コスモキャニオンでの仕事を終えたは、クラウド一行とはひとまずの休戦協定を結んでいた。

彼らには仕事を手伝ってくれたケット・シーへの礼だ、と言ったものの、それは建前の理由だった。


ブーゲンハーゲンから聞いた星の命の話。社の命令によりエアリスを何年も追い回していたくせに、内心では真に受けていなかった古代種の存在。
まさか神羅の技術が原因で星が滅ぶなんて、考えたこともなかった。
だがミッドガル周辺に広がるどす黒く枯れた大地を思い浮かべると、星命学信者の盲言とは切り捨てられずに、背筋がぞわりとする。

プレートの一件以来神羅への不信感を募らせていたにとって、アバランチの言い分が絵空事でなかった、という事実はあまりに重かった。
だからと言って、彼らのしたことが許される訳ではない。彼らが無辜の市民を虐殺したテロリストであることには違いないのだから。
けれどもう、にそれを断罪することは出来なかった。


すっかり頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったは、やはりしばらく休暇が必要だ、と判断した。

もともと5日間の予定の出張だったが、ツォンからは仕事が済み次第戻るなり、後半の日程には有給を当てるなり自由にして良いと言われていた。
事実上の戦力外通告だろうかとわずかに不安を覚えたが、結果的にはしばし神羅から距離を取れる、良い口実となった。

任務終了の報告は最終日でいいだろう。
仕事の為にすべてを犠牲にするのがプロじゃない。そんな風に言っていた先輩の姿を脳裏に描く。(至言だ)
タークスのは、一時営業終了。

は業務端末を、鞄の奥に押し込んた。


- - - -


コスモキャニオンに滞在を始めて数日。
存外この地を気に入っていたは、時折ブーゲンハーゲンや顔見知りのエアリスと雑談を交わしては、久しく得られなかった穏やかな時間を過ごしていた。


「エアリス、写真撮ってもいい?ツォンさんに見せたいんだけど…」

「えー?なんか、やだ」

「そう…ツォンさん心配してたから、元気な姿を見せたかったんだけどな」

「心配?ツォンが?」

「うん」

「ホントかなぁ」

「…たぶん」


露骨に怪訝そうな表情を作るエアリス。共通の既知の仏頂面を思い浮かべ、二人で顔を見合わせ笑う。


「…何年も前から知ってるのに、こうやって二人でゆっくり話すのって初めてだね」

「うん、そうだね。でも、わたし、が悪い人じゃない、って知ってた」

「……そう、かな」

「そうだよ。レノもルードも。そうでしょ?」

「うん…そう、だね。私も、そう思う。」


頭の中を見透かされているような感覚。
きっとエアリスには、が何故ミッドガルに戻らず燻っているのか。クラウドらと戦おうとはしないのか、その理由が分かっている。根拠はないが、何故かそう思えた。
不思議な女性だ。こうして言葉を交わすと、なるほど彼女は確かに『古代種』という特別な存在なのだろう、と得心する。


辺りが暗くなりはじめる。
里のあちらこちらに、迫りくる闇夜を照らすための松明が灯されていく。里の中央の小高い丘に腰掛けていた達の目の前では、キャンプファイヤーのような大きな焚火が爛々と炎を上げ始める。

燃え盛る炎に、赤く染まった七番街の光景がフラッシュバックする。
同時に、想い人の悲痛な姿が脳裏に蘇った。

リーブ統括は今、どうしているだろう。
働きすぎで体を壊してはいないだろうか。
きちんと睡眠は、食事は取れているだろうか。
街の再建計画は決まったんだろうか。
何にせよ、街を蹂躙したタークスを、アバランチ同様に許してはいないだろう。

なるべく考えないようにと、押し留めていた思考が次々と押し寄せる。目の奥がかあっと熱くなるのを感じる。いけない、エアリスが見てる。歯を食いしばり、涙が溢れるのを阻止する。


…泣いても、いいんだよ?」


エアリスはきっと人の心が読めるんだ、と思った。その優しい声音に、必死に堪えていたものがぽろぽろと溢れだす。顔を隠すように膝を抱えて丸くなる背中を、エアリスの温かい手がずっと擦っていてくれた。


- - - -


ひとしきり泣いた後、エアリスの仲間達が彼女の元へと集まってきた。
はつい先程まで涙に濡れていたそれを見られたくなくて、わざとらしくそっぽを向く。


「ここにいたのか、エアリス……とタークス」

「すいませんねえ」

「アンタ、目が真っ赤だぞ。泣いていたのか?」

「……」

「クラウド、デリカシーない」


クラウドの言葉に、代わりに糾弾の声を上げるエアリス。
ケット・シーは恐る恐るという様子でに近付くと、小声で問いかける。


さん、泣いてはったん?」

「内緒。ケット・シー、抱っこしていい?」

「え?!は、はい」

「ありがとう」


おいで、と両手を広げて誘うと、もじもじと傍に寄ってくるケット・シーをひょいと抱き上げ、膝の上で抱き締める。
はこの抱き心地の良いふわふわの謎の存在をすっかり気に入っていた。


「ふわふわ」

「なんや、ちょっと照れるなぁ…」


そう言うケット・シーはちょっとどころではなく照れているように見えたが、仲間達は気付かない振りをしてやった。
一同がただ静かに焚火を見つめる中、バレットが沈黙を破る。


「なあ、タークスの姉ちゃんよ。あんた、これからどうするつもりだ」

「明日には迎えのヘリを呼んで、本社に戻るけど…」

「そうじゃねえ。そうじゃなくてよ…聞いただろ、星のこと」

「それは…。どう、って言われても」


アバランチとタークス。立場の上で埋め難い溝を持つ二人は、当初こそ互いに嫌悪感を剥き出しにしていたものの、ブーゲンハーゲンの話に思うところある様子のに対して、バレットは敢えて噛み付くことは控えていた。
バレットの言わんとすることを察し、は言葉に窮する。
どうにもならないし、出来ないだろう、というのが本音だった。しかし場にいる全員が二人の会話を真摯に聞き入っていると気付くと、ここで誤魔化すのは違う、と思った。


「神羅のせいで星が滅ぶだなんて、私ひとりが声を上げたところで誰も信じない。それは、あなたたちが一番よく分かってるでしょ。だから、爆破テロなんか起こした」

「……ああ、そうだな。あんたの言う通りだ」

「ここでブーゲンハーゲンさんに聞いたことは、一応、進言してみるつもり。妄言だって左遷されるかも知れないけどね。この仕事、嫌なこと多いし、別にいいけど」

「…そうかよ」


自嘲しながら言うに、バレットはそれ以上の追及はしなかった。
会話が済んだ事を確認すると、クラウドが後を引き継ぐ。


「俺たちは明日の朝ここを発つ。休戦協定はそれで終わりだ。」

「私はまだ休暇中。ここにいる間、そっちの邪魔はしない。あんたらも勝手に出て行って」

「ああ、そのつもりだ」


淡泊なやりとりを終えると、再び沈黙が訪れる。
膝に抱えられたままのケット・シーが悲しそうに顔を歪めていたことに、が気付くことはなかった。


- - - -


翌朝。
出立の準備を終えて里の広場に集まるクラウド一行を、すこし離れて見守る。そこへ、エアリスとケット・シーが近付く。


「エアリス、元気でね。ケット・シーも。」

「はい、さんもお元気で。」

「ねえ、。その端末で写真って撮れる?」

「撮れるけど。…え、いいの?」

「うん。でも、ツォンには見せちゃダメだよ。一緒に写ろう?」

「そんなら、ボク、撮りますよ!」


そう言って手を挙げるケット・シーに、じゃあお願い、とカメラモードにした業務用の携帯端末を手渡す。エアリスが妙に強い力で腕を絡ませてくる。


「……さん、すんまへん!」

「え?」


ケット・シーの手に渡った端末は見事な放物線を描きながら、ティファの手元へと放られる。
刹那、聞いたことのない音とともに粉砕された。
ティファの手の中で原型を失ったそれを呆然と見つめる


「は????」

「あんた、俺たちがここから北へ向かったと仲間に連絡するだろう」

「…そっ!それは!そうだけど!!な、何てことすんの!?」

さん、ごめんなさい!」


悪びれる様子もなく言い放つクラウドに、顔を青くしながら叫ぶ
ティファは心底申し訳なさそうに、両手を合わせて頭を下げる。ケット・シーも同様で、すんまへん、すんまへんと何度も繰り返していた。

彼らの行動は理解できる。逆の立場であれば、自分もそうしただろう。
しかしよりにもよって、心を開きかけていたエアリスとケット・シーにやらせるというのが、実に卑怯だ。まさしくタークスも真っ青のやり口。休暇中とはいえ、まんまと引っ掛かった自分の間抜けさに、げんなりしながら溜息を吐く。不思議と怒りは沸いてこなかった。


「…まだ迎え呼んでないんだけど。どうやって帰れっての…?」

「しばらく待っていれば迎えが来るんじゃないのか?」

「神羅がそんな優しい組織じゃないってこと、元ソルジャーなら知ってるでしょ!」


相も変わらず淡々としたクラウドに、さすがに声を荒げる。
この地――コスモキャニオンは本来、外部の人間がそう易々と立ち入れる場所ではない。
周辺のモンスターは、ミッドガル周辺とは比べものにならないくらい強力だ。多少は腕に覚えのあると言えど、単身で、しかも武装も不十分なこの状態で、コスモエリアから無傷で離脱する自信はなかった。

しかも、運よく近隣の村落まで辿り着いたとして、ここから一番近いのはゴンガガだ。あそこはだめだ。魔晄炉で事故があって以来、住民は神羅に対して強い反発を抱いていると聞く。一人で乗り込んだところで、どんな目に遭うか分かったものではない。
八方塞がり。いっそこのままここで暮らそうか…などと現実逃避をしかけたその時。肩を落とすを見かねて声を上げたのはケット・シーだった。


「あの〜、クラウドさん、相談なんやけど…。人里あるとこまで、さんも一緒に連れて行ってあげられへんやろか?この辺のモンスター結構強いし、女の人ひとりで放り出すんはボク、ちょっと良心が…」

「それ、いいと思う!クラウド、お願い。、神羅だけど、悪い人じゃないから」


エアリスも助け舟を出す。確信犯のくせに優しいとは、これ如何に。
仲間の懇願との落ち込みように、気まずそうに視線を泳がせるクラウド。ようやく多少の罪悪感が湧いてきたようだ。


「…足手まといにならないなら構わない。ただし神羅に連絡できる状況になっても俺達の情報は一切漏らすな。それが条件だ」

「やったあ!よかったね、!」

「まだ一緒にいられるんやね!嬉しいなあ」

「全然よくない…」


なし崩し的にクラウドらの旅に同行することになってしまった
親しくなったと思ったのも二人の計算だったのだろうか、と変に邪推してしまうが、何故だか妙に嬉しそうなエアリスとケット・シーの姿に、諦めたように溜息を吐いた。


Next.

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