夏を追う朝

 170.

翌朝。
ナガアキが何やらそわそわと支度をしている為、何事ですかと声を掛けたところ、君が連れてきた面倒事ではないか、と怒られてしまいました。
彼の手には、タウンマップと、簡易型の電子ポケモン図鑑が。
どうやら、ナガアキは陽さんを、夢の跡地、と呼ばれる場所まで連れて行って下さるようです。

「流石です、ナガアキ」

「…………ふん」

そう言ってわざとらしくばたばたと自身の分厚い手帳を開き、ライブキャスターを開く彼。
どうやら、本部へ連絡を取る様です。

「…………。……ああ私だ、朝から悪いな。急で申し訳無いのだが、ジャイアントホールでの調査を中止したい。……ああ、ああ、そうだな。だが、そこまで急な用件では無かっただろう。せめて冬始めまでは、と……。……ふむ、そうだな。途中経過のデータは送信しておこう。……うむ、それなんだがな、…………そう、そうだ。では、ここから……」

「何だか嬉しそうだな」

声が聞こえたので振り向くと、シャワールームから帰ってきた陽さんが立っていました。
もう、身体はすっかり元気を取り戻した様子です。

「嬉しそう……、ナガアキですか?」

「いや。それを見ている零が、だよ」

そう言って、椅子に腰を下ろす陽さん。
私は席を立ち、テーブルのお皿に先程用意した朝食のパンを並べていきます。

「……そんなに嬉しそうでしたか?」

「ああ、何だろうな。そう思ったんだ」

そう言う陽さんは、随分と優しい表情をする様になりました。
昨夜の怖いお顔とは、大違いです。
ただし心穏やか、という訳では、決して無いのでしょうが。

「私、ナガアキがああして仕事をしている姿を見るのが、とても好きなんです」

パンを並べ終え、席に着きます。

「へぇ、そうなのか」

「はい。ナガアキは、元より何かを研究したり、調査をすることが大好きで……何かを発見することに、喜びを感じる人だったのです。……そう……それが、私のせいで嫌いになってしまったかも知れない。そんな時期が、過去にあったのです」

「……嫌いになった?」

「ええ。……だから、今でも変わらず、ああして自分の好きなことを生業にしている彼を見ると、とてもほっとするんです。温かい気持ちに、なるんです」

「……そうか」

「そしてそんな彼の傍に居て、過ごせるということが、私は、とても幸福なことだと思うのです。……私は今、幸せだと思うのです」

「……」

慌ててメモを取るナガアキを見ていると、何だか可笑しい様な、くすぐったい気持ちになってきて、何故が急に黙ってしまった陽さんの方を見ると、先程の私と同じく、ナガアキの様子ををぼんやりと見つめていました。
その瞳はひどく優しく、けれどとても寂しげな眼差しで、陽さんは、ただ一点を見つめていました。
私には見えない彼女を、見ていました。

「……何だか、羨ましいな」

そんな声が、朝日の光と共に、ぽつりと聞こえてきました。


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