第四章

 40.

***

……て、みつみつ。みつみつ。

身体を揺さぶられる感覚。
そして誰かに呼ばれる声。

みつみつ、起きてってば。みつみつ。

重い瞼を開けると、およそ予想だにしていなかった光景が目の前に飛び込んでくる。
それは床だった。豪華そうな絨毯の上に透明なグラスが倒れ、中の水分は全て絨毯の繊維が吸収している。
非日常的な景色に、はっとミツキの意識は覚醒する。

「ゆのちゃん……!?」

がばりと勢いよくゆのの方へ身体を向けるミツキ。
しかしその動きは未だ緩慢だ。睡眠薬の効果がわずかだが残っている。

「良かった、起きてくれた」

ほっとした表情を浮かべるゆの。何故か、ドレスが薄黒く汚れている。
そして、背後には数名のトレーナーが立ち上がって何やら話し込んでいる。およそ十名程か。恐らく自分達と同じ被害に在った者達だろう。
更にその背後には、未だ目を覚ましていないトレーナー達が幾人も倒れていた。中には今まさにミツキ同様に起こされている者もいる。

「ゆのちゃん、これは一体……?」

「うん。みつみつ聞いてほしい」

真剣な表情をしたゆのが、今現在で自分達が分かっている状況を話した。
何者かトレーナーを騙し、この船におびき寄せトレーナーカードを奪っていったこと。
パーティに来た者はこの会場に閉じ込められたこと。そしてイベントスタッフが一通り姿を消していること。
確証ないが、恐らく自分達が預けようとした簡易ポケモンセンターも罠だったこと。
外部へ連絡を取ろうにも、通信するための電波が届かない、ということ。

「……」

ひと通りの説明を聞いていく中で、ミツキはあることがずっと頭から離れなくなっていた。

「あの、陽たちは……皆は、無事なの?」

「うん。それなんだけど」

すく、立ち上がり、ゆのは続けた。

「これから確かめに行こう」

え?と固まるミツキ。
ゆのはミツキの手を取り、ふらつくミツキを支えながら会場の入り口――――大きな扉の前へと足を運んだ。
そこには既に、数人のトレーナーが彼女等を待ち構えていた。

「いいのかい? ゆのさん」

大柄な男性トレーナーが、ゆのへ尋ねる。屈強な筋肉がスーツの上からでも確認できるほど筋骨隆々な男だ。
当然ながら、ミツキにとっては初対面の人物である。恐らく、ミツキが眠っている間にゆのと知り合ったのだろう。

「はい」

返事をしたゆのが、今度はミツキの方へ向き説明する。

「今、この人たちとどうすればいいのか話し合ったの。みつみつ、あれ見て」

ゆのが指差したのは、会場の大きな扉の上にある、通気口だった。

「あれに私が入る。身体が小さい私なら、行ける」

唖然とするミツキをおいて、ゆのは続ける。

「そして会場の外に出て、鍵を開ける」

そう言うゆのの目は真剣だ。しかし、それだけを聞いて納得できるミツキではない。

「いきなり、何を無茶なこと……! 見張りが居るに決まってるじゃない! それに、鍵なんてどうやって開けるつもりなの!」

怒りにも似た、疑念の言葉。
まだ眠気が残っているからだろうか。ゆのの話していることが冗談にも聞こえてくる。
それを振り払う様にゆのは話を続けた。

「大丈夫、見張りは居ない。さっき見て来た」

その言葉を聞いて一瞬、眩暈を覚えた。
ゆのはすでに、通気口の先に行って様子を見て来たということか。
薄汚れたゆののドレスを見て、ミツキは合点がいったと息を吐いた。

「それにこの扉、かなり簡単な南京錠でロックしてあるみたい」

そう言ってゆのは得意気に、二本のスパナを取り出した。じゃーん!と背後に効果音が付く勢いである。
……まさか、スパナで南京錠を打ち壊すとでもいうのだろうか。
恐らくこのスパナも南京錠の開け方もここに居るトレーナーから得たものなのだろうが、あまりにも安直な考えに、ミツキは思わず眉間に皺を寄せた。

「まあ見ててよ」

ふふん、と口角を上げるゆの。そして片手をあげ、先程の男性に合図を送る。
待っていましたと言わんばかりに、大柄な男はゆのを抱え上げ、ぐい、と肩車をした。
あっという間にゆのの小さな身体は通気口に近付き、彼女はその暗闇に手を掛けた。

「えっ……、えっ!?」

あまりの展開の早さに混乱するミツキだが、当のゆのはそんな彼女へウインクを送るなど余裕の面持ちだ。

「それじゃ」

ミツキの心配など気にする様子も無く、ゆのはすちゃ、と片手を上げると、そのまま通気口の中をさっさと進んで行ってしまった。

「え、ちょっと! ゆのちゃん……!!」

声を上げるミツキを他所に、ゆのの行動は早かった。
通気口は会場と外の廊下を繋いだだけのものなのでかなり短い。
ゆのはすぐに会場の外へ出た。

「とおっ」

ヒーローの様な掛け声を発しながら、ゆのは会場入り口前の廊下へ飛び下りる。
くるりと大きな扉の方へ身体を向けると、そこには先の下調べの通り、酷く安作りな南京錠が嵌められていた。扉の取手を鎖でがんじがらめにし、錠で留めているのだ。
ゆのは二本のスパナを取り出した。
両手でスパナを握り、南京錠の輪に二本のスパナの片側ずつを差し込む。

「んんっ」

ゆのは力いっぱい、二本のスパナを鋏の様に重ね合わせる。
身体の正中を軸にし、華奢な身体を捩らせる。
ぎりぎりと金属が軋む音が鳴った。
そして。

ぱきん。

乾いた音が鳴り、南京錠の輪が根本から砕けた。

「やった!」

ぱっと顔を上げ、中に居るトレーナー達へと声を掛ける。

「開いたよ、みんな! みつみつ!」

早く皆も外に出してあげなくては。
南京錠の輪を外し、取っ手に絡まった鎖を解く。
じゃらじゃらと全ての鎖を取り去り、いよいよ重い扉が動いた。その時である。

「はーい、そこまでですよ。子猫ちゃん」

「!?」

突然聞こえてきた声に、ゆのは振り返る。
しかし彼女は相手の姿を確認することも、助けの声を発することも出来なかった。
そして。

「ゆの……ちゃん……?」

扉を開けた先に、居たはずの少女が居ない。
その事実に、中に居たトレーナー達は愕然としたのだった。

***


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