36話 ライコウとの急な会談は準備不足で不発に終わる


※後半ジャンル移動や撤退に関してのマイナスな描写があります。批判ではありませんが苦手な方は読み飛ばして下さい。


 朝議を終え庭園に向かう途中、帝から遠征に関して注意事項を幾つか受けた。危険物が多く不用意に触れるなよとの忠告に同意し、不測の事態に対処できるよう遺物を求めれば使用許可も下りて一安心。しかし連れて行く兵の被害は気にせぬから好きにやれとの言葉に内心でドン引き、犠牲を最小にとどめよとの激励と曲解して承服する。ついでに同伴する将二人に作戦行程を話してよいか尋ねると了承を得たので、後日使いを出しミカヅチとトキフサに歓談を申し込んだ。遠征に関して打ち合わせがしたいと連絡を取ると是非にと返事が返り、使者を送りあい都合のいい日程を決める。

 当日、約束した内裏の一室に体調が回復したマリカを連れて予定より早めに赴くが、すでに二人は室内の壁際に待機していた。遅刻した旨を詫びると、逆に気が利かず申し訳ないと頭を下げられ気まずくなる。私の護衛に関しての情報が出回っているのか、体調が回復しはべるマリカを見て、元気になられて良かったですねと気遣う言葉も掛けられた。マリカ共々礼を言い後ろに下がらせて席に着く。用意した巻物状の地図を卓に広げ、遠征の流れと懸念に関しての打ち合わせに取り掛かった。
 作戦行程を秘匿して齟齬(そご)が生まれてはいけない。言葉をかみ砕いて説明する。
「遺物を使い空を飛ぶ、空中に留まる遺跡から危険なものを運び出し、あとは瓦礫ごと御業で処理する」
 被害が出ないよう処理するさい術士の結界術で封じて行うと続ければ、疑問もなく二人は頷いた。真摯な対応に私は後ろめたくなり、好きにせよと言われたから大丈夫だろうと胸の内で言い訳して、あえて隠した方がいい事情を明かした。
 帝が私に軍隊を付けたのは護衛もあるが、危険物を取りこぼす確率を抑えるために付けたのだと説明する。
 衛士は万一私がタタリ運搬に失敗したとき拡散するのを阻むために用意された壁だ。
タタリは聖廟並みに整った設備でないと処理できない。アマテラスで消せても都度動かせばヤマトの気温が急降下、遺跡処理どころじゃなくなる。
 なので周囲の衛星をハッキングして保険にする手段は取れない。未熟な私はまだそこまでの技術を身に着けれていない。そのうえで、もしもの時は自分達で何とかするしかなかった。無茶ぶりが過ぎるがやるしかないのが現状である。
 懇々と私は語る。危険物が地上に落下すれば衛士達が押し留め、その間に術師が結界を張り衛士ごと結界内に封じる。何が落下するか、疑問視する問いには答えはせず「帯同を許したのは部下を肉壁にするためだ」との宣告はさすがに想定外なのか、絶句した将二人に直視され圧迫感にただ耐える。文句が出るのは想定済みだ、辞退されても仕方ない。最悪そうなれば私の側近、護衛達を連れて行けばいい話だと内々でケリを付け、嫌なら断ってくれていい、罰しもしないと辞退を促(うなが)す。罵詈雑言覚悟で私は二人の反応を待つのだが……
 将二人は顔を見合わせると笑みを浮かべて光栄にございますとへりくだる。疑問点は多々あるだろうに、任務に御指名頂き誉(ほまれ)だと、どこまでもお供致しますと其々の言葉で応じてくれた。
 本心か否かは知らない。務めを果たせば文句もない。余計な心情は語らず念のために言付けた。誰であろうと死ぬ可能性は皆無ではない、部下含め遺書を用意した方がいいだろう、と。どんな対応が来ても受け止めねばと気負う私に反し、二人は微笑み常に用意してございますと再度頭を下げた。武人ゆえか落ち着いた振る舞いにこちらの方が気圧される。さすが八柱、情に厚過ぎる点を除けば彼等を柱に認めた帝の目は確かだと、改めて感じた。
 頼りにしているとなんとか取り繕い、去る両者の一方に呼びかけ帰宅を阻んだ。振り返るミカヅチに尋ねる。任務には危険がつきものだ、貴方の兄上はミカヅチを指名したことに難色を示していないか?と。つられて留まるトキフサは聞くほどではないと察したのか一礼し部屋を出て行った。最後まで貫禄ある態度を貫いたが内心でパニック起こしてそうだ。つついて恨みを買う真似はせず、去る背を見送る。
 護衛で傍に侍るマリカを含め三人だけとなった室内に少しの間沈黙が訪れる(オシュトルから付けられた二人は部屋の外で不審者が入らないよう見張ってくれている)。ややあってミカヅチは首を振り、この様な任務は日常茶飯事にございますと目を伏せる。兄は軍属に長くつくため難事とも思わないでしょう、と続く言葉に、気遣いは余計だと線を引かれたのを察した。だがここで退(しりぞ)いては接点を作れない。後々宴席や句会、予算会議で関わる機会があったとしても人目があれば親交を深めるなど不可能だ。
 私はうっかりが多い。ライコウが造反する可能性を潰したいが墓穴を掘り改善の余地を失くしてはいけないと、ウォシスから積極的な交流を止められている。確信を突く言葉を使えなくても一般的な交流は禁じられていないので、弟を預かる上司として一言挨拶がしたいと申し出た。
「二人は兄弟なんだろう?八柱の中でも貴方は若い。未来ある若者を危険な任務に連れて行くのだから御家族に断りを入れたいんだ。ほら、遠征の間は私が上司に当たるわけだし」
 詭弁である。挨拶は大事だが、成人男性のそれも同職の兄に礼を言うため呼びつける、というのはやはり疑念を生むのかミカヅチの顔が仮面越しでも分かるぐらい剣呑なものに変わった。目を細めただけで体感温度が一気に下がり、尻尾を巻いて逃げたくなるが私に尾はない。怪しまれる策謀がなくても、ミカヅチから見て同僚の元妻が上司である兄に接点を持ちかける、というのはよからぬ勘ぐりを生むと危惧したのかもしれない。
「……やはり余計だったか?」
 ミカヅチは口にこそ出さないが表情では肯定していた。だが断れば角が立つと気を使ったんだろう、一声かけてみますと応じてくれた。
「意外と思いまして、俺はてっきり……」
「てっきり?」
 言い淀むミカヅチは言わないのも非礼と腹をくくったのか、同期との仲を取り持つよう命じられると思いまして、と白状した。渋面の表情に私は苦笑しミカヅチの懸念を笑い飛ばす。
「帝の臣下を私事で困らせる気はもうないよ。迷惑をかけては逆に申し訳ない」
 なんて気どるけど、ライコウとの仲を取り持つために便座計るよう要請する奴の言えたことじゃないと思いもする。
 ミカヅチに礼を言い、ではまた後日と去ろうとするが、兄者ならこの時間は聖廟で職務に当たっていますと待ったが掛けられる。話が早すぎる、八柱は仕事早いのが選考基準なのかなと内心でパニクりつつ後日でいいと遠慮するが、今会われた方が早く済みますと反論されては否も言えずそうかと頷くしかなかった。では使者を送り返事を待ちライコウを訪ねると明言するが帝妹様を寄こす方が不敬ですと断られてしまった。
「俺が向かった方が手間が省けます。帝妹様はそこでお待ちを」
「わかった、ゆっくりでいいからな」
 その間にウォシスあたりに助言を請おうと企むが、ミカヅチの歩みは早く扉が閉じてすくに足音が遠のいた。
 話し合う時間もなさそうだと私は焦り胸元に隠し持つスマホを取り出してウォシスに助けを求めた。普段ならコール後即取るのに忙しいのか、十回目で電話がようやく繫がり、忙しいんですけどと不満そうなウォシスに大変なことがと呼び掛けた。私がライコウと接触する予定など頭からないウォシスは、また遺物壊したんですか?ネタ提供ならアプリに頼みます今文官通しで会合してたんですけどとたらたら文句を飛ばす。若干声音が弾んでいたから会議が気乗りしない内容で途中退席できてほっとしたのかもと憶測を付け、浮かぶ希望的観測を横にやり、私はごめんねと謝罪しつつライコウに挨拶する流れになったと打ち明ける。
 朗らかなウォシスの声音は一変した。一気に辛辣なものに変えて勝手な行動は慎んでくださいと言い捨てるが、見捨てるまでには至らなかったのか、内容を聞かれミカヅチを危険な職に同伴させるから挨拶を申し出たら了承されたと伝えると二言三言助言を受けた。
 叔母と明かすのは構わない、気づいても真相に辿り着かないよう種も巻いている。真相が何か尋ねると私たちが仲良しという点がそうらしい。右近衛邸にウォシスが訪れていたのは叔母に顔見せもかねてだが、叔母は趣味が同担でも見知らぬ甥に警戒して、帝室に関しても意見の相違から仲違(たが)い中と思わせているとのこと。
 大老は不出来な新参を見下げ利用する算段しかなく、対する私は気弱な性格から周囲に怯え隠れるように日々過ごしているとライコウに説明したそうだ。大正解である、事実と何が違うのか尋ねると、抑揚のない声でウォシスは答えてくれた。大老はアンジュ姫殿下擁立派で現状維持を望んでいる。私は帝弟信奉者で弟君さえ損なわなければ何でもいい雑食派閥と匂わせたらしい。雑食は酷いが事実そうだから訂正も出来ない。しかも私が嘘側じゃなくウォシスが嘘ついてるじゃん、私が姫殿下擁立派でしょと不満を零せば何もかも明かしては今後に関わりますと肯定された。反論など浮かびもしない私はそうですねと流すに留める。続けて辛辣なウォシスは一点のみ警告した。私たちが友人だと悟らせないよう気を付けて下さいといつになく真剣な声で言い含めるので茶化さず頷いた。
 気をつけると振り子のように首を振りまくっていると、タイミング悪く部屋の外、護衛の衛士から待ち人の到来を告げられる。続けて、御当人からも入室の許可を求められた。私はウォシスに謝意と礼を言い電話を切る。胸元にスマホを隠し、務めて明るい声で入室の許可を出すが表情は自分でもわかるぐらい半泣きで、心配げに見つめるマリカに大丈夫と空元気を張り開けるよう促した。なる様にしかならないと腹をくくる。
 マリカが扉を開くと入室したライコウは一礼し颯爽とこちらに向かい、腰を上げた私の前で立ち止まると名乗りを上げる。
「本日はお忙しいところお呼び頂き光栄にございます。我はライコウ、要望に応じ馳せ参じました」
 今日も堂々とした佇(たたず)まいで格好いいが正直怖い、敬語なのがなお怖い。卓を挟んで立つ男はオシュトルとはまた違う美青年っぷりで、あちらが整った顔立ちの男前だとすればこちらは綺麗系、惜しむらくは眼光が鋭すぎる上に口がへの字で近寄りがたさマックスな点だろう。嫌味を若干感じたがそれは私の性格が悪いせいと解釈して聞き流した。
 ライコウは長身のくせに襟(えり)を立てるから原作で見かけるたびに変な笑いをこみ上げたが、話が進むごとに笑う余裕も消え去り、きつい展開に胸を痛めていたっけ……等とそれる思考を引き戻して改めて目の前の男を見る。怖すぎて後ずさりしたくなるが我慢だ。来いと迎えた側が礼を欠いてはいけないと、無理矢理口角を引き上げて着席を薦めた。
「忙しいところ呼びつけて悪いな。遠征に関してミカヅチの実兄に伝えておきたいことが二三あって声をかけた。席に座れ、茶も出せずすまない」
 私は威圧感さえ感じる姿から生じる怯えを笑顔で押さえ来訪を歓迎する言葉をかける。着席は断られたが去る気配がないので話を続けた。今度の遠征で帯同するミカヅチの働きに期待している、兵や弟御も無事に返すよう全力を尽くすので今後ともヤマトのために尽力してくれとエールを送ったのだが……
「弟から話しを聞いているので挨拶は無用です。兵をまとめる将が危険に身を置くなど当然のこと。帝妹様がわざわざ出向かれる要件ではありません」
「常識知らずで悪いな、手を掛けた」
 なら何故応じたと浮かぶ不満を押し込めて謝れば、ライコウはいえと首を振り視線を私に戻すと宣言した。
「申し訳ないのですが、貴台に組する気はありません。それを伝えに参りました」
 ……静かな目線で目論みごと切って捨てられた。ウォシスが情報を売るとは思えず、こちら陣営に取り込みたい欲求を見抜かれたのはどこかで間抜けな失態を侵したためか。正直失態しか侵してないので見限られるのも当然だなと自嘲して動揺を飲み込み、滑稽を承知で道化を装った。
「おかしいな? どの勢力に付くか聞くために呼びつけた訳ではないのだが」 
「貴台にその気がなくとも近づけば蠅(はえ)どもが噂します。新参が今度はアレに媚びを売っただの勢力図を変えようとしているだの、戯言が煩わしく俺の配下にも職務に身が入らない者も出てきました。迷惑極まりない」
 敬語でも明らかに私を非難する物言いに反論するのは簡単だ。でも切ればそれで終わってしまう。親密は無理でも企みを躊躇わせるほどの親交は重ねたい。私は会話の糸口を見つけようとライコウの苛立ちにあえて軽く乗った。
「迷惑を掛けたのは悪いと思っている。こちらも帝の臣下達を騒がせる気はないのだが目につくようでな、難儀している。目に余れば今みたいに気軽に進言してくれると助かる。もちろん一層気を付けはするが」
 ライコウの訴えを聞くくせに承諾する素振りも見せない私に失望しさようなら、でも後日会話を重ねて謀反を起こすのを撤回する流れを想定して応じたが、ライコウに立ち去る素振りはなく首を振られてしまった。
「貴台を責めてはいません。諫言を申したいのです」
 智謀の回るライコウがただの進言で留まるとも思えない。意図がどうあれ聞いた方がいいと姿勢を正し先を促す。
「貴方の忠告を聞き流す馬鹿はこの国にはいない。聞こう、どのようなものか」
「有象無象がどうなろうと俺は気にはなりませんがあえて申しましょう。貴台は苛烈に振る舞うべきかと。また女官どものような輩が出ないとも限りません。愚か者どもは都度叩きなおすのが最適です」
「……ただ挨拶するだけのつもりだったんだけどな〜」
 表面上平静を取り繕えたが心の内では動揺が勝った。情報の早いライコウのこと、先日の醜聞を密偵から把握済みなのは承知していたが、こうも明け透けに聞かれるとは思わなかった。
 女官の件は雑談交じりで明かしていい情報とは思えない。狙いは何だ?もしや喧嘩を吹っ掛けられた?乗る気はないが秘匿された事件を蒸し返す物言いに素っ気なく流せば探りを入れられる。
「貴方にその気がなくとも周囲はそう見ない。覇王を恐れはしても近いお立場の方に隙があれば付け入る者が出るのは帝妹様とて簡単に予見できましょう」
 やっぱり非難された。挨拶一つで曲解する者たちの認識変える方が先じゃない?なんて憎まれ口を考えはしても、周囲に働きかけるより私が動いた方が早いと見て声を掛けたのかもしれない。その判断ご尤も。なので大きく頷いた。
「私が悪いのは分かっている、おまえにも迷惑をかけた。誤解を受ける振る舞いは慎むよう気を配ろう。兄の足を引っ張りたくもない。忠告礼を言う、手を煩わせ悪かった」
 私に非がありますよーごめんなさいねー、的な態度で一礼すればライコウは顔を上げるよう促してくる。言われるまま顔を上げると寄せた眉根が更に寄り機嫌を損ねたのを察した。何が地雷かわからず困惑する私に反し、ライコウは顔を顰めはしたものの敬う態度を崩さない。
「……謝罪は無用、貴台は立場を考えず軽率に振る舞いがちだ。頭を下げられる謂れは我にはない」
「諌言を申し出るのは勇気がいる。手を煩わせた苦労に報いるためにも過ちを侵したなら謝罪すべきだ。そこに身分は関係ない、と私は思うぞ」
「聖上は誤らぬ」
 私の話をしてたんだよね?と訂正しかける衝動を飲み込む。流れを変えるのはマズい気がした。聖上の判断が正しいかどうかなんて考える民はこの国にはいない。少数存在するのは把握済みだが現人神の正誤を検討する会話は誰かに聞かれるとマズい。難しい話題を提示したのは、何か考えがあってのことだろう。私の利になる問答は歓迎するがそうじゃないのは大体察している。うんと頷けば不忠とみなされ顰蹙(ひんしゅく)買うし、否定すれば真贋を見抜けぬ愚か者と内心で見切りを付けられそうだ。濁すのが正解っぽいがあいにく地雷がわからない。私は言葉に詰まりえっとねと濁した。 
 即興の問答で勝てる相手とは思えない。私に何か確認したくて話を振ったと解釈して、乗りたくはないが、この機を逃せば懐柔を試みる機会はないと腹をくくる。反論しようと口を開くが敬語では上手い返しを思い付けず、たまらず提案した。
 タメ口聞いていい?と尋ねれば言葉の意味を聞かれて認識の違いに驚く。タメ口は人間の用語だから言わない方がいいと心にとめ言い直した。市井の者のような口をきいていいか尋ねれば、察してくれたんだろう、公的な場でない限りお好きにと目を伏せるので話しやすい口調で返答する。
「だね、国のトップだもん、王様が間違えたら民が困窮するもんね。絶対ないってことにしとかないと統治に甚大な影響出るからそういう建前が必要……ってのは私も知ってるよ」
「過ちが過去にはあったと?」
 それは統治に関してか私事に関しての追及か。簡単に応じれば帝室を損ねると判断し、即答せずそうだなあと濁し塾考するが心の内は別である。おそらく帝の政策に大きな失策はなかったが、私事に関しては過ちが勝る気がする。ウォシスとか双子とか。代々ホノカさん継承させるってエゴと執着煮詰まり過ぎて過去原作呼んだときドン引きしたし。一抹の悲しさも感じたけどさ。どれだけ時が過ぎても奥さん忘れられなかったんだって切なくなったわ。次出た過去編で現れた教皇にひっくり返ったけど。奥さんに一途でいてほしかった。その教皇も代をまたいでもホノカさんそっくりな姿に、業が深いと胸を痛めたっけ。私はオシュトルに一途だけど帝の気持ちが分からなくもないんだ。原作通りの展開になったらオシュ似の亜人作ってウハウハよ、とやけくそになってた自分の言えたことじゃないしね。
 私は物思いから浮上し、こちらの動きを一瞬でも見逃すまいと注視するライコウに微笑んで虚勢を張る。 
「まさか、たとえ話にすぎないよ。仮に間違えたとしても臣下が矯正かけるからあり得ないでしょ。兄は現人神で下々が気軽に声を掛けられる方じゃない。国の建国者だしね、粗略に扱う方がおかしいわ」
 違いないと呟く隙を見逃さず、平坦な口調で愚痴る。
「ただ私は兄と同類っぽいからさ、妹目線で色々思っちゃうんだよね。兄さん頭固いなあ、こうした方が良かったんじゃない?……ってな具合にね。当事者でもない者が後から口出しするの良くないって分かりはするんだけどさ」
「内省できるだけ帝妹様は見込みがありましょう。世の貴人は己の不出来を省みず下々に押しつける者が多く見受けられます」
 ライコウは微笑み取りなす言葉まで掛けてくれた。内情はおそらく違うだろうが、利用価値があれば表向き服従する態度で接してくれてありがたい。ふうっと嘆息した私は椅子に腰かけ、深読みすると心の内で調子に乗ってます!的な態度で机に肘を付き、顎を手の甲に乗せて会話に興じる。
「買いかぶってくれるな、私とて苦手分野はある。むしろ苦手な方が多い。」
 どの分野かまでは明言せず、弱みが多い帝室の頼りない末席と印象づけるために、一二三と指を振り数える仕草をとる。
「帝も私から見たら、短所になりそうな長所があるんだよね〜」
 見据えるライコウの瞳に苛立ちが覗いた気がした。最後に上げても尊敬する主を貶める単語は不興を買うとまた無駄に詳しくなった。
「気が大きすぎないだとか、心配性勘弁してほしいなだとか……」
 取るに足らない問答と受け取ったのか、ライコウか宥(なだ)める言葉を掛ける。
「御血縁が数えるほどしかいないのです。血がつながらずとも親しい方を案じるのは当然でしょう」
 姫殿下と指定しない言葉にウォシスの弁の正しさを知る。打ち明けたんだ、ライコウの信用を得るために。ウォシスが帝に連なるものと示す言葉に突っ込まず、定型句を答えるライコウに視線を戻し一拍おく。息をこっそりのみ平静を装いつつ私は水を振った。
「……よく、見逃せるなあ、なんて」
「何がでしょうか」
 釣り絵に得物が食いついた。だが正しくは逆かもしれない。ライコウが放り投げた糸を見抜けず絡まりにいったとの表現が正しいだろう。得物はライコウのようで私だ。歓談する意図が見えない相手と親交を深めるのが目的なのに、好機を見過ごせず飛びつくのは愚行そのもの。神が聞いて呆れるわ。挨拶に留めるってウォシスとの約束破ってごめん。後で謝ると脳内で苛立つウォシスに手を合わせた。謝る機会があればいいけど最悪弁解の余地なく切り捨てられそうでははっと笑ってしまう。私も亜人と変わらない欲深い生き物だなと内心で自嘲し、不審げなライコウの視線に口角をあげて誤魔化した。
「さあ? 私は気が小さいから色んな事が目について、どれがライコウの言う何かなのか、わかんないや」
 視線をライコウから逸らし席を立つ。心配げにこちらに視線を寄こすマリカに大丈夫だからと念じ、部屋の隅、飾り棚に置かれた白い鉱石を手に取った。
「夜光石って便利だよね」
 仕掛けはないと示すためにライコウに向き直り指で表面を滑らせると、知らず汗でも滲んでいたのか、白く淡い光が撫でた箇所に灯る。ライコウは私から目を逸らさない。見つめあう先で水分が足らないのか光は瞬く間に虚空に消えていった。
「どこにでもある明かりにすぎませぬ。市井にいたならばよく目にしたでしょう」
「そうだね、でも私が一般人だった頃には存在すらしなかったものだ。綺麗で儚い……」
 飾り棚に石を戻し元の席に腰を下ろす。ライコウは沈黙を保ち静観に務めている。私が相応しい振る舞いをとれなくても、ライコウが留まるのは興味を失っていない証拠だ。挽回する機会はまだあると己に言い聞かせ話を続けた。
「ヤマトはさ、いい国だよ。娯楽も多いし作物もよく実る、人も暖かい……でもさ」
「とっても不便なんだよね」
 勿体ぶる言葉にライコウはこれといった反応を見せない。先を促されていると私は受け取り、懐柔するために言葉を尽くした。
「夜の灯りとりに一々水張るの面倒。水汲みに井戸が必須なのも面倒。手紙のやり取りは頻繁だわ、送るのにも人を寄こして数日待って、遠方ほど危なくて下手したら届かず音信不通とか不便極まりない。人命が軽視されがちなのも理解しがたい」
「動機はわかる。民の自立を促すのも結構だ。だが兵を動かすのは許せない」
「貴台が何を仰りたいのか、我にはわかりかねます」
「わかるだろ、お前が隠しているアレコレそれについてだ。独り言と聞き流してくれても別にいいがな」
 正直聞き流されても困るが事なかれ主義で泳がせて手遅れになる方が困る。即興だが言葉を選び、私はライコウの説得に取り掛かった。熟考し時間をかけて攻略したいが相手は知将だ。返答に時間をかけるほど数段先んじて思考を巡らす機会を与えてしまう。時間だって多分ない。ライコウは内政や軍事だけでなく有望な若者に私塾を開き教鞭をとっているとも聞く。多忙でおまけに秘密裏に軍事開発を試みる男が暇なわけがない。上の要望だから角が立たないように応じてくれたんだ。手短に話を終わらせないとと私は急ぎ畳みかける。
「仮面は嫌いだ、命を削らせるのは辛い。だがアレがなければ国防を維持できなかったのも理解している」
「仮面を使わず国を保てるならば、個々を統制し統治する貴方の展望を私は見逃す」
 ライコウは無言を貫くが眼力が増した気がした。怖気づくが気圧されては会談を臨(のぞ)んだ意味がない。反応がないのをいい事に私は空元気で明るく代替え案を提示する。
「変わりと言っては何だがアンジュと殿下は見逃してくれ。聖上ほどの王権が維持できずとも祭祀を執り行う立場なら、貴方の理想と対立はしないだろう」
 象徴的な立場ならなお良しっ!と軽快に言い切り、親指を立てグッジョブを送るがやはり何の反応もなく、すごすご卓の下に両手を戻し相手の出方を窺う。盛大に滑った。軽率な振る舞いを控えると宣言してこれだと内省し、せめて態度だけでもらしくあろうとライコウに視線を戻すと眼光の鋭さにビビり目線を横にやりたくなった。口を引き結び我慢が肝心と逸らすのに耐え相手の反応を待つ。
 私が生きた時代、現代の皇族は象徴的な職務が多かったように思う。神事含め被災地の慰労や集会に出席されたとよくテレビで見かけた。政治に関して私が知っているのは、会議で国内の政治を決め、多数決で取ったものを総理大臣がゴーサイン出して、最後に陛下がハンコを押して実行に移される……程度の理解しかない。
 民主主義の欠点は少数が切り捨てられる点にある。逆に独裁の怖いところは権力を握ったものが好きにふるまいがちで、権力者がかじ取りを間違えれば総倒れするのが嫌な所だ。民主政治も国民全員馬鹿になれば愚行政治で突っ走り、共倒れする恐れもあるので一概にどっちがいいとも言い切れない。
 強いて選ぶなら、私の中では民主政治に軍配が上がる。多数決に慣れ切った私からすれば一人に大きな責任が被さるより、皆で選んで責任もとうぜ、放棄する自由はあるけど後から文句言うなよ的な政治の方が親しみがあった。名君が永遠に顕在するなど有りえない。帝は例外だ。今のヤマトに不満はないので、帝が生きてる間は帝を筆頭に、臣下の方々が上手く政治を回してくれれば言うことなしだ。他力本願極まりないのはわかってるから、後顧の憂いがないよう末席は今日もひっそり生きてるんだけどね。ライコウに目を付けられてしまったなら仕方ない。危険視されないよう状況の改善を試みているのだが、ライコウさんなんか返事もなく睨んでくるのが怖すぎる。
 現代での生活は曖昧な記憶しか覚えてない。いざそういう状況に鉢合わせたとして、助言を求められるケースも考えられる。可能性は低いし何をどうすればそうなるのか見当もつかないが、助けを乞われれば助力は惜しまないつもりだ。遺物の行使をライコウは嫌がりそうだから毎回尋ねる必要性はあるが、原作通り進んでハクが死ぬよりマシだろう。一向に反応がないライコウにやきもきしつつ物思いに浸る。祭祀に務め体裁のみ王権維持して象徴的な立場でいるなら双方納得できると思うんだよね。現に聖上は政治部下に丸投げして自分は環境整備や国内に異変ないか聖廟使って遠隔パトロールあと修繕ぐらいだもん。大きな決め事は勝手に決定してるっぽいけどそれだってよほどの事態でないと動かないし、姫殿下は自分が帝の跡を次ぐと疑わず八柱含め臣下一同表向き従う姿勢を見せている。この状況で体制に異を唱えれば袋叩きは目に見えている、だからライコウは私に話を振ったのかな?
 でも仮にライコウが私の案を飲んだとしてだよ、その場合私の扱いはどうなんだろうと益体もない考え、行きつく結末に心が沈んだ。宮家なら有難いが、無駄を嫌うライコウのこと、血縁でない者は不要、とか難癖付けて放逐しそうなんだよねえ。追放はまだマシかな、最悪暗殺ですかね?その場合は子供だけでも逃がしてやりたいなとビクつき算段を付けていると、怖いぐらい無反応で視線だけ寄こしていたライコウがやっと口を開いた。
「何を指しての御言葉か見当もつきませんが、仮に貴方様の言葉が正しい前提で聞かせて頂きたい」
 何ですかね?
「帝妹殿下は御子を守るために殿上に上がられたはず、何故条件から外したかお答え頂きたい」
 そりゃあ優先事項が他にあるからだよ、と返事を求めるライコウに答える。
「荒ぶる片割れは死が約束されている。私が滅するとき諸共に消し去るつもりだ。無事な方は外に出して問題がなければ子の望むようにする。帝室に留める気はない」
「御子が姫殿下の立場を望まれれば如何致します」
 一度は考えた顛末を提示されて、聞かれた際子供に返そうと用意していた言葉で反論した。
「ありえない、直系は姫殿下だ。もし望んだとしても道理を弁えろと説教して終(しま)いにするさ。ここは兄が建国した国だ。ポッと出の、それも新参の子が帝室を継ぐなど道理に反する。民とて望みはすまい。姫殿下は臣下共々ヤマトの民に愛されているからな」
 そうだろう?と同意を促せば道理にございますとライコウは軽く頷いてくれた。ほっとして気がそれる脳内で、子供が生まれた後のことを夢想する。オシュトルに似てほしいな、平凡な私に似たら苦労しそうだし。ネコネちゃん似の淑女になれば気性が激しくて抑えるのに苦労しそうだ。仮に似たとしても聡明な点を受け継げば多少楽にはなるだろうが。ネコネちゃん似なら将来就く職は書籍に関わるものがいい、オシュトルに気性が似れば礼節を習わせ使者として各国に派遣するのもありかもしれない。私に似れば……ぐ〜たらで将来難儀しそうだわ。そうなれば遺物の知識を叩きこみ気象関係の雑務を任せるのもありかもしれない。どのみち帝関係者との話し合いが必須で自由に決めさせてあげられないのが悲しいところだが、子の将来を考えると暗雲ばかりでもない気がしてきた。ウォシスが許嫁に立候補してるしね、道を外す兆候があれば上手い具合に強制してくれるでしょうよ。ウォシスは外しかけてたけど。益体(やくたい)もない考えに心を飛ばせば気持ちが多少楽になる。楽になりついでに冗談をライコウに振ってみよう。
「どうせなら、世間の荒波に揉まれて来いと送り出すのもアリかもしれない。その時が来れば頼もうかな?」
 絶対にないけどね。ウォシスみたいに誤解されたら困るし。だがライコウは高をくくる私に反し思わぬ言葉で一石を投じた。
「我には荷が重いかと。御子が成人するまでに八柱に在籍が適うとも思えませぬ」
 ……耳を疑う。ライコウ関係で危うい話は聞いたことがない。子守を嫌い八柱の籍でふるいを掛けたと見て、私は慌てて取りなした。
「冗談、貴方ほど先見の明が優れる方を蔑ろにする馬鹿はいない。失えば相当な痛手となる。何か困っているならば力になるぞ?」
 今困らせているのは私だけどな!なんて自嘲しつつ話を振ると、ライコウは目を伏せ冗談にございますと流した。惜しんで頂き光栄にございますと礼を尽くすので藪はつつかず安堵した風で会話を続ける。
「子供を預ける話は本気にしなくていい。こちらの方が至らな過ぎて気後れするし、生まれてすらいないんだ。いずれの話ではあるが、誰に預けるかは物事の判断が付く頃に決めればいいだろう」
「我は、軍属には適しません」
 的外れな指摘に私は当惑した。反論しようとして相手が何を言おうとしているか何となく察する。誇る武勇がなくても、知識だけで八柱に上り詰めた男の努力は買うべきだし蔑ろにしてはいけない、尊重すべきだと心を固くし擁護する。
「子を軍属につかせる気はない。私に似れば虚弱で勤めも果たせぬだろう。貴方ほどの智謀を得る確証もない。単に、生きる知恵が身につければと案じただけなんだ」
 腹に目線を落とし、知らず撫でようとした右手を中途半端な位置で制止する。ポッドに出した張本人が一瞬でも子の不在を忘れるなんて、おかしなものだ。苦笑して、かざす手をお行儀よく膝の上に戻した。
「子供には何の苦労もなく平穏に生きてほしいと願っている」
 親のエゴここに極まれりだなと自嘲すると意外にも追随を掛けられた。
「そしてひな鳥は、自立する機会を失い地に落ちるのだ」
 ……話に乗ってきたな。何が琴線に触れたかは知らないがこの好機を逃す手はない。竜の逆鱗かもしれないが見逃しひと時の安穏を手にするより、振られた尻尾に飛びつき反乱の芽を断った方が理に適う。急いて事を仕損じなければいいがと冷や汗をかきつつ、主君の縁石の将来を悲観すると見せかけてヤマトの未来を憂うライコウに釘を刺した。
「飛び立ってほしくはあるが、飛べないから即死ぬ訳でもない。無理なら別の生き方を模索すればいい話だ」
「飛ばぬ鳥にどのような価値があると仰るのか」
 こちらを射貫く瞳に、視点を変えれば別の生き方もあると卓に両肘を付けて提案する。
「価値はあるでしょ、飛べないなら生きるすべを変えればいい話だ」
「鳥は鳥以外にはなれませぬ」
「知ってる。何も他の動物になれと無茶を言う気はない。生き方を変えればいいと提案しただけだ」
 ライコウの表情が訝しむものに変わった。鳥は道具を扱えませんとの進言に意思疎通できてないことに気づいた。ライコウは飛べなければ死ぬしかないと思っているのかな?鶏は知ってても家畜で終わるなんてと忌避(きひ)してそうだし。
 歩けばいいと私は豪語する。飛び立てないなら走る、泳ぐ、自活する道を促せばいいと知らず拳を握って熱く語った。
「飛べない鳥は色々いたんだ。そういうのは別の特技を伸ばして私が生きた時代に繁栄した」
 遺物を使っていいか尋ねればお好きにと答える。私は人差し指で宙を切りスクリーンが表示されるのを待つが現れず、あれ?と首をひねり気づいた、聖廟の機能は聖廟内でしか扱えない、ここは内裏だ。急ぎ控えるマリカに、スマホを高官に見せても大丈夫?と尋ねれば了承されたので、懐からスマホを取り出し聖廟にアクセスを試みる……成功だ。該当する鳥類の映像を検索し表示させる。私が遺物を携帯するとは予想しなかったのか、微かに瞳を見開くライコウに少しだけ胸がすく思いがする。内情を顔に出さないよう気をつけないとと素知らぬ顔で画面をタップした。年代を指定し現れたのはペンギンにダチョウなどの飛べない鳥ばかり。端に表示された派手な大型の鳥類はヒクイドリと言うそうだ。今も存命するか確認しようと記述に目をやるがどれも人類と同時期に絶滅したと占められている。悲しくはあるが仕方ない。純血種は絶えたが他の鳥類と交雑し血筋のみ今は受け継がれているとの記述を見つけてほっとする。
 言葉にせず喜色ばむ私に反してライコウは静かだ。これを見てほしいと画面をライコウに向けるが、珍しいだろうに映像に目をやらず、いや一瞬だけ眼球を動かし映像を確認したが関心は買えなかったのか、すぐに視線を私に戻した……気まずい。仕方なく、ライコウの挙動を無視して映像に関しての補足を付けた。
「この鳥たちはかつて地上に繁栄した生き物だ。それぞれ適した場で生き大いに繁栄した。泳ぎに特化したもの、脚力を発達させ地を高速で移動し肉食獣から逃げ切るもの、逆に発達した脚で外敵を屠り身を守るもの、様々な手段を用(もち)い生きていた。飛べずとも身を立てる方法は幾らでもある」
「かつてと言われましたが今も現存しているのですか?」
 記述を検索し詳細を調べる……人が滅びた後も何度か衛星の監視網に確認されているが純粋種は途絶えていた。ヤマトやトゥスクルの生物と交雑し子を成した事例は確認できたので、血は滅んでいないと明言を避ける。
「ウォプタルに名残がある。当時の姿でなくとも、太古の血は彼らの中で生きている」
 それだけで大体察してくれたのか、ライコウは数秒口をつぐむと別の視点で切り込んでくる。
「鶏はヒトの保護無くして生きられません。飼われるだけの家畜に何の意味があるというのでしょう」
「あるでしょ、おかげで私たちは美味しくご飯を食べられる」
 お肉はご馳走だと補足すればライコウから無言の圧を感じた。貴様の食欲なんざどうでもいいって?食べるために時期が来れば殺す家畜を生きる範疇に加えたくないと言いたいのかもしれない。いやいや、大事なことですよ。
「ヒトに重宝される生き方を選択したのが彼等だ。私たちが消えればまた相応しい生き方を模索するだろうよ」
「発見に至らぬ確率が高いかと。家畜は万民の腹を満たすためだけに作られております」
「鳥の努力を頭から否定するな」
 飛び出た本心に青ざめる、失言だった。ライコウが謝罪の弁を述べ頭を下げるのに私は慌てて制止を掛けた。こちらの失態が勝る悪かったとペコペコし更にライコウの不興を買ったのをなんとなく察した。冷や汗は緊張から茹(ゆ)であがり私を苛むが圧に負ければすべてがご破算だ。半ばヤケクソ気味に脳内で活を入れ、何故その発言に至ったか私見交えライコウの説得に取りかかる。
「全ての鳥が最初から最適な環境で生きられた訳じゃない。外敵から逃(のが)れ戦い、代を重ね選んだ形態がこれだ。何をどうして哀れみを感じたかは知らないが、自由だから幸福という訳でもない」
「飼われるからこそ安定が得られると?」
「話が早くて助かる。そうとも、最後に食われるとしても飼われれば種の安全は保証される。逆に飛び立つ自由を得たとしてだ、どこで尽きるか分からない人生は気も休まらず難儀するだろう。もちろん保護される道にも不自由はある。出る杭は打たれるというやつだな。太れば目を付けられて食われるし鳥ガラは餌の無駄と屠殺されかねない。鶏ガラ代表は誰だと思う?」
 話を振るとライコウは窘(たしな)めつつ歪曲的に答えてくれる。
「官僚は鶏ではありませぬ。その様な物言いはお控えくださいますよう進言いたします。また、貴方様を畜生扱いすれば聖上の怒りを買いましょう。御戯れは程々になさいませ」
 私は気を付けると笑顔を装うが背筋を冷やす物言いに肝が冷える。ライコウから見て悪い鶏ガラ代表が私だと宣言されたっぽい。ないと思いたいが、またとの表現から畜生扱いされてると誤解して敵対フラグ成立済み……なんて事になってないといいなと涙目で思考を脇にやり言葉を続けた。
「善処しよう、だが選ぶのは人だ。帝は最低限敬(うやま)いさえすれば選ぶ自由を保証されている」
 本当かどうかは知らんけどな。口から出まかせでごめんね。民を愛し自立を見守るのは多分当たってるかもだけど、敵対したり面倒ごと呼び込みそうなら切って捨てる薄情さがあるのは口にしない。世の中には知らない方がいい事が多過ぎる。
 敵対しない宣言がこれで通じたかな?……無理かな、相変わらず眉根寄ってるし。確信に近い言葉使いまくったけど明言しなかったからきっとウォシスは許してくれるよねと希望的観測から意識がそれる。なに余計な仕事増やしてくれるんですか?って青筋たてて詰問される展開しか浮かばないや。嫌味聞きながら礼儀作法の指導うけるのきついんだけど、辛っ……
 滑りまくる口に内心で戦々恐々しつつ何とか笑みを浮かべて無言のライコウに相対して数秒、やっとライコウが本心っぽい笑みを浮かべる。口角ちょっとしか上がってない、怖すぎる。
「民を、鶏に例えるものはそういない」
 そうなの?と応じて発した言葉の地雷に気づく。食い物宣言してるわ。上に立つ奴が導く民を美味しいチキン扱いすれば問題になる。
 謝罪を口にすれば豚扱いよりマシでしょうと流された。豚(ブルタンタ)は美味しい、どうして鶏より下に受け取るのか考えて、七光りと直結してるからだと納得した。
 豚の有用性を誤解されては困るから(ライコウに限ってそれはないが念の為にと意気込んだ)私は講釈を簡単に垂れた。豚は雑食性で汚いと思われがちだが何でも食べるのは綺麗好きで汚れを嫌うからだと訴えた。続けて、筋肉を付ける栄養素が豊富で疲労回復に効果的な成分も多く含まれているため見下すのは辞めてほしい、むしろ率先して取るべきだ、ただ過ぎれば肥えるから適度な量を食すのが最善だと熱弁すると、腕を組みじっとこちらを見据えていたライコウから一つ提案がなされる。
「我々は豚の有用性について話し合っていたのでしょうか?」と。
 はたと気づき映像を消したところで、そうじゃなかったと私は頭を下げた。相変わらずライコウは謝る必要はないと首を振るが、何度も交わす会話にうんざり気味なのか苛立ちが輪郭から覗いて見える……気がする。
「羽ばたくのを望みはしても固執はしていません」
「してるじゃん、生きる手段は山とあるのに一例すら上げずに反発ばかり」
 やば、また失言した。睨むライコウから矛先をずらそうと私は虚空を翳す指で切った。
「最後にこれを見てほしい。少し変わってるんだ」
 該当する鳥類の映像を検索して画面に映(うつ)す。一見黒い鴨(かも)でしかないが並ぶ神代文字が特徴的な違いを綴っている。
「オニオオバンと言う。雛の内は飛べるけど大人になると飛べないんだ。理由は体重が重くなるからとここに書いてある。野生で生きてるのにね、彼らには飛ぶよりも大きくなる方が生きる確率が高く見えたのかもしれない」
 映像を消してふうっと息をつく。
「自立結構、先行きも見えているだろうが幾つか忠告しよう」
「必要ありません」
「聞け、戯(ざ)れ言(ごと)を聞き流すなど官僚ならお手の物だろう」
 ライコウの返事を待たず一方的な忠告を私は投げつける。
「性急な改革は反発を招く。民は私達が思うよりずっと愚かだ。私の歌が巷(ちまた)で受けているのを知っているか?」
 頷く姿にやはり密偵から情報を得ていたと再確認して冷や汗が頬を伝う。私の素性までは探れなかったと辺りを付けるが身の振り方には注意しなければと身が引き締まる。
「……結構、話を戻すが愚かな者達が集まり恐慌状態に陥ればあらゆる惨事が生じかねない。揺り籠(かご)ごと赤子を引き裂くのは看過できぬ」
「想定済みです、どのような事態が起きようと我はヤマトの難事を退(しりぞ)けましょう」
 胸に手をやり自信に溢れた出で立ちにライコウじゃないキャラを一瞬重ね見てしまった。人によっては歴史上の人物や近い誰かを重ねたかもしれない。私が読んだ好きな作品にも、いい奴悪い奴様々いて、姿形内面も異なるが傲慢なキャラには必ず一つの共通点があったように思う。
「その慢心が多くの権力者を殺してきたんだ……」
 呟く言葉にライコウは乗らず沈黙をもって話を促す。
「私の素性がどんなものか知りたくないか?」
「御身を探るは不忠と帝より釘を刺されております。試すような物言いは辞めて頂きたい」
 帝直々に秘匿される立場というのは誇らしいが、言葉にされると私の言動一つで大局に多大な影響を与えそうなので恐ろしい。
 更なる釣り餌を賢く無視するライコウに撒き餌を投じる
「歓談に応じてくれた礼に一つ答えよう。私が知る限り数えるほどしか残っていない。それがとても嘆かわしい……」
 仰々しい態度にライコウはやはり乗らず沈黙をもって答えを返す。嘆かわしいと言えば、と私は呟き自分の腹に視線を落とす。痩(や)せたいのに痩せられない現状を愚痴った。
「成長したら飛べなくなるなんて悲劇だわ。私は食が細いとよく言われるけれど、それらしい見た目になりたいのに上手くいかない」
 亜人ほどではないが以前と比べればかなり食べられるようになった。その分動くから筋力分の加重が加わるのも理解できる。見た目がね、変わらないのが辛いんですわ。
「瘦身が美徳なのは分かるが過ぎれば心身を損ねる。この鳥がヤマトの民に知られるのはマズいな。悪い見本にされそうだ、重すぎるから飛べなくなるって」
「帝妹殿下は過保護なのか柔軟なのか、それとも相当の馬鹿なのか」
 多分話を切り上げたかったのに再度会話をぶり返したからか、苛立たし気に首を振るライコウの珍しい態度に突っ込みはせずに流す。これはアレだね、多少不躾に扱ってもいいランクに下げられちゃったね。別にいいけどさ、そっちの方が気が楽だし。
「放任と言うべきじゃないかな? ある程度導かねば適応もできまいよ」
 何事も過ぎれば毒だ。
「ちなみに私が生きた時代の鶏は理論上飛べたそうだ。重すぎて飛ばないから痩せれば飛翔も可能だと草紙で見たぞ。あとその気にさせるのも大事だとな。飢えた鶏を水際に追い込み狗に追わせれば必死で飛びはするだろう。どこまで滑空できるかは知らんがな」
 先祖返りした個体で試すのが一番だが逃がすのは惜しいし食べるなら太い方がいいと雑談を振る。しかしライコウは話に乗らず俯き呟く。
「……元は飛べた鳥、ですか」
「適者生存だ、彼らにはそれが最適だったんだろう。試すなよ? 太らせて食べる方が理に適う」
 他に適応した種が知りたいかライコウに尋ねた。続けて私は頭が良くなく調べるのに遺物を使わねばならないと注釈を付けると疑問が飛んでくる。
「情報は確かでしょうか?」
「眉唾の話がないとは言い切れない。だが聖廟に保管された情報は神々が確かめ事実と確定したものばかりだ。現に私も、泳ぎに特化した種や尋常ならざる速さで掛ける鳥を何度か目にしている。出所がどこか聞かれれば困るが気になるなら聖廟に残るデータを見せよう。情報の正誤が確かめたいなら帝に問う以外なく、それも無理なら自身の判断に委ねるしかない。ライコウの好きに受け取ってくれ」
 情報の出どころは動物園やテレビです。今となっては懐かしく感じられる遠い過去ですね。学校行事や家族のイベントでペンギンやダチョウを見てきゃいきゃい騒いでた時期が私にもあったんですよ。成長したら付き合うのが億劫になり留守を宣言して両親に連れられはしゃぐ弟妹達を喜んで見送ったっけ。
 家族と出かけるのもっと付き合えばよかったな……なんて今更悔やんでも後の祭り。少しだけしゅんとするが帝妹様と呼び掛けるライコウの声に意識を切り替えて顔を上げる。
「我は政務がありますのでご都合の良い日に窺う機会がありましたら、情報の提供をお願いするかもしれません」
 ……受け入れられるとは思わず呆けてしまった。帝妹様?と問う声に意識を取り戻し慌てて応じる。
「そ、そうか、応じてくれて嬉しいよ。今までのはただの独り言だから気にせず行ってくれていい。些事に時間を取らせて悪かった」
 椅子から立ち上がり軽く頭を下げた。ライコウは嫌そうに顔をしかめる。
「謝罪は不要と何度か申しましたが」
「畏(かしこ)まった場でもない。私的な集まりの礼儀まで取り締まれば誰も何も言えなくなるぞ」
 これは失礼すぎたかな?偉そうで悪いと即答すればいいえと首を振られる。
「帝妹様の弁舌尤(もっと)もにございます、実り多き時間にございました。一つ、礼代わりにお答えいたしましょう」
 お、何々?揺り籠脱却するために歩き方検討したいとか申し出てくれんの?ここまで内情突っ込んで話したんだからそれぐらいの見返りが欲しいなぁ。揺り籠爆破撤回宣言期待したいんだけど、相変わらずライコウの顔は険しくて、やっぱ無理かなあと消沈しながらライコウの反応を待った。
 一度深くライコウが目を瞑る。瞼を開けると鋭い眼差しで私を睨み宣言した。
「情報は情報、過去がどのような結末に至ろうと未来が同じとは限りませぬ」
「俺は俺の信じる道を進むまで。誰であろうと阻むものは排除する!」
 ……帝が太陽ならライコウもまた太陽だ。出生が人間でなくとも民を案じ名ばかりの神に毅然と立ちはだかる姿は帝の前に並び立つのにふさわしい貫禄があった。ライコウを端的に表すなら、理想を糧に己ごと燃やす太陽そのものである。保身が第一の私が相対できるはずもない。太陽の前では、塵は日に焼かれ滅するのが世の理(ことわり)だ。
 私は深く息を吐き、再度椅子に腰かけ背もたれに寄り掛かって脱力する。
「残念だ。私が死ぬまでその時が来なければいいと願ったが、力及ばなんだか」
 ライコウは答えない。射貫く瞳に気が向かないが話を振る。
「……いつにするか聞いても?」
「それこそ愚問かと。聖上がご健在なのです、次代の話題に興じるのは無礼が過ぎるというもの」
 ではと背を向けるライコウにしつこいのを承知で呼び掛けた。
「ライコウが危惧するのも当然だ。後押しが必要なら何でも言え、脱却に関してのみ私は目を瞑れる」
 気にせず去ると見越した男は立ち止まりこちらを振りむく。視線がかち合うが声掛けもなく戸惑ううちに、呼び掛けた意図を計っていると受け取り補足を付けた。
「意外か? ヤマトの将来を案じてないとは言ってないだろ。兵が立つのが許せないだけだ」
「牛耳(じ)る気はないと?」
 あったらこんな会談に挑みもしませんわ。
「ないよ、面倒見切れんし」
 失望か呆れかは分からないが鼻白むライコウに私は理由を語る。
「全部抱え込んでみろ、全方位で兄みたく頼られるのは目に見えている。勝手に自立なり何なりするといい。そういう難しい話は姫殿下と気概あるものにお願いしたい」
「血が流れるのを厭うなら貴台が立たれた方が早い」
 はっと私は笑い捨てて無茶を言うなと否定する。
「血縁でないものの横やりを誰が歓迎すると? しゃしゃり出て袋叩きにされるのは勘弁願いたい」
「貴方はなさるでしょう。聖廟の後継が危うくなれば立たずにはいられぬ性分、それぐらい我でも察しがつきます」
 動揺しなかった自分をほめてやりたい。聖廟は余計だがそこまで悟られて濁すのは悪手極まりなく、見抜かれていると知りながら私はせめてもの威厳を保とうとふんぞり返り事の確定に応じた。帝は名言こそされてないが遺物の管理を行う次代が誰か帝室の中でほぼ決している。ウォシスの本心は知らないけれど。ヤマトは姫殿下が次ぎ聖廟は……言わずもがな。
「ならば世は安泰だ、私が出張るのは殿下の身が危ういときぐらいだからな。私が暴走しないよう民たちが一層平穏に務めるならば世は乱れず言もなしというものよ」
 沈黙が怖い。ハクを危険な目に合わせたら大変な目にあうぞとの警告は正しく理解されたようだ。元から出張る気ないから貴方も大人しくしていてね☆なんて柄にもなく牽制掛けたけど、圧が凄くてもう私は一杯一杯です。内心できょどりながら気をそらそうと話を変える。
「理想は結構、改革も世が良くなるなら受け入れよう。だが理想で民を焼くのは受け入れがたい」
「政治などどうでもいいと市井に紛れていた貴台が言うか」
 蔑む物言いだが反論する材料もない。私はにっと口角を上げて余計な口出しをと言いたげなライコウの問いに答える。
「どのようなお題目を並べようが血が流れるのは必然だろう? 嫌だぞ私は、当事者だけで済むなら好きに争えと高みの見物を決め込めるが、屍の山は嫌だ、考えるのも嫌だ。美味いものは食えなくなるし怨嗟の声は思考を鈍らせる。臭い汚い悲痛な光景は見るに耐えんし、殿下の血が流れかねないのも我慢ならん」
 では何故手を打たないとライコウが問いかける。言葉一つで御せれるなら我を退けるのも容易(たやす)かろうと強硬策に出ない私を責める。悪手じゃんそれ、誰が見えてる地雷を踏むっかっつーのと内心で舌を出し、静観を決め込む理由を明かした。
「暗殺は最後の一手だ。ライコウほどのものを損ねれば兵が立つ。遺物を扱えても私は穏健派だからな、ヤマト大事でも自分の立場が脅かされるのはもっと嫌なんだよ」
「貴方が二の足を踏むのは弟君に関してだけでしょうに」
「そうでもない、オシュトルは今日も私に関して苦労してると聞く。政敵を屠(ほふ)ってやりたいが、やはり事を起こせば角が立つ。人の世とは難儀なものだ」
 気どる物言いにライコウがかすかに目を見開いた。なんでそこで驚いた?
「ナナコ様が人目を気にするとは思いませんでした。認識を正さねばならないのが我の方だとは、帝妹様には驚かされてばかりです」
 名を呼ばれ私も驚きはするが、目を伏せ謝罪する殊勝な姿に慄(おのの)きつつむっとした。そこまで割り切れてないし、ちょっと悪意がある指摘じゃありませんかね?一応これでも遠慮してるんだよ。傍若無人な神様と思われてたら心外だなと憤慨して、根が小心者な者でなと返事を返し補足を付ける。
「評価など気にしなければいいんだろうが、針のむしろは神でもこたえる」
「民の自立、応援してる。出来れば穏やかにその日を迎えたいものだ」
 じゃあなと手を振ればそれも意外だったのか、ライコウの眉根がきつく寄った。
「歓迎すると?」
 当たり前じゃん。戦火さえなきゃ大抵のことは私、目をつむれるんだよ。弟君と右近衛大将謀殺以外はね。
 不審げなライコウに何を当たり前のことを言うんだと胸を張る。
「言っただろう、私は楽がしたいんだ。人を介してどうのこうの面倒、電気で楽に灯り付けたい」
 これが帝妹かと言いたげに、口にこそしないがライコウは軽くため息をつき失礼いたしますと転身した。部屋の扉をくぐり退室するライコウは再びこちらを見て一礼する。そのライコウの背後で同じように頭を下げるのは彼の小姓だろう。聖賢と同色の軍服だ。隣にはウォシス付きの冠童子が同じように頭を下げていて、また護衛に走らせて御免なんて心中で謝罪しつつ二人に手を上げて軽く拝んだ。廊下へと歩を進めるライコウの邪魔にならないよう、それとなく道を譲る二人は私に気づき(シャスリカと……あと一人は誰だろう、覚えてない)シャスリカが仕方なげに首を振り茶色い髪の子が苦笑して軽く頭を下げてくれた。ライコウの小姓も微笑み一礼してくれて、礼儀正しい子だなあと手を振り見送る。紹介こそ未だされていないが彼はウォシスの密偵で、原作ではライコウに忠義を捧げた生命体と記憶している。
(人口生命体と刷り込まれた忠誠心、か……棚ぼた式に帝妹の地位ゲットした私と比べても、努力で八柱に昇ったライコウの方が将としては立派だよなあ……)
 いよいよ扉が閉まるところで呟く。
『穏健に穏便に、がんばれライコウ』
 聞こえる距離だが、閉じた扉の先から返事はない。応じてくれなくてもいい、楔、保険を掛けておきたかっただけだ。気づかれたら失望される、もうされたかなと前のめりで沈めば軽い足音が近付いて背中を優しく撫でられる。顔を上げると心配そうな表情のマリカが見下ろし慰めの言葉を掛けてきた。落ち込んでる場合じゃないと気合いを入れて礼を言い、ライコウの足音が完全に去るのを待つ。

 ほどなくしてライコウが遠のいたとマリカから聞き安堵して卓に突っ伏し脱力した。冷たい木肌の滑らかな感触に癒され目を閉じる。ご主人様と慌てるマリカに大丈夫だからと取り成し控えるよう促す。ああ疲れた……
 数歩彼女が後ろに下がったところで顔を上げ、懐のスマホを取り出しウォシスに連絡を取った。数回コール音が鳴り響いた早々、名乗りより先にウォシスからあのですねえと文句が付けられる。人気(ひとけ)を確認しなくていいのかと迷うが、お説教に精を出す男がライコウの前で私が連絡を取るはずがないと寄せる信頼に堪(たま)らず、嫌味の途中でごめんと遮(さえぎ)った。説得に失敗したと打ちあけると、長いため息の後バカですねえと小さく罵倒が零される。本当に馬鹿だよねえとしゃくりあげれば近寄るマリカに再度背を撫でられて沈黙する。叔母上が馬鹿なのは分かり切っていますから大丈夫ですよとウォシスは宥(なだ)めてくれた。
 会談の詳細を尋ねられて答える。電気の開発で楽したい、飛び立つの応援するよ、でも戦争考えてるなら辞めてね?等の声掛けはしたが大砲開発までは指摘してないと打ち明けると幸い雷は落ちず、だが突風で薙ぎ払われた。
「地雷原の上でタップダンス踊るのは金輪際辞めてください、暗殺も加味して証拠固めに密偵張らせた私の努力が無駄になりました。貴方を使って懐柔試みるつもりだったのにどうしてくれるんですか」
 等々、知らない策を打ち明けられ、徒労と愚痴る声音に思わず笑ってしまった。ウォシスが戸惑う気配をスマホ越しに感じて釈明する。
「有効活用考えてくれたのに無駄にしてごめん」
「そこは怒るところですよ叔母上」
 何を言いますか、親しいものでも機会が来れば利用する奸計普通できないよ。腹に一物どころか何物も抱えるウォシスを恐れはしても、仕事を愚直にこなす割り切りの良さは素直に尊敬してる。怒る権利があると注意されても嬉しさが勝ち、心のままに破顔すればスマホ越しでも伝わったのか、ウォシスがまた溜息をつく。
「頑固ですよね、貴方もライコウも」
 ライコウはわかるが何故私を並べた。並び立てるほどの信念なんてないよ?と指摘すれば、そういう所ですよと釘を刺される。
「ナナコさんはいつも叔父上一筋じゃないですか。オシュトル殿も苦労がたえませんね、可哀そうに」
「私はオシュトル一筋だよ?」
「貞節がどうのという話ではありません。叔父上が危ういとき貴方はどちらを選ぶかという話です」
「ハク一択だけど?」
 理由は皆より弱いからです。オシュトルが危機に立たされるなんて早々ないけど、仮にそうなれば私が突貫して逃げる時を稼げばいいと豪語するとまたも溜息を付かれた。
「私が言うのもなんですが、オシュトル殿もお気の毒に。貴方の信念は貴方に恋するものにとって毒にしかならない」
 大丈夫、オシュトルならいつか私の死を乗り越えて一層役目に邁進するわ。糧にすると脇目も振らずまっしぐらな姿を脳裏に描いてしまう。国を民を守るのが一番の人だ、きっと割り切れる……なんて心中は語る方が無粋だから、オシュトルが気の毒なのは事実だし迷惑かけないよう頑張るとお茶を濁した。ウォシスにも迷惑かけてごめんと改めて謝罪すると、嘆息交じりに同意が返る。本当に頑固な点がそっくりですとライコウに関して愚痴交じりに労(いたわ)られた。
「あの方も、どれだけ言葉を尽くしても撤回しないんです。民の意識を変えねばとそればかり、宥めすかしてもこのままでは滅び去ると意固地になって……ですので貴方に期待はしていませんでした。気負う必要はありません」
 端から期待してない宣言は慰めだろうが聞く方は結構堪(こた)える。私は慰めと受け取っておくと引きつり、いい加減しんどくなったのでスマホを切ろうとしたのだが。
「大いなる父の説得も聞かないとくれば厄介ですね。強硬手段も視野に入れた方がいいやもしれません……」
 危(あや)うい言葉に誤解を悟り待ったをかける。人類強制権は使ってない、聖上が存命する間は事を起こす気がないと言質を取ったからだと理由を伝える。意外だったのか、使わなかったんですか?とウォシスに呆れられた。潜ませてる監視カメラで確認してないのかと逆に驚き、確認する余裕もないほど多忙だからだと気の毒になる。自分の口で言った方が早いと判断し簡単な流れを説明した。
 私の提案は却下されたが、真摯に対応されたから命令しなかったと理由を明かすが、一方的に情報引き出されているだけじゃないですかとの突っ込みには反論できず押し黙るしかなかった。ライコウとの別れ際、穏便にと念じて造反阻止の保険も掛けたと自慢するも、人類強制権の行使に至るほどではないらしい。がっかりだがウォシスが言うならそうなんだと納得した。当のウォシスは余計なことばかりと苛立ちから愚痴りまくるので、私は再三頭を下げて謝意を態度で表明する。端末の向こうでウォシスの溜息が聞こえたが意外にも反対意見は出ず、やがて、帝が御存命の内は静観に勤めるのが賢明でしょうと太鼓判まで押してくれた。
 ほっとしたところで人類の強制権最初から行使したほうが楽なのにと不満を零される。
「あれは諸刃の剣(つるぎ)でしょ。たとえその場は従っても命令を行使したものが離れれば拘束は解ける。無理矢理従わせても無駄に翻意を抱かせるだけ、それが分かってたから貴方も話し合いに務めてたんじゃないの?」
 仮定の話でも当たりなのか、叔母上が聡(さと)くて私はやりずらいですと文句が飛ぶ。また試したのかな、地雷原多すぎて生きた心地がしないわと胸中で愚痴り、さすが叔母上と続く言葉に自然とここにいない姉弟を連想した。高潔だがへっぽこの姉を唆(そそのか)し、世直しの補助に務める姉推しの賢弟。理想のない私では彼女と同等の義は成せない。凡人は凡人並みに頑張ろうと意気込み、ひとまず頼りない叔母を励ます甥に応えようと腰に手をやりふんぞり返った。豚もおだてりゃ木に登れるんだ。精々上手く使って長生きさせてねと応じれば、同意したウォシスは無駄に殺す気はないので安心してくださいと冠童子を向かわせた理由を教えてくれた。
 ライコウが私を危険視して身を損ねれば冠童子が現場を踏み込み即お白州裁き、からの斬首を目論んでいたらしい。ライコウが穏健派で良かったですねと背筋の寒くなる言葉を浴びせるので、守ってくれて嬉しいよと心中で引きつつ答えた。政敵を罠にはめる画策はしても側近を寄こすのは、やはり案じてくれたからだと都合よく受け取っておく。
 少し沈黙した後ウォシスは身内に死なれるのは私でも困りますと呟き、後はペナルティとして明日の課題が倍に増えたお達しを下される。私はひたすら謝罪と今後勝手なことはしないと誓うが撤回されず、文字通り泣く羽目になった。


 棚ぼた狙いのライコウ説得は失敗に終わる。だが諦めの悪い私は以後せっせと、ウォシスに不都合がない範囲で積極的にライコウに声を掛けるようになった。追い回しはせず執務室に訪ねもしない。女官との一件から第二の凶行に走る者と鉢合わせないよう、上から無用の外出を禁じられたんだ。部屋を出るのは子供の確認や食事と仕事に関してのみ。日々の暮らしに潤いはないが癒やしが欲しければ遺物を使えば事足りる。ハク達の様子が気になれば、帝都に張る盗聴器から盗み見ればいいし、自然を間近に感じたければ自室の壁に映写して寝転べばいい。危うい光景は見ないよう務めているので大丈夫なはずだ。音楽だって聞き放題、私が家族と生きた時代の曲は残念ながら古すぎて現存しなくても学校の教科書に載るような代表曲は網羅されている。ヤマトさんと過ごし耳にした曲も幾つか残されていた。なので暮らしにさしたる不満はない……そう自分に言い聞かせている。

 ライコウと関わりはしても殊更騒がせて不興を買う気はなく、私も遠征の準備で忙しい。課題だって山積みだ、誰かさんのせいで。兎にも角にも出くわす機会がないので、さりげない接触で親睦を深めようとかち合うたびに障りのない世間話を振るがこれが中々に難しかった。
 想定通りライコウは難敵で、日々の挨拶や内政で困ったことはないか話を振っても興味は買えずそつのない返事が返るだけだ。挨拶には丁寧に返答し、政治に関しての困りごとは手足になる部下が優秀だから万事滞(とどこお)りなく、私の付け入るスキがない。前の会談で明かした情報の正誤を確かめに来るかと構えても警戒されているのか、単に場を乗り切るため応じただけなのか、自室を訪ねる気配すらない。
 お手上げ状態の私はならばと奮起し、付け入る機会がないなら逆に付け入らせようと廊下で出くわしたさい礼儀作法で分からない点の指導を請(こ)うが予想にたがわず却下された。
「貴人からすでに指導を受けているとお聞きしました。勉学に意欲を燃やすのは結構にございますが誤解をうみます」
 誤解が何か尋ねると、口にはしないが白けた目線を向けられて焦る。不出来を詫びれば首を振り気づかないのも致し方ありませんとフォローしてくれた。
「指南役を二人も付けねばならぬほど不出来な方には見えません。今後このような申し出はお控え下さいませ。指示する者の実力を貶め反感を買うのは本意ではございません」
 ……目から鱗の指摘にちょっとだけ青ざめる。ウォシスを貶める気はないが面と向かって指摘されるほどの不備を侵しているとは気づけもしなかった。
 困らせて悪い、気づけなかった、忠告ありがとう、二度とないよう気を付けると頭を下げて転身する。ライコウは革命家だが心根は優しい。激励と少しの窘(たしな)めを呼び掛けて(動かれる前に誰かに相談すれば悩まずに済みますと忠告してくれた)去る私を見送ってくれた。

 この時間は執務室にいるはずと、大老が政務を執り行う部屋を訪ねると仕事中なのか、運悪く数人の高官と対面する。今日の課題はウォシスの都合で昼からになると聞いていたので時間をずらしたがマズかったかと一瞬焦った。しかし高官達は皆顔を合わせると一礼して退室した。礼儀作法の指導を受ける場面を何度も目撃されていたから、事前にウォシスから通達があったのかもしれない。
 追って出た冠童子が人払いまでしてくれて、朱塗りの卓に巻物を置いた大老が歓迎の言葉で出迎えてくれた。たまらず募る罪悪感から頭を下げる。また突っ走ったごめんとの言葉に、もう慣れっこですよとウォシスは苦笑いで私の失態を無いものとしてくれる。
 前後の流れを説明し訪れた理由を明かすと、あのライコウが忠告したんですかと意外そうに呟かれた。
「ライコウ絆(ほだ)されてくれたと思う?」
「その程度の会話で日和(ひよ)るなら、私も楽なんですけどね。ライコウ殿が断ってくれて助かりました」
 卓の巻物を端にやり適当にくつろいでくださいとウォシスは薦(すす)める。私は近くの椅子に座ろうと手を伸ばすが気の利く冠童子、側近が先に手に椅子を引き寄せ卓の前に座るよう促してきた。ありがとうと礼を言い、腰を降ろして長く息をつき卓に上半身を乗せて伸びをする。用意がいい、もう監視カメラで確認したの?最近ストーカー染みてて恐ろしいんですけどと内心でビクつく心中を知らずウォシスは行儀が悪いと注意する。はいはいごめんねと応じ追撃をかけるウォシスの声をBGMに内心で愚痴った。やっぱり今日も上手くいかない、難敵ばかりだ。でも凹んでても仕方ないと沈む心境に区切りをつけて顔を上げる。
 千里の道も一歩からを念頭に、ヤマトの未来をよくするために頑張ろうと意気込むが、迷惑料として本日分の課題追加しますとウォシスが宣告、私は必死に言い訳するが冠童子は構わず棚から書類の束を持ってくる。応じるしかない状況にしぼめばサボればさぼる分お辛くなりますよと小言が飛んでくる。ちゃんとやるよと嘆息して、冠童子が用意してくれた筆を取り課題に勤しんだ。ライコウと接触した日から課題の量が倍増していて実に辛い。嫌がらせで量調節する奴ではないから必要な事だろうと解釈して日課に励んだ。
 ……休憩時間まで半分も出来なかったけれど。でもいいんだ、お疲れ様ですって冠童子がお盆に急須と湯呑を乗せて持ってきてくれたから。しかも茶菓子付きで、それも……パウンドケーキだ!
 大老の執務室でお茶を出されるのは初めてで、予期せぬ流れに一瞬毒薬か何かを仕込ませたかと疑念が湧くものの、今更手籠めだの毒殺だの計る奴じゃないと思い直して頂いた。
 とても美味しい!ホノカさん作?と話題を振ると、ウォシスが妙な顔をして私から背後へと視線をずらした。後ろを振り向けば、茶色い髪の子が長い耳をびっと横にあげて目を潤ませるから、つられてこちらも仰天する。すぐに耳を元の位置を戻しはしたものの視線を下に落としもだつく反応にピンときた。どう声をかけるか迷ううちに、黙るのも非礼と決心がついたのかか細い声で、私が作りましたと申し訳なさそうに手を上げた。何を遠慮しているんだろう?私が何か言う前に、以前頂いた甘味が美味で再現を試みたところ運よく私が来訪し、口に合えばと出したのですと小さく呟く。なるほど、恥ずかしかったらしい。こそばゆい感想に自然微笑んでしまうが、壁に控える金髪の子、シャスリカも同じ感想を抱いたのか、私と視線が合うとにっと口角を上げて茶髪の子の横に並んだ。試行錯誤の末ようやく完成したんですよ!と小突きつつ意地の悪い横やりを入れる。茶色い子の頬に赤みがさした。余計なことをっ!と小突かれた子が耳を逆立たせて肘をシャスリカに入れる。ドゴッと思ったより大きく生じた打撲音に、うわっと内心で引くが、シャスリカはけろっとした顔で、費やした労力は伝えてしかるべきだろと腕を組んだ。言うなといっただろうが!となお抗議の声を上げ応酬する両者の端から青髪の子、リヴェルニが顔を覗かせた。おずおずと申し訳なさそうに口を挟む。
「ラ、ラヴィニエはとても頑張ったんです。遺物を使っていいとウォシス様が仰(おっしゃ)ったのに、自分の力で作りたいと何から何まで、ようやくここまで」
 だから余計なお世話だ!と睨むラヴィニエに、リヴェルニはごめんと小さく謝罪し長い耳を縮こませる。険悪な雰囲気に見ていられず口を挟んだ。
「材料集めから自分でしたの? 凄いね!」
 などと褒めればラヴィニエの頬がより紅潮し完全に俯(うつむ)く。同じものを作りたくてと囁く声にたまらずニヤけてしまった。シャスリカはラヴィニエをからかうのを好むのか、再度小突き苛立つラヴィニエが応じて段々わき腹を突きあう両者の動きが強くなる。あっち行けよ、だの、照れるなんて珍しいなウォシス様の前でそんな顔していいのか、だの、お前の方が目上の方になってないだろ、だの激しさを増す光景に最初は微笑ましく眺めていた私も心配になり、止めなくていいの?と後ろを振り返れば、主人のウォシスはいつの間に取り出したのか、嬉しそうにメモを取っていた。ネタの宝庫だの喧嘩ップルはこうでなくてはだの大老の威厳はどこかに飛んでしまっている。
 ウォシスに期待したら駄目だ、こと乙女所関係になると思考が飛びがちになるのが欠点と脳内にメモし、喧嘩は良くないよと二人を諫(いさ)めるが、ですがと三人口をそろえたところで溜まりかねたのか、背後からようやくくつくつと忍び笑いが漏れ聞こえた。
「オンヴィタイカヤンの力って凄いですねえ。それとも、人たらしの才が貴方は突出しているのでしょうか? 短い期間に小姓を三人も持っていかれるとは思いもしませんでした」
 ……止めてくれると思いきやこれだ。半目で睨むが、ウォシスは動揺も見せず逆に楽しそうに笑みを深くした。視線に咎める色はないが誤解されてはかなわないから一言付ける。
「この程度で懐く子達でもないだろ」と、からかうウォシスに釘をさすがが後ろできゃんきゃん喚く側近達の言い訳に被せられ最後まで言い切れない。何が受けたのか、ウォシスは顔して立ち上がると、責められると怯えたのか震える三人に近寄りわかっていますよと慰める言葉をかけた。
「遊びが過ぎました。叔母上の反応を見たくてカマを振っただけです。貴方達の忠誠を疑ってはいません。今際(いまわ)の際(きわ)に選ばれるのは私だと、信じていますよ」
 冠童子たちは感極まりきらきら目を輝かせて深々と頭を垂れ忠誠を誓うけど、今際(いまわ)の際(きわ)と表現したウォシスに内心でドン引く。乗り換えれば切り捨てる宣言くらったも同然の言葉に冠童子たちの将来を案じて、有り得ないからと念のために訂正した。
「ないから、カマかけられるほどの交流深めてはないから安心して。貴方の小姓取れるほどの器量私にはないし、単に仲良くなれば仕事がスムーズに運ぶかなって声掛けただけだからね?」
「そうなのですか?」
 そうなんですよと頷けば、なら早く深めた方がいいですよと促された。何を?と尋ねればお茶菓子の感想ですよと話を振られて頭にハテナマークが浮かぶ。
「帝妹様、感想を」
「ラヴィニエが首を長くして待っています」
 両隣から発せられる訴えにラヴィニエは待っていません!と涙目で叫ぶ。ようやく理由に思い至った私はなるほどと手を打ち、ちょっと待ってねと声をかけ皿の上に半分残る甘味を楊枝で切り分け口に含んだ。少し空気に触れたからか表面がパサついているのが残念、でも中はしっとりしていて十分甘い。こちらを注視する側近達に少し気まずさを感じながらも舌で感じる味覚に集中する、何度かそれを繰り返した。適当に答えるのが楽でも一生懸命作ってくれた努力を蔑ろにしたくない。
 咀嚼して卵と牛乳の優しい甘さを堪能し、卓の湯呑に手を伸ばして茶と共に飲み下す。小さく息をつき卓に湯呑を戻しご馳走さまと手を合わせ、心配げに見守るラヴィニエに向き直る。
「とっても美味しかったよ、作ってくれてありがとう!」
 安堵からか涙をにじませお粗末さまでしたとラヴィニエは微笑んでくれた。不味いのを我慢していると思われては心外だ。疑惑はこれで張れただろうか?反感を買わずに済めば最良なんだがと、お手数をおかけしましてと後ろの壁に控えるラヴェニエに手を振り、ニヤニヤこちらを見つめるウォシスを一睨み。臣下をからかうなっての。
「気は晴れましたか?」
「……おかげさまで」
 深くは乗らず皿に手を伸ばし残りを食した。美味しい茶菓子を残すのは忍びなく、ウォシスも食べきるまでは語るのを待ってくれた。
 ウォシスたちのやり取りがどこまで真実かはわからないが、私がふさぎ込んだ時先ほどのように動いて励まそうと内々で打ち合わせていたのは何となく伺(うかが)える。狙いが何かまでは知らないが、気遣ってくれたのは確かだから藪をつつかず大人しく甘味を食すのに精を出す。
(ちょっと……ううん、かなり怪(あや)しかったな)
 処世術に徹(てっ)するのって中々難しい。
「ご馳走さまでした」
 沈黙はすぐに途切れた。気まずい時間が中断するのは大歓迎だが小腹を満たし上向いた気分もウォシスのせいで長くは続かない。小姓のお茶代は出世払いでいいですからねと余計な注釈を付けるウォシスのおかげで帝妹様は落ち込む暇もない。払うと言ったら冗談ですと濁されたし。何なんだ一体……まさか何か仕込んでいるの?と尋ねると本当に警戒心なさ過ぎて心配になりますよと逆に案じられて面食らう。だから何なんだ一体……安心させるためにか、ウォシスも急須から湯呑に茶を注いで一献傾けちゃってるし。これで一蓮托生ですねって微笑む前に前提を思い出してくれ。何を勝手に私の湯飲みから飲んでんだ。関節キスは避けてくれたから有難いけど一々言動が重すぎて怖いんだって……落ち込む私を励ますためにあえて軽快に振舞っているのがなんとなく想像できるのがまた辛いんだが、遠慮すればウォシスの気遣いに泥を塗りそうで口をつぐむしかない。振舞ってくれた御茶に妙なもの仕込まれてないか後で調べよ、なんて内心を知らずウォシスは今日も呑気にニコニコこちらを見つめてくる。
 これ以上苦い思いをしたくなくて、別の話題を振ってみた。
「オシュトルの周りは相変わらず?」
「ええ、本日も五月蠅い蠅どもにたかられて難儀してましたよ。すべて正論で叩き伏せてましたが」
「それならいいけど、いや良くないけど」
 辞表出されてないか心配になり、でも口にはできず迷ううちにウォシスから話が降られた。
「女官の件で職を辞すのを危惧しておいでなら無用の心配です。事を起こした反逆者の一人が一方的に懸想していただけのこと。退官して世を正す機会を失う方が今のオシュトル殿には辛いでしょう」
「それでもさ、思い切れたらやりかねないのがオシュトルなんだよね〜」
「ナナコさん一人残して去る薄情な方でないのは御存じでしょう? 叔母上の心配性もどうにかしてほしいですね」
 優しい言葉掛けてくれて何だけど原作知識で先の展開を知っている私はつい穿(うが)って考えてしまうんだ。自分が事件の発端と知ればオシュトルは官位を返上するだの腹切るだのやりかねない男だって。のちに姫殿下誘拐事件で詳細を当人から聞いた際宣言した未来から私は気もそぞろである。姫殿下が心から謝罪してその場は収まるが、変わらぬ忠誠をオシュトルが誓い皆手を取りあい大団円、そして迎えた結末が原作だ。
「残る方がいいのか、去らせた方が相手のためになるのか……」
 呟く言葉にウォシスは明確な言葉を返さず、雑事に没頭して現実を忘れたいのは分かりますがそれでは前へ進めませんと更なる課題を追加した。文字通り泣いた。仕事に妥協しない内裏の男どもは格好いいがそれが自身に降りかかると別である。
「妥協点を、追加の休憩を!」
 訴える言葉は笑顔でいなされ、助けを求めてウォシスの背後に控える冠童子達に視線をやるが申し訳なさそうに逸らされた。
 量が多いのでここで取りかかってもいいですよ、分からない点は聞いた方が早く済みますとの大老の申し出に甘えて仕方なく課題に取り組むが、やはり処理しきれず、夜遅くまでウォシスの執務室に滞在する羽目になった。
 途中の食事は冠童子が持ってきてくれて有難いなあと頂くうちに、外で控える護衛たちにも同じものを差し入れてくれたのか、扉の外から二三叩く音がしてご馳走さまでしたと感謝の言葉が掛けられる。私の護衛だ。毒殺大丈夫か?と外に呼び掛けると失礼なと同じ膳を冠童子から貰いお行儀よく食べるウォシスから文句が飛ぶ。外から大丈夫ですよと声が返り、気のせいで良かったゆっくり食べてねと労(ねぎら)った。客が滞在していると気もそぞろでゆっくりできないとと愚痴ばかりこぼす誰かさんに苦笑しつつ、ありがとうと最近言いっぱなしの礼を言い席に戻る。不満ばかりこぼすくせに大老はどういたしましてとご機嫌だ。
 食事を終えた後、異性ではあるが背に腹は代えられず尋ねる。お手洗い休憩もまさかこの部屋でないとダメとかないよね?と恐々聞けばその考えはウォシスにはないらしく、誤解させて済まない、デリカシーに欠ける行為だったと謝られた。逃亡する恐れがあるので勝手に行くのはダメだが冠童子を近くまで同伴するなら構わないと許しを得て早速内裏にも出られた。
 至れり尽くせり結構だがいい加減解放してくれ。部屋に戻り嘆くが課題を済ませれば帰れますよと書類に筆を滑らせるウォシスの言葉で蹴散らされ、仕事に励む男に反発するのも気が引けてウォシスの言うがまま頑張った。
 夜遅く、傍目から見ても疲れていたのか、元凶からもういいですよと労(ねぎら)われ、機会を逃(のが)してなるものかと私はじゃあまた明日!と颯爽と転身するものの、背中に投げられた言葉に勘弁してとへたり込む。
「残りは自室で済ませてくださいね♪」
 悪魔である。冠童子によって開かれた出入り口に佇む護衛三人はよくわかっておらず(マリカは難しい問題はチンプンカンプンですと外に逃げた)、戸惑ううちに冠童子から書類が手渡された。課題の残りである。もう嫌だ〜!と絶叫する私を気にもとめず冠童子は帝妹様のお荷物ですと護衛達に告げ、サボりの牽制と勘違いした護衛達はにこやかに受け取った。置いて去りたいこちらの心中は構われず、冠童子達の手により護衛共々部屋から押し出され背後で扉が閉められる。明日までの宿題ですからねと扉越しにくぐもる声が聞こえた。出来なかったらと恐々尋ねれば明後日(あさって)の宿題になるとのこと、そして明後日の課題も出来なければ延々次の日に追加されると聞き項垂れる。ネズミ算式に増える課題にふらつくが倒れたら宿題の山に潰されると嬉しくもない未来を想像し、昏倒するのに耐えた。

 私を案じるマリカに適当に言葉を返し、護衛を連れ急いで自室に戻り早速課題に取り組むが終ったのは深夜を回る刻限で。やっと宿題をすませたあとは安堵しそのまま文机に倒れ込み寝入った。

 後日ウォシスの部屋を訪ね得意げに宿題を披露するが、人に尋ねても良いし遺物のデータにアクセスして解いてもよかったんですよと苦笑いで迎えられる。今更最適解を示されてもと消沈した私にスパルタが過ぎたとウォシスが謝罪するも、今日は遺物の特訓ですから楽ですよと微笑まれるが気が気じゃない。絶対そっちの方が大変だろ、危ないし。でも折角の申し出を無下にもできず了承すると、妙に喜ばれ腑(ふ)に落ちず首をかしげる。
 微笑んだ理由はすぐに思い知らされた。地上からウォシスが指示を出し、各所から降り注ぐペイント弾をドローンに乗り逃げ回る散々な一日を私は過ごした。ウォシスは地上からリモコン操作、私はドローンで飛んで逃げて時には空気銃でペイント弾を迎え撃つ。酷いジェットコースターだった。「上位種を追い詰めるのって楽しいですね♪」ってウォシスは冗談めかして同意を求めるが追われる側は溜まったものじゃない。「死ぬ死ぬ、ちっとも楽しくない!あと同担だから、下位なんて思ってないから私で鬱憤晴らすの止め、マジ死ぬって!私は下位を物理差で圧倒する方が好き!逆変ってよ」なんて叫ぶ私の訴えはやはり無視され「逃げの手を極めれば万一の時生存確率上がりますので頑張ってください♪」の一声で流された。
 遺物を使った追いかけっこは中々に苛烈で途中吐くハプニングはあったものの、疲労で悩む余力を無くしたおかげか、その日はベッドに戻ると昏倒し深く寝入り朝を迎えた。

 セットしたアラーム音に飛び起き課題に行こうかとベッドから降り、その前に身支度を整えねば、次は朝食を取りひとまず遠征に必要な物資の確認が必要か、いやその前に生誕祭の段取りを再確認せねばと動くうちに、部屋を訪ねたマリカに手伝いたいと乞われ有難く任せた。支度を調える最中、先々済まさねばならない事態に考えを巡らせていると頭パンクしますからひとまず休憩と肩を叩かれる。礼を言い行事が済んだらお休み貰おうかなと水を向けると同意が返り、傍付きに悟られるほど疲れてたのかなと首を傾げた。あまり自覚はないがやはり休んだ方がいいのかもと考えて、休みって何してたっけ?と頭を悩ませる。
「ご主人様の趣味はこれです!」
 自信満々にマリカが袖から取り出したのは永久保存版にしようと右近衛邸に隠していたオシュハク本だ。快癒してから私物をマリカに取りに行かせたが倉庫に隠した秘蔵本の処理に悩んでいたところの現物を目にして驚くオシュトル、いやネコネちゃんに見つかれば大事になると慄いていたので渡りに船。礼を言いつつ受け取れば見てもいいか聞かれた。エロだから駄目と断言し、文句を飛ばすマリカを無視して傷んでないか目を通し傷がないのに安心するが……妙だ。心が揺さぶられない。飽きたのかなと考えて、好きなシチェーションを脳裏に描くがちっともときめかないのに狼狽(うろた)える。疲れているから?と考えると気を取り直したマリカが勝手に腰に紐を巻きながら同意した。疲れることばかりでしたもんねと応じる声に該当する場面を思い出して涙を堪(こら)えた。謝意と浅慮を恥じるマリカに私は首を振り、仕方ないと自らに言い聞かせる。飽きたくなんてない、疲労でどうでもよくなるほど軽い方達ではないのに、どんなに好きでも興味を失う感覚には覚えがあった。
 慣れやマンネリ展開、変わらない結末に人は飽きるものだ。どんな物語でも繰り返せば慣れて惰性化しそのうち離れる。昇華してさようならはまだいい方だ。惰性で続けたってそれはそれでいい。物語は楽しんだもの勝ちだ。流行を過ぎたジャンルに新規流入者が来て喜ぶのも、去るものを見送りひっそりと好きな場所で活動するのだって構わない、だって人それぞれなんだから。興味の比重は時々で変わるものだ。関心が薄れそのままのケースもあるが何かを切っ掛けに戻る人もいる。他人がそうなっても薄情とは思わない。生活様式は人によって異なるし、永遠の関心を求める方が非常識だろう。
 でもなんで今になって、大好きなカプに興味を失うのか。自分か信じられなかった。キャラ萌えはまだしてる。なのに何故このカプだけと心の内で荒ぶる私にマリカが名を呼び、優しく抱きとめる。
「ご主人様は疲れたんですよ」
「……つかれた?」
「そうです、色々ありすぎてご主人様の心がオーバーヒートしちゃったんです。だってご主人様、ヤマトに来てからずっと脳内フルスロットルだったんじゃないですか? ウォシス様からそう聞いてますよ」
 確かに、目覚めてからずっと考え通しで、私が生きた時代でもここまで思考に没頭する日はなかったように思える。
「誰だって余裕がなければ趣味に浸る気も起きませんよ。それはご主人様もよく分かるでしょう?」
 頷くとマリカは笑みを深めて現状を肯定する言葉をかけてくれる。
「落ち着いたらきっとまた萌えられます。その日までファイトですよご主人様。適当にだらけつつご主人様が推すカップリングを見られるよう政敵共を屠っていきましょうね!」
「いかないから。屍の山で染まるカップリングは推し共の意にそぐわんから、却下で」
 思わぬ提案をするマリカの言葉を切って捨てるとやはり元気づけるためなのか、嬉しげに目を細めまたぶっ飛んだ発言を飛ばしてきた。
「戻ってきたじゃないですか冷静なツッコミが! その調子でバンバン権威を振るって推し共洗脳してくっつけましょうよ」
 何でだよ。私とくっつく前ならいざ知らず、元夫と無理矢理弟分にされてた帝弟をくっつける非道はさすがの私もしたくない。
「あわよくば私と蜜月をっ!!」
 狙いはそこかっ!抱きつくマリカを引き剥がし距離を取る。意外にも下心マックスでワキワキと手を伸ばしにじり寄るマリカに冷静になれと言い返した。
「すごさんから、現実と創作を混同したら白い目で見られるし原作と二次は別だって。ルールに則(のっと)った創作ライフを楽しむべきだよ、あと一市民に犯罪行為働くのもダメ。却下、ノット洗脳!」
「……ライコウ様洗脳しようと企(たくら)んでたくせに」
 小さく愚痴るマリカにキツイ点を突かれて怖気づくが胸を張り開き直る。常にじゃない、ヤバいとき限定だからノーカウント、詭弁なのも分かってる。
「成功してないから!起こってもないことは無いも同然、兆候が見えたら潰すけどさ、復唱!」
「オーケー洗脳!兆候見つけたら潰します!」
 いい笑顔で拳を掲げるな〜、しかも意味逆じゃん。楽しそうな所に水を差すのも申し訳ないが図に乗らせてトラブルが起きてもいけないと、私はマリカに両手を伸ばし髪に隠れた耳を両側から引っ張った。痛ーいと抗議の声を上げるがマリカは角があっても耳は人の形を保っている。亜人ほど感覚は敏感じゃないのは文献の類で網羅済みだ。それに強くも引っ張ってない、騙されないぞと凄み大事な点を復唱してと強く言えば不承不承答えてくれた。
「ノット洗脳……」
 よしっ!と腰に手をやり深く頷く。臣下にばっか態度でかいと憎まれ口を叩きはするが、特に反発せずマリカはちえっと口を尖らせ私の支度に戻った。やはり元気づけるためだったらしい。できた臣下だとマリカの好意を有難く受け取りつつ気になる点を確認した。レズじゃないよね?と恐々尋ねると、同性愛者ならとっくにさらってますと櫛を棚から取り出したマリカが私の髪を梳(す)き始めた。マリカが異性愛者で良かったと呟けば、忠義は貴方だけと囁かれ、なら愛は?と浮かぶ疑問を胸に留めた。必要ならばマリカは明かす子だ、今は単に興味がないのだろうと大人しく髪をとく感触に意識を委ねる。
 悩むから辛くなる、ハクの身柄はオシュトルに託し私はのんびりヤマトにために頑張るわと呟けば、もうこっちの心情など気にならないのか袖を上げてくださいと指示するマリカに従う。いずれ癒される日が来ると楽観視した方が精神的には楽なんだろう。義務に思わない方がいい、大人しく身の回りが落ち着く日まで務めに励もうと、何とはなしに目を閉じる。
(それっていつ? 確証もない話を信じて馬鹿みたい。帝妹として上がった私にそんな日は二度と……)
「いつか来ますよ」
「マリカ……」
「そう考えた方が生きやすいです」
 これで良しと胸を張るマリカに暗い思考を打ち切られ目を瞬かせる。マリカがその胸中に至るまでに何があり、どれほどの葛藤があったのか私は知らない。目の前のマリカはこちらの疑問に答えず今を肯定するように微笑みかけた。私もそうだと信じたい、マリカの期待に応えたくて、にっと笑い職務に励もうと立ち上がる。


 久しぶりに庭園で帝一同と朝食を終え内裏書庫の軍事目録を探しに外に出ると日がさんさんと指していた。そういえば直接太陽を見たのは何時ぶりかなと眩しい光に目を細め、立ち止まりハクはどうしているかなと会えない面々に心を飛ばす。きっといつも通りだ。仕事に文句をつけつつも鮮やかに収めて誇りもせず、酒だ休みだ宴会だと床にだらしなく寝こけもする。代わり映えしない、でもそれが良かった。あのくだけた姿こそ私の太陽そのものだったなと郷愁に蓋をする。
 ライコウの説得は失敗に終った。だが機会全てが失われたわけでもない。警戒はされただろうが、私に好意を抱かずともライコウの意識が変わるよう周囲を持っていきさえすればいいと結論付け消沈する。それが一番難しいんだけどさ。
 歩く半ばで思考を巡らせる。手始めに八柱交えた会合をするのはどうだろう?労うためとの名目で慰労会を開くのも良さそうだ。会話の途中で何か新しい発見や発明を呼び込むよう誘導すればいい。アレでちょっと困ってる、何かいい意見がないかな?って。でも直接的に関われば危ぶまれるから信を得るためにもまずは目の前のイベントをこなしていこうと決意を固くする。
「ご主人様?」
 呼びかけられて気づいた、空ばかり見ている。
「ごめん、何でもないんだ。空がきれいだなって見とれてただけだよ」
「それならいいんですけど……」
 難事ばかりでも日は誰にでも降り注ぐ。ハクに注ぐ陽光がいつまでも柔らかだといい。ハクを守るためにも誇れる自分でありたいと願いはするが時間ばかりを浪費している気がしないでもない。

 用事を済ませ聖廟に戻る途中、水庭園の橋を歩く間水面に浮かぶ花に見とれて立ち止まる。後ろで控える護衛に名を尋ねれば睡蓮と馴染みのある単語が返る。適応した種かなと注目すれば、目線を下げた先で浮かぶ自分の表情に気づいた。酷い顔だ、どうりで会うヒト皆が気遣うわけだ。無駄に気を遣わせるのが忍びなく、病は気からと意気込み口角を上げれば水に浮かぶ表情も多少はマシになる。化粧を濃くすれば明るく見えるかなと考えて、濃い化粧は女官を連想するからほどほどにしておこうと気を取り直した。
 千里の道も一歩からだ、できることを見つけていこうと再三心中でつぶやくが、聞き飽きた慣用句にうんざりして心が沈む。花でも見て癒されたいのに、鬱屈する心はぶり返さなくてもいい事柄を奥底から引きずり出す。未練がましい私は爛漫と咲く花に右近衛邸で植えた苗を重ね見てしまい、あの花は全部咲いたのか、野菜はどれだけ実を付けたかと脳裏にとりどりの実を描き涙ぐんでしまった。
 オシュトルは喜んだだろうか、ハクは酒のつまみにしようと試みて、クオンに勿体ないかなと怒鳴られてそうだ。ネコネちゃんは……実ったのにぶりぶり文句をつけて、裏で実兄の好きなおかずを作ろうと張り切ってそうだ。
 聖廟に上がってから時折、ネコネちゃんが咲きましたのでお裾分けですと花束を持参してくれる。おかげで花の類は鑑賞できる。有難いことだ、でも……
(家で、見たかった。一目、葉の状態や陽光を浴びて輝く姿を見たかった。虫は来るのか蝶も集まるのか、香りはどのようなもので密はどんな味なのか。集まる虫の大小も気になる。でも成長過程を知らなければ当たりを付けられない。種は私が知る過去のものと同一か異なるのか。子供にだって植えた苗をじかに見せたかった……)
 考えても見当はつかず、吹き出す欲求と問答は際限なく浮かび、首を振って散らす私の意思に反して勝手に浮かぶ妄念が脳内を惑わす。
 淡々と、畑の手入れを買って出る隠密衆の中でもネコネちゃんは不満ばかりを口にしていた。余計な手間だの時間の無駄だの、専門家に任せろと口うるさかったが、オシュトルがこっそり耳打ちして教えてくれたんだ。
「虫が苦手なのだ。公言すればへそを曲げるゆえ言うでないぞ?」
 大きく頷くものの、胸中でガッツポーズを取る。義妹の秘密ゲット!嫁いびり悪化したらやり返すネタみっけと喜ぶ心情を胸に秘め、内緒にすると応じたのは随分前だ。
 意地の悪い面を明かさずに関係を絶てたのは不幸中の幸いだろう。私が屋敷から消えて畑の世話に難儀してそうな現状に罪悪感が募(つの)る。多分家人任せだろうが、手本にならねばと無理してそうだわ。指でつままなくてもいいよ、火箸が最適と脳内で虫を嫌そうに叩き落とすかつての姿にエールを送った。虫退治を嫌がる義妹はついには術を使ってこっそり消し飛ばそうと目論ゆでそうだと試みる後ろ姿を脳裏に描き、歪む視界を手で覆う。慌てる護衛達の声に誤魔化そうと微笑むがやはり失敗。落ちた雫が水面に落下し浮かぶ表情が波で更に歪んだ。苦笑するほかなかった。
 水面に咲き誇る花に視線を戻し美しいと感嘆する高官の声を思い出す。透き通る水上に咲く花々は絵巻物で描かれる極楽浄土そのもので、芸術に疎い私から見てもとても美しい光景に感じられる。以前すれ違う高官も同期と褒めあってたし、架かる橋の上から庭園の情景に見惚れる者たちを何度か目にしたこともある。
 晴天の下、風に吹かれ微かに揺れる桃色はここが別世界だといやがおうにも私に訴えかけてくる。
(……水連が咲くのは泥水だ、こんな綺麗な水じゃない。澱みで咲くから引き立つと帝が知らぬはずないのにっ……)
 庭園に咲く花は、虫すら付いていなかった。下には鯉が泳ぎ、時には小鳥が飛んできて参内する者達を和ませているのを私は知っている。でも虫だけは、この空間のどこにもいない。羽虫すら不在なんて本来ありえない事態だ。なのに誰も異変を感じず当たり前の風景と受け入れているのに嫌悪感を感じてしまう。
 街道で右近衛邸の一室で、時には内裏の廊下で必ず目にするものの一つが虫だった。完全な不在は聖廟ぐらいだろう。 内裏の一角でも聖廟に続く庭は規模が大きく、魚も泳いでいるためか水が濁るほど悪質な環境になりえない、だから虫も寄り付かない……と考えれば喜べたんだろうが、古の知識に通じた私は目をそらせなかった。不自然な点が多すぎるんだ。
 目覚め生じた違和感は亜人と過ごすうちに納まった。彼らの繁栄に無常を感じても仕方ないと認められた。動物の生態が異なるのも適応するために介入したと考えれば受け入れられた。残った人類は神として君臨するが私を同種と迎えてくれて、悲しくはあるが誇らしかった。遺物や遺跡の保護だって、時には管理名目で扱うのも安全を考えれば当然の行為だろう。でもっ……
(遺伝子弄(いじ)って通年咲かせるのはやりすぎだって、保護じゃないじゃん。都合よく利用してるだけにしか見えないよ……)
 土がなければ蓮は育たない。良い土壌を構築されたのか、あるいは底が深く見えないだけと考えればそれまでだが、しかし気になり胸元のマスターキーで探れば聖廟の計測器を用いて忖度(そんたく)ない答えが返る。懸念通り砂利ですらない、マリモのような泥団子が水底をすき間なくびっしり埋め尽くしていた。水流に晒されても削れず、常時酸素と二酸化炭素を排出する土は普通存在しない。便利すぎる。私が生きた時代にすらなかった。何であろうと必ずどこかで劣化する。泥の成分を調べれば、庭園と同時期に形成され以後定位置にとどまっていると結果が表示された……無常を飲み込みマスターキーからの通信を切る。
 管理に手がかかるのを厭(いと)うてだろうが、人為的な仕組みを発見するたびに違和感が首をもたげる。相応しい進化を遂げたと思いたいが、性質の異なる生命体が姿形を保ったまま環境に適応するとも思えない。土も花も、生態系に神の手が入ったのは確実だろう。聖廟は有りえないが起こりがちだ。人体錬成や知らず人死にが発生し付いていくので一杯一杯だ。
(こういうのが目について、ライコウも焦ったのかもしれない。放っておけば帝の死後、神の名の下に民がどんどん堕落して滅びるって)
 人でなければ都合よく改竄(かいざん)する帝の性根がどうにも私は受け付けない。だが自分の中にも帝の傲慢さを否定できない節がある。上手くいかなければあらゆる手を尽くそうと振り切れた感情があるのは確かだ。だからこそ、人類の名残を見かけるたびに何故元のように在れないのかと勝手に憤り胸を傷めている……
 ご主人様と気遣うマリカの声に、現実に引き戻されて痛いの痛いの飛んでいけ〜と手を撫でられた。子供じゃないぞと不満を零し頬を伝う涙をぬぐう。涙腺が弛(ゆる)みっぱなしで嫌になる。知っているモノじゃないから寂しい悲しいなんて感傷は切り捨てるべきだ。いつもべそをかく、そんな自分が堪らなく嫌なのにまた失態を晒してしまった。
 我儘でごめんねと囁(ささや)き頬を手で打った。二人の護衛がうろたえまた失態を晒したのに気づく。再度謝るが、私の奇行に馴れてきたのか、大きい護衛が平坦に解決策を提示した。
「お手紙でも書きますか? 心のままに伝えれば溜飲も下がりましょう」
 誰宛かなんて聞くまでもない。小さいのに余計なお節介だと小突かれえずく男に答えた。
「迷惑掛けたくないのに関われば本末転倒だろ、馬鹿言わないでっ」とは言えず、小心者の私は心配する護衛の気遣いを、いずれなと流した。
 ハクたちの無事は監視衛星で偶に覗き見ているから問題ない。溝掃除に給仕の手伝いであくせく働く姿をモニター越しに確認済みだ。ハクの安全を不安視はしていない。今日もいつもと同じように背を縮こませて白楼閣に帰るはずだ。だがどうしても、右近衛邸だけは見れずにいる。
(屋敷で過ごすうちに夢を見過ぎたんだ。絶対の保証なんてないのに、オシュトルと共に老け込む未来を想像して、期待し過ぎた)
 暖かいヒト達ばかりだった。急に現れた内々の嫁にきっと動揺しただろうに一定の距離で接してくれた。困れば助けるが差し出がましい真似はしない、節度ある優しいヒト達ばかりだった。私が消えてもきっと彼らの日常は変わらない。それが嫌だった。日々の暮らしを満喫する姿を考えたくもない。私の存在が誰かに影響を与えるのも嫌だし無いものとして扱われるのも辛すぎる。自分勝手な鑑賞に振り回されてばかりいる。
「大切だったんですね、ご主人様」
 殿下には劣ると言い掛けて、優劣を付けていい事柄ではないと口を閉じ己を恥じた。
「そうだね、皆大切だった。今も、これからもそれだけは変わらない……」
 これ以上縁者を煩わせないためにも過度な接触は慎みたい。なので今日も私は、右近衛邸に思いを馳(は)せるだけ馳せて、自ら関わろうとしない。

 感傷が過ぎたと言い訳し照れ笑いで誤魔化すが、護衛たちは眼差しに労わりの色を乗せて首を振る。マリカは布巾まで差し出してくれた。おかげでこれ以上袖を汚さずに済むと受け取り顔を拭けば人心地がついた。スッキリした!と礼を言い微笑むマリカに布巾を返すのだが、当のマリカは受け取らず顔をしかめて、臣下でも洗って返すべきですよとまるで私をバッチい物扱いする。唖然とする私同様控える二人も意外だったのか、驚く表情が可笑しかった。すぐにマリカは冗談ですよと笑顔を見せて布巾を懐に仕舞う。私は狼狽えどういう事かと視線を彷徨わせるが、再度マリカと視線が合うと何故か彼女は吹き出して声を上げて笑った。鶏が豆鉄砲喰らったみたいな顔ですねと指まで指されてムッとするが、つられた私も顔を見合わせて互いに綻ぶ。緊張が解(ほぐ)れた。気遣ってくれたのかもしれない。
 住む場所も立場も変わってしまったけれど、人の優しさは変わらない。今はそれで良しとしておきたい。



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