第四章
32.煌々と暖かなシャンデリアのライトが降り注ぐ、五階メインホール。
そしてその明かりの先には、冷めた食事とこぼれた飲み物。
割れたグラスが所々に散乱する床には、美しいドレスに身を包んだ老若男女のトレーナー達が、そこら中を埋め尽くすように倒れている。
そんなホールの一角。ゆのとミツキが倒れている場所に、新と陽は急いだ。
「ゆのーーーーっ! ゆの! おーきーてーーーーっ!」
「ちょ、そんなでかい声出していいのかよ」
「ええっ、だって……」
制止する陽に、新が振り向く。
「まあ、普通の声ぐらいは大丈夫だけどよ。今以上の声は出すなよ」
兵太はそう言うと、メインホールのスタッフルームへの入り口へ向かった。
ホールの正面入り口には警備がなかったため、もしロケット団が居るならスタッフルーム側であろうと踏んだのだ。
まず、このホール内にロケット団が一人も見張っていないという時点で、警備が甘すぎるのだが……。それだけ、トレーナー達に飲ませた睡眠薬の効果は強いのだろうか。
ゆのやミツキ等トレーナーはやはり、眠らされているだけだった。
恐らく会場の食べ物や飲み物、あるいはグラスの飲み口などに、薬を盛っていたのだろう。
死に至る毒薬などで無かったのが幸いだ。
「ミツキ、大丈夫か? ミツキ……?」
「ゆのー? 起きてよぉ。ゆのってばぁー……」
二匹が自身のパートナーを起こしている声が、段々と遠くなる。本当に広い会場だ。
兵太は考える。
ひと通り見周ったが、この会場内に爆弾らしきものは無い。
薬を盛る手間は掛けたのに、トレーナー達が死んでしまう程のものは仕込んでいない。
直接的にトレーナー達の命を奪う様なことは、やはり考えてはいないようだ。
では何故。
「何故、こんなにも手の掛かることをしたんだ……?」
こんなにも巨大な客船を手配し、何百人ものトレーナーを集め、楽しげなイベントを計画して、人数分の豪華な食事も用意した。
なんとまあ、大掛かりな罠だろうか。
しかし……。
「トレーナーカードを集めるだけで、採算が合うのか……?」
この計画を実施するのに、どれだけの人、手間、時間、そして金を掛けたのだろう。
それなのに、盗むものがトレーナーカードだけとは。
確かにトレーナーカードは各トレーナーの情報の塊だ。一枚あれば彼等のポケモンだけでなく、金も個人情報も全て手に入ってしまう。
しかし、カードも一つの情報端末として扱われるこのご時世だ。情報を外部からの遠隔操作で止められてしまえば、カードはただの紙切れも同然である。
……そう。どう考えても、割の良い仕事には思えないのだ。
兵太には、それがどうにも気掛かりだった。
そして思う。
何か他に、全く別の目的があるのではないか……、と。
「……」
スタッフルームの扉前まで来た兵太は、耳を澄ませる。
どうやらこちら側にも、敵は潜んでいないようだ。全く敵の事ながら心配になる。
「兵太」
背後から、陽に声を掛けられた。
振り向くと、新も一緒だった。
「駄目だったあー。ゆの達、全然起きないよー」
疲れた顔で言う新に、兵太が頷いた。
声を掛けたり揺すったりしたところで、二人のトレーナーは目を覚まさなかったらしい。
「そうか……。ちょっとやそっとじゃ起きねえなら、これ以上は無理だな。諦めよう」
このホールが警備されていないとはいえ、ここが敵陣であることに変わりは無い。
まさか二人の人間を担いで逃げる訳にもいかない。
とにかく、長居は無用だ。
渋い顔をする二匹に、兵太は声を掛ける。
「残念だが、次の作戦だ。陽、新」
***
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