夏を知る人

 140.

ぱちぱちと、炎が木を弾く音がする。
すっかり日が沈んだ空には月が浮かび、流れる雲を明るく照らしている。
小高い丘の上に設けられた小さな野営地では、皆キャンプファイアを囲んでダンスをしたり酒盛りをしたりと、思い思いに夏の夜を楽しんでいる。
先刻合流したギーマさんや、レンブさん、シキミさんにお酒を勧められてしまったが、丁重に、断らせてもらった。

昼間、海へと急下降してダイブしたあの時、私はなんと溺れかけてしまったのだ。
あの、無様にもひっくり返った恰好で、まだ念力が完全に解けないまま必死にもがこうにも身体は動かず、私は生まれて初めて、命の危機というものを感じた。
急いで救出してくれた陽やシズイさんのポケモン達のお陰で、なんとか一命はとりとめたものの、問題はこの後の陽の発言である。
私の身体を抱きかかえたまま、私が無事であると分かった途端に、やれ肌がすべすべだの、やわらかいだの、恥ずかしいことをこれでもかと言ってくれたのだ。この男は。

「わ。もしかしてまだ怒ってんのかよ、ミツキ」

「ふんっ。もう話し掛けて来ないでって言ったでしょ」

「ええー……」

皆とは少し離れた場所で地面に腰掛けていると、人の声と共に虫や鳥の鳴き声も聞こえてくる。
時折吹き込む夜風に、木立がささやく。
そんな場所に居る私達に声を掛けてくる人はおらず、遠くからの賑やかな光が目に入るばかりだ。
ぼうっとその景色を眺めていると、こちらへ近寄って来る人影が一つ。
あれは……。

「智秋くん……?」

智秋。智秋くん。
シキミさんが、少年へ付けた名前。
少年が付けて欲しいと願っていた、大切な名前。
後から聞いた話だが、シキミさんは彼を自分の元へ迎え入れると分かった時から、この名前を考えていたらしい。

少年はこれから、新しい名前で、新しい地で、生きていく。
それが智秋くんにとって、良いものであると、私は信じている。
良いものであるようにと、願っている。
それは名前を贈ったシキミさん自身も、同じ気持ちだろう。
それが、私にはとても嬉しかった。

「おねえちゃん、おにいちゃん」

近付いてきた少年が、私達の目を見つめる。

「あれ。まだけんかしてるの? はやくあやまりなよ、おにいちゃん」

「うるせえやい」

「謝ったって許さないわよ。……ところで、どうしたの?」

「……えっとね。あしたには、もう、さよならしなきゃでしょ? ……でも、そのまえに、どうしてもおはなしなきゃいけないことがあって……」

「そんな……」

そんなことを考えていただなんて。
改めて、とても寂しくなってしまう。
もうしばらくは……いや、もう二度と会えなくなってしまう様な物言いに、落ち込んでしまった。
そんな気持ちを表に出さぬよう、私は、何のお話? と訊き返した。
しかし返って来たのは、少しだけ、意外な応えだった。

「おねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんに」

「……え?」

「おにいちゃんとだけ、おはなしがしたいんだ。ね、いいでしょう?」

*****


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