夏の陽の下
10.名前を付けて欲しい。
そんな事、今まで人に頼まれた事なんて一度も無い。
そう言って一度は断ったが、それでも彼は付けて欲しいと言った。
私が付けた名前が欲しいと。
しかし、それを拒み続けている私がいる。
眩しい夏の太陽が照り付ける大地を、私達は歩いていた。
早く街を出よう。彼はそう言った。
あまりせっかちな性格では無さそうだったから、不思議に思った。
彼曰く、この街は特に治安が悪く、私にとって危険だからという事らしい。
暑いのは苦手だったが、今は何故か気分がいい。
この地域は私が知っている気候と違い、昼間はからりと乾燥した空気が流れる様だ。
気持ちのいい風が吹いている。
「なあ、頼むよ。考えといてくれよ」
いつでもいいからな、と彼は言う。
そんな事を言われても、人の名前を付けるなんて。
「今までの名前は? 今、あなたの名前は無いの?」
「いや、あるっちゃあるんだけど……」
「じゃあ、その名前を付けた人に申し訳ないわ」
「ええーっ。まじかよー」
いいじゃんそんなの。と彼は言う。
そんなの、じゃない。名前とは、そういうものだと思う。
所々、この人の価値観がよく解らない。
「名前かー。おねえさんは?」
「え?」
「名前、なんていうんだ? まだきいてなかったなーと思って」
「私? 私は……」
ふと思い留まる。が、直ぐに応えた。
もう、警戒する必要は無いのだ。
「ミツキ。ミツキよ」
「へぇー! ミツキっていうのか!」
きれーな名前だな!と彼は笑う。
恥ずかしい事を、よくもさらりと言ってくれる。この人は。
でも、うん。言って良かった。
褒めて貰えて、嬉しく感じる私がいる。
「ふふ、ありがとう」
「ああっ笑った! くそーいいなー。俺もそういうのが欲しい」
あまり笑顔を崩さない彼の、ムッとした表情。
そんな顔をするから、可笑しくて更に笑ってしまった。
「なんだよこんなことでー。なんかずりぃぞ」
膨らませた頬の上に、楽しい様な寂しい様な、不思議な瞳が見えた。
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