「くそっ!」
まさかあの怪我で、あんなに動けるとは思ってなくて油断してしまっていた。急に部屋を飛び出した彼女に一瞬怯んでしまったが、ハッとしてすぐに後を追いかける。
どこにそんな力が潜んでいたのか不思議だが、僕が部屋から出た時にはもう彼女はエレベーターホールの中へと消えていた。
後を追いかけて、エレベーターホールに着いた頃にはもう彼女の乗ったエレベーターの扉が閉まりかけている所で。思わず、『安室透』でいる事を忘れて叫んでしまっていた。
「――待てっ!」
彼女の乗ったエレベーターの扉が完全に閉まった所で、チッと舌打ちをしながらもう一つのエレベーターのボタンを押す。意味も無いのに連打していた自分に気付いて、落ち着けと心の中で思う。取り乱すな、冷静になれ。
深呼吸を1回しながら、思い出すのは、彼女を拾った3日前の深夜の事。
▼▼▼
組織の仕事終わり。ベルモットと別れ、一人で部屋へと帰っていた道中。途中で赤信号に捕まり、ふと視線を窓の外へと向けた。視界に入ったのは、血塗れで倒れていた女性だった。
咄嗟に車から飛び出し、女性へと駆け寄る。脈を確認すると少し弱いものではあったが、ちゃんと脈打っていてとりあえず安心する。
次にどんな怪我をしているのか確認するが、見つかったのは撃たれた痕だった。それは数発分あり、出血量の多さ、脈の弱さからかなり危険な状態だと判断する。
出来れば、面倒事は避けたかった。だけど彼女を見捨てていく事なんか出来るはずもない。
来ていたジャケットを脱ぎ、それで彼女を包み抱き上げて車へと戻る。なるべく彼女の体に負担にならないように、だけど1秒でも早くと車を走らせる。
自分が現在は組織に潜入中であることを踏まえ、組織の一員として自分が活用していた町医者の元へと向かった。大変危険な状態ではあったが、一命は取り留めた彼女に安堵する。面倒事は避けたかったが、この状況では自分以外に彼女の面倒を見るものはいなく、とりあえず彼女の意識が回復するまでと部屋へと連れ帰ったのが3日前。
そこから高熱を出し、なかなか意識が戻らないことに心配していた今日、熱も下がり意識も戻ったことに安堵していた。
彼女が回復したことと、面倒事が解消されることに。
しかし、目覚めたと共に新しい面倒事が舞い込んで来てしまった。
「何で…俺の名前を知っていたんだ…?」
まさか、目覚めた彼女の口から自分の本名が出てくるとは思いもしなかった。しかも明らかに彼女は自分を知っているような口振りだったが、こっちは彼女に覚えが無かった。
何故、どうして。組織の潜入捜査の障害になったりはしないだろうか。それを確かめたかったが、まさか逃げられてしまうなんて。あんな怪我を負った状態であんなに動けるとは思っていなくて、迂闊だった。
彼女より数十秒遅れてもう一台のエレベーターに乗り、マンションのエントランスを走り抜けて外へと飛び出す。マンションの外を見回すが彼女の姿はなくそのまま大通りに出る。
やっぱり、辺りを見回しても彼女の姿はもうなくて。
「っくそ!見失った…」
『俺』を知っているらしいを彼女を、このまま野放しには出来なかった。
人は運命を選べない
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