夏の夜の光

 150.

夕刻を過ぎたカゴメタウン、ポケモンセンターの一室。
とても静かな夜が街を包み込み、外からは虫ポケモンの涼しげな声が響き渡る。
時折吹き込んでくる夜風が、薄いカーテンを揺らして月光を誘った。
窓際に立ち、月明かりに照らされた陽の表情は、私にはよく見えない。…否、見ることができない。
怖くて直視できないのだ。
陽が、遠くへ行ってしまいそうで。

「……ピスカって、陽の、本当の名前?」

「ああ。そうだよ」

「……ピスカ、か……」

「……なんだよ」

不機嫌そうに、陽がこちらを向く。
私の知らない陽が、ここに居る。
ピスカという名前を持ったポケモンが、ここには居る。

「ううん。なんだか綺麗な名前だなと思って……」

「……」

「……陽?」

「やめろよ。そんな罪人の名前」

そう言って視線を逸らし、窓枠に頬杖を付く彼。
いつもとは違う低い声に、心が重くなる。

「どうしてそんなこと言うの? 素敵な名前よ」

「……」

「……陽」

黙ってしまった陽は、こちらを振り向いてくれない。
ふぅ。と私が溜め息をつくと、陽はこうべを垂れて、小さな声で、呟いた。

「俺は、陽の方がいい」

夜風の冷たさに負けてしまいそうな、消えてしまいそうな、とても小さな声。
それでも、私にははっきりと聞こえた。
聞こえてしまった。

きっと彼は、罪を背負ったピスカという存在から、逃げ続けていた。
ピスカという名前を持った、自分自身から。
だから私に、あんなにも新しい名前を付けて欲しがったのだろう。
新しい名前と共に、新しい道を辿れるように。
ピスカという過去の存在を、消してしまえるように。

「陽、あのね」

「……」

「陽がもし許してくれるなら、私、貴方の……ピスカのことを、もっと知りたい。貴方がずっと逃げて続けている、過去の自分のことを」

「……」

「……だめ、かな」

「……」

「陽……」

「ミツキには」

ぽつり、と言葉を紡ぐ。
その声は、とてもはっきりと聴こえた。
冷たい空気の中で、陽の息遣いだけが、はっきりと聴こえた。

「ミツキには、一番教えたくなかった。ピスカは俺の中ですげえカッコ悪くて、情けない奴だから……。でも、ミツキはそれを知る権利がある。俺が、ミツキを巻き込んだから。ピスカっていうどうしようもない奴に、ミツキを会わせてしまったから」

陽がこちらを振り向き、近付いてくる。
椅子に座る私の前で、目線を合わせ、微笑んだ。
とても、とても悲しそうな笑顔だった。
その瞳は、驚くほど、優しい。
今まで見たことの無い、陽の表情だった。

「ミツキ、ごめん。ごめんな。でも、ありがとう」

「陽、私は何も……」

「ミツキは俺が許すなら、なんて言ったけど、それは違う。俺が許すんじゃない。ミツキが許してくれるから、俺はこうして話すことができるんだ」

「……」

「ミツキ、聞いてくれるか? まだ話していない、俺の……ピスカの話だ」

*****


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