IF 2:A little kindness goes a long way.



原作沿い・分岐ルート設定。


“もしもサユキとコビーが、頂上戦争の直後に出逢っていたとしたら”の続編です。





そんな前提からお楽しみ頂ける方は、どうぞ以下へとお進み下さいませ。

別角度から明かされる側面や、いかに。







***



特別に設けられた日勤の、朝。


あ。
この気配は、私を探している。

本部内の地図を頭に描きながら、最短ルートで先回りをする。
道中、すれ違う海兵達の好奇に満ちた目を潜り抜け、やっと物陰で身なりを整えた。

“墓守”
“魔女”
“元人魚”

様々に尾ひれのついた噂も含めて、私は日陰者わたしなりに生きてきた。
その日々が、今日を以て終わってしまう様な──言い知れない不安に駆られる。



「……嗚呼、夜の静けさが恋しい」



落とした泣き言に背を向け、日向へ踏み出し敬礼を一つ。



「御用命でしょうか」

「ああ。サクラ三等兵だな?案内する」



現れた将校は、ガープ中将の側近ボガード氏。
数歩後ろを付いて行くと、次第に威勢の良い声が聞こえてきた。



「ほれ、もう一度!本気でかかって来んか!!」

「はいッ!!────“ソル”!!」



傷だらけのコビー曹長が高速で飛びかかり、ガープ中将が軽くいなす。

蹴り上げて、右、左、踵落と──あ、拳骨。跳び上がれば避け──……直撃か……

流血し、痛みに震える少年にハンカチを取り出すと、



「ふんッ!!!!」

「え?」



よく日焼けした握り拳が、目の前に迫っていた。



「サクラさんッ!!!!」



息を呑んだ叫びが、私の中でこだまする。



“オマエも飛んでみろよ”
“飛び上がる感覚なら、教えてやっただろ”
“一歩踏み出せって。脚が生えてんだからよ”


“武器を取る必要はない”
“避ける事だけ考えろ”
“どんな攻撃も、当たらなければお前の勝ちだ”



走馬灯にしてはニヒルな友鳥と、“少将”の教えが脳裏をよぎって、私は……私は────



「…………ぶわっはっはっはっは!!!!見たかボガード!小僧共!ちゃーんとかわしたじゃろ!!」



上機嫌なガープ中将が、……遠い。


マジかよ。
そうおののいたのは、鉄棒で腹筋をされていたヘルメッポ軍曹。

ボガード氏が頭を抱え、呆然としていたコビー曹長が弾かれた様に走って来る中、私はただ立ち尽くしていた。


薄手にしたケープと制服の間を、風が吹き抜ける。
こめかみが脈打って、太陽が眩しい。

…………私、生きてる。



「サクラさんッ!!大丈夫ですか!?」

「ええ、何とか……」

「すごかったですよ、後ろ向きなのにひとっ飛びで!!着地もスムーズだし、すごく格好良かったです!!」

「……いいえ、そんな。火事場の馬鹿力ですよ。私には戦う力がありませんから、いざという時避ける事しか出来ないのです」



自虐めいて聞こえるけれど、本当の話だ。

そんな事……と言い淀む曹長に一礼し、握り締めていたハンカチで、額の傷口から顎へ滴り落ちていた血をポンポンと拭き上げる。

すみません、と頬を赤らめる様相が年頃の少年らしくて微笑ましく見ていると、砂埃と共に大きな陰が射した。



「なーにを言うとるか、それも立派な武器じゃろうが」



突然視界が開けて、頭に何かが乗った。
わしわし、往復する手──制帽を外して撫でられた?と思うが早いか、身体が宙に浮く。



「あっ……」

「わわっ!?が、ガープ中将…!!」

「さァて、次は見聞色の訓練じゃ!頼んだぞ、サユキ!」



誰かに担がれるなんて幼少期の『たかいたかい』以来だし、小脇に抱えられるなんて生まれて初めて。

大雑把に被せられた制帽の向こう、同じく運搬されているコビー曹長と顔を見合わせ、どちらからともなく笑ってしまった。

憎めない、って、こういう事なんでしょうね。



***



“元人魚”
つまり、現“女二股”。

30歳を越え尾ヒレが二股になり、今では足を得て海兵に──
そんな噂がまことしやかに語られる程、私は長いこと海に慣れ親しんできた。

だから、だろうか。
こんな任務を前にしても、平常心でいられるのは。


ガープ中将が海の方々へ遠投されているのは、大量の砂袋。
コビー曹長は最初の一つが着水したタイミングで飛び込み、次々と沈み行く砂袋をそれぞれ制限時間20秒以内で回収し、都度引き揚げる、という人命救助に見立てた訓練だ。



『これは、海に落ちた“一般的な”人間が溺れるまでのタイムリミット、20秒から60秒というデータに基づく。──今回は、そのつもりでいろ』



ガープ中将、ボガード氏。
御二人から最終関門として任ぜられたのは、“本物の”溺れた人間役。
他の砂袋よりも波に揉まれ、沈むがまま助けを待つしかない。



『本来、お前さんが5分でも10分でも自由に潜っとられるのは、わしらしか知らん。──これで、コビーも一皮剥けるじゃろう』



要するに。
水中でパニックを起こしにくい精神性と心肺機能、そして海洋生物とも会話が出来る点から危険を回避しやすいだろう、と買われての御指名だった。

……不敵な笑みで付け足された言葉の真意は、測りかねたけれど。



***



浜の木陰でケープと制帽を脱ぎ、スイムスーツを着込んだ制服姿で待機していると、歩み寄って来たボガード氏が何かを取り出した。



「これを。ガープ中将からだ」

「!……ストップウォッチ機能搭載クロノグラフの腕時計、ですか」

「ああ、防水腕時計ダイバーズウォッチだ。1分待って救助が来なければ、自力で戻れ」



たった1分で、全てを救出させようとは。
曹長は本当にスピード勝負になるけれど、それよりも。

紺碧の文字盤にいくつかのダイヤルが配置され、小さく海軍のシンボルが刻まれた金属製シルバーの腕時計は、裏返すと内部の精密な動きが見えるシースルーバックで。

……これほど立派で風格ある機械式の腕時計を、何故私に……?



「私は三等兵です。この様に高価な物、一時お借りするだけでも身が竦んでしまいます」

「価値が理解出来る者に扱われて、初めて真価を発揮する──でしたか、中将!」



話を振られたガープ中将が、コビー曹長を待つ仁王立ちのまま此方に首を向けて、清々しく笑う。



「それ、ええじゃろう!」

「おつるさんにも相談したんじゃが、お前さんは物持ちが良さそうじゃからな。わしからの昇進祝いじゃ!」



んっ?……まだ言っちゃマズかったかのう?
じゃ、今のナシ!!
わっはっはっはっは!!!!



「…………サクラ三等兵。何か聞いたか?」

「いいえ、何も」



毎日手入れを欠かさない履き込んだワークブーツが、陽射しに艶々と光った。


後日。
正式な通達で、異例の大出世──“投獄”以前の“少将”直属事務官を上回る、ガープ中将直属の事務官──に任命された事を知るのは、また別の話。



***



「──ッも、っ戻り、ましたッ!!」

「53秒。……50秒台が壁だな」



ザパァッと水飛沫を上げて海面から飛び出したコビー曹長が、抱えていた最後の砂袋を慎重に降ろす。



「さァて、いよいよ本番じゃ。今回はサユキの命が懸かっとる。心してかかれ!!!!」

「はいッ!!!!勿論です!!!!」



息をつく暇もなくビリビリと空を裂いた号令に、威勢の良い敬礼が応える。

たった今並べられたばかりの砂袋が再び宙を舞う中、左手首に多大な祝意と期待をはめた私は、どこか逃げ込む様な心地で古巣にダイブした。



***



“ねぇ、なにしてるの?”

“いっしょにあそぼうよ!”



一対の幼い海獣達がグルグルと戯れ付くけれど、私は静かに首を振る。



“もうすぐ私を引き上げる人が来ます。此処で待たないと”

“ふ〜ん?”

“これ、オタカラ?”



お宝──か。
その言葉が孕むロマンとがめつさは、今の私には程遠い。


チョンチョンと鼻先で突かれた時計は揺らぐ光を受けて輝き、確実に針を進め続けている。

私の腕には大きすぎると思ったものの、いざ着けてみるとフィットした辺りにも気遣いを感じられた。

だからこそ余計に気詰まりというか……



“確かにお宝ですが、海賊が求める物ではありません”



私は、信じられないのだ。
価値が無いから、置いて行かれた──使い物にならないから、捨てられたというのに。

利用するだけ利用して、使い捨てるならまだしも。

どうして。
どうして今更。
わざわざ拾い上げて、こんな物まで与えて。

……私を、大切にしようとするの?



“ほしくなさそうだね”

“いらないなら、どうしてつけてるの?”



欲しくない、いらない。
それは、違う……と感じるけれど。

目上の方からの頂き物である以上、大切にしなければ。
とても高価で、匠の技が詰まった貴重品なのだから。

そんな義務や責任しか出て来なくて、肝心の理由が空洞である事に気付く。



“…………わからない。わかりませんが、私はこれを着け続けます”



解っている。
これは、答になっていない。

やはり顔を見合わせた彼等は、ケラケラと笑い声を上げた。



“なにそれ!へんなの〜!”

“まぁいいや、ばいばい!”



……泡の道を残して消えて行った後には、元通りの永遠が揺蕩う。


私は、決して欲しがらない。
けれど同時に、一度与えられた物は捨てられない人間なのだと、自分が一番よく解っていた。



『あなたを知りたい』



年下の、輝かしい少年。
耳まで真っ赤になっていた直近の告白が、飾り気の無い望みが蘇る。

自分がどうしたいのか解っていて、正直に伝える術を持つ彼になら、打ち明けてしまおうか。

たとえ、幻滅される事になったとしても。



“早く、来て下さい。…………コビーさん…………”



***



「まずい……!」



落ち着け、落ち着け!

サクラさんが待ってるんだ……!!


ひとつひとつ、予定通りのペースで砂袋を回収しては陸へ揚げていく。
これならいける、と思ったのも束の間、海底が持ち上がる様に巨大な海獣が姿を現した。

うろうろと落ち着きなく潜って出ては鳴き声を上げる余波で、海中の生き物達が忙しなく泳ぎ回って、サクラさんの静かな気配が紛れてしまいそうだ。



「──っ、」



大声で呼びかけそうになって、グッと唇を噛む。

今、あのひとは“溺れた”役割だ。
だから、ぼくの声が聴こえても応えられない。



“こっち、……こっちだ!!”



闇雲に捜し回る時間は、無い。

途絶えそうな気配を必死に追い掛けて、どんどん暗くなる水の中を全速力で突っ切って行く。




『コビー。お前、サユキについて嗅ぎ回っとるそうじゃな』

『!!……は、はい……』

『わっはっは!冗談じゃ、別に責めとらんわい。わしも気になっとったからな』

『……それは、やはり──』

『昔の事は本人から聞け。──わしがお前に聞きたい事はひとつじゃ』



一秒でも早く、伝えたい事があるんです。



『サユキと生きる気はあるか?』



ぼくは────



“サクラさん!!!!”



膝を抱える様な姿でうつむいていたサクラさんが、朦朧と顔を上げる。
それはまるで置き去りにされた子供の様で、見ているぼくまでつらく思えた。



“いきましょう!!!!!!”



真っ白な、白魚の様な手を取って、細い背中と膝裏に腕を回す。
そうして一気に水を蹴ると、ぼくの胸にコテンと頭が凭れかかった。

心臓が跳ねるが早いか、思い切り海上へ飛び出す。



「ぶはッ!!」



そのまま空中で体勢を立て直し、水際へ着地。
宝物みたいに抱えていたサクラさんをそっと横たえた。



「45秒。……及第点か」



カチ、と腕時計のストップウォッチ機能を止めて、ボガードさんが側へ立つ。
無事か、と降って来た声に、キラキラ水滴が光るまつ毛がふっさり上向いた。



「……はい。無事に御役目を果たせた様で、何よりです」



薄紅色の唇が、柔らかく弧を描いて。
優しい声に、胸が熱くなる。

すっと通った鼻筋も、謎めいた眼差しも。
人形みたいに見えるけど、そうじゃないんだ。



「サクラさん。ご協力、ありがとうございました。本当に……」

「ふふ。こちらこそ、助けて頂いて」



ああ、ほら。
こんなにも穏やかな、ぬくもりのある女性ひとが。
ぼくよりもずっと華奢で、戦う力がない、と言った、そんな女性ひとが。

それでも海兵として、確かに生きているんだ。

──何だかそれがとてつもない奇跡の様に思えて、ぼくは──



「よォしよし、ふたり共よくやった。休憩じゃ!」



“溺れた”任を解かれ、上体を起こす。

すぐさま海獣の母──私が遭遇した“可愛い双子ちゃん”を呼び回っていた──気配を辿ると、海底近くで3匹一緒に居るのを感じた。

嗚呼、良かった。

ふとコビー曹長を見やると、握り締めた自分の拳を見つめて、何か呟いておられる。
……守らないと。絶対に……とは、何の事だろう。



「どうされました?」

「あッ……いえ!あの、それより──」



ふたりで、話をしませんか。
今度は、サクラさんのお話を。


…………そう、この目。
よく晴れた昼間の太陽が映える、素直な瞳。


この少年ひと、なら。
信じてみても、良いかもしれない。



「そうですね。昔話と、……これからの話を」



***



「だァかァらァ。聞いてんのかサクラ。同僚だっつってもよ、先にガープ中将の部下になったのはおれだ。つまり、おれの方が上なんだよ」

「はい。存じております」

「ケッ!すました顔しやがって。良いか?いくらお前がガープ中将にめちゃくちゃ可愛がられてようが、ボガードさんからの評価も高かろうが、おまけにコビーからも好かれてようが、おれは絶ッ対に甘やかしたりしねェからな。お前なんかとっとと追い抜いて、立派な海兵になってやる」

「ええ。……追い抜く、という点は分かりかねますが、是非そうなさって下さい」

「カァ〜〜ッ!!っとにムカつくなお前!?なんッで分かんねェんだよ!?ガープ中将の拳骨だ、拳骨!!あんなスマートに避けといてよく言うぜ!!ったく、ちょっと美人だからって──あァクソッ、ちょっと返り咲いたからって調子乗ってんじゃねェぞ!!」

「……っふふ。そうですね。御気分を害してしまい、申し訳ありません。──!、そろそろ就業時間ですので、失礼致します」

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!おれは!!!!上官にプレゼントなんかされなくたって!!!!もっと高ッけェ時計、着けてやるからなァァァ!!!!」



余裕綽々なサクラ事務官と、何かにつけて突っ掛かかっては遠吠えるヘルメッポ軍曹。


まァたやってるよ。
飽きねェなァ、軍曹も。
罵ってるつもりなんだろうけどよ、却って誉めちまってるよな?
ああ。にしても今日は、特に機嫌悪くねェか?
確か、モーニングステーキを食う直前で鳥に掻っ攫われたらしいぞ。随分バカにされたとか何とか……
ぷっ!何だそりゃ。気の毒だが、いい気味だな。


────遠くに眺める海兵達の間で、そんな会話が交わされていた事は、誰も知らない。



end.


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