34話 なあなあで一区切り


 帝妹として聖廟に呼ばれてから二週間が経った。私の暮らしに取り立てた変化はない。相変わらず官僚達は出世欲が逞しくておべんちゃらが過ぎるし、廊下で鉢合わせるアンジュは人目がなければ辛辣だ。一方的に罵るのを流すうちに(血縁でもない妹君は辛気臭いと面と向かって言われた。なので、晴れやかな気分をお望みでしたら勉学を終えた後でお散歩にでも行かれたら如何でしょう?血は繫がらずとも帝直々に妹として迎えられた私に何かお話でも?なんて言い返せば黙るから可愛い)、余を崇めぬ其方など知らぬ!と頬を膨らませ走りがちで、見送る私はいつもはらはらしている。大概ムネチカさんに捕まえられて尻叩かれてるし。

 オシュトルとも特に進展はない。合えば挨拶を交わしはするがその程度の関係に落ち着いた。
 以前、護衛を連れて待ち合わせ場所に向かった際、一悶着あるやもと構えたが(望まぬ乱入者、アンジュ姫殿下やウォシス大老だとか大穴でネコネちゃんが謝罪に来るかもと警戒していた)オシュトルをやっかむ高官達の邪魔だてもなくすんなり到着した。事前に人払いをしてくれたのかもしれない。
 場所は内裏の一室で、平伏したオシュトルに出迎えられた私は席に着き語る。子は帝室預かりになるが何か希望があれば帝に取り次ぐと意見を求めた。席を勧めてもオシュトルは頑(かたく)なに跪(ひざまず)き、某に口をはさむ権利はありませぬと頭を垂れる。子供が見たいか尋ねれば某の一存で拝謁が叶う軽い方ではありませぬと遠回しに窘(たしな)められた。なので私は椅子から立ち上がり、スマホの写メを表示して直に見せてないから大丈夫だと釈明して、跪くオシュトルに二人の映像が見えるようスマホを差し込んだ。
 ……しばらく沈黙に徹したが返事はない。オシュトルが動く素振りもないので余計なことをしてすまないと腕を引きスマホを引っ込めた。無関心とは思わない、遠慮して気のない素振りをしただけだろう。現にオシュトルもお気遣いいただき申し訳なくと頭を垂れてくれたし。波風立てて辛い思いを感じてほしくはない。オシュトルのためにも今後積極的に関わるのは止めとこうと心の内でこっそり思う。
 席に座りなおし、私が聖廟まで着て来てしまった衣装を改めてどうするか確認すると私の判断に任せるとのこと。屋敷の私物もこちらの意に叶うよう務めると平伏するのでマリカに取りに向かわせると約束して席を立った。
 この振る舞いを周囲が知れば冷めた関係にしか見えないだろう。悲しくない訳ではない、迷惑を掛けたくないだけだ。オシュトルも意を汲んでくれたのか、部屋を尋ねず静観に務めるばかりで悪辣な噂が消える気配もないのが辛い。
 悪口に勤しむ現場に出くわせば辞めるよう割って入った。関係は断っていると注意するが静まるのはその場限りで、私の姿が見えなくなるとまた悪口三昧で私の胃はキリキリしっぱなしだ。
 腹痛は鎮痛剤を飲めばおさまるからまだいい。問題はマリカだ。

 マリカが寝付き離れているときに、傍月の女官たちとの関係が悪化した。きっかけは私物の紛失である。
 貴金属の類が減っている気がしてアレどこかなあとスクリーンを展開し検索をかけたんのが始まりだった。私は聖廟のデータから登録した遺伝子情報を辿れる。不測の事態に対処できるよう自分の遺伝子情報は登録済みだった。
 落としたかな?と調べれば、私に仕える女官の歩みとともに位置情報が動くので、休憩中に拾って預かってくれたんだろうと解釈し、意気揚々移動する女官の後を追った。同僚と立ち話に興じる彼女に追い着き少し話がと一目のないところへ招き礼を言う。落とし物を拾ってくれてありがとう、返してほしいと要請するが、女官は心当たりがないと惚(とぼ)ける。察した私は大人しく引き下がり、彼女が聖廟から出る前にと物陰に身を隠して聖廟の機能を使い自室に転送させたんだ。
 これで万事解決と思いきや、私物の紛失が止まらない。注意しても言いがかりだと言われれば強くも出れず、仮に身体検査を強行しても運悪く見つけられなければ帝室に泥を塗りかねない。確かめることも出来ない私は盗まれるたびに転送して手元に戻すイタチごっこを繰り返している。誰が盗人か知ってはいても大貴族出身の彼女たちを安易に解雇もできず私は悶々どう改心させるかに頭を悩ませていた。そんな状況で護衛復帰に意欲を燃やすマリカの目にとまればどんな惨事になるか見当もつかない。血の雨は降らなくても職場の空気は最悪だろう。
 なので事情を説明しに部屋を尋ねれば伏せていたはずのマリカは案の定大噴火、自ら制裁を下してやると息巻く彼女に危険性を説明して懇々諭した。ついでに口を酸っぱくしてマリカに言い含めたんだ。もの珍しさで反応してるだけだから放っておいてくれって、そのうち納まるから静かに見守ってほしい、と。
 話を聞いたマリカは憤慨しつつも、ご主人様が仰るなら余計な口出しは致しませんって不承不承頷いてくれてほっとする。上手くはいかなくても騒ぎにならなければ問題はないと安易に考えたが、やはり安易だった。
 女官との関係が上手くいかなくなって数日後、寝付いていたマリカが護衛任務に復帰し喜色満面ではしゃぐ彼女を自室で出迎えた際問題が生じた。にこやかに応対した女官の後ろから私は顔を覗かせて入室の許可を出すがマリカは部屋に入らず自分を招き入れた女官を凝視する。頼むから事を起こさんでよとの祈りは通じない。どうしたのかと声を掛ける前にマリカは激昂し、殺してやるっ!と叫んで、掌に術を展開し女官を傷つけようとしたんだ。上がる悲鳴に気付いた私はマリカを後ろから羽交い締めにして止めるが、力かなわず引きずられる。止める私の声は耳に入らないのか、マリカは怨嗟の声をぶちまけ、怯え逃げ惑う女官達にまで手を伸ばし害そうとするので、手には負えないと判断した私は部屋の外に助けを求めた。控える護衛が飛び込み二人かがりで抑えたところで、監視していたのか、駆けつけた冠童子達が尚も暴れるマリカに注射器をぶっ刺し昏倒させて事態は収束する。
 幸い女官達に怪我はなく、私もピンピンしていたから大事には至らなかったが、上層部の判断で護衛の精神が安定するまでは互いに離れ静養に務めるよう連絡を受けた。
 護衛任務は保留状態、自室に連れ戻されたマリカは意識を取り戻すと反省し謝罪の弁を口にする。落ち着くまで大人しくしておきますと殊勝な態度を取るので大したお咎めもなく体調が回復するのを待つ流れになり私も一安心だ。いつか必ず思い知らせるっ……なんて文言は聞こえない振りで流した。問題しかない。世の中には知らない方がいい事が多過ぎるが、知ったからには知らんぷりという訳にもいかない。惨事が起きる前にいつかが来れば止めようと、ひそかに誓った。
 女官と親族はマリカを危険視し解雇するよう帝に進言したそうだが、主君である帝妹は害されておらず帝妹も護衛を気に入っているため処断はないと言い渡されたらしい。逆に、現状に不満があるならば女官の職を解いても良い、危ない目に遭わせた点も考慮し十分な給金も出そうと帝直々にお言葉が掛けられたそうだが、女官親族含め何もないのに解雇されては名誉を損なうと誰一人応じる者はいなかったと、自室に訪れた冠童子の一人が教えてくれた。面の皮の厚いことだ。でも危険な目に遭わせたのも事実だし、女官が襲われた切っ掛けが私にあると思うと継続して雇うほかない。マリカは人の思考を読み取るのに長けている。きっと苦手意識で強く出られない私を軽んじる女官の思念を読み取ってしまったんだろう。
 強くありたいと願うが急には態度を変えられず、騒動が収まり出勤してきた女官達に労いの言葉を掛けるのだが。
「部下を甘やかすのもいい加減にしてくださいませ、貴方様がいい加減だと私共まで変な目で見られてしまいます」と注意され固まるしかなかった。
 長年使える家柄を女官達は誇り口々に、私達に軽んじられては困るでしょう?今後はしっかりして下さいね、そんな教養もなさそうですけどと嘲笑される。
 ……帝が亜人を嫌がるわけだ。案じれば付けあがり増長する態度にムッとするが、全員同じじゃないと私は経験から知っている。罵りたい衝動に唇を噛み、耐える。
(帝室に軽んじられて困るのはおまえ達の方だろう、私は帝の妹だぞ。窃盗が露見すれば家ごと断じられるかも案じてやってるのに何たる言いざま、お里が知れるのはそちらの方だ。仕えるマリカはお前達よりずっと優秀だ、悪口に興じたりもしないからな。帝室の傍付きを許された者を見くびり警戒を怠るおまえ達の方がよぽっど醜悪だよ。毎日私を馬鹿にして、おまけにマリカまで誹るなんてっ、もう許さない!)
 ……なんて激昂できればいいんだが、常識を捨てられない私は力なく微笑み、そうだねごめんと応じるしかなかった。
 帝妹という肩書きがあっても一度舐められれば認識を正すのは相当難しいらしく、女官達は今日も鼻を鳴らし、詫び代わりにもっといいお茶菓子を用意してくれてもいいのに気の回らない方と嫌味を飛ばす。応じれば帝室が軽んじられる。私としても蔑む相手にわざわざ茶を振る舞いたくはないので、無視して寝台の天幕をめくり本日出された課題に専念したが、かしましくこちらを罵る雑音は中々やまず集中できなくてしばらく困った。
 慣れたから、いいけどさ。


 あれから、マリカは元気になったと思えば体調を崩し数日経てば現場復帰、それをずっと繰り返している。女官にいきなり飛びかかることはなくなったが女官がいると常にガン見して唸るんだ。さすがにマリカがいると怖さが勝つのか女官達は壁にくっつき震えるばかり。険悪な雰囲気にもしもがあってはいけないと案じた私はホノカさん達に連絡を取り状況を説明した。ウォシス達と話し合い、当面マリカの状態が安定するまで互いを引き離そうと決定がなされ女官は通常業務、マリカは自分の部屋に待機命令が下された。悪化してる、近い距離に敵しかいない。小物だし私を傀儡にしようと企むウォシスの監視があるから直接害されないからまだマシなんだけどさ、蟲毒じゃん、安住の土地はいずこ。いつか出来るはず。
 当のマリカは現状を仕方ないですと受け入れはしてもショックではあるのか、目に見えて落ち込むので心配性の私は連日見舞いに足蹴く通っている。逃げているともいう。しかし医者でもない者が見舞ったところで精神面は改善できても病状が良くなるものでもない。少しでも励みになればと尋ねるのだが、こちらの心配に反しマリカは中々に呑気だった。

 オシュトルと面会し数日を経て、また体調を崩し寝込むマリカの部屋を訪ねた。お見舞いがてら元気になったら右近衛邸に荷を取りに出向けと命じそれまで十分休んでねと労うつもりが、当のマリカは起きていてうつ伏せになり読書に興じていた。私は喜ぶも、はしゃぎすぎですよと逆にマリカに窘められてしまう。どっちが主人なんだか。苦笑して用件を伝えるがどこで借りたのか会話より楽しいのか、マリカは寝転び草紙を捲りながら太々しく文句を飛ばす。
「接吻の一つでもよこせばいいのに堅物ですよねオシュトル様って」
 ……病人に病人らしく寝込めとは言わない、元気な方が安心できる。でもさ、せめて人が話してる最中は本を読むな失礼だよと注意した言いざま草紙を取れば二つの絵巻物が布団の上にはらりと転がる。料理の番付だ。その下に広がるのは……乙女書だ。ウォシスの差し金だな、この画風には覚えがあるぞ、しかも新刊じゃん羨ましい! 差し入れかなあ、良いなあとマリカを見れば今いいところなのにと頬を膨らまし生意気にも抗議してくる。いつの間に腐ったのか、いや読書を楽しめるぐらい体調が回復したなら何よりだが、まず優先すべきは……
 マリカの抗議を無視して礼儀を弁えてから読みなさいと自分を棚上げして叱った。
 ぶすくれるマリカに懇々説教する傍(かたわ)ら、ちらりと横目で表紙を調べるとハクオシュだった。別カプやんけ、でも地雷ってほどじゃない。むしろお腐れ仲間が増えて嬉しい。私的にリバは地雷だけど最初から向きが固定されてれば平気だ。神作品はネットの海に多々あったなあ、なんて読めなくなって随分立つ推しキャラたちの燃えシーンに心を飛ばした。感動したし熱血したしほのぼのににやつけた、大変よいカプ山でございました。
「言っておきますけど、それ、参考に読んだだけですから目覚めてはないですよ。マリカ別にオシュトル様好きじゃないですし」
「あら、そうなの?」
 意外な返事に口元に手をやれば、はいとマリカはなんの含みもなく同意した。
「むしろ逆です。ご主人様を泣かせるオシュトル様なんて痛めつけてやりたいぐらい嫌いです」
 逆恨みから乙女書読むヒト初めて見たわ。本気で嫌いなのか嫌そうに顔を歪める表情にもしやオシュトルを貶める内容かと血の気が引いた。不穏な言葉を吐かないよう注意し、ちょっと失礼と声を掛けてざっと内容を検(あらた)める……ダメだこれ、エログロどころか四肢切断まで匂わせてる。オシュトルの権威を貶めてはいないが、何も知らない人が読めば精神負荷で心的外傷を負いかねないヤバい物だった。ストーリーはメリバで素晴らしかったけど。
 オシュハクでもそういう本嫌いじゃないから過去何度か読了したけどさあ、肉体年齢クリアしても精神年齢未熟のマリカには不味いでしょ。私は大丈夫でもマリカは一才にも満たないお子様なんだし。
 肉体年齢どうこうは置いといて子供は読んじゃダメと、取り戻そうとしたのか脇から伸びる手を避け本を背中に隠す。いいところなのにっ! と不満を零すマリカにどこがいいのか尋ねると、オシュトルが困るのが小気味良かったらしい。最低な楽しみ方をするマリカが心配になり情緒が発達するまで危うい本は見せないようにしようと決心した、私は読むけどさ。幸い地雷ではなかったし。
 本はウォシスから暇つぶしに借りたそうだから返す日まで棚にしまっておくことと言い渡し引き出しに放り込み鍵をかけた。マリカが寝付いたときにでもじっくり読ませて貰おう。面白かった。
「オシュともあの人のいいところはさ、上司が部下に甘えて仕方なく受け入れるっぽいのに実は逆な所にあると思わない? あの人とオシュはそれが逆転してるのにオシュの包容力は変わらないんだよ、むしろ増してる。元が格好いいと創作まで格好良く見えるんだからオシュって素敵だよね」
 密偵が潜む危険性を考慮しハクの名を伏せ内緒話を振れば、正しく通じたのかマリカは顔をしかめて反論する。
「反吐しか出ないです。もっと私を可愛がらないとウォシス様に言いつけてメリバ作品量産させてやりますからね!」
「……マリカ、メリバの意味分かってる?」
「言われずとも調べ済みです! 読者が見て楽しい結末と聞きました。コテンパンに酷い目に合う結末を好むなんて神々は変わってますね」
 知識をそのまま受け取ったかウォシスの入れ知恵かは知らないが、マリカには是非誤解したままでいてほしいと願う。ハッピーエンドは好きだが当人達だけが幸せな結末も嫌いじゃない。美しかった。現実はハッピーじゃないと困るから、これからも二人仲良くご健在でいてくれとこっそり祈った。
 煩悩に浸るのをいい加減に打ち切り、私が冷たいとぶーぶー文句を言い募るマリカに向き直る。私は気をそらそうと適当な慰めの言葉をかけ(可愛いよだの大切だよなんて歯が浮きそうだが事実なのは確かだった)手近な、目隠し用に用意していたのかもしれない料理番付けを広げる。食べてみたい料理について話題を振ってみた。
 お気楽な彼女はすぐに話に乗り、あれが食べたいこの味はどんなだろうと想像し、二人であーでもないこうでもないと問答する。気晴らしになればと他愛のない会話を振ったが気やすい者と交わす雑談は中々に楽しかった。
「いつか行ってみたいね、お忍びで行っちゃおうか?」
 出来もしない夢想を振る私をマリカは否定せず、空気を呼んで一緒に行きましょうねと綻んでくれた。ふとルルとシュウの名を上位に見つけ、さすがハクとルルティエちゃん!と自然脳裏に浮かぶ人影から目を逸らしちょっとだけ瞼を閉じた。見舞いに来たものが泣いてどうする、病人を困らせたくはない。おめでとうと褒めちぎるのは心の内だけにしておいた。マリカは出来た子であえてつつかず流してくれた。

 そうして常日頃と同じように私は適当にだらけて部屋を出た。私が傍にいるとマリカは元気だから通うようにはしてるけど、部屋を出て扉の外で室内の様子を伺えば、そのうちマリカは咳込み寝込んでしまう。熱がと慌てる女官の声がして、水でも持ってくる気なのか近寄る足音に私は柱の陰に身を隠した。扉を開け走る女官の背を見送るのも日課になって久しい。
 私に心配かけまいとマリカは普通の振りをする。でも気遣えば無理をするのはわかっているから知らぬふりで私は今日も何もできない自分の歯がゆさに耐えるしかない。
 何が原因か尋ねれば心労としか周囲は答えない。薬湯でもと遺物を使って用意しても悪化させるとホノカさん達から止めが入る。マリカからも寝れば治りますと固辞されては無理矢理飲ますわけにもいかず。詳しい人たちに聞いても時が過ぎればよくなりますと無駄に動くなと窘められる。
 ……良からぬ何かが動く気配は感じるのに最良が分からず私は手をこまねいていた。

 そういう訳で知己と込み入った話はしていない。だが縁者と交流する機会には恵まれた。
 オーゼン様と聖廟内部で出くわしたんだ。廊下で横から出てきたところを出会い頭にぶつかりそうになり、素っ転びそうになる私を慌ててオーゼン様が支えてくれたところで互いに気づいた。何故こんなところにいるのかと混乱する私に横に控える双子から耳打ちされる。八柱ほどの高官ならば聖廟深部への入室はある程度まで許可されていると教えてくれた。
 互いに丁寧な口上を述べ頭を下げあいその日は別れたが、またも出くわす機会に恵まれた私は合うたびにあの時は御無礼をと頭を下げられてばかりで居心地が悪い。流すのも失礼だからこちらも会うたびに頭を下げるのだが何度か似たようなやりとりをするうちにうんざりして提案した。会うたびに頭を下げあっても気落ちするばかりだから今日で謝るのは止めにしよう、今後は建設的な邂逅を果たしたい、と。拙(つたな)いながらも説得が効いたのか、御温情ありがとうございますと恭(うやうや)しく傅(かしず)きやっと世間話、天気や世俗についての話題に興じれた。元義理の父で恩人の態度に私の精神は疲弊しっぱなしだ。

 御家中の方々にも私のことを打ち明けられたと別の席、聖廟内の蔵書室で鉢合わせたときに伺った。身分を知らず内緒で帝妹を養女に迎えた話は御身内にも相当ショックを与えたそうだけど、帝妹たっての懇願で責を負わずに済んだと説明すれば皆帝妹の優しさに感涙したと聞く。全部帝妹のせいだから気負わずともと宥めたが一族の結束がより強まり御家中一層帝室に忠誠を尽くしましょうとオーゼン様は意気込まれた。窮状の元凶は私ですよ、献身ありがたいが気が重い。一族たちからの御礼状も預かったとかで文を渡されるが十を超える数に私は半泣き。返事書くの大変だから欲しくないなあなんて愚痴は胸に留めて以後せっせと、御礼状やご機嫌伺いのお手紙に嫌々精を出している。
 ……ルルティエちゃんからの文もあった。自室に戻り寝台で横になり目を通すとひたすらこちらを案じる内容にちょっとだけ泣いた。

 姫君たちは内裏に参じられても聖廟への立ち入りは許されていない。私も好んで外に出ないから顔を合わせる機会はない。会えなくてもいい、元気でいてくれるならと過ごすうちに手紙の交流に関しては許しが出た。アトゥイからのお手紙をソヤンケクルがにこにこ顔で持ってきて教えてくれたんだ。
「ごきげんよう帝妹殿。娘が貴方様を心配してね、御目通りは無理でも手紙なら良いと聖上が仰ったので持ってきましたよ。はいどうぞ」
「ソヤンケクル殿……」
 私を探していたのか、聖廟内の廊下で出会った男は人目がないのを確認してから所持する手紙を差し出した。
「敬称は不要です、公的な場でもありません。八柱であろうと娘の友人の前では私はただの父親ですから」
 差し出された手紙を受け取り頭を下げる。
「ありがとうソヤンケクル、さん」
 身分的には私が上でも、友の父を呼び捨てるには気が引けてせめてもの敬称を付けると渋い顔をされた。
「さんも要りませんが、まあ、人目がなければ好きにお呼び立てください。私も代わりといっては何ですが、貴方様のお許しを頂けた暁には隠れてナナコ君と呼びますから」
「是非に。皆私を敬ってばかりで刺激に飽いていたんです。人目がなければ何とでも、七光りだの味噌っかすだのこけおどしでもどうぞご自由に!」
 ちなみにこの悪口は全部部屋付きの女官から聞いた悪口だよ!遺物をこっそり扱えても実力を披露する場がないと舐められるのは古今東西変わらないね。同僚同士声潜めて囁くから聞かない振りしてあげてるけどさ、心のダメージは確実に降り積もるわけでして。
「それはさすがに不敬が過ぎるかと」
 苦々し気に首を振るソヤンケクルが一体誰がと探る素振りを見せたので一例に過ぎない忘れてくれと話を切る。
 再会の挨拶もそこそこに、ソヤンケクルと別れ自室に戻った私は寝台に転び天蓋の布をしめて外界を遮断する。渡された文を開き豪快なアトゥイの文字を見れば労わりの言葉、そして近況報告が事細かくあり最後にまた会えた時に恋話するえと結ばれて脱力。どんな状況でもへこたれないアトゥイの豪胆さを見習いたいなと思う。外で囁かれる悪口を無視してスクリーンを展開し日課の勉学に明け暮れた。
 マロロもわざわざ訪ねてくれて力になれることなら何でもいうでごじゃると胸を叩きむせる姿に力仕事苦手なんだから急かないと諫めた。友の友を気遣うのは当然と胸を張りまたむせるのには苦笑するほかない。気持ちだけでも嬉しい十分救われているといなし渋るマロロを見送った。言えるわけがない、マロロはオシュトルと敵対するデコポンの配下だ。これ以上迷惑をかけたくなかった。話さなければ仲良しのままで終われると願いたい。


 互いの心中は知らなくても、ウォシスとの仲もマリカの件を除いては良好だ。
 今ウォシスは威厳ある立ち振る舞いを身に着けるためとの名目で、内裏の一室に私を招き礼儀作法の手解きをしてくれている。双子も一緒だ。危惧した肉体的な接触もなく付かず離れずの距離で指示を飛ばすのでとてもやりやすかった。今回は頭に巻物(それも貴重資料)を乗せぶれずに座ったり立ったりできるかの指導だった。人目がなければ侮蔑込みでもウォシスは優しいが人目があれば中々に酷い……
「先ほどは失礼しましたね。人目があったもので酷い態度を取らざる終えなかったんです。実に申し訳ない」
「楽しんでるでしょ大老」
 公然と結果が伴わない努力は無価値だの才能がないだの、見学に来た官僚たちの前で罵られれば誰だって凹む。泣きそうになる私を見て野次馬根性で付け入ろうとする官僚たちもさすがに気が引けたのか、お取込み中失礼いたしましたと即退散した。人目がなければその都度ウォシスは謝るから、ふがいない自分が悪いと取り成して転がる巻物を拾い特訓に戻った。
 内々だとウォシスは気軽に私を叔母と呼ぶ。ライコウあたりに漏れないか心配したが、以前こっそりライコウに私と交流する様を目隠し用に見せていると教えてくれた。大分信用を得れて自慢したくなったたのか「見てください、これがその結果です!」と、ライコウに向かって私をぼろくそに罵る監視カメラの記録映像を披露された。裏がないと示すために明かしてくれたんだろうが、可愛い甥っ子に、もの知らずだの甘ちゃんだのコケにされる映像を見せられる私の心はズタボロである。
 逆にライコウの方が私を気遣い窘(たしな)める言葉をウォシスに掛けていて、宮中でも新参の私を庇う優しい心の持ち主がいると知れて嬉しかった。そのうち敵対するけどな!放っておいても事起こしてヤマト滅亡しそうだからいよいよとなれば止めに出るしかないのがチキンの私にはつらいです!どうかこのまま牙を抜かず隠遁してくれと願っても、情報を聞き出そうと電気や時計の発明を褒めそやすウォシスに応じるさまから揺り籠脱却止めれそうにないなあとしょんぼりしたっけ。
 二重スパイどこかでボロが出ないか心配してたがこうも辛辣だと疑う者はいないのか、私に向ける周囲の目は同情するものが多い。
「半分はね。公的な場で目上の方を嘲笑するのはなかなかに楽しいです」
 いい性格ですねと嘆息し頭に乗せた巻物を落とさないよう気を付けながら椅子に座った……今度は成功だ!
「ちなみに聞くんだけどさ、なんで私は勢力争いやら立ち振る舞いの指導受けてるの? 何がなんやらさっぱりなんだけど」
 卓に広がるウォシス手製の宮中の勢力図が描かれた書類に手をやる。部屋に入室し腰かけ書類を確認し立ち去るという一連の動作を巻物を落とさないよう遂行するのが本日の課題だ。気を付けたのに、大丸で囲われた貴族階級の端に一人ぼっちで矢面に立たされるオシュトルを見て動揺してしまったのか、巻物が転がり嘆息した。
「叔母上に死んでほしくない甥心ぐらい分かってくださいよ」
「そんなに交流あったけ?」
 腰をかがめ落とした巻物を手に取り部屋の入口に戻ったところで、ウォシスは不満気に視線を床に落として拗ねる。
「ありましたよ。主に面白い玩具を提供してくれた恩ですけど」
「私関係ないじゃん。あとあんまオシュトルつつかんでよ。真面目過ぎるからストレスで苛まれたら辛い」
 私が市井にいたとき程の交流してなくてもウォシスがオシュトルで遊んでるような気配がそこかしこから感じるんだよね。前にオシュトルとかち合って互いに挨拶を交わした時、たまたま出くわしたウォシスが私ガン無視でオシュトルに呼び掛けて嬉し気に近寄ると、当のオシュトルは早々に頭下げて「急用がありますので失礼致します」と反対方向に逃げてったの目の当たりにしてるんだわ。ウォシスは右近衛大将も苦労しますねととぼけて狸だなあってドン引きした経緯から色々察しちゃってる。
 ウォシスは加減ぐらいわかりますと肩をすくめた。あまり余裕もないのか手を叩き訓練の再開を要請する。
「では叔母上、本日の課題に集中してください。会話で気は晴れても終わらないと次に進めません」
 反抗する気もないから私は頷き本日の課題に取り掛かる。

 それから少し経ち、何をどうしたらそうなるのか、物陰から現れた冠童子に大量の矢で打たれ私は硬直した。打たれはしたが体幹がぶれずにいたおかげで矢は私をすり抜け壁や床に突き刺さる。ウォシスは手を叩き訓練の成果が出たと喜んだ。
「頑張りましたね!」
「謀殺が、目的だろっ……」
 今のはマジで死ぬかと思った。驚きから息もできない私にウォシスは近寄り信じてましたからと補足を付ける。根拠のない自論で帝妹危険に晒すなと腰を抜かした。双子がさっそく助け起こしにかかり私はありがとうと手近な椅子に腰を下ろした。
 オシュトルが(おそらくウォシスの指示で)付けた大小の護衛は大老に遠慮して部屋に入らず外で待機してくれている。高官と会う時は同席するが大老に危ない目に合わされるなんて考えもしないんだろうな。今後は外じゃなく傍に置いとくか、でもウォシスとのやり取り結構楽しいから素を出されないのも寂しい。
 さてどうするかと悩む心中を知らず、ウォシスは凶行に至る理由を教えてくれた。
「根拠はありますよ。目の前で頑張る貴方を見ればクリアできると確信しまして、この子たちに体幹がぶれる位置を射るよう命じました」
「ほら見ろ謀殺だ」
 恐怖から滲む涙を拭って気を取り直す。もしもの際、何も言い残さず粗略にされては堪らないから大切な者たちの行く末をお願いした。
「遺言だけど、弟君は見守ってて。あと頼むから子供だけは大事にしてよね、以上」
 お飾りでも遺言は蔑ろにしないと見て取り願ったが不興を買ったのかウォシスは眉根を寄せて否定する。
「だから違いますってば。殺す機会なんて散々あったでしょうに貴方はビンビンしてるじゃないですか。何度も言いますが今更です。ナナコさんを謀殺する気はもうないので勘違い訂正しておいてくださいね。疑い深いのが貴方の欠点ですよ、改めてください」
 ぼろくそに言われた私は苦笑いで嗜めるウォシスに反論した。
「でもこのおかげで生き延びてこれたからね。だからこそ、訓練の一環でも断りなく刃向けてくる相手を頭から信じるのは私には無理だわ」
 一言くれと伝えたつもりがウォシスはまた深読みしてしまったらしい。微笑みを苦いものに変えて問いかけてくる。
「貴方の疑い深さには驚かされますよ。ええ感服するほかありません。どうすれば、叔母上は私を信じてくれるのでしょうね」
「私はウォシスを信じてるよ」
 塾講せず言い切れば、ウォシスは目を伏せ望んだ答えではないと答えの訂正を求めてきた。「そうではなく……」
 言い切る前に自分の考えを口にする。
「多少の距離感は誰でも計るでしょ。ウォシスだけじゃない、帝やオシュトルが相手でもさ、私逆鱗に触れないかずっと気を張ってるつもりだよ」
 あれで?って顔しない。ぐ〜たら満喫してたじゃないですか、作法も何もあったものじゃないって失笑もやめて。帝もオシュトルも私が安穏としてたら喜ぶからそういう面を強調してただけだ。本気で楽しんでたわけじゃない、楽しかったけどさ。
 回想を頭の隅にやり、頼られないと拗ねてそうなウォシスに頼らせてもらっていると話を続けた。
「だから特別ウォシスだけを警戒はしていない。単に、怖かったから次がある時は事前に説明してほしいなあって思っただけなんだ」
 ウォシスの目が見開く。やっと私が本気で恐れていたと合点がいったらしい。
「怖かったんですか? 私に突貫してきた貴方が?」
 堪らず尋ねたふうの質問に大きく頷くと呆れた風に呟いた。
「オンヴィタイカヤンなのに……」
 ウォシスの言葉に私はムッとして腕を組み、神的身分でも帝と同等なわけがないと口を酸っぱくして訴えた。
「あのね、帝は神歴数百年で下手したら千超えでしょ? 私は一年もたってない未経験者だっての。実績無い奴が超然と出来るわけないじゃん。私の前職聞いてる?」
「聞いてません、同族としか……」
「一般人だよ? 研究者でも高官でもないそこらの歯車、しかも帝より前の時代の人間で見つかった当時は化石扱いでさ、人権すらなかったのに所長の配慮で何とか一般人やれてたんだわ。そんな小心者が神面(づら)出来るわけないじゃん」
 ふんと鼻息荒く腕を組んだまま胸を逸らしたのだが。
「へえ、それは初耳ですね」
 地雷だった。怪しく微笑むウォシスに血の気が引く。もしや元実験動物にへりくだったと機嫌を損ね敵対フラグを立てたかも、と焦りフォローしようと声をかける前に話を変えられてしまう。
「今後は気を付けます。得物を貴方に向ける機会があれば必ず判別できるサインを飛ばしましょう」
 礼を言い不都合はないか尋ねる前に提案された。
「お手を煩わせた詫び代わりに一つ褒美を差し上げましょう。貴方がノドから手が出るほど欲しがるオシュトル関連の情報です」
 あ、それは欲しい。ノドから手は出ないけど危うい情報ならいち早く伝えなきゃ……もしかして実はすでにヤバい状況に立たされているんだろうか?最近めっきり顔合わせなくなったし。
 はらはらウォシスの出方を伺うと数秒無言を貫き勿体ぶった情報をウォシスは自慢げに言い切った。
「貴方と引き離されてから色ごとは皆無です」
「どういう意味?」
「一途なのは結構ですが自慰もなさらないなんて相当ショックだったと思いますよ」
「責任取って退官したとか腹きったとかじゃなくて良かった――――っ!」
 些末で実によかった、良くないけど。自慰ぐらいしてくれ。こんな状況だ、遊郭ぐらい見逃すし文句も言う気はない。
「もっとこう、別のことに驚いてほしかったですね」
 嘆息するウォシスに突っ込みはしない。ウォシスの監視が継続してるのにはドン引きだが、オシュトルが無事なら何も言うことはないとほっと息をついた。
 懸念が一つありウォシスに尋ねる。実験動物と知っても今みたいに仲良しで居られるかと。ウォシスはきょとんとしたあと破顔した。かつてはそうでも元が神なら素性に興味はありませんよと、続けて、帝より古い時代の人間というのに驚いただけですと話を締めくくる。
「私を立ててアンジュから帝位簒奪しようとはしないよね?」と尋ねれば間髪入れず「貴方が帝になれば人心が離れ支える者不在でヤマトが乱れるので無いです」とはっきり断られて安心した。
 今後危ない訓練はナシにしてよねと言い含め、殺気がなければ働く素振りもない双子にも危ない訓練すると知っていたなら事前に説明が欲しいと要請する。教える点に関しては双子は同意してくれたので、何故危ない訓練をするのかに関しては突っ込まず流して置いた。
 ひやりとする出来事はあるが当初の予想より安全な暮らしを私は送れている。


 出世欲の強い高官達が徐々に自室に訪ねるようになり(個人的に懐柔したいライコウ含めた八柱は寄り付きもしない、一名除いてだが。デコポンは見合いだのご機嫌伺いが酷いのでこちらから出向くまで待てと面会謝絶にしている)、さすがに自室には招かず外で(内裏の一室を借りて双子が護衛につく了承を得て行くようにしている。二人きりだと何をされるかわからないからだ)ささやかな茶会をしたり立場が公表された際句会への出席を薦められたりで媚びへつらいに大分嫌気がさしていた。
 なので見舞いと称してマリカの部屋に避難、もとい気晴らしに寝付くマリカの寝台横手の椅子に腰掛けのんびりしていると外部から入室の許可を求める声がして許すと答える。ウォシスだった。
「叔母上、舐められてますよね」
 部屋に入ってくると控える女官の一部を下がらせ開口一番に指摘された。舐められている、そうですね。でもさ。
「そのうち収まるよ」
 女官たちの言い分を聞こうと世間話を振るが、雑談ですら歪曲的に女官達は私を見下す。
 纏う衣服の色がきれい、野性的な所作が洗練された来た時よりも。
 話すうちに気力が萎え雑談ですら交わせなくなるのにそう時はかからなかった。今では挨拶程度の会話しかできてない。それも聞こえないかのように無視されて私の小さい声は増々小さくなり背中だって縮こまりがちだ。このままの関係が続けば不味い。早く改善しないとと焦っても時ばかりが過ぎていく。
 真正面から過去の悪事を追求し女官として正しく振る舞えと説得しても素直に答えるとも思えない。命令は効くだろうが何もかも人類強制権で事をなすのにも抵抗がある。糾弾する悪事をなした証拠も、さほどない。気やすく接してくれと願ったのは私の方だ。罪を問えば追求する私の方が折れそうで(実際まともな交流はほぼ諦めている)相手が飽きるまで放置しているのが現状だ。不満が無いわけではないから、ほとぼりが収まればチクチク嫌味を言うつもりではあるけどね。あの時実は結構辛かったんだぞって。性根が良くなれば多少の後ろめたさから一層忠義に励むだろう。
 都合のいい妄想で心中を慰めても現状は変わらない。嫌な性格になったものだと自嘲した。
「あれは増長するタイプですよ。妬んだ者達にいびられた私が言うのだから確実です」
「そのヒト達、今はどうしてるの?」
 ウォシスは微笑みいびられた分落とし前を付けたので心配はいりませんと怖い単語を吐く。
「怖い怖い……」
 ウォシスも苦労したんだなあ、ウォシスが無事で何よりだよ。でもこれに関しては放っておいてほしいと頼んだ。これ以上のごたごたは私でもごめんです。潰しきれなかった監視カメラは職務を終えた女官達が退いた後に探して壊しとこう。
「貴方のほうが立場が上です。正しても誰も文句は言いません」
 だから叩け見るだけで不快、と受け取れる言葉にでもなあと渋る。
「高圧的に振舞うのは、ちょっと苦手なんだ」
 聖廟で啖呵きりまくったくせに?と突っつくのは止めてくれ。あと何故か近寄るウォシスが私の背後に立ち体を背中にくっつけてきて困惑した。あらかた下げはしても、マリカを案じて二三女官は残している。部屋付きの女官に妙な憶測たてられてもいいの?それか、内々のお話かなと出方を伺えば、ウォシスは着物の袂(たもと)から白い紙切れを取り出して私の目の前にかざした。
「ああいうのは放っておくほど良くない結果を招きます。部下の今後を思うなら最初の躾(しつ)けが肝心だとご忠告申し上げます」
「じゃあ最初の躾けをしようかな。どいて重い……あ」
 咎めないのをいいことに多分調子に乗ったんだろう。ウォシスは肩にまで顔を乗せてきた。ドン引きして力づくで押し戻そうとするが紙に描かれた墨が視界に入り意見をひるがえす。
「どかなくていい、もっと見たい!」
 右近衛大将と帝弟が同じ方向を見つめ連れ立つイラストに立場を忘れて手を伸ばした。握ったところでウォシスが手を放し私から離れるも姿絵は私の手の中に収まったままだ。綺麗に彩られたイラストに心奪われうっとり溜息を付く。
「私より乙女書がいいなんて、叔母上はつれない……」
 別の意味で溜息を付くウォシスだがこれで少しは元気になれればいいんですけどねと小さく言い捨てる。心配で見に来てくれたんだと私は嬉しくなりめちゃめちゃ元気になりましたと力こぶを作った。それは良かったですとウォシスもにっこり笑ってくれる……今なんで叔母呼びした?
 血の気を引きながら素(そ)知らぬ振りで礼を言い、何度か軽口を交わした折に小さく尋ねた。個室とはいえ公的な場で公言していいの?と。ウォシスはにんまり口角を上げ、口にしていい話題かどうか判断を下せないほど女官は馬鹿ではありませんよと壁に視線をやる。控える女官は一層頭を垂れて帝妹殿に関する事柄を漏らす様な真似は致しませんと震える声で釈明した。ウォシスは頷き、ね?だから大丈夫なんですよとにこやかに微笑むから、多分突っ込まない方がいい話題と解釈してそうなんだと流しておいた。うちの女官は漏らしまくりだ。遺物を扱うが見せてもくれないだなんて、よりにもよって廊下に出て陰で罵るから忠信達にどやしつけられないか期待して……コホン、いつもハラハラしている。ウォシスは大丈夫だ。多分今のは漏れる前提で流した情報だと思うし。利にならない事をウォシスがするとも思えない。何かあるんだろうな。

 また二三、遺物関連の話に興じた後(最後は出来の悪さを馬鹿にされた。そのくせ分からない場面をちゃんと分かるまで教えてくれるから律儀だと思う)、気になる点を尋ねてみる。
「マリカ、もしかして寿命とかってある?全然良くならないんだ」
 聖廟に上がってからマリカは伏せがちで離れている時間のほうが多くなった。ポッドに無理矢理浸(つ)からせればすぐに治るのに、翌日には寝付くのを繰り返している。原因を考えても答えは出ないしマリカもわからないと首をひねるばかりだ。
 床に臥せるマリカは青白く、荒く息をついていた。来たときは穏やかな寝息をたてていたのに。
「個体差はありますよ、延命措置しない限り誰であろうと百年は生きられません。安心してください。人並みの寿命はあります」
 製作者のウォシスが言うなら人並みは生きられる。なら……
「それなら元々病弱なのかな?無理してこんなことになったんじゃ……」
 心配から顔を曇らせる私だが、ウォシスは苦笑混じりで諭すような言葉をかけてきた。
「むしろ強靭なほうですけどね、貴方を守るために作った個体ですから。主人を残して逝きはしませんから気にせずとも……失礼」
 死を連想させる単語に涙ぐむと同時にマリカが右手を宙に伸ばした。苦しそうな表情に慌てて手を伸ばし小さな掌を包み込む。良かった、熱は下がったみたいだ。ウォシスも多少気になるのか手を伸ばしてマリカの額を拭ったところで誰かの名をマリカが呼ぶ。うわ言だ、安心させようと私は呼びかける。
「大丈夫、私はここにいるよ。安心して、ゆっくり休んで早く元気になってね。貴方がいないと私、寂しくて仕方ないんだ」
 マリカはまだ苦しそうで再度誰かの名を口にした。マリカの元になった人の縁者だろうか?探るのは無粋だし詮索は傷つけるとみてあえて私だよとは言わず、マリカが発した名前を連呼しいつも傍にいると強く手を握ればようやく顔が緩み小さく寝息を立てる。
 ほっとしたところで、横から伸びてきたウォシスの指で頬を拭(ぬぐ)われ涙を流していることに気づいた。差し出された布巾を手に取り礼を言って頬を拭(ぬぐ)う。私マリカのこと何も知らないんだなあと呟き無関心だった自分を恥じる。
 元気な時にでも聞いてみよう。会いに行きたいなら快く送り出そう。マリカが嫌がらなければの話だけど。
「いずれ回復しますよ。そういう風に作りましたから」
 部下を心配しているとウォシスは勘違いしたようだ。どう答えるか迷ううちに微笑まれ頭を下げられた。
「彼女に代わり礼を言います。大切にしてくれてありがとう」
 配下を気遣うのは当然だよと、もう何度目か忘れるぐらい口にした答えを返してしまった。
 布巾を返すと色々納得がいったのか、笑みを濃くしてウォシスがお暇致しますと一礼し部屋を出た。丸くなったよなあと安穏と見送る私だがすぐに意見を撤回する羽目になった。
「帝妹殿ならここで配下を見舞ってますよー。お近づきになりたい方はどうぞこちらにお越しくださーい」
 外に出たとたん鶴の一声。慌てて駆け寄り扉から外の様子を伺う。走ってはいないがおそらく早歩きでこちらに向かってくる足音が微かに聞こえる。ウォシスを見上げれば意地悪く二やついてるし!確信犯め、遺物に子と配下の件で手一杯の私はこれ以上の面倒毎はごめんだと部屋を飛び出した。
「この裏切者!」
「あの者たち叔母上の私物をまた盗りました」
 通り抜けざま楽し気にこちらを見るウォシスに思わず叫ぶが呟く言葉に足が止まる。ウォシスは笑みこそ崩さないが苛立ちを浮かぶ微笑みの陰に覗き見た気がした。私に勉学を教える傍ら別の映像を展開してたから、監視カメラの映像でも確認したのかもしれない。
「オシュトルから貰ったものは……」
 過去一度現場を目撃した時はさすがに声を荒げて止めた。白昼堂々背を向ける主の荷を漁るなんてあまりにも無礼が過ぎる。高等教育を受けた女官が人の倫理侵(おか)して恥ずかしくないの!と叱責すれば、痛んだ箇所がないか確認していただけですと誤魔化され、不和を招くのが嫌で追求せず見逃したのが不味かった。面と向かって咎めたのだから多少勢いも落ちると予想するが高慢な何人かのプライドを逆撫でしたらしい。女官の中には良心が咎めたのか、監視カメラの記録映像に陰で同僚を諫める者もいたが納まるには至らない。私物の紛失は未だに続いている。
 彼女たちも多少学んだのか、小さな装飾品や身に着けない衣装、思い入れのない物に手を付けているのは監視カメラの映像で知っている。盗られたって内裏に出る前に転送すれば元通り。生命体のように複雑な物体は転送機でないと無理だが、鍵(マスターキー)を持つ私なら聖廟内の物体を簡単に手元に持ってこられる。
 困るのは盗る物品の中に市井にいたときオシュトルから頂いた品々が混じるときがあるんだ。狙ってはいないのか偶然か、貴族の目に止まるほどの価値は見出せないのか、そういう品々はゴミのように聖廟の床に放るので見つけやすくはあるんだが、女官の対応に最近私はイラつきっぱなしである。ゴミじゃないぞ、廊下も汚すな。気安いのを通り越して傍若無人なのが腹立たしい。
 オシュトルから貰ったものにまた手を付けていたならいよいよ……なんて爪を研ぐ内心を知らずウォシスは残念そうに首を振った。
「いいえ、今度は腕輪です。貴方が身に着けない物に限り手を付けているようですね」
「女官全員が盗みに加担しているわけでもない。全員を叱責して不和を招きたくはない」
 事を起こすには証拠がいる。監視カメラの映像と細々とした物品では貴族に連なる女官たちを裁けないと好きにさせていた。細々と表現してしまったが、帝たちが用意してくれた品々はどれも高価なものばかりだ。私が遠慮しているのもあり希少な物品は手持ちにはない。ウォシス手ずからだったり帝から直々に頂いた贈答品は盗人に手に渡るのが忍びなく気づくたびに転送して戻しているがイタチごっこが実情だ。前時代的な価値観の亜人たちは盗んだものが戻るさまをお天道様は見ていると恐れ、大抵改心してもしつこい二三が諦めない。取れないなんてオカしい、神なんて嘘、帝は騙されてる、加護なんて在る訳ない、小さければどうか大きければ持ち出せるかとムキになりちょこまかと煩わしかった。
 記録映像があれば一発で済んでも、出所が殿上に上がった妹君と知られれば色眼鏡で見られるのは察している。神の遺物が扱えても一度や二度の失態で一々遺物を披露すれば帝室の権威を貶めかねない。なので、一定の損失額に達するまで様子見しているのが現状だった。
 私が頂いた品々は庶民の手に届かない高級品ばかり。だが貴族なら金さえ払えば賄えるありふれた物しかない。
 怒りにのまれ遺物を披露し追及するのは簡単だ。些細な額で(私からすれば相当効果なのだが)騒ぎ立て、しかも誤解だと逃げられれば帝室の威厳を損ねかねない。なので、目標額に到達するまでは泳がせとこう、そこに至るまでに反省し謝罪なり返品なりすれば良し!目標額に達して改善の見込みがなければ、謁見の間に引きずり出してお白州裁きとやらを受けさせてやるっ!って逆転劇を励みに日夜女官たちの好きにさせているんだが、性格の悪い私に反しウォシスは現状に苛立ちを感じているようだった。いい奴だよね、腹黒だけどさ。
「貴方が動こうと動くまいと女官の件は捨て置けません」
「タイムリミット、貴方ではなく女官がです。責任を感じる必要はありませんからね」
 意味が分からない。意図を聞きたいがいよいよ近づく足音にあとでメールで確認すればいいやと思い返し「改心したのは見逃してね」と言い捨て自室目指して私は走った。
 マリカの女官は優秀だ、私が居てもおしゃべりせずじっと壁際に控えていた。帝ほどじゃなくても高貴な方々に敬われる貫禄を身に付けたいが無理だよなあと嘆息し這々の体で自室に逃げ帰った。
 勢いよく扉を開ければ女官達は慌てて腰掛けていた椅子から飛び上がり、今日も戸を開けたのが私だと気づくと嫌そうに壁際に退きお帰りなさいませと頭を下げる。何事もなかったように。


 翌日、さあこれからも恙ない一日を過ごそうと起きると控える女官の数が少ないのに気づいた。というか確実に減った、それもごっそり。
 ウォシスの差し金だな。暇でも出したんだろうか。雷も、珍しいことだが落ちたのかもしれない。だって残った女官が震え怯えてるし私と目を合わそうともしないんだ。
 昨日自室に戻った際呟いた意図を文句混じりの文面を送り付け探ったが返事はなかった。
 女官達には思うところはあるが明確な悪意は向けられていない。粗末には扱われたが危害を加えられてもいないんだ。過剰反応が過ぎると零す不満は胸中は留め、減った女官たちに両手を打ちお仕事これからも頑張ってねとエールを送った。月並みな言葉でも多少意欲に貢献できたのか、彼女たちはありがとうございますと土下座の体制を取り泣いてくれた。いや本当、過剰反応が過ぎて心も体も追いつかない。
「何かあったの?」
 尋ねれば口外せぬよう命令が下ったそうで申し訳ありませんと謝られてしまった。生餌として帝室に貢献できたなら何よりだが、事情も知らない自分には何が何やらさっぱりだ。酷い目にあわされてないといいけどなんて、女官の振る舞いに落ち込んでた自分を棚上げして一日を始めた。
 ちなみに再度ウォシスにメールを送れば自業自得ですよとしか返らないので私の内心は戦々恐々しっぱなしだ。怖いことはしないでねとメールを送ると善処しますとしか返らないのが恐怖に拍車をかける。

 兎にも角にも、私が余計な憶測を立てる振る舞いをするからこうなるんだ。以後は慎ましく静かにいようと注意しているのだが、姫殿下はこちらの意図を汲まず好き勝手に振舞われているのが現状である。
 私を訪ねはしないが出くわした時よく聞かれる。オシュトルと密かに連絡を取り合っていないかだの、実は未だに関係を切れておらず思っているのかだの勘ぐりが凄い。ないと言えば余計に怪しみオシュトルは余のものじゃと憤り、そういう時に限ってオシュトルと出くわし互いに気まずい思いを噛み締めている。さすがに右近衛大将と出くわせばお子様でもマズイと分かるのか、いい天気じゃのうと流しはしてくれるんだが、そこでさよならすればいいのに、アンジュはオシュトルに遊んでくれと媚びを売る。しかし勉強は済ませたのですかと問い掛けられると固まり勉強を抜け出したのが簡単にわかってしまった。部屋に戻るのを嫌がるアンジュだが某がお部屋までお送りいたしますと誘われればコロリと陥落。離れる挨拶もそこそこに、去り際随伴するオシュトルに見えないようアカンベをして去る背に私は手を振りそっと溜息をついた。あのまま大きくなれば確かに問題だと。ライコウが見限らないよう折に触れてアンジュに接触し、立派な帝になるよう導きたいのだが、庭園で茶をしばく帝に現状のままだとマズいのではと訴えるものの暖簾に腕押し、いずれ時が来れば立派な後継となる遺伝子を組み込んだから平気だとほざきムネチカに一任しているから放っておけ口をはさむなと牽制を掛けられてしまっている。
 機嫌を損ねたくないがアンジュも心配でどう関わるか迷ううちに、また別の日出くわしたアンジュからの追及をいつものように流しているとオシュトルと相対した。アンジュは慌てるがその日は興味が勝ったのか、資料を持ち自室に戻る私を引き留め多分仕事で内裏に用がある際不幸にも出くわしたオシュトルに尋ねた。関係は現在も続いているのかと。言いづらい話題だろうに、オシュトルは事もなげに姫殿下が危ぶむ関係にはございませぬと濁してくれる。関係は断ったとはっきり言えばいいのに、過ぎた夢でしたと目を伏せるので、私も過ぎた夢だったと応じれば視線が合わさり、戸惑う間に数秒が経った。余を無視するなとアンジュが立腹し腹の子はどうするのだと余計な世話を焼く。帝室預かりとなりますと端的に言えば余も触りたいと抜かす。生命維持装置に子を入れている話は八柱だけに留めたと解釈した私は帝はどう仰られましたと尋ねれば害してはならぬから触れるなとお達しをくらったそうだ。多分いないと知られれば面倒だからだなと呆れつつ姫殿下の意思に任せると水を向ければ、しゅんとしていた姫殿下は触りたそうに手をワキワキさせたけどこちらを思いやり生まれてから触ると退いてくれた。気にかけて頂き感謝をと膝をつくとオシュトルも賢明な判断さすがにございますと平身低頭。アンジュはよいよいと経つよう促し王者の貫禄を見せるが、余は過去のことは気にせぬからオシュトルは好きに余のもとに来ても良いからなと腰に手をやりふんぞり返る。いい加減疲れてきた私は話の転換を試みようとアンジュを流し、内裏に訪れた用事が何かオシュトルに尋ねた。試みは成功し、勉学をアンジュが抜け出したと聞いたオシュトルが探しに来たとのこと。あれは飽きたつまらぬと文句を飛ばすお子様に嘆息し窘めればババアは五月蠅いと悪口が返りイラついた。
 口調を注意するオシュトル共々懇々説教するが、其方は邪魔だと尚も私を邪険にするので、カチンと来た私は宣言する。
『ならばお暇致します、姫殿下も勉学に励んでくださいね』と命令してやるっ!的な意思で返事をすれば姫殿下が転身、動揺し嘆きつつも勝手に自室に退散していった。一安心である。手を振り見送ると色々察したのかオシュトルはご助力感謝いたしますと頭を下げ、だが一言注意も付け加えた。
「恐れながら、姫殿下を思っての所業でしょうが軽んじる振る舞いは誤解をうみます。重々、ご注意くださるようお願い申し上げます」
 確かに、後継を操るような文言は火種になる。私は謝意を表明し先ほどのような振る舞いはしないよう気を付けると応じたところでオシュトルも安心したんだろう、微笑んでくれて私も一安心。ではなと資料片手にさっさとその場を去ろうとするが、運びますると拒否する間もなく腕に手を差し込まれ自室に持って行かれてしまった。
 部屋の前につくと資料を渡しオシュトルはさっさと退散する。相変わらず親切な振る舞いに感服するほかないがそういう親切が余計な勘繰りを生むのだと忠告しようにも、多分気づいて相手のためになるからとしてるんだろうと潔白の名に相応しい背を見送った。
 それから姫殿下は私を避けがちで(妙な術を掛けられ嫌々勉強させられたくないからかもしれない)、私の身辺は実に静かで有難い。
 
 面と向かって確認こそしてないがオシュトルも波風立てる気はないのか、対面した際は余計な話題を振らず挨拶のみに留めている。
 別の日に廊下でオシュトルと出くわした時ようやくネコネちゃんと顔を合わせた。挨拶を交わす傍ら悲しそうな顔をして何かを言いかけ躊躇い消沈、話を振るのも気まずくて見守るうちにオシュトルから話も降られたが結局ネコネちゃんは言いたいことを言わずその日は別れた。曲がる背を見送り、もしや謝罪したかったのかと思いつく過去に律儀だなあと切なくなる。人殺しという単語は事実だ。同族は山と殺してるし実子の片方は時が来れば確実に殺めるだろう。
 念のためにオシュトル宛に文を送り小姓の暴言は気にしていないと念押ししたのだが(返事は余計な勘繰りを生むので無用と注釈を付けたが口頭ならば問題ないでしょうとネコネちゃん同伴で礼を言いに来られて困惑する)、やはり気になるのか、廊下や聖廟書庫なんかでネコネちゃんと出会うたびにお姉様と呼び掛けて慌てて口ごもったりだとか、挨拶の後、うぅだのあのぅだの呼び掛けるも言い切れずネコネちゃんは消沈してばかりいる。可愛すぎる。
 でも放っておくのも気の毒で、ネコネちゃんと出くわしてから遠くない日に声をかけた。そう気にせずとも良い、ネコネちゃんの顔を見られただけで嬉しいよと微笑むが、当人は涙ぐみ脱兎のごとく廊下を走り退散してしまった。ネコネちゃんを付き従えていたオシュトル共々呆気にとられるが、気を取り直したオシュトルが配下の不備を詫び、続けてどう謝罪すればよいか分からず動転したようですとフォローする。悲しませたか、悪いことをした。気にしていないと伝言を頼むも相変わらず私とかち合えば真面目な表情が下を向く。
 だが馴れはしたのか、またも偶然出くわした際、帝妹様と小さく呼び掛けるので振り向くとついに、この間はごめんなさいなのです!と目をつぶり頭を下げられた。私は破顔して、いいよ、声かけて貰えて嬉しいと応じれば、躊躇いつつもネコネちゃんは顔を上げて苦笑い。
「帝妹様になっても、お姉様は相変わらずなのです」
 微笑むネコネちゃんに私は調子に乗りもっと言ってと催促するが、尊き方を貶める真似は出来ないのですとそっぽを向かれる。可愛い振る舞いに舞い上がりそうになるが堪えた。以前のように同席するオシュトルに話を振り義妹の反応を楽しむ真似はせず、つれないなあとぶすくれるに留める。哀れに思ってくれたのか、ネコネちゃんは頬を染め俯き着物の裾(すそ)を握ると少しの間歓談するのはいいですよと恥じらいつつ答えてくれた。嬉しくないわけがない、でもそれは出世を目論む腹黒共の目にネコネちゃんが止まる機会が増えるということでもある。
 一瞬渋い顔をしたオシュトルに視線をやり合わさったところで頷く。ネコネちゃんに目線を合わせ政敵の目にとまってはいけないからと断れば、聡い彼女は追求せず仕方ないのですと受け入れてくれた。
 人気がない場所に移り、二三雑談を交わす。内容は白楼閣の面々や私の暮らしぶりについてだが、廊下の物陰に隠れ内緒話に興じるのはかなり楽しかった。ハクは相変わらずで皆元気とのこと。ハクの失敗談でくすくす笑った後は対価としてこちらの暮らしぶりをかいつまんで話す。私はのんびり暮らしを満喫しており心配ご無用、子供の身長は大人の掌まで成長し可愛い尻尾も見えて日々順風満帆、ついでに遺物の中で腕動かしてるの見て感動したと自慢すれば本気で悔しがられた。唸り、遺物から出たら見えなかった分存分に見てやるのですっと怒気すら混じる義妹の言葉に罪悪感を駆り立てられる。迷惑を掛けた償いに遺物使って見る?と尋ねるとオシュトルから待ったが入った。元身内でも帝室が管理しているものを軽率に披露してはならないと、侮(あなど)られるとの注意にネコネちゃんは反省の弁を唱え丁重に断りを入れてくる。私も短慮を恥じ謝意を表明した。色々考えてくれたんだろう、以前神代文字を教えると一方的に宣言した戯れ言に関してネコネちゃんが断りを入れてきた。迷惑になってはいけないとの言葉に迷惑じゃないと反論するが、損ねる可能性を招きたくはないのですと固辞される。
「帝妹様がお元気だとネコネも安心するです。ネコネだけでなく皆もナナコさんを心配してるのですよ。大事があってはなりません、ですから市井にいたときのように接するのは勘弁願いたいのです。不敬かと存じ上げます……」
「ネコネちゃん……」
 案じる言葉に反論する気は失せ、そうかと受け入れるほかなかった。
 その後は簡単な会話を繰り返した。寝付くマリカの見舞いの是非を聞かれ(喜ぶよと了承すれば今度行くのですとネコネちゃんが張りきる)、右近衛邸の庭に私が植えた花が咲き家人達の目を楽しませているとも教えてくれた。白と青の綺麗な紫陽花だそうだ。一目見たいと言えば部屋付きの女官に渡しておくですよとネコネちゃんは更に張りきった。ええ〜と内心で引くがオシュトルが気を回してくれたのか、私がよくマリカの見舞いに行くのを知っていてそちらに見舞いついでに渡しておきましょうと申し出てくれた。礼を言うとネコネちゃんが眉をしかめる。何か気に障ることでもあったか尋ねると、慌てておかしな出来事を思い出してと釈明した。庭を任務の報告ついでに眺めていたハクが、何を思ったのか、その花食えるなら食おうぜと提案しクオンから鉄拳制裁をくらい暴力反対と五月蠅かったのですとネコネちゃんが吐き捨てる。毒があるから食べちゃダメだよと注意すれば姉様も言ってたです、まったくハクさんはと腕を組むのにまた綻んでしまった。
 ネコネちゃんが語ると脳内を刺激されて鮮明な映像まで浮かんでしまうから困る。袖で涙を拭うが気づかれてしまったのか、気遣う眼差しに袖から顔を覗かせてやだねと呟く。強い帝妹様でいたいのに上手くいかないと愚痴れば、ナナコさんが上手く出来た試しなんてほとんどないですよと突っ込まれた。ネコネ、とオシュトルが嗜(たしな)めれば横柄な態度のネコネちゃんはしゅんとする。かつてよく見た反応を思い出し私は素で笑って、しんとする反応から口をつぐみ泣きそうになるのをちょっとだけ耐えた。市井に話を逸らし、何度か会話したところで楽しい一時だったと話を締めくくる。大丈夫ですか?と問う声に大丈夫だと笑って返す。名を呼ばれて嬉しかっただけだ。
 時が過ぎれば思い出になる、戸惑う人達だっていつか吹っ切れる日が来るよと、私を案じてくれる二人に到底聞かせられない言葉を飲み込んで適当なところで別れた。去る背に手を振るが二人は何度も振り返り応じてくれた。
 ずっと一緒がいいなんて会う度に縋りたい衝動を飲み込むのは中々に大変だ、いつかボロが出そうで怖い。なので最近の私は右近衛府の人間すら避けがちである。

 結構帝妹様の日常は忙しい。子供がポッドから出るまで泣き暮らすかもなあと招かれた当初の予想は大いに外れた。
 私を市井にお披露目するための式典を生誕祭に合わせて執り行うらしく、出席要請と相応しい振る舞いを身に着けるよう帝直々にお達しを受けたんだ。
 環境整備に忙しいのにと招かれた庭園でお茶してる帝に文句を飛ばすがクリックするだけの仕事の何が忙しいのかと御𠮟りをくらってしまう。サボりたいだけであろうと指摘されるが半々ですと答えればいずれ慣れると太鼓判を押されてしまった。頑張って下さいね叔母上と何故か同席するウォシスはそ知らぬ振りで茶を傾け応援してくるし。
 二人とも分かってないよ。たかがワンクリック、されどこの一押しが地方の農作物に多大な影響を与えると思うと簡単な仕事とは言い切れない。影響だって計り知れない。ヤマト北方に隣接する土地が干ばつで干上がれば活路を求めてウズールッシャが攻めてくると私は知っている。原作通りに進めば仮面を有するヤマトに軍配が上がるが、遊牧民の侵略で属国の一つは壊滅するしハクは心的外傷作りかねないしであまりいい事がない。ついでに何かいいフラグでも回収できれば別だが戦争が残す爪痕の方が大きいため戦争の火種は接触的に潰すつもりだ。帝に託した手紙には近い未来起きる惨事を記したが、負けなければいいを自論で行く覇王は部下に任せればいいと呑気極まりない。
 上に立つ者にはでんと構える貫禄も必要ってことだろうと解釈し、今日も私はヤマト近辺が飢えないようポチポチ雨を降らせている。ウォシスも我関せずを貫くが多少気にはなるのか、横目でこちらを盗み見るうちに改善した方がいいところを指摘してくれて有難かった。
 ある程度出来たところでほっと息をつき終わったー!と背伸びをした。ウォシスもはしたないと窘めつつも集中力が切れたのか、残るお茶に手を伸ばし飲み干すと軽く息をつき控える大宮司に声をかけた。
「母上が入れるお茶は今日もとても美味しいです。ですが立ち仕事も疲れるでしょう?良ければこちらに座って休んでください」
 茶を満喫したウォシスは席を立ち、自分が座っていた椅子に座るよう帝の傍に控えるホノカ大宮司に呼び掛ける。ホノカさんによく似る彼女は嬉し気に礼を言うがこれが仕事だし疲れてもいないからと遠慮して応じなかった。砕けた物言いに少し驚く。母子関係改善できてたんだ、良かったねと内心で囁いた。ウォシスはそうですかと寂し気に椅子に腰を落としどこか背中に寂しさを垣間見てしまった。少しだけ気の毒になり、私はテーブルに突っ伏して手をパタパタ揺らしねえねえとウォシスに呼び掛けた。
「ウォシス〜私も労って〜」
「何言ってるんですか?さっきから書類仕事しかしてないじゃないですか、叔母上こそ立っては如何です?どうせ籠りきりなんですから少々動くべきかと思いますよ、頬が弛(たる)んでいます」
 つれなすぎる、めっちゃ見下げてきたし。でも小気味よかった。筋トレは女官の見てないところで励んでいるが確かに運動不足は否めない。話下手で顔の筋肉が衰えているのは自覚している。なので気やすい方々にお付き合い願おうかなと内々で呟き、ウォシスに微笑んでみた。何を誤解したのか、無い袖は振れませんよとウォシスはつんとすまして視線を逸らす。
「やつれておるから心配だと、素直に言えば良かろうに」
「あけすけに振舞えばこの方は付け上がりますよ。これ以上叔母上を甘やかすのは辞めて頂きたいですね」
 話の矛先ずらしたな。帝もウォシスの意図は察したのかくつくつ笑い素直でないのうと話を蒸し返した。気まずい私は話題の転換を試みて息子弄りを楽しむ帝の気をそらそうと画策する。
 市井に出れなくてもウォシスには同人作家ラウラウ先生の顔がある。右近衛府視点とは異なる情報を得ようとウォシスに水を振った。白楼閣の面々はどうしてるの?と。話ついでを装い尋ねたが、大荒れでしたよ?と聞くのが怖い単語が返る。続けて、皆様仕方ないと納得しておいでですとオシュトルと似たような事も言う。帝も、身分を隠しハクと庭園で語らうのを継続しているとみて様子を尋ねると、飲み込めずとも仕方ないと諦めた風であったと教えてくれた。ハクが言ってたらしい、自称姉がいいとこの出なのはいいんだが二度と会えないなんて普通思わんだろと嘆息してたそうだ。死に別れた訳ではないからいずれ会う機会もあろうとチリメン問屋の御隠居に扮した帝が慰めの言葉を掛けると、そうだといいなと流したそうだ。
 ……憤りはあっても受け入れてくれたなら何よりだと思う。
 茶席を辞し帰り際追ってきたウォシスに助かりましたと礼を言われた。何に関してか指摘はせず、お互い様だよと肩をすくめれば拳を出される。なんだろうと同じ位置に腕を上げると拳と拳がぶつかる。
「たまに叔父上たちがしてたでしょう?貴方としてみたくて」
 ウォシスの言葉に、ウコンとハクが出会いがしらや別れ際にしてたやり取りを思い出した。ハクはにこやかに応じる癖に痛い力入れ過ぎだっていつも文句を言ってたな。羨ましいって文句を付ければ後で夫にしてもらえって放られたからハクの拳を握って勝手に拳骨、そしたらアンちゃんずるいってウコンが私とハクの腕掴んで三人拳ぶつけて、ぶつけられたハク共々痛いって文句をつけた。でも最後は笑っておしまい。
 楽しい、日々だった……
 少し目を閉じて思い出を脳内から追い出す。
「大抵ぐだぐだで終わってたよね」
「今は二人きりですからね。再現は無理ですがああいう関係には多少憧れもしたんですよ」
 思わぬ言葉に目をパチクリさせるとウォシスは肩をすくめ、気位が高くて同年代と酔いつぶれるのはハクたちが初めてだったのだと言う。心の袂(たもと)をまた一つ開いてくれたウォシスに提案した。
「もう一回する?同じ志を抱く友として」
「ええ、是非に」
 罵倒が返ると思いきや、志が何かまで明かさない私に突っ込みもせずウォシスは拳を繰り出した。志とは、ハクたちが穏やかに過ごせるようヤマト太平を目指すってあやふやな動機なんだが、本心との確証がなくてもが答えてくれただけ僥倖だろう。応じてくれたウォシスの好意が嬉しくて反対の拳を掲げる。万感の思いでそっと拳を当てて、互いに顔を見合わせ相貌を崩した。後はそれぞれの仕事に戻る。


 とりま帝の指示で環境整備をこなす傍ら式典の礼儀作法ついでに勉学を双子から教わり中々に充実した日々を過ごしている。礼儀作法の指導はホノカさん一同様だ(ウォシス含む)。経歴が立派すぎる方々に私は緊張しっぱなしで足を踏み転びあげく式典に使う鈴を落としたりでヘマばかりしている。皆優しいから(一名除く)一生懸命頑張った。
 忙しいと考える暇がなくていい、休みがないのはつらいけどいつかは休める日が来る。心から安らぐためにも早く上手くなろうと作法や式典の修練に励む。
 疲れはするが部屋に帰り即寝落ちする生活は悪くなかった。自責の念に耐えるだけより建設的な毎日を過ごしていると錯覚できる。
 未だ上流の生活には慣れないが、それなりに回せるようになり安心していたんだ。



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風と行く