第一章

 9.

大海洋を臨むバルコニーの一角、カクタス号の三階。目の前には見事なサンセット。
ここはゆのが宿泊する客室の、プライベートバルコニーである。
三階、四階の施設は客室が主になっており、各トレーナー一人につき一部屋が割り振られていた。
こんな豪華な客船で個室を与えられるなんて、一体この船上パーティの主催者はどんな大富豪なのだろう……と、ミツキは夕陽を眺めながら思いにふけっていた。
そんな中ふと、パンフレットを海風になびかせながらゆのが呟いた。

「あー…しまった」

どうしたの、と隣で景色を眺めていたミツキが訊き返す。
ゆのが欄干に背を預け、応える。

「この後、全員参加の立食会があるんだって。どうしよう。さっき食べたばっかじゃん…」

「確かに、お腹いっぱいだね」

苦笑しながら、ミツキは頷いた。

「でも、皆を連れて行ってあげたら喜ぶんじゃないかな。きっとまた、お腹を空かせて帰って来るわ」

「うーん…」

現在彼女等のポケモン達は絆優を除き、皆で会場内を遊びまわっている。
何でも自由参加のスポーツイベントが催されるらしく、腹ごなしに参加するのだという。
因みに部屋に残った絆優は現在窓の向こう側、ゆののベッドの上で泥の様に眠っている。

「でもこの立食会、ポケモンは参加できないのかな……?」

「え、そうなの?」

ミツキがパンフレットに目をやると、そこには立食会の案内が掲載されていた。
そして確かに、手持ちポケモンは会場入りの際、船内のポケモンセンターへお預け下さい、などと書かれている。

「珍しいね、こんなの」

ミツキが首を傾げると、うん、とゆのが頷いた。
どうやらこの会場へ入る前にポケモン達を船内の簡易ポケモンセンターへ預けると、そこでポケモンを回復してもらえるらしい。立食会を終え会場を出た時に、回復されたポケモンが手渡されるシステムだ。

「船の中にポケモンセンターは無いと思ってたから、傷薬で済ませちゃったよ……」

「私も……。でもそういう人、多そうだよね」

最初から言ってくれなきゃ分かんないよ。
二人はあれこれ文句を言いながら、パンフレットを眺める。

「ねえこれ見て、ドレスの貸し出しとかあるんだって」

ミツキがパンフレットの一角をを指差す。

「えー……、何これ? ドレス及びタキシードのの貸出しあります。ご用意のないお客様は気軽に係員へお申し付けください。……だって」

ゆのはひと通り読み終えると、深い溜め息を吐いた。

「ドレスコード……だっけ。そういうの、ちゃんと決められてるのかな……」

ミツキがうーん、と首を傾げる。
敷居の高いホテルやレストラン、はたまたパーティなどにはドレスコードが決められている……などとは聞いたことがあるものの。
一般家庭で育ってきた年若い二人にとっては、無縁の世界であった。

「スニーカーじゃ入れない雰囲気かもね……」

「私もパーカーに短パンじゃ入れないか……」

「うーん……」

「私、ゆのちゃんのドレス姿、見たいです」

突然聞こえてきた声に、二人はぎょっと驚く。

「絆優、いつの間に……」

そこにはいつの間にか、バルコニーの入り口を恐る恐る開け、こちらの様子を伺う絆優の姿があった。

「ご、ごめんなさい……! でも、でも私、ゆのちゃんに素敵なお洋服、着てほしいです……。ミツキさんも、その、お願いです。ゆのちゃんと一緒に、素敵なドレス、着てもらえませんか……? ……ゆのちゃん、普段そういう格好、しないから……」

段々と小さくなる声に、二人は顔を見合わせた。
そして絆優はもじもじと自分の手を動かしながら、そうっと二人を見上げた。

「あの、本当に一度だけ……今夜だけでも、着てみませんか……?」


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