IF:Let us see tonight if that was a dream or reality.
原作沿い・分岐ルート設定。
“もしもサユキとコビーが、頂上戦争の直後に出逢っていたとしたら”
そんな前提からお楽しみ頂ける方は、どうぞ以下へとお進み下さいませ。
別角度から明かされる側面や、いかに。
***
医療棟、夜勤――見回りの時間。
近くの病床から、息を引き取る“声”がして。
目覚めてしまったあの夜が、ぼくの運命を変えた。
「……また一つ、“声”が消えて……」
「ッ、!?」
心を、読まれた?
――瞬発的に起こした上体へ、ポツリと呟いたその影が振り向く。
カツ、コツ、カツ、コツ、……カツ。
もの静かな足音は、硬直するぼくの枕元で止まって。
カ、チャン。
眩しさと物音をひそめるように、ランタンがそっと床に置かれた。
「……ぁ……」
伝う冷や汗、喉から漏れた声。
仄明るい視界に現れたのは、制帽、制服に――見慣れた白いコートではない、濃紺のケープを羽織った女性海兵。
昼間さんざん見聞きしてきた医療班の人たちとは、全く雰囲気が違う。
綺麗だけど――もの悲しい、彫像のような顔をしていた。
「申し訳ありません。起こして、しまいましたか」
囁きかける柔らかな声に、慌てて首を振る。
「ぼ、ぼくにも聞こえたんです。あの……亡くなる瞬間の、“声”が」
「そうでしたか。――では察するに、貴方は非常に鋭い聴覚をお持ちなのですね」
他の気配は皆、寝息を立てている。
ひとり殉職した、“声”の主を除いて。
「……ご安心下さい。私が報告に戻り次第、あの海兵は海へ還ります」
海へ、還る。
独特な言い回しに、その
女性を見つめる。
ぼんやりと艶めく黒髪、長いまつ毛。
ニコリと微笑んだ黒目がちの瞳は、やっぱり綺麗だけど――吸い込まれたら戻れなくなりそうな深さを感じた。
大事な誰かを、亡くしたのかな。
だとしたら、どうしてこんなにも“静まり返った”気配なんだろう。
この人からは、何の“声”も聞こえない。
「ぼくは……コビー、です。……あなたは……誰、……ですか……?」
知りたい。
この、不思議なひとを。
そもそも、どうしてぼくが思っていた事を、言い当てたのかも。
「あなたも、見聞色……ハキ、を……?、ッウ゛」
「!ご無理は傷に障るかと。さ、横になって……」
知りたい、……のに。
さざ波のように打ち寄せる、眠気。
わかってる。
こんな夜中に起き続けて、考え事まで出来るほど、ぼくはまだ回復していない。
だから、
「…………なまえ、……を…………」
***
すう、すう。
――私が名乗るよりも早く、寝息を立て始めた海兵。
ランタンを手に注意深く立ち上がり、死亡者報告用リストの中に目の前の少年を探す。
合致した“コビー”は、16歳の曹長。
所属を見れば、あのガープ中将の直属だった。
ある種エリート街道まっしぐらの、可能性あふれる若い海兵。
そんな彼の幼げな寝顔に踵を返すと、私はただ独り逝った骸の元へ歩み寄る。
元死罪人という三等兵が相対すべきは、こちらの方だ。
寝入り端に忘れたなら好都合。
本気で覚えていたとして、知れば必ず忌避するだろう。
絶対的な人手不足の末、
医療班ですらこれ幸いと一任した、死者を探し続ける
魔女を。
そうして見つけた死者を照合し、遺族がなければ波間に消えるしかない彼等を、月見酒で弔い続ける
墓守を。
***
「おォいコビー、お前まァだ嗅ぎ回ってんのかァ?あんな女――」
「人聞きの悪い言い方はやめて下さい、ヘルメッポさん。ぼくは真剣なんです」
「そりゃそうだろうがよ……散々聞いたろ?あの女に関する噂の山!どれもこれも薄ら寒ィ、不気味な話ばっかりだ!」
別棟、書庫。
やっと点滴が外れた身体で、片っ端から“見聞色の覇気”関連の項目を読み漁るぼくに、退屈そうな声が飛んできた。
ガタン、と隣の椅子を引き、他に誰も居ない書架を見渡したヘルメッポさんは、適当に座ると尚も言い募る。
「大体、その見聞色ってのも、海賊になるような上官を見抜けなかった時点でタカが知れてんだろ」
嘲りが含まれた一言に、ページをめくる指が止まる。
「……ヘルメッポさん」
「んだよ」
「……あの時、実の父親が“息子の自分を人質に”逃亡するなんて、予想できましたか」
「――!!」
除名された元海兵“斧手のモーガン”の、息子。
ぐうの音も出ない様相でため息、続けて舌打ちしたヘルメッポさんは、肩をすくめ、降参とばかりに手を挙げた。
「悪かった。……もう言わねェよ」
「はい、ありがとうございます」
ニコッと笑いかけ、隣で首を振る呆れ顔から意識を机上に戻していく。
何だかんだ言って、ずっと“心配”してくれている“気配”は、よく解っているから。
***
人の流言は信じない。
だから、噂が耳を掠めても、何と思う事もなかったのに。
また痩せたわね、と呟いたヒナ嬢にまでこうも言及されては、口を開く他なかった。
「勝手に慕って探りを入れて来てるなら好都合じゃない、本来のアナタを知らしめる良い機会だわ。ヒナ応援」
「…………どうあれ、私にまつわる“評価”は変わりません。わざわざ有望株に泥を被せる様な真似を、ガープ中将がお選びになるでしょうか?」
夜勤明け、本部近くの喫茶店。
連れ出されて頂いたモーニングセットも、あまり喉を通らず。
日勤の海兵と行き交う、数少ない時間帯――ヒナ嬢曰く『捕まえるチャンス』――は、こんな早朝にしかないのも原因かと思うけれど。
我ながら、朝食のお供にはヘビーすぎる話題だと思った。
「それは分からないけれど。……アナタの汚名も、そろそろ
雪ぐ時が来たんじゃないかしら」
人の心は知らぬが仏。
どれだけ見聞き出来た所で、裏切りを見抜けなかった事実は、生涯残り続ける。
突如嵌められた鎖の重みも、外され滑り落ちる堅牢な感触も。
あの広かった“正義”の背中に、今の私に繋がっている。
「――この後暗い
汚名だけは、私が抱えて逝くものだと承知しております」
それでいい。
たかが
一兵卒にとっての名誉――しあわせは、あの眩しかった過去を温め直すだけでいい。
在りし“少将”を信じていた日々は、確かに輝いていたのだから。
「……ねぇ、サユキ」
「はい」
カチャ、と小さく擦れたコーヒーカップが、ソーサーに置かれる。
長いまつ毛を上げた涼やかな瞳が、私をしっかりと捉えて。
「アナタが生きているのは、今なのよ」
――ヒナ嬢の後方、窓から差し込んで来た朝陽の逆光に、自然と目を細めた。
嗚呼、もう普段なら、カーテンの内側で眠りについている時間だ。
「…………仰る通りです」
私は、上手く笑えただろうか。
***
仮眠明け、出勤前。
本部から少し距離がある、路地裏のコーヒースタンド。
蜂蜜色のペンダントランプが、日没の空に映える頃。
いつものホットを手にした私は、寝不足の頭に深呼吸して、目覚めのアロマを行き渡らせる。
……知己の美しい上官は、気配を“読む”までもなく明確に私を思いやっていた。
裏表のない“心配”と共に掛けられた言葉達、それらがいつまでも反響して、眠りが浅く。
――そして今、そんな状態でも露骨に“解ってしまう”程、死角で怯えつつも真っ直ぐ私を窺っている気配。
あの夜と、同じ気配。
「喉が乾いておいででしょう。どうぞ、此方へ」
訓練を終えた後なのだろう。
表通りの匂いに混じって、汗をかいた後の男性的な匂いがする“彼”は、ゴクリと唾を飲み込むと。
「すっ…………すみません。ここが行きつけの店だと、たし――いえ!とある方に、お聞きしたので……」
悪意のなさが目に浮かぶ情報経路を詫びながら、おずおずと姿を現した。
「……それで、私に何をお求めでしょうか?」
店主に頼んだ水――ここはいつもレモン水で、そこも気に入っている――コップをあっと言う間に飲み干し、メニュー表を手渡すも緊張が抜けない様子に、雑談がてら注文を決めた所で……尋ねた。
ぎくり。
そんな音が聞こえそうな程、肩が跳ねて固まった“コビー曹長”は、両膝に置いた拳をギュッと握る。
「……あなたに関する心ない噂は、沢山聞きました」
ガリガリと豆を挽く香ばしい音を遠くに聞きながら、私は相槌を打つ。
「でも、ぼくは“そんな風”に思えないんです」
初めて逢った時、あなたは誰かの死を悼んでいましたよね。
あの時ぼくは、とても辛かったけど……あなたが来てくれて、気が楽になったんです。
「だから、もっと直接、あなたを知りたい。――教えて下さい、サクラさん」
言えた。
やっと言えた。
……少し震えて、格好悪いけど。
見開かれたサユキさんの目に、星みたいな灯りが瞬く。
ああ、この目。
すごく深くて、底が見えない。
でも……だから、もっと見ていたくなるのかな。
「…………綺麗だなぁ…………」
「……ッ!」
――胸の奥、……鎖と錠前で封じ込めたはずの輝かしい思い出、その更に奥底。
生身の五感で味わっていた“素朴な好意”が、ポチャンと音を立てて
現在に蘇った。
「…………ふ、ふふっ、あはははっ!」
懐かしい。
頬に、首に、この胸に血が巡る。
熱く弾んで、――この感情は、何と呼ぶんだった?
嗚呼、そうだ。
「嬉しい。――嬉しく思います。……コビー、さん」
ホットのブレンド、アイスのカフェオレ。
お互いの好みを知る、ささやかな第一歩だった。
***
勤務中、小休止。
月の明るい廊下、窓辺にて。
こうやってお話できて良かったです。
気持ち悪いじゃないか、嫌われたらどうしよう、って、そればっかり考えてましたから……
――私を待ち構えておきながら、最後にそう言って身を竦めた彼は、大胆で繊細、かつ会話のキャッチボールが上手な好青年だった。
生活の些細な事から、海兵としての矜持に至るまで。
照れ臭そうな表情と晴れ渡った眼差しで明朗に語った彼はまた、人生を変えた出会いについても正直に打ち明けてくれた。
「“麦わらのルフィ”……か」
追いかけてやまない、海賊の事も。
「…………眩しいひと。逞しい、ひと」
なくしたものを想い続ける事でしか前に進めない私とは、根本的に異なる種族だとすら感じる。
誰かに憧れる、迷いなど微塵もない瞳。
隣席に招いたそのひとは、在りし日々の輝きを謳歌している様で、この胸をチクチクと刺激した。
「?――あれは……」
得も言われぬ感覚にバインダーを抱え込めば、夜半の月に重なる影。
この時間帯には巣で眠っているはずの――濡れた様な羽根と情報網を駆使する――闇色の鳥が、風に乗って飛んで来た。
立派な成鳥、この子は……そう。
雛だった頃、高木の巣から落ちた所をキャッチ&リリースして以来の付き合いだ。
「こんばんは。珍しいですね――うん?“
番成立おめでとう、とりあえず受け取れ”……?」
ニヤニヤ。
人間であればそんな擬音語に当てはまる態度で、彼等にとっての宝物――コイン、海辺の石、色ガラスの欠片……などが、次々と落とされる。
取りこぼさず受け取ったそれを“等価”と認識したのか、ガッシリ腕に捕まって騒ぎ立てる光景は、見回りの海兵が二度見する奇妙さで。
……異常なし、のハンドサインを、信じてくれたら良いのだけれど。
「医療棟ではお静かに。お・し・ず・か・に。……休憩終了まで裏庭で話しましょう。“洗いざらい”、ね」
この子の気質を一言で表すなら、押し売り屋のクレーマー。
それでも付かず離れずの関係性を保てているのは、人間同士と異なり“約束を違えない”から。
「“こないだ食ってたステーキ屋の肉をくれたら、もう一度オマエの絨毯になってやるぜ?”……それは、検討の余地がありますね」
――――そんな一部始終を双眼鏡で目撃していた、見回り&見張りの海兵達により、一層“魔女”の噂に尾ヒレが付いた事は、流石に知る由もない。
to be continued...
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