夏の虫の話
90.*****
高く真っ青な空から、太陽の光が燦々と降り注ぐ。
乾いた熱い風に乗って、草木の匂いが鼻を掠める。
どこか遠くからは、鳥ポケモン達の賑やかな声が聞こえてきた。
「じゃあ、元気でな」
颯爽と自身のマウンテンバイクに跨る彼は、私達へそんな言葉を向けた。
何も訊かず、疑わず。
この青年は陽の事情について、何も追求してこなかった。
「色々あると思うけどな。ま、頑張れよ」
そう言いながらヘルメットを被り、首元のベルトをロックする。
彼は今、仲間のポケモンと共にイッシュの四大大橋を巡る旅をしているらしい。
同じポケモントレーナーとして旅をしている、友人に触発されたのだとか。
次に目指すのは、シリンダーブリッジ。
地下鉄が通っているという、世界から見ても珍しい機能に優れた橋だという。
彼等は何かの結果や成果を求めている、という訳ではない。
目的さえあれば、彼等の旅は続くのだ。
とある旅行記に、誰かが記していた。
旅の最大の目的とは、自分の更なる欲望を見つけ出すことだ、と。
「本当に、ありがとうございました」
私がもう何度目かも分からないお礼を述べて頭を下げると、いいっていいって、と手を振られる。
「大変なこともあるだろうけどさ、とりあえず前向いて進んでれば、なんとかなるって」
彼は少しだけ目を細めて、そう言った。
風が、彼の周りを駆け抜ける。
それは私達の周りには吹いていないであろう、心地の良い風だった。
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