夏の陽の下
19.……おかしい。
彼は一体、いつここへ来るのだろう。
夕陽は、とっくに海へと飲み込まれた。
空はまだ少し明るさを残しているが、星がちらつき始めた。
向こうには、ぼってりとした月が海の上に浮かんでいる。
すぐ行くから、と彼は言っていたはずだ。
お腹が空いて仕方がない、とも言っていたはずだ。
なのに、あれから時間は多く経ちすぎた。
これは私の時間感覚の話ではない。
海沿いから少し離れたところにある街頭時計が、そう告げているのだ。
何か、あったのだろうか。
そんな不安が、私の脳裏を横切る。
誰かに襲われでもしていたら、と背筋が凍る。
……が、彼の“わりとつえーから”という言葉を思い出す。
そう、その事に関しては心配いらないのであった。
口だけでなく、本当に腕も達者な様子だった。
では何故……?
一体、どうしたというのだろう。
人混みのせいで、迷ってしまったのだろうか。
誰か知り合いを見つけて、話し込んでいるとか。
何か、別の用事を思い出して、そちらの要件を済ませているとか。
あれ……。そもそも彼は、何をしに行ってしまったんだろう。
何の用があって、私と離れたんだろう。
どこへ、行ってしまったんだろう。
ごうっと、海からの突風が私を包む。
冷たい。
寒い。
嫌。
足早に立ち去った私を、さざ波がただ静かに見送っていた。
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