第一章

 8.

「極大ホームランだったねぇ!」

「うるせー!!」

船内に設営されているフードコート『きゃもめのとまりぎ』。
様々なイベントを終えたトレーナーやポケモン達が休憩や食事のために、ここを訪れている。
その一角、窓際にある六人掛けのソファテーブルを陣取る、四つの人影。
先程から極めて大きな声を上げているのは、二匹の人型をとったポケモン達だった。

「大体、場外判定狙ったとしても……、海の上までぶっとばすことねぇだろ!? 溺れるぞ、俺!!」

「だってー! あんなに飛んでくとは思わなかったんだもん!」

「だもん、じゃねー!! ていうかお前、観覧席で会った奴だろ! 俺と対戦すること、知ってたんだな!?」

「知らないよ!! でもチケットにブロックも対戦番号も書いてあったじゃん! どこかで当たるかなーぐらいは、考えてたけどさぁ!」

「だったら俺にも教えてくれたっていいじゃねぇか!」

「チケット落とす方が悪いんだよぉーだ!」

「新、うるさいよ」

「陽も。……あと、チケット落としたって、何?」

「……」

「……」

熱のこもった討論をする二匹に、互いのトレーナーが制止の声を掛ける。
トレーナーの一人、ゆのは、ティーカップを静かに置くと、ミツキの方へ向き直す。

「でも、本当にごめんね。あの後、陽くん大丈夫だった?」

「え、あ、いいのよ。気にしないで……! 陽もほら、あれから無事に帰ってきたんだし、もういいでしょう?」

「ううー……」

腕を組み、口をとがらせて唸る陽に対し、ミツキはもう、と溜め息を吐いた。
結局、陽は新のドラゴンテールの攻撃を直に喰らい、場外―――否、船外へと吹き飛ばされた。
ヘルパーのペリッパーにより溺水は免れたものの、当の本人は飛ばされた衝撃と負けた悔しさとで、未だ冷静では居られない様子である。

「新、あのとき力入りすぎてたから」

「うん、ついねー!」

「次の試合では、気が抜けちゃってたけどね」

「えへへー」

ゆのの言葉に新は困った様に笑い、頭を掻いた。
Aブロック、第四戦目の勝者であるゆの達は、次の第五戦目に進出したのだが、熱戦の末あえなく敗北。
そんなゆの達の試合を見届け、そのままバトル会場を後にしようとしたミツキ達だったが、一人、声を掛けたい者が居ると言い出した男が居た。
兵太だった。

「ゆのちゃあぁぁん……!」

「あ、帰ってきた」

絆優。
そうゆのが呼んだのと、駆けて来た少女がぽすん、ゆのの膝にと覆いかぶさったのは、ほぼ同時だった。

「いやあ、逃げられちまった」

「兵太さん…」

ぽりぽりと頭を掻きながらこちらへ寄る兵太。
そしてゆのの膝にうずくまる絆優の様子を見比べて、ミツキは思わず苦笑した。
ゆの達のバトルの後、兵太が声を掛けたいと言った相手は彼女。絆優だった。

「あの翼の打ち方、少々手ほどきが必要とみた」

彼はそう言うと、そそくさと観戦席を立ち、一人ゆの達の元へ行ってしまったのである。
フキヨセジムのジムリーダー、フウロの手持ちポケモンはどうやら、彼女にバトルの指南をしたかったらしい。
しかしその手ほどきとやらが始まって、早数十分。
現在の二人の様子からして、そう上手くはいかなかったのだろう。
絆優の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
人間の姿をした彼女はなんと、十代半ばの小さな女の子だったのだ。無理もないだろう。

「いやしかし、なかなかいい筋をしているぞ絆優嬢。あとは降下する時の、翼の角度をだな…」

「ふええぇぇぇ…っ、もういやですうぅ……!」

顔を青くしてゆのにしがみつく絆優。
それを見て豪快に笑う兵太を咎められる者は、ここには居ない。

「あれあれぇ〜、もう帰って来ちゃったのぉ?」

「えー、どうしたの? ないてるの?」

そこへ現れたのは、先程の試合で共に戦った、ジュペッタの二匹。黎明と智秋である。
その腕に抱えたトレイの上には、これでもかというほど大量のハンバーガーとジュース、フライドポテトやチキンナゲットが乗っている。

「おかえりー……って、ちょっと多すぎない?」

「智秋くん、これ何人分あるの?」

ゆのとミツキが尋ねる。

「だいたい、じゅうにんぶんあるよ」

「じゅ、十人分?」

「……どうして十人分も?」

「うん。はちにんって、だいたいじゅうにんだよねっておはなししてたの。でもおなかぺこぺこだったから、じゅうにんぶんより、もっといっぱいかっちゃった。ね、れいめいくん」

「ねっ、智秋っ」

「……」

「……」

ゆのとミツキは絶句していたが、それに対し二匹のジュペッタ達はとても楽しそうである。
更にゆのとミツキの両隣に座っていた各々のポケモン達もーーーー絆優までもが、そのジャンクフードの量に目をキラキラと輝かせていたのだから、驚きである。

「おれ、ナゲットゲーーーット!」

「あっ、ずりぃぞ新!!」

「へっへーん、こういうのは早いもの勝ちなんだよー!」

「買って来たのはボク達なんだけどぉ〜?」

「そーだそーだ!」

「十人分以上あるんだ。絆優嬢、バーガー三つぐらいもらっておきなさい。まずは身体作りからだ」

「わわわ、私、そんなに食べませんし…!?」

「えぇ〜。絆優チャン、そんなに食べちゃうのぉ〜?」

「ひいぃっ」

「兵太に目ぇ付けられるとはなぁ……。絆優、ドンマイ!」

「ぴゃぁぁ…!」

兵太の特訓を受け、彼等の中で一番体力を消耗しお腹も空いている絆優に対し、この扱いはあまりにも酷ではなかろうか。
他のポケモン達は早速自分の食べ物にありついているというのに、彼女は未だ食べ物に手を付けることさえ出来ていない。
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
そんな絆優を見ながら、ゆのがぽつりと呟いた。

「あー…、まおまおが見たら、なんて言うんだろ……」

「……まおまお?」

聞き慣れない固有名詞に、ミツキは疑問符を浮かべた。

「あー、うん。真想(まお)っていう、うちのルカリオ」

「えっ。ゆのちゃんって、まだ他にポケモンが居るの?」

「そうだよー。今は六匹居るかな」

その応えに、ミツキは思わず目を丸くした。
ゆの曰く、彼女が現在所持しているポケモンは全部で六匹。
この船内に持ち込めるポケモンは三匹のため、他の三匹はヒウンシティで留守番中らしい。
先程名前が挙がった、ルカリオの真想。エネコの瞳(あきら)、そして、ペンドラーの夢来(むくる)。
そこまで多数のポケモンを保持したことのないミツキには、想像も出来なかった。

「凄いね、ゆのちゃん…」

「そうかな?」

フライドポテトをつまみながら、首を傾げるゆの。
ポケモンを多数所持していること、メンバーを纏め上げることに関して、そこまで苦労しているとは本人自身、思ってはいないのだろう。
実のところ、その役割は彼女のパートナーであるポケモンが一匹、汗水垂らして背負っている訳なのだが…………。
それを知っている者は、誰一人として居らず、そのポケモンも、この場には居ない。

「わぁーっ、ちきんがとんでいったよー!」

賑やかな船上で、なお際立つこの一角。
二人の若いトレーナーは溜め息を吐きながらも、互いに遅めの昼食を楽しんだ。

遠くへ入道雲を携えた蒼穹の下、カクタス号は海上を快く進んでゆき、やがて太陽は、西の海へ沈もうかという時刻に達していた。


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