第二章

 14.

***

各々のポケモンを簡易ポケモンセンターへ預け、大ホールに集まった老若男女のポケモントレーナー達。
煌びやかな衣服に身を包む彼等の首からは、ネックホルダーに入れられた各々のトレーナーカードが掛けられていた。簡易的な自己紹介のためなのだという。

「レディースエーンド、ジェントルメン! さあ、ディナーパーティの始まりだ! 思う存分、楽しんでいってくれたまえ!」

全員が好みのドリンクを給仕から受け取った後、開会式と同じカイゼル髭の男が乾杯の音頭を取り、立食会は始まった。
きらびやかなシャンデリアが天井を彩る大ホール。
暖かな光とどこからか聞こえてくる菅弦楽器の音、そしてドレスやタキシードに身を包む人々に、豪勢な食事。
非日常でしかないこの空間は、ゆのとミツキにとって真新しいものであり、また、疲れさせるものであった。

「こんばんは。ねえ君たち、美味しい料理はあったかい? 僕等あっちのテーブルの料理はひと通りつまんでみたんだけど、こっちの方はまだ来てなくってさ」

「出来ればおすすめの飲み物も教えて欲しいな。あ、グラスが空きそうだね。好きなものを教えてくれたら、俺が取って来てあげるよ」

二人の端正な顔立ちの男が、そう声を掛けてきた。
話している内容は穏やかだが、捲し立てる様なもの言いにはどこか、食事以外の何かを求める必死さを漂わせている。

「あ、いえ。結構です……」

「さよなら」

おずおずと断りを入れるミツキと、そのミツキを引っ張って歩き去るゆの。
先程から、ずっとこの調子だ。

「ご飯、ゆっくり食べれないね」

「うん。ほんと疲れる……」

美しいドレスを身に纏う可憐な少女二人を見て、話し掛けて来る者は少なくなかった。
時折同じ年頃の少女や、杖を突くジェントルマン、品の良い婦人などとも話をしたが、大半は今の様な男性トレーナーである。
会話をしたところで彼等の期待に応えることは出来ないし、第一そんなことになれば彼女等の手持ちポケモンが黙っていないだろう。

「もう帰っちゃおうか」

そうゆのが溜め息を吐いた。

「まあまあ。せっかく絆優ちゃんにお洒落してもらったんだし、お土産話が出来るくらいには楽しんで行かない?」

「うー……」

ミツキの提案に口をへの字に曲げるゆの。どうやら相当疲れているらしい。
ミツキはゆのを連れて会場の隅にある椅子に座らせ、自分もその横に座った。

「足も疲れちゃったね。つま先が痛いな」

「うん。普段はずっとスニーカーだから……。みつみつもでしょ?」

みつみつ、とは、彼女がミツキに付けたニックネームである。
因みに陽は先刻、はるるん、と呼ばれていた。

「うん、そうだね……。……ゆのちゃんは、旅を続けてもう長いの?」

ふと、疑問に思っていたことが口に出た。
同世代で且つ同性のトレーナーは、ミツキの周りでそう居なかったため、聞いてみたいことは沢山あった。

「うーん、もう結構経つかな……? 最初は、私とむっくんだけだったから……」

「むっくんって、さっき話してくれた……?」

「うん。ペンドラーの夢来。……きっと今頃、心配してるだろうなぁ」

「え……? ふふ、そうなの?」

「うん。夢来はずっと、一緒だったから……。私、いつもぼーっとしてて……。ふらふらどっかに行こうとしても、絶対傍に居てくれたもん。……今回は、船に乗るのが三匹までっていうから、ヒウンのポケセンお留守番だけど……。……ここに乗る前は本当に凄かった。ふらふらするな、危ないことはするなって、散々注意された。子供じゃないのにー……」

そう不貞腐れるゆのはどうやら、パートナーからの注意を一部勘違いしているらしい。
彼は決して、彼女を子供扱いしている訳ではないのだ。むしろ一人の女性として、彼女を心配している。
ミツキはちら、とその思案について脳裏を掠めたが、ゆの本人には何も言わず、大変だね、と笑って返した。

「みつみつはー? ずっとはるるんと一緒なんでしょ?」

「え? うん。そうだね」

「ずっと二人っきり? ラブラブーって感じなの?」

「らぶら……。そういう風に見えるかな……」

「ううん。あんまり」

「そう、それは良かった……」

面白そうに話すゆのと、少し顔を赤らめながら胸を撫で下ろすミツキ。
同じ様なことを言われることは、これまでに何度かあった。
しかし皆が思っている程のことは無いのだと、毎回ミツキは思っていた。……それがひどく照れくさいという事実は、別として。
火照った顔を涼ませようと、ミツキは持っていたグラスに頬を当てた。
彼女の様子をみて、ゆのはまた面白そうに目を輝かせた。
そんな最中である。

「こんばんは、お嬢様方。パーティは楽しめているかい?」

突然、目の前に男性の影が現れた。
顔を上げると、そこには先程までステージ上で司会をしていたカイゼル髭の男が一人、にこやかに立っていた。
男は何故か左手にトレイを持っており、そのトレイには水の入ったグラスが二つ乗せられていた。

「遠目から気分が悪いのではないかと心配でね。グラスが空いているようだったから、お水を持って来たよ。はい、どうぞ」

丁寧な手つきで二人から空いたグラスを取り上げ、新しく水の入ったグラスを持たせた。
今まで見たことのない程に美しい手つきで、二人は思わず固まってしまった。

「ではお二人共、どうぞ楽しんで行ってくれたまえ。今はちょっとうるさいダンスステージだけれど、これから美しいクラシック音楽のステージだからね。良かったら見に来ておくれ。それでは」

そう言うと男は、颯爽とステージの方へ戻って行った。
恐らく彼の本来の仕事である司会に戻るのだろう。

「変な人だったね……」

「うーん……」

会場の隅で座ったままの二人は、茫然とその後ろ姿を見送った。
冷たいグラスには暖色のシャンデリアが映し出され、きらきらと揺れている。
水に口を付けると、すっきりとした冷たさがミントの香りと共に身体の芯を通った。
その時である。

「きゃああっ!!」

突如、女性の声が響いた。彼女達の居る場所から少し離れた所の様だ。
誰かが食事でもこぼしたのだろうかと思案したが、悲鳴は更に続いた。

「女の子が倒れたの!! 誰か、助けて!!」

途端に辺りはざわつき始めた。
スタッフを呼ぶ者、医者を探す者など、数人が右往左往し始める。
深海に潜んでいた冷たい渦は、徐々に、徐々にその姿を現し始め、やがてこの巨大な客船を、小さく揺らし始めた。

カクタス号、夜の饗宴。
山場は未だ少し、先の話である。

***


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