タオルケット・ヴェール




薄いカーテンの隙間から注ぐ月光が、尖ったサボテンの影をフローリングに映した。冷え過ぎた部屋に裸は寒く身震いをして、タオルケットを手繰り寄せる。気怠い身体をぬらりと四つん這いに起こして、気泡が弾ける音がした。あ、腰痛い。身体の悲鳴と抗議である。
摩ったところで良くなるものでは無いのだが、無意識に手は腰を労わった。
それと同時に、隣で枕に顔を埋める白い頭を急に恨めしく思って横腹をつついてやる。男は鼻から唸りにも満たない声を漏らし、私に背を向けるだけだった。
タオルケットを持てる力をもって強奪したのち、キッチンに水を求めて歩き出す。冷蔵庫に冷えた麦茶でもあれば最高だったのだが、彼の冷蔵庫はいつ見ても空っぽだった。たまにゼリーが入っていることはあっても、生鮮食品が入っていたことは無い。彼の部屋の冷蔵庫はずっと使用感がなくて綺麗だった。
埃っぽいグラスをすすいで、改めて水道水を注ぐ。喉が渇いていたから、一滴残らず透明な夜を飲み干した。さして冷えていなくても、寝起き一発はなんだか美味しく感じるものだ。

「さむい」

シングルベッドから呻く声が聞こえた。私の思惑通り、彼が起きたのだった。身を起こした凪も身震いをして、腕をさすっている。

「暑くなるからって凪が低くしたんでしょ」
「だって途中で下げるのめんどくさいじゃん」

実際、部屋の温度が気にならないくらいは熱かったのである。いくつも夜を越えているのに、付き合いたてのカップルのように馬鹿なノリをすることが、私は嫌いではなかった。
彼は何度か瞬きを繰り返したあと、視線で私の輪郭をなぞっていた。

「タオルケットおばけだ」

なんだそりゃ、と思いつつ布を頭まで被る。子供の絵本みたいな表現だ。寝ない子の元にあらわれるお化けのことを思い出す。でも起こした悪い子は私だ。
凪は口元を緩めて「おいで」と膝を叩くので、私はやわらかい生地を更に握りこんで胸の中に飛び込んだ。

「ぬくい……。このまま一生抱き枕として過ごして欲しい」
「寒いんでしょ。エアコンの温度あげるね」
「暑くなったらおばけいなくなっちゃう……」

悲しそうな声のままに凪が抱きしめるので、リモコンに手を伸ばすのを諦めさせられた。凪はタオルケット越しに首筋に顔を埋めて、甘えるように頭をぐりぐりと押し付ける。くすぐったくて身を捩ろうにも上手く動けないから、段々と体があつくなっていく。

「暑いかも」
「やだ」
「まだなにも言ってないって」
「俺はさむいの」

ワンテンポ置いて「さわっていい?」なんて聞くから、ああもう狡くっていいよなんて言ってしまう。おばけの端切れの隙間から、熱を確かめるように腰に手を回した。下に伸びた手は、内腿を何度も往復する。大きい手をしているくせに、触り方は壊れ物を扱うみたいに優しくって嫌だ。
頭に被ったタオルケットをぺらりと捲られ、視線が交わる。それが合図だと、私は誰に言われるでもなく目を閉じた。
そして数秒。まだ唇に感触はなく痺れを切らして瞼を開ければ、熱に浮かされたような表情で凪が私を見つめていた。

「お嫁さんみたい」
「さっきまでおばけって言ってたくせに」
「進化しました」
「進化早過ぎない?」
「たぶん、条件を満たさないと進化しない系だった」

小鳥が啄むように一度口付けたあと、凪が私の唇を舐める。招くように口を薄く開いて、お互いの呼吸を奪い合うように舌を絡めた。は、は、と酸素を求める淡水魚のように必死に息をするのは私だけで、それが酷く恥ずかしかった。
ベールを戻して、凪は腰を曲げた。下乳をやわやわと揉んで乳輪を指でなぞる。
くるくる、くるくる。
決定的な刺激はない。しかし、いつ襲ってくるかわからない快楽に怯えながらもどかしさに膝立ちしている足が揺れた。

「ん、」

凪の唇が突起にちゅ、と音を立てて口付ける。

「ぁ、う……やッ……」

子猫がミルクを求めるように、舌を長く伸ばして味わって舐めた。ぺちゃぺちゃと鳴る水音は、自分が出しているわけじゃないのに恥ずかしい。きっと自分から出た身体の音を想起させるからだ。現に今触れられそうになっている秘部は、じっとりと湿っている。

「撫でて」
「は、……なぎ、いいこ……」

凪の要求に大人しく従い、柔らかい髪の毛にぎこちなく触れては何度か往復させた。
片方の手で胸の突起を気まぐれに弾きながら、ちぅちぅと片乳を吸われ続ける。交互に行われる責め苦に、息を殺しながら耐えた。
ついに太腿をさする手が、秘部に到達した時に凪は口を離した。

「濡れてる?さっきもやったのに元気ー」
「凪が誘ったくせに……」
「ん〜、俺はいっつも名前のこと、可愛がりたいって思ってるから」

俺のことも可愛がってね、なんて可愛くないモノを太ももに押し付けながら言う。片手で撫でてやると、「ン」と鼻に抜けるような声を出すので、やっぱ可愛くって鼻先にキスをした。

「お口あ〜ん」

凪が口を開くのを真似すると、細い指が口内に侵入する。驚いて仰け反れば、片腕で腰を支えられて戻された。侵入した指は上顎を擽るように撫で、口の端からは唾液が零れる。ぞわぞわとした感覚が背中を駆け上がっていく。

「くッ……ふ……ァ…ん」

謎に闘争心が湧いて、凪の指を舌先でちろちろと舐めた。凪が一瞬目を見開いて劣情を孕んだ瞳を向けたので、してやったりだと思った。

「やらし……ファンサアリガトーね」

唾液で濡れた指は引き抜かれ、秘部へと添えられる。数時間前に受け入れたばかりの身体に、細い指は難なく入った。広げるように、確かめるように、ゆっくりと何度も出し入れされる。ざらざらとした気持ちいいところに当てながら、親指は陰核を優しく触り続けた。やがて淫猥な水音と共にとろとろと溢れる蜜は唾液と混ざりあっていく。

「ゃ……んっ、あっう……くんッ!」
「もう唾液か愛液かわかんなくなっちゃった……。きもちい〜?」
「きもち……いっ……はっん、……」
「おーけー、一回いっちゃお」
「あッ……ちょ、なぎ……なぎッ……!!」

陰核を親指で押されて、身体がびくびくと震える。膣がきゅーって締まって、引き抜こうとする凪の指を抱きしめるみたいに離そうとしない。ゆっくり抜かれた指から粘着質な液体が垂れて、シーツにシミを作った。「あーあ」という凪の声も一緒にシーツに落ちていく。私は腰の力が抜けて、向かい合う形で凪の膝の上に腰を落とした。その際に凪の反り上がった陰茎が丁度秘部に触れて、びくりと肩を震わせる。凪はわざとらしく腰を揺らして、陰裂をなぞった。

「いいよね?」

私は肩で呼吸をひとつして頷く。
凪は手を伸ばしてサイドボードからスキンを取り出して口に咥え、存外乱暴な所作で引き裂いた。リング部分が一瞬月明かりに光った気がして、満月みたいだった。満月を咥える、兎。そういえば凪がこの行為を面倒くさがったことはないなとふと思う。

「ふぅ」

凪が息を吐いて、私の肩口に顔を埋めた。タオルケットを握りしめて、私の内側に灼熱を楔が打ち込まれるのに耐える。彼の在り所が私である事を思い知らせるような、永遠にも思える時間だった。
おさまれば、全てがあるべきところに帰ってきたような充足感がある。凪は「こんこん」と口でベールをノックして、私の様子を伺いった。さむいと言った彼の頬から、一筋汗が滴って私の胸に落ちる。

「大丈夫?」
「うん」
「あつい?」
「ん……」
「じゃあ、もういらないね」
「あ、」

私のベールを剥ぎ取って適当に投げ捨てる。さむいと言ったのは凪だったのに、今では私の方が、タオルケットが描く放物線を名残惜しく見つめていた。フローリングに落ちたベールは、部屋の隅にある洗濯物と何ら変わりのない布に成り果てる。いずれ私たちの体温もなくしていくのだろう。
所在がなくなった手は、凪に抱きしめられることで背中へと回る。ゆるく腰を動かす律動が始まり、私は熱い凪の身体にしがみついた。

「は、ッ、あっあっん」
「はぁ……」

一定のリズムで尻たぶがぱちんぱちんと跳ねた。水音が脳を犯す。前に隣の人に壁を叩かれたために必死に唇を噛み締めていたが、口からは堪えようもない声が漏れた。突かれる度に頭の中がふわふわして、目の前の男のこと以外どうでもよくなってきてしまう。
凪もそうだといいなと思って顔を上げると、宥めるようなキスが降った。瞳には確かに渦巻く情欲が見て取れたから、私は満足して彼の唇を舐めた。

「あっつ……」

凪が髪を掻き上げる仕草は、試合での映像を見た時より数倍色っぽい。きらきらと月明かりに汗が反射して「あ、大好きだ」と思う。茹だる脳で考えられるのはそれくらいだった。

「イきそ〜……。はやくしていい?」
「いい……よッ」
「ん」

触れ合う汗ばんだ肌は火傷しそうなほど熱い。どちらの熱かもわからずに、曖昧になって滴る汗と溶けてしまう。断続的な荒い息、駆け上がっていくリズム。凪が爛々と輝く瞳でもって私を射抜き、獲物を逃がさまいと腰を掴んで強く突き上げた。瞬間、貪るように唇に噛み付いて口内を蹂躙する。

「ァッ、ん、ふぅ……んッんッんんゥーー!」
「〜〜………ッ!」

尾てい骨から頭の先まで快楽が抜けていき、ナカをきゅうきゅうと締め上げた。凪は眉をひそめるが、堪えることもなく同時にゴムの中へと吐精する。何度か奥へ奥へと押し付けられて、身体が応えるように痙攣した。

「は、あっついね……」

暑いと言う割には、熱い肌のまま私を抱きしめて胸に顔を埋めている。ぬらりと陰茎を抜いた凪は、ゴムをフリースローの要領で投げ捨てた。3Pだった。

「アイス食べたくない?」
「え〜今からコンビニいくのめんどくさいからヤダ〜……」
「言うと思った。一人で行こうかな」
「ダメ、このまま朝まで一緒にいて」

冷たいぶどうのシャーベットアイスが、頭に浮かんで消えていく。緩く締められたお腹の拘束を抜けていく事も出来たが、なんだかそういう気分にもならなかった。

「お昼にメロンパン買いに行こうね。約束だよ」

「うん」という返事は帰ってこず、やがてふわふわの白い頭からは寝息が聞こえてくる。雲みたいな頭をぎゅうと抱きしめて、私も眠ることにした。絶対メロンパン二つ買おうね。メロンの味がしない、とびきり甘いヤツ。
私は白んだ空に鳴いたカラスに、おやすみを言った。


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