかなと目を向ければ、書類だった。紐で括(くく)られた一つの束はドローンの説明書だ。そしてもう一つは……点在する遺跡の攻略法をまとめた作戦書類だ。実行役が私なのは納得できるがウォシスが聖廟でバックアップ含むオペレーションを務めると書かれた文面に顔を上げる。自分だけ安全な所でえばる奴とは思えない。私だけでなく補佐するもの、帝室の威厳を支える位置に志願したと伺える肩書に自然俯いてしまう。とんでもない重責だ。
「ウォシス、危ないことはこれ以上……」
「しませんよ。たかが叔母上のために危ない橋を渡れるほど、私は出来た人間ではありません。クローンですし」
出来てるだろ。二重スパイに危険人物の謀殺、それは本来私がしなきゃいけない役回りだ。
「クローンどうのを抜きにしても滅私奉公が過ぎる。出生で不出来が決まるわけじゃない。大老でも常に足元万石でもないんだしさ、たまには自分のために」
休んだらとの労いは叔母上と呼び掛ける言葉に被せられ言い切れない。
「私に気を遣うなら右近衛大将を気遣ってあげてください。貴方の件で随分苦い思いをしておいでです」
どう気遣えと言うんだ。関われば悪評が立ち静観すれば根も葉もない噂話で近寄る機会すら奪われる。どう守ればいいか案じる現状を知っているくせに私に動けというのか。指摘された答えに窮(きゅう)し私は俯(うつむ)くほかない。
押し黙る私を見て満足したのかウォシスは手を叩き、仕事に就くよう促した。
「さあ叔母上、時間は有限です。決行前に完璧に近い状態で練り上げていきましょう。切って捨てた奸臣共の遺族に翻意を抱かせる前に、この作戦を成功させたいものですね!」
え、流行り病で通じたの?と尋ねれば大老を疑う馬鹿はこの国にはいませんと言い切られ絶句する。
「善政、してたんだ?」
「人を何だと思ってるんですか?でなければこの場に留まれもしませんよ。父上は、っ……失礼、聖上は身内に甘くても公明正大です。努力で勝ち得た地位に甘えて好き勝手していると思われていたなら心外ですね」
不満気に視線を逸らすウォシスに私は急いで偏見を謝った。謝りついでにこれからも仲良くしていきたいと言葉にすれば、検めてくれたなら厭いはしませんと微笑んでくれる。
「それでも、心配にはなるよ……」
だから危険を冒すときは教えてほしい。私もウォシスの助けになりたいと拳を握るが、当人は足を引っ張られるのが目に見えているので遠慮しますと取り付く島もない。
「とりあえず貴方の仕事は言うまでもありませんね?」
聞くまでもない。飛んで飛んで飛びまくり遺物に慣れろと捲(めく)ったページには書かれている。二度目だし、空飛ぶの正直怖いけど、我慢しなきゃいけないのはわかってるから飛びまくる点には目をつむれる。問題は……
「出来ればドローンとかじゃなくて、ファンタジー作品に出る鳥っぽいのとかもっと簡単なのが」
いいなあと続ける言葉は、大勢を乗せて攻め込まないといけないケースも考えられるので諦めてくださいと切り捨てられた。どんだけいるんだ、てか衛星ってコンパクトじゃなかったっけ、規模大きいの?宣言した手前一人でも(聖上から拘束できる遺物貰って)突貫する気だったけど施設広すぎたら積むよ。
拳を胸の前で握り涙目で頑張るわと応じると、死にそうなところには送らないので安心してジェットコースター楽しんで下さいねと手を振られた。それって死ぬ前提で組んでるよね?
まあいいや、疑ってもしょうがない。ウォシスを信じようと意気込み二度目の上昇飛行に挑むために、迎えに来た冠童子に連れられて庭園目指し進んだ。何故かウォシスも付いてきた。
予想通り芳しくない成績に滅茶苦茶笑われたけど、いいんだ。
頑張ればそのうち慣れて低空飛行だって出来るはず、多分。ウォシスも最後には励ましてくれたし。そのうち飛べるようになりますよって。褒めてない。オシュトルはもっと褒めてくれるし何で女官の件隠そうと……なんて文句は藪蛇っぽいから黙っておく。
◇◇◇
聖廟内深部、医療施設がある部屋は異常を知らせるアラーム音が鳴り響いていた。タタリを内包するポッドに異常はない。亜人が漂うポッドに異常があると示す数値に、先に訪れていた帝が苦い表情でスクリーンを見上げる。数秒思考の海を漂い解決策を紐説いた帝が控える大宮司に指示を飛ばした。応じた彼女は縁者を召集すべくそれぞれの連絡先に知らせを飛ばす。相手は二名、母体のナナコと彼女の支持者大老宛である。
◇◇◇
深夜勝手に展開されたスクリーンから呼び掛ける帝の言葉に叩き起こされた私は不満をこぼすも、寝ぼけ眼で聞く内容に慌てて部屋を飛び出した。着の身着のまま走る私に護衛たちは慌てふためき後を追いかけ世話を焼こうと声をかける。端的にでも事情を説明すれば分かってくれて、こちらの方が早いですと私を抱え近道を突っ切った。おかげで予定よりも早く到着した。
御武運をと見送る護衛を置き去りに深部に駆け込めば、先に来ていたホノカさん達が事情を説明してくれる。
足りなくなりましたと言う彼女に、何が足りないと私は説明を促す。人たる要素、人間の因子がどんどん減っていくのだと、車いすに座る帝が言う。打てる手はあるか尋ねれば血液がと言うから袖を捲り腕を差し出した。
「何でもする、根こそぎ持っていってくれて構わない」
だからどうか子供を助けて。すぐに懇願は聞き届けられ、ホノカさんは卓の上に準備していた注射器を取り、痛みますよと声をかけ消毒液を含ませた脱脂綿で上腕の一か所を優しく拭い針を一刺し、私の血液を採取した。注射筒(シリンジ)に満ちる少量で足りるとは思えず、もっと持って行っていいと薦めるが無駄になりますからと聞き流された。ホノカさんが手にしたシリンジをポッドに接続するコードに繋ぎ投与するのを私ははらはら見守る。数値は若干の改善、それでも異常を知らせるアラーム音は鳴りやまない。では余がと聖上が協力を申し出てくれた。何でもする、子が助かるならと私は謝意を口にし、採取された帝の血液が管に消えていくのを見て両手を重ね改善を願う……祈りむなしく数値は異常を示したままだ。
どうして?私が人間だから不味いのかと打ちひしがれていると扉が開くと同時に息せききったウォシスが駆け込んできた。珍しく寝間着に羽織を引っかけただけの出で立ちで、胸元ははだけてしまっている。就寝中だったのか、お休み中に帝に呼ばれて飛び出てたのか、常に身形を正す男なのに急いで来たと伺える姿勢が有難かった。
肩を落としぜえぜえ荒く息を吐き、勢いは落ちたものの歩みを止めずこちらに向かうウォシスに私は半泣きで駆け寄り、事情を説明して協力してほしいと手を合わせ頼む。立ち止まるウォシスは私の手に両手を重ね、婚約者を助けるのは当たり前です、なので叔母上の要請は要りません、と押しのけると足早に機材に近寄り勝手に注射器で血を抜きポッドに注入する。
……改善しない。いや数値自体は動いているが平常の値には戻らない。
私は叫ぶ。どうしてと、なんで良くならないの?と。涙で濡れる頬を覆い現実から目をそらした。床に膝を付くと肩を抱かれてナナコ様と気遣う言葉をかけられた。リヴェルニだ。ウォシスに同伴して来たのね。てかおまえ私嫌いじゃん、主人を気にかけてやれよ。
八つ当たりをしてはダメだ、応じねばと顔を上げるとこちらを覗き込み心配する表情に相対して浅慮を恥じる。落ち込んでる場合じゃないと内心に発破をかけた。嘆いたところで事態は変わらない。
私は何が足りないのか確かめようと顔を上げてスクリーンに視線を戻す。どうすれば子は人の姿を保てるのか、示す数値に考え込むが科学者でない私が考えたところで事態解決には至れない。静まり帰る周囲の中で頭を悩ませていると、聖上から一つ提案があると声が上がった。
「すぐには至らぬ。だが長く放置すればもう一人と同じ姿に変貌するのは目に見えている。我らが有する血清は二つしかない。同胞を救うためとはいえ、クローンを量産しようと遺伝子が変わらねば意味はない」
「一部のみ生成し投与するのはどうでしょうか、一部ならば」
ウォシスの提案に帝は残念そうに首を振った。
「無理じゃ、一部でも完璧な人間の因子を持てば生成と同時にタタリ化する。其方がタタリ化せぬのは……抗体を持つ余に近いからと理解しているな」
含む物言いだがクローンと明示するのは遠慮があるのか、濁す言葉にウォシスも突(つつ)きはせず頭を下げて話に乗る。
「ええ、重々承知しております」
「先ほど言った通り同じ遺伝子パターンを投与したところで改善には至らぬ。ナナコの子女は人の因子を減らしてはおらぬ。増えたから急激に進行しておるのだ」
増えたなら減らせばいいと私は提案する。
「亜人から血清を作り投与すれば良いのでは?」
人の因子が増えすぎてタタリ化するなら他の遺伝子を混ぜればいい。その場合より亜人に近い体が構築されるが何も血縁がごっちゃになる訳じゃない。人間に近く生まれた方が弊害が大きいから私としては大賛成だ。細胞の形成パターンは変わらないし予防接種を受けたと解釈すれば大した問題でもない。オシュトルがどう感じるか予測できないのが辛いところだが、その場合わかりやすいよう事情を端的に説明すればオシュトルは飲むと確信している。
だが帝もその案はすでに検討していたようで、無駄じゃよと視線を伏せ希望的考えを打ち消した。
「環境に適応できる抗体を少ししか持たぬ其方の血では抑え込めぬ。人の因子が暴走する現状で人種の違う因子を幾ら打とうと無意味だ。亜人由来の血清をどれだけ打ち込もうと制御できるとはとても思えぬ」
またここに至って私の存在が足を引っ張るのかっ!
打つ手なしと示す帝の言葉に拳を握り歯を食いしばった。助かるなら何だってするのに、それこそ禁忌と忌避(ひき)してた人体錬成の類に手を出してでも子を助けたい……と願う危うさに自嘲した。何もかもが自分本位、こんな浅ましい私だから超常現象的な何かに目を付けられてこんな結果を招いてしまったのかもと思考がとっ散らかる。滲む視界を両手で覆った。
打つ手はないのか、他に方法を……
脳内で思考を巡らし沈黙が落ちる周囲で異常を示すアラーム音が鳴り響く中、ややあって帝が声を上げる。
「この世に完璧な人の因子を持つものは何人いると思う?」
今それこの場で問う事?なんて口をはさむのは無粋だから該当する人の顔を思い浮かべた……ハクしかいない。
私の脳内は、同族殲滅した後にでも子供諸共心中一択に行きつくが、帝の声掛けに物思いを打ち切り考えた。完璧な人の因子を有するものなんて考えるまでもない。頬を拭い帝の問いに答える。
「二人じゃないですか?貴方と殿下以外誰も……」
はっとして帝に視線をやる。帝の表情は厳(いか)めしくはあるが口角を上げて同意してくれた。
「そうじゃ、アレに頼るしかあるまい」
該当者をウォシスも連想したのか、微笑みつつも懸念を提示する。
「素直に打ち明けて応じてくれますかね?」
酒ぐらい提供しないと動かないのでは、と軽口を叩くウォシスに帝は微笑んだまま否定した。
「アレは答えるだろう、身内の辛苦を捨て置く真似は出来ない男だ」
そうだと、いい。
控えるホノカさんに呼び掛け日程の調整を確認する帝の元へ、私は堪らず駆け寄り膝をついて懇願する。
「聖上、ご助力感謝を。叶うなら出来るだけ早く子を御救い頂きたく」
「わかっておる。余はまだ人類復権を諦めてはおらぬからな、可能な限り早く日程を調整し採取する段取りを取ろう」
ホノカさんも微笑み、後は我等にお任せ下さいと退席を促された。帝たちも関係各所に連絡を取るらしく念話を試みるホノカさん達にウォシスと二人頭を下げて退席した。
冠童子を引き連れ廊下に出て扉が閉まったところで声をかける。
「来てくれて、ありがとう……」
まさかウォシスが来るとは思わなかった、それも夜着で飛び込んでくるなんて。物珍し気な態度が表に出てしまっていたのか、ウォシスはつんとすまして再三聞く言い訳を口にする。
「婚約者ですからね。関係を結ぶ方の難事を捨て置けはしませんよ。叔母上こそ深夜に起こされて大変だったでしょう?」
「夜型だからね。寝付いてすぐだし苦労というほどではないよ」
「戻られたらお早く休んでくださいね。夜更かししても明日の課題は減りませんし」
「そこは手加減してほしかった〜〜っ」
なんとかいつも通りの会話を返し二人連れ立ち無言で廊下を進む。私の護衛が待つ所まで戻ろうとしたのだが途中ウォシスに呼び掛けられて歩みが止まる。両腕を隠しながら振り返ると心配そうな表情をするウォシスが体調を気遣う言葉をかけてくる。
「叔母上、医務室で休まれては如何です? 体が震えてますよ」
「……大丈夫だ」
「ですが叔母上」
「私は大丈夫だ。こんなの、そのうち納まるから」
課題に同調圧力、惨事で心身が不安定になっているだけだ。直に収まる。どんな事態が起ころうと常に平静を装い対処せねば足下を掬われるのは重々承知していた。今まで何事もなく過ごせたのは沢山のヒトのご厚意あってのもので動揺を気取られては期待してくれる肩に申し訳なかった。慣れなければいけないと自分に言い聞かせるのに体は正直に恐怖を訴える。子の安寧を取りはかれない無力さにわななき御せれない自分が不甲斐ない。見守るウォシスに失望されればヤマト改善の機会が失われる、せっかく仲良くなれたんだ、これ以上失態を晒すまいと無理矢理口角を上げるがウォシスは私の強がりを誤解したのか、しゅんとして応じた。
「……手を出すと危惧されているなら杞憂です。もうそんな気はありませんし医務室には常に医者が待機しています。安心して休めますよ。私も明日に差し支えるので屋敷に戻るつもりですし」
約束を簡単に破る奴じゃないのは知っている、勘ぐりし過ぎだよ、この期に及んで手を出されるなんて思ってない、単に子の将来を悲観して震えただけだ。気にかけてくれて嬉しいよ。
なんて殊勝に返そうとした口は、安心して休めると向けられた単語に激高し意図しない本心が飛び出てしまう。
「でも子供は休めないじゃないかっ!」
「……叔母上」
口を押え俯いた私は謝ろうとした。気にかけてくれるものに怒ってどうする、憤りは胸の内にとどめておけと内心で叱咤するのに、悲しそうな表情を見て隠す方が失礼かと血迷ってしまった。
「可哀そうだ、こんな女に宿ったばかりに酷い目に合わされて。どうして私に似てしまったんだろうってよく考えるよ、私にさえ似なければ……もっとまともに生きられただろうに!」
「クローンとして生まれた私を侮辱しているんですか」
絞り出した慟哭は冷たい返答で迎え撃たれ、私は顔を上げ慌てて違うと否定した。単なる愚痴だよ、貴方を侮辱する意図はなかったと告げる間にそう解釈されてもしかたないと浅慮を恥じる。ぞっとする一言を吐いたくせに、ウォシスはもういつもの柔和な微笑みを浮かべて、貴方の真心はわかっていますよと諭す言葉をかけてくる。
「貴方の子女は懸命に生きようとしている。憐れんで憂さを晴らしたい気持ちはわかりますがそれで全て解決する訳ではないと、ご存じでしょうに」
当然と私は頷く。己を憐れみどうにかなるなら帝だって国なんか起こさなかっただろう。
「貴方が今一番にすべきことは何かわかりますか?」
考えるまでもない。
「血清を貰って来る!」
自信満々に返した答えはどうやら違うらしく苦笑されて首を振られてしまった。
「それは目標でしょう? 貴方が今一番にすべきことは、体を休め、火急の際一番に動けるよう英気を養うべきだと私は思いますよ」
ウォシスの言葉に顔をしかめてしまう。これ以上火急の事態なんて起きてほしくないが、備えあれば憂いもないのは事実だ。私が泣いて子供が丈夫になるわけでもない。無駄に体力消耗して倒れた際万一ヒトの血液が必要になれば私からの輸血は不可能になり帝室の方々の手を煩わせる。私がよくても多分帝が嫌がるし、対処が遅れれば助かる命も助からない。何のために帝室に上がったんだ、子を助けるためだろ。悩んで体力消耗していざという時に助けられなければ意味ないじゃんと心の内で反省た。
状況を顧みてもウォシスの言葉は一理どころか百里しかないので大きく頷き抗う意思はないと示す。
「常在戦場だもんね!」
戦場で刀を振るうのが武士でも文官などの官僚は違う。書類仕事だけでなく立ち居振る舞い所作に至るまで見られると実地で私は学んでいる。軍人ですら礼節ある振る舞いを要求されるのは謁見の間で帝と相対したときに思い知らされた。軍人だろうと要人だろうと、常に戦場に立つ志で応じねばならないと、私は発破をかけられたんだと受け取り意気込んだ。ウォシスの忠告に従いまずは英気を養おうと応じるために、今度こそ完璧な笑顔を作るのだが。
「……そんな事を言うのは貴方ぐらいですよ」
失笑されてしまった。腑に落ちず首をひねるが、区切りと見て取ったのかウォシスは転身しさっさと来た道を戻る。小走りに追いかけるが中々に速い。今まで歩調があっていたのは単に合わせてくれていただけだとやっと気づけた。
「ウォシス、ありがとう」
色んな意味を込めて声をかけるが、一瞥したウォシスは態度を常日頃の素っ気ないものに戻して軽口をたたく。
「有難く思うなら早く床について下さい。そして、私のどんな言葉にも従えるよう謙虚な叔母上になってくださいね」
「後半は断るわ」
「残念、貴方を帝にして面白おかしく生きるのが夢でしたのに」
何の気なしに放たれた言葉に立ち止まってしまう。ウォシスは振り返りもせず離れて行き我に返った私は慌てて駆け寄り後を付いて行く。様子を伺うが特におかしな点はない。
「ごめん……」
時期帝という夢を打ち砕いたのは私だ。なのに元凶に追随したいと申し出た殊勝な同族の願いを打ち砕くのもまた私である。ささやかな願いなら叶えてあげたいけどその道は多分色んな人と敵対するのが目に見えてるから、嘘でも肯定できなかった。
「いいですよ、勝手に面白おかしく生きますから……勝手な、ナナコさんみたいにね」
理由を説明すべきかどう説得すれば、と悩む間にウォシスは心中を切り替えたらしい。私に言い捨て振り返ると、進みが遅いですよ、さっさと歩きなさいと、いつものすまし顔で佇む。そのくせ私が横に並ぶまで待ってくれるんだから、ウォシスは本当に素直じゃない、いい奴だ。
ウォシスと連れ立ち私の護衛が待つところに到着する。同席する理由がわからず不審そうに視線を向ける護衛を無視して、ウォシスはもう眠いので帰りますと欠伸を片手で隠しお休みなさいませ頭を下げてさっさと屋敷に返っていった。ウォシスと冠童子が見えなくなったところで同席する理由を護衛に尋ねられ、火急の事態で協力してくれたんだと簡単に説明した。お疲れ様ですと労われ二人が間近に近寄ったところで表情一変、顔色が悪いと心配する護衛に寝れば治ると言い訳して自室に戻り心配げに見守る二人に大丈夫だからと就寝する旨を伝え扉を閉める。
暗い室内にタタリ化すれば視界はどうなるのかなと取り留めない思考が浮かんだ。変わるのかな、このままかな。赤一色だと辛いなあとどうでもいい感慨で気を紛らわせるが体の震えは納まらない。
私は揺れる腕を両手で抑え静々寝台に向かい柔らかなシーツに倒れ込んだ。震えはすぐに止まらなくても横になれば納まると実体験で知っている。
……ほら、もう大丈夫だ。そのうち不安だって落ち着くと目を閉じた暗闇の中で思う。
だって帝が言ってたから。大丈夫だと言ってくれたから、だから大丈夫と自分に言い聞かせる。ハクだって知己を簡単に見捨てる人じゃないと私は知っている。
でも胸の内の不安は晴れなかった。杞憂であれと願っても願い通り好転する事態なんて早々ないと思い知らされている。
子供がタタリになるならいっそ私を代わりにと願っても、暗い視界が赤に染まる気配はなく、気づかぬうちに眠った私は朝を告げる護衛の呼びかけに目を覚ました。片手を伸ばし宙を切る。表示される数値は決壊に至らずまだ許容範囲内に留まっていた。子の生存を示す値(あたい)にほっと息をつき身を起こす。護衛の呼びかけに返事をしてスマホ画面に目をやる。新着を知らせるランプの色に該当箇所をタップすると、現れたメールの文面には朝議への出席要請が綴られていた。仕事が早すぎる。急いで用意をしなければ、時は待ってくれない。
応じる返信を飛ばし、続けて協力を断られた際は知らぬ間に血液を採ってほしい、強硬策が必要なら私独自で動くから無理強いする真似だけはやめてほしいとメールを送った。隠しても万一帝室の指示で血を奪ったと隠密衆にばれれば遺恨になる。私は無理でも実のお兄さんとは良好な関係を築いてほしいと願っている。
私は身嗜(だしな)みを整えるために寝台から足を下ろし、見知らぬ棚へと進み戸を開けしばらく相応しい衣類はないかと物色した。洋装しかない。大老趣味に走りすぎだろと嘆息しつつ和服に見えなくもない衣装を見繕い袖を通す。
身ごしらえを整え久しぶりに謁見の間に赴けば、帝の隣、左側に立つよう促された。含む意味を考慮し少し躊躇いはするが、右側にホノカさんがいるから空いてる方を薦められたんだと納得して指定された席に立つ。階下でどよめく周囲に既視感を覚えつつ動揺を見せないよう気負ううちに議題が進んだ。治水工事に国防や歎願等々、議題が難しすぎて馬耳東風だが固まる私を憐れんでくれたのか、座る帝が聞いてるうちに次第に慣れようとそっと囁いてくれたのでなれるよう頑張りますと小さく応じた。重要機密を聞きながら誰が出席しているのか、御簾ごしに覗く謁見の間を見下ろせば、八柱揃いぶみである。謁見する者もいないからか前と異なり、並ぶ柱に沿う形で離れた位置にこちらを向き床に膝を付いている。律儀なことだ。とりあえずオシュトルがまだ八柱に含まれているのに安堵した。
話が生誕祭の段取りに差し掛かると其方も休みが必要であろうと帝から話を振られる。休みたいと応じれば、では仕事の前に一息入れよと数日の休みを頂くことになった。休日の終了とともに遠征に繰り出す宣言がなされる。昨夜子を救う一手を打つとの言葉に嘘はないようでほっとした。
ありがとうございますと私は深々頭をたれ、許される時まで余計な口を挟まぬよう静かに会議の進行を見守った。
今回の議題で気になる点がないか問うウォシスに誰からも声はあがらなかった。会議が一区切り付いたところで遠征を行いたいと帝が口を挟む。場所を問う官僚たちに場所はオムチャッコ平原です、と内々に決めていたのかホノカさんから説明を受ける。帝都から半日を要する場所だそうだ。
その名前には聞き覚えがある。原作二人の白皇でライコウ率いる皇軍とオシュトルに扮したハクがエンナカムイ軍を従え真正面からぶつかり合った因縁深き地だ。ハク達はライコウの精密な指示に対抗するため策を用いるものの、裏で張り巡らされた謀略に途中で気づき僅差でライコウに競り勝ち、エンナカムイ軍が大勢を決した決着の場でもある。
過去ゲームをプレイした時、私は滅茶苦茶感動した。どちらも格好いい、素敵と貧弱な語彙で感動にむせび泣いたけどライコウはそれで終わるほど甘い男でもなかったと、遠い記憶に心を飛ばす。これで一安心かなと話を進めるがライコウは帝都に秘策を用意していて、ウォシスの横やりがなければハクの見立て通り確実に負けていただろう。大砲もどうにかしたいんだが、説得できる自信がない。
オムチャッコ平原だってウコンと帝都を出た時は寝込んでたりで心中穏やかでもなかったから何の気なしに、ここがあの志雄を決した平原かあとメイン道路から離れた拾い平原をぼんやり眺めるだけで終わってしまった。使える立地とか、原作展開迎えた時のためにも気を付けた方がいい箇所探っておけば良かったなあとぼんやりしていると、どうした?と帝に呼び掛けられて我に返る。
聞いてませんでしたと素直に謝罪し用件を尋ねれば、連れていく将に希望はあるかと問われた。私一人でいいと辞退するが聞き入れられず、ならばとトキフサとミカヅチの名を上げる。
ただの遠征と受け取っていた階下から戸惑う声が上がる。帝が此度はナナコを大将に危険な遺物の処理に向かうと宣誓したところで我も我もと参加する声が各所で上がった。
どこにあったのか、あそこには何もない筈。
上がる声に、空中に遺跡があるとは誰も知らなかったのが伺えた。そりゃそうだ、手段もないのに餌を与えて余計な勘繰りをうんではいけないもんね。高官の中には学士もいるのか、遺物の処理に関して不安げに呟きをこぼすものもいた。遺物は学士に一任されているため同伴すると思い込んでいるらしい。沈黙が場に戻ったところで事前の打ち合わせ通り帝が宣言した。
「此度の遠征に学士は同行せぬ。理由は遺跡を保護するために妹を派遣するからではない。あまりに危険故封じるのではなく壊すために妹を派兵するのだ。処置も余は妹に一任しようと思う」
不満じみた言動が所々から上がり始める。確かに新参の実力不確かな相手に率いられるならいざ知らず、その道のプロのけ者にして新参に一任するのは不安だよねと同情した。壊すのに不服唱える奴も出てきてるし。マスターキーを持つ私なら掌握破壊一切思うが儘でも説明すれば余計な勘ぐり生みそうでどうするかなと見守るうちに臨界点に達したのか、ウォシスが一喝して場が静まった。
理由を上手く説明できる自信がない。誰か適当に説明してくれと胸中で焦っていると、帝から二人を選んだ理由を聞かれ、流してはくれないのねと嘆息しつつ腹を括(くく)りかいつまんで説明した。
「ミカヅチの有する力は遺物によく効きます。またトキフサは遠くのものを射る能力に長けております。私は遺物は扱えてもそれ以外はとんと無力。叶うならこの二名の帯同をお許し願いたいと申し上げます」
帝に頭を下げるが下々の反応はあまりよろしくない。遺物を壊す具体的な理由は説明しなかったからか、名ばかりの妹だの八柱をもう呼び捨てかと嘲る声に、だって相応しい態度取れって言われてんのと憤る文句を飲み込んだ。実力を示す場がないためか色んなヒトに私は見下されがちで心が磨り減る。
気の毒に思ったのか、階下から応じる声が二つ上がる。ミカヅチとトキフサだ。帝が許可を出すのを間近で聞きながら、いよいよだと私は生じる唾をのむ。
「其方を守る護衛は如何する?」
「すでに三名も付けて頂いております。不要かと」
オシュトルが付けてくれた大きいのと小さいのでしょ、マリカだって回復の兆しが出たから体調が回復すれば護衛任務にも戻れるはずだし。もうこれでいいじゃん、ミサイルぶっぱで終わらせないだけマシだと思ってよ。なんて内心はおくびにも出さず、いらないと宣言するが帝は飲んでくれない。
「後継のアンジュには八柱の一人を付けておる。世話する者たちも手練ればかりだ。現人神たる其方の護衛が数えるだけというのは軽んじる理由になりはせぬかのう?」
なるでしょうよ、でも私はそれでいいんですよ、第一傍仕えに手を上げたオシュトルの要請断ったの帝じゃん。案じて他の者を付けるか聞かれてるんだろうけど、誤解生むし辛いしで、私これ以上誰も傍に置きたくないんだわ。
「聖上、某も叶うならばお連れ頂きたく、帝妹殿の盾にどうかっ!」
拒否しようとしたらオシュトル空気読まず声荒げちゃうし。気遣う私の意図なんて階下のオシュトルに通じてないんだろうな。なんて見下げればミカヅチに叱責喰らってた。許可を得てから発言せよだの無礼だの罵倒されてるにこっちを見上げて健気ですね。さすがに続けての発言はオシュトルでも躊躇われたのか。見過ごしでも窺(うかが)える必死な表情に、案じ堪らず割り込んだ風に見えて胸が痛んだ。
危険を承知で心配から声を上げてしまったのかな? 有難いがやっぱり申し訳ない気持ちが勝っちゃうな。なんて意識を飛ばす間に、静まれっと口火を切ったミカヅチに続いて分を弁(わきま)えるにゃもとデコポンポまでもオシュトルを叱責し、周囲の高官からも嗜める声が上がり始めた。期待させては可哀そうだから、代わりににゃもをと推す七光りは無視して追う形で帝の申し出に異を唱えた。
「必要ありません、迷惑を掛けます。これ以上市井の者たちを騒がせては申し訳なさすぎて果てたくなります」
だからこれ以上突っつかないでねと暗に脅して補足を付けた。果てたくなるとの文言にオシュトルが俯く姿が視界に入る。本当ごめん。これ以上敵を作りたくないんだよと守ろうと危険を冒した元夫の好意を無下にして、私は帝に一押しする言葉をかけた。
「アンジュ姫殿下は帝の後継です。私は血もつながらぬ傍流にすぎません。今のままで十分ですよ」
「……妹に先に逝かれては弟に申し訳が立たぬ」
伏せる瞳にその気はないと胸を張る。
「死にませんよ、子の成長を見届けるまでは生きるつもりです。同行してくれる方々も御強い方ばかり、何の心配もいりません」
八柱二人も連れて何かある方がおかしいからとの説得が効いたのか、不満そうな帝も考え込む素振りをするとややあって、そうじゃのうと頷いてくれた。
「軍を二つも付けるのじゃ、早々事も起きはすまい」
「二人だけが良かったな〜〜!」
説得効いてない、むしろ悪化してる。思わず叫んでしまったが多少高官達も慣れたのか動揺せず流してくれた。
周囲が平静なのを尻目に私は大袈裟がすぎるもっと少数がいいと帝を諫めた。帝は意を汲んでくれて各部隊から術師が貸し出されることが決まった。何も改善していない!
不幸中の幸いか、連れていく軍隊は両陣の精鋭のみに留まり規模が多少は抑えられたので由としておく。色々配慮してくれたのか学士ではない術師に限ると命じてくれたおかげでネコネちゃんやマロロの帯同も避けられた。知識マニアのネコネちゃんの前で遺跡壊すのはさすがに忍びないし、私の失策で残骸落下させて縁者に激突なんて惨事も避けられたんだから帝の意に沿おうと口を噤(つぐ)んだ。
しばらくして、本日の議題は終了したようで何か言うことはないかと帝に促される。詫びでもいれた方がいいかと考えていた私は失礼ながらと応じ前に進み出て御簾を上げた。くぐり、はっきり見える階下の臣下たちに階上から断りを入れる。
「今回私は遺跡を保護するために赴くのではない。放っておけばいずれ惨事になる危険物を処理するために聖廟を出る。突然の遠征に戸惑う者も多いだろうが民の暮らしを守るための出兵だ。迷惑が掛からぬよう努力するので今後ともよろしく頼む」
一礼すれば戸惑いつつも応じる声が所々で上がった。挨拶は大事だ、ただの一言でも潤滑剤になればと掛けた一声は当たりらしい。良かったと胸を撫でおろし御簾の向こうに戻ろうと背を向けるがウォシスが話のまとめにかかり立ち止まる。帝室あっての我等だと。高官達は口々に賛同し頭を下げるが何名か、見覚えのある顔の幾人かは笑みこそ浮かべても頭を下げはしない。
危険人物ではない、誰かと注視すれば、処断した女官数名の面影が各所にある。歓迎する方がオカシイよなと納得し帝妹らしい振る舞いに務めようとするが、動揺は抑えられなかった。
「すまないっ……」
仮面越しでも感じた、もしかしたら勘違いかもしれない、憤るオシュトルの表情と、適当でいいと油断した過去のふるまいで生じた悔恨に堪らず謝罪を口にし、答えを確認する勇気もなく私は転身し退席する帝の後に続いた。
暗い廊下を進み帝の後に続くが残像はしばらく消えなかった。高官達に追随し歓待する笑みを浮かべる八柱のうち一人だけ、俯き悔し気に拳を握る姿が脳裏から離れない。
準備を急がねばと自分に言い聞かせ飛び出そうな不満を飲み込む。あの時本当は、ううんずっと前からオシュトルの元に戻りたかったのに!と叫ぶ衝動を唇を噛んで押し殺した。
階段を駆け降り抱きとめたい、募る罪悪感から夫に不義理を詫びて許しを請いたい、慰めたいとの浅ましい要求が、胸の奥に消えるまで耐える。
ハクとの会談や子の容体、私を疎む者たちと姫殿下、懸念は山とあるんだ。他人を気遣う余裕はないと浮かぶ思考に他人じゃなかったのにと嘆く思考に区切りをつける。疲れるだけだ。全部自分で解決できればいいのにと願っても人に頼らないときっかけすら掴めない現状で高望みをしても虚しいだけだろう。
世は事案だらけでも最善を尽くすしかない。分かっていても自力で解決できない己の無力さが、悔しかった。
風と行く