夏の夜の夢
220.*****
僕は、僕にしか使えない力を使って、この深い眠りに落ちた。
僕の記憶が正しければ、この力を使ってしまえば、少なくとも千年間、僕は眠り続けたままだ。
……どちらにしろ、ピスカとはもう、会えない運命だったのだ。
嗤ってしまうけれど、もう、どうしようもない。
千年後に目覚めたとき、ピスカがどんな一生を過ごしたのかなんて、誰に聞いても分かることはないだろう……。
ーーーーーしかし、僕が思い描いていた未来は全くの検討違いで、それがまだ良いと思えるものだと知ったのは、もう少しだけ、先のことだった。
「我が名はダークライ。暗黒ポケモンと呼ばれ、恐れられている者……」
突如として僕の思考に現れた黒い影は、僕に向かってそう言った。
眠っている間の僕に話し掛けてきたのだから、そいつは僕と、僕の夢の中にでも居たのだろう。
「……君は、誰だい? 僕に、何か用でもあるのかい?」
「カロスに住まう、森の王。私はお前に、伝えなければならないことがある」
そう言って、彼は静かに、厳かに、僕に語り始めた。
「お前の起こした再生の力は、成功した。傷付き苦しみ、死に絶えた者達までもが復活し、元の暮らしを始めている……。実に、見事だ」
「…………そうかい。それは良かった」
「しかし、お前は力を使い果たし、千年の眠りに就いた。あの森から、お前は居なくなってしまった」
「まあ、仕方がないさ。大丈夫。僕は千年後、再び目覚めることができるのだから……」
「それだけではない」
「?」
「王であるお前が居なくなったことで、あの森の均衡は、一夜にして崩れ堕ちた。今頃はお前の代替となる王権を巡る、争いが始まっていることだろう」
「……なんだって? そんなことが……?」
「まあ、そんなことは大した問題ではない。じきに収まる」
「しかし……」
「あの森は昔から、お前の知らない遥か昔から、それを繰り返してきたのだ。王を巡り、争い、新たな王が生まれ、滅びる。そういうものだ」
「…………。そう、なのか……」
「そうだ」
「では、一体何なのだ。一体君は、僕に何を伝えたいんだ」
「森の均衡がなくなったことで、あの森はお前が王であった時の、歴史を失った。今はまだ記憶が残っている者も居るかもしれないが、じきにそれも居なくなるだろう。王を一度失ったということは、一度野生に返ったも同然なのだ。記憶の修正は、驚くほど簡単に済んでしまうぞ」
「……そうか。しかしそれが一体、僕に何の関係があるというのだ。新たな森は、新たな王に任せれば良い。僕が次に目覚めるのは、千年後だ……」
「関係があると思ったから、私はここに来た」
「……一体、何なのだ」
「皆が一様に、ピスカという罪人の存在を忘れてしまう」
「…………え?」
「それだけだ。それだけを、お前に伝えなければと思ったのだ……」
「待ってくれ、どういうことだ。どうして、ピスカが……? ピスカが一体、どうなってしまうのだ?」
「ピスカはすでに、罰を受けている最中だ。深い眠りに堕ち、悪夢を見続けている……。今はまだ、半分も過ぎていないが……。しかし、実刑期間を過ぎても、ピスカが目覚めることは、もう無いだろう……。皆がピスカの存在を、忘れてしまうから……」
「深い眠り……? それがピスカの受けている、罰なのか……?」
「そうだ。そしてそれを目覚めさせる方法はたった一つ。クレセリアの持つ、三日月の羽根を使わなければならない」
「…………そ、それを使わなければならないことを、森の者たちが、忘れてしまうということか……?」
「そうだ……」
「…………そんな……、まさか、そんなことが……」
愕然とした。
そんなことが、起こり得るのか。
「そんな、まさか。そんな…………」
何たる不運。
何たる不幸。
僕がピスカに我儘を言ってしまったがために、また僕が僕の力を使ってしまったがために、ピスカの一生を、ただ罰を受け続けるだけのものに変えてしまったのか。
こんなにも不幸せなことが、この世界には在ったのか。
愕然とした。
まるで世界中の絶望が、ここに集結したかの様な結末じゃないか。
「…………僕は一体、何ということをしてしまったんだ…………」
「……」
「……」
「……」
「……君は」
「?」
「君はピスカに、その三日月の羽根とやらを、与えてやることはできないのか……?」
「それはできない。私はそれに触れることさえ、できない。私は、ピスカに罰を与えた者……。刑の、執行者なのだから……」
「そう、なのか……」
「……」
「……」
「……では、何故? 何故君は僕に、このことを教えてくれたんだい?」
「…………一つ、考えがあるのだ」
「考え……? もしかして君は、ピスカを救う方法を知っているのかい?」
「……そうだ。しかしそれは、お前の永遠ともいえる命を、失ってしまうことになるかも知れない……。それでも、私の話を聞いてくれるか? 森の王よ」
「ああ、もちろんだ。聞かせてくれ」
ピスカを救うためなら、何でもしよう。
この身が削がれようが焼かれようが、構いはしない。
僕のせいでピスカは、こんな酷い目に遭っているのだから。僕は彼を助ける、義務がある。
それに彼は僕の、唯一の友だから。
とても大切な、大切な、腹心の友だから。
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