夏が終る日

 210.

*****

着物の帯が、私のお腹を締め付ける。
下駄の鼻緒が、私の足をきりきりと縛っていく。

さっき歩いたばかりの獣道を、走って走って下っていき、ついに本当に辛くなってしまって、適当な木に縋って、泣いた。

「ああ……っ、うわああああああっ…………!!」

涙が、溢れてとまらなかった。
このどうしようもない気持ちは、一体どこにぶつければいいの?
どうしたらこの気持ちに、終止符を打てるの?

陽は前を、……ただひたすらに前を見ていた。
未来に向かって進めるように、過去の自分を省みていた。
そして、決断したのだ。
もう一度、あの故郷の森へ帰り、罰を受けるのだと。
自分の罪を償い、そして、未来へ進んでいくのだと。

…………それなのに、私は、そんな彼の背中を押してあげることができない。
できない。
できないよ……。

陽を止めなくちゃ。そう思った。
けれどその一心で彼の腕に縋り、その瞳を見たとき、私は愕然としてしまった。
陽が、あまりにも怯えた顔で、私を見ていたから……。

うぬぼれていた。
私は彼の唯一無二であり、一番の理解者だと、思っていたのだ。
今まで彼の過去も、想いも、沢山聞いてきた。
彼自身の口から、直接その話を聞いてきたのは、私だけなのだ。
だからこそ、今度こそ私が、彼を守ってやらなければと、救ってあげなければと……そう、思ったのだ。

ところがどうだ。
とんだお門違いじゃないか。
陽は私が思うよりも、ずっと強い。
分かっていた。知っていた。
結局は、私のためなのだ。
私は自分自身のために、私と彼を、ここに……この世界に、繋ぎ止めようとしている。
あまりの身勝手さに、吐き気がした。

陽があんな表情をしたのも頷ける。
だって私のこの醜い願いを、陽は知らない。
知るはずがないのだ。だって、伝えていないから……。
だから、これは当然の結果なのだ。
何も言わなかったから、何も伝えてあげてなかったから、陽に、あんな表情をさせてしまったんだ……。

でも、どうすればいい?
彼が真実を知ったとして、その先、一体どうなるというの?

分からない。
分からないからこそ、知ってほしくない。
気付かないままで、いてほしい。
だって、もう、彼はこんなにも悲しんできた。
どうしてこれ以上、彼を苦しめる必要があるというの?
そんなこと、一体誰が望んでいるというの?

この真実は、誰も予測できず、周囲も、彼自身でさえも気付くことのできなかった、事故だ。
その一番の被害者に、これ以上辛い想いをさせたくないと思うのは、…………目覚めてもなお、無事に生きていてほしいと願うのは、私の……、本当に、ただの、わがまま…………?

「ねぇ、大丈夫?」

突然聞こえてきた、声。
けれどその声には聞き覚えがあって、なぜか、とても優しい気持ちになった。

「あなた、は……」

「もう忘れちゃった? プリティーフェアリーポケモンの、桜ちゃんよ」

「……さく、ら……?」

視界の端に、ぼんやりと、あのピンク色の服を身に纏った女性の姿が見えた。
ああ。いつだったか、私は彼女に、何かを言われたんだっけ……。
あの前に。
あの扉が、開く前に。

…………あれ? そういえば私、彼女に何を言われたんだっけ……?

思い出せない……。

とても大切なことだったような、きがするんだけど……。

……。

「うん? ミツキちゃん、どうしたの?」

……?

……。

……。

「ミツキちゃん……?」

……。

……ああ。

……そうだ。

……おもいだした。

……あれは、あれはたしか……。

「え!? ちょっと、ミツキちゃん!? ミツキちゃん!!」

……。

……。

……?

なんだか、さむいな……。

*****


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