「外部と連絡は取れないの一点張り!なんなのここ!?」

「昔はこんなんじゃ、なかったんだけど…」


苛立ちを隠さないに、ティファが声を沈ませながら答える。
コスモキャニオンを離れたクラウド一行は、クラウドとティファの故郷ニブルヘイムへと辿り着いていた。

クラウドらの謀略によりミッドガルへの帰還手段を失ったは、本社と連絡が取れる最寄りの人里に着くまで、という条件で彼らの旅路に加わっていた。
ニブルヘイムに到着すると真っ先に宿に駆け込み、電話貸して下さい!と懇願したに返されたのは、期待を大きく裏切る答えだった。

ティファやクラウドの話によれば、かつてこの町はセフィロスによって蹂躙され、町は燃やし尽くされもそこにいた住民もほとんどが無惨に殺されたと言う。
しかし今、こうして訪れている町に悲劇の痕跡は無い。
炎の中で崩れたはずの建物は何事も無かったように修繕され、それどころか、住人までもが「そんな事件は無かった」と口を揃える。さらには外部からの人の流入を拒んでいるような節も見え、きな臭いことこの上なかった。


「ごめんね、ティファに怒ったわけじゃなくて」

「うん、わかってる…さん、ごめんなさい」


ニブルヘイムに入って以来暗い表情が続くティファが気がかりではあったが、この町を覆う欺瞞に神羅が大きく関わっているらしい以上、自分が何かを言えた義理ではない。
プレートの件もある。自身、許されるとは思っていないし、アバランチのした事を許した訳でもない。情が移る前に離れたほうがいいな、などと淡泊に考えていた。



「神羅屋敷?」

「過去に神羅の科学部門が研究に使っていた施設らしく、昔からそう呼ばれてた。何かセフィロスに関する手がかりがあるかも知れない。」

も行く?」

「科学部門かあ……うん、嫌な予感しかしない。私はここで留守番してる」

「ほんならボクも留守番にします〜」

「オイラもいいや。宝条、嫌いだし」


ケット・シーとレッドXIIIもに続く。そうか、と短く答えて、クラウドは残る仲間を連れ立って探索へと向かった。
ひらひら手を振りながら一行を見送ると、宿に残ったメンバーを順番に見遣る。
ついこの間まで魔晄煌めく大都会で一流企業の会社員をしていたはずが、今やどうか。喋るネコのぬいぐるみにしか見えない珍奇な生き物や、喋るオオカミのような動物と一緒になって寂れた田舎のお宿で荷物番だ。
現状を冷静に分析すると可笑しくなって、くすりと笑いが零れる。


さん、どないしたん?」

「世の中には不思議なことがたくさんあるなあ、って思って」

「それって、例えばボクらとかですか?」

「オイラも?」

「まあね。悪い意味じゃないよ」


床に寝転ぶレッドXIIIの背中を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めている。
道中エアリスやケット・シーと親しげに接する様子や、積極的に戦闘に加わってはパーティのサポートをする姿を見てか、随分と警戒を和らげてくれたようだ。


「ケット・シー、地図ってある?」

「はいな」


ごそごそと荷物の中から世界地図を探り当てると、ベッドの上に広げる。
ケット・シーはが求める情報を即座に理解したらしく、地図上のこの先に広がるエリアを指した。
は、この不思議な黒猫のとぼけたようで勘が鋭いと言うか、存外に周囲を良く見ているらしいところが好きだった。


「この先のニブル山を抜けると、ロケット村いうところがあるみたいです」

「あ、それ、聞いたことある。確か神羅に関係ある」

「そうなんですか?せやったら、会社と連絡取れそうやね」

「うん…」


ケット・シーに倣ってベッドに腰掛けると、お気に入りのふわふわボディを抱き上げて膝に乗せる。柔らかい毛並みに鼻を埋めてぐりぐりと擦り付けると、くすぐったそうに身じろいでいる。


さん、ホンマに好きやなぁ」

「嫌だった?」

「…嫌なわけあらへん」

「良かった」

「……次の村に着いたら、神羅に帰ってまうん?」

「そう、だね」

「ホンマに、それでええの?」


どうしてこう鋭いのだろう。
ケット・シーの言葉に、心が揺れる。
神羅の闇はいくつも見てきたつもりだった。神羅が構築したその世界のシステムを守る為、必要なことだと割り切って、後ろ暗い仕事にも手を染めてきた。
だが今神羅に戻り、これまで通りに心を殺して任務に当たることが出来るかと問われると、正直自信がない。あまりにも多くの事を知ってしまった。
このまま、逃げ出してしまいたいという思考が確かにあった。

だが、次で帰らなければ、もう二度ミッドガルには戻れないような気がした。
会いたい人がいる。けれど、会ったところで、もう今まで通りにはならない。傍に居ることは出来ても、傍に居ることが辛くなると知っていた。
リーブ統括は私の顔なんか見たくないはずだ。
プレート崩落の夜の、悲痛に歪んだ表情ばかりが脳裏に浮かぶ。もっと色んな顔を知っていたはずなのに、もう、それしか思い出せなかった。
いっそ忘れてしまったほうが。この気持ちを無かったことにしてしまえば。

諦観と後悔ばかりが押し寄せ、胸が苦しくなる。どうしてこんなに涙脆くなってしまったんだろう。


さん…泣いてはるん?」

「わからない。どうすればいいか、わかんなくなっちゃった…」

さん…」


レッドXIIIが、の膝に抱えられながら、同じくらい辛そうに顔を歪めるケット・シーを見つめていた。


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ミッドガル零番街、神羅カンパニー本社ビル。
その63階にオフィスを構える都市開発部門統括、リーブ・トゥエスティは苦悩していた。


「参ったな…」


深い溜息とともに口をついて出た懊悩に、近くにいた秘書が心配そうに声をかける。


「統括、どうかされましたか?」

「ああ、いや、何でもないんだ。ちょっと考え事をしていて」

「やはり少し休まれたほうが…」

「…そうだな。すまない、そうさせてもらおう」


何かあれば連絡するよう部下に伝えたリーブは、オフィスを離れてなるべく人気のない休憩場所を探す。エスカレーターを昇り、ミーティングフロアの小会議室の中から無人の個室を見つけると、『使用中』の札を掲げて中に腰を据えた。
途中自販機で入手したミネラルウォーターを一口含むと、また深い溜息をつく。


さん、私はどうしたらいいですか…?」


プレジデントがセフィロスにより殺害されたその夜。
就任したてのルーファウス新社長により呼び付けられたリーブに告げられたのは『能力を用いて脱走した古代種及び自称元ソルジャーの一行に接近、密偵として情報を入手せよ』、要するにスパイになれ、という命令だった。

無機物に命を吹き込むリーブの特異能力『インスパイア』――その異能の存在を知るのは、リーブの古い馴染みである前任のタークス主任と、その後を引き継いだ現主任のツォンだけ、のはずだった。まずルーファウスがそれを知ることに驚いたが、後ろに控えるツォンの様子を見ると合点がいった。


「安心したまえ、君の能力を知るのはここにいる我々だけだ。今のところは、だが」


この能力のことは幼い頃に両親に知られて以来、ほとんど誰にも漏らすことなく生きてきた。神羅の内情を知ってからは、科学部門等に知られれば大喜びで研究材料にされるだろう、と度々背筋を凍らせていたものだ。そんなリーブの意図を読んだかのようにルーファウスが告げる。
断ればどうなるか分かるだろう。そんな含みを持たせて。

最優先の目的は、古代種の動向を把握すること。
兼ねてより愛用している黒猫のぬいぐるみ、ケット・シーと、小回りは利くが非力なそれを補う為に開発したデブモーグリ型戦闘用ロボットを刺客として送り込み、なんとかゴールドソーサーで一行の旅に潜り込むことに成功したリーブ。
行く先々で聞こえてくる神羅への怨嗟の声とともに、統括である自分でさえ知らなかった暗澹たる真実を見せつけられる旅はなかなかにその精神を痛めつけた。
一方で、ケット・シーとして立場を気にせず発言できる自由な人間関係に、わずかな心地よさを感じているのも否定できずにいたのだった。


そんな中、クラウド一行の前に彼女が現れた。


総務部調査課、通称タ―クスの一員である
数年前に初めて出会った時から、タークスらしくない子だな、と思っていた。
よくリーブの警護にも着いてくれた彼女は、非情に徹しなければ務まらないはずのその立場にあって、あまりにも人間らしかった。ポーカーフェイスが苦手らしく、面倒ごとがあれば眉根を寄せ、嬉しいことがあれば頬を緩ませる。隠しきれずにころころと変わる表情は実に愛らしく、それでも本人はクールに努めているらしいのが微笑ましかった。
近くで過ごすほど、次第に惹かれていく自分に気付いていた。


彼女の様子がおかしくなったのは、あの夜から。
アバランチへの報復のためにとプレジデントが決定したプレート落とし。勿論リーブは反対したが、その声が聞き入れられる事はなかった。
ハイデッカーの口からタークスがその任に就くと聞いた時、そうだろうな、と納得すると同時に、 の事が心配になった。

街が丸ごと無くなるのだ。プレート下の七番街スラムだけでも推定五万人。上も合わせて、一体どれほどの犠牲が出るのか想像もつかない。それをたった数人に、全てを理解した上で実行せよというのだから、あまりに残酷な話だ。
感情を殺すのが下手な彼女はきっと一生消えない重荷を背負うことになる。
そう思うと、どうしてもを止めなければ、と思った。プレート支柱に行かせてはならない。自分がそう呼び掛ければ或いは、となぜか思い上がっていた。

行かないで、と言った時の彼女の顔が脳裏にこびりついている。
結果、リーブにはを止めることは叶わなかった。然もありなん、プレジデントの命令は絶対で、彼女はタークスだった。
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、ごめんなさい、と絞り出す彼女の姿を見て、余計に苦しませてしまったとすぐに後悔した。

そして七番街は地図から消え、はリーブを避けるようになった。
理由は想像がつく。一度きちんと話をしたかったが、状況がそれを許さなかった。


出張でコスモキャニオンを訪れていたというにリーブが(ケット・シーを通じてだが)再会を果たしたのは、それから二週間程も過ぎた頃だった。

エアリスの助力もあり、なんとかが一行と対立することこそ避けられたものの、まさかクラウドが彼女の携帯端末を破壊するとは思わなかった。(阻止できなかったのは申し訳なく思うが、立ち位置的にどうしようもなかった)
その結果も共に旅に加わる事態になるとは甚だ想定外だったが、一先ず彼女の安全を確保できたことで、リーブは久々に心からの安堵を覚えたのだった。

ケット・シーを通じて旅の様子を見守っていたリーブは、神羅から離れてのびのびと過ごすの様子に複雑な思いを抱いていた。
それについて多くを語りはしないものの、やはり彼女の胸には大きなしこりが残り、このまま神羅で働くことに抵抗を抱いているように見えた。ケット・シーを胸に抱きながら苦悩する姿は、リーブの胸を締め付ける。すぐにでも駆けつけて抱き締めたい衝動に駆られるが、物理的な距離がそれを許さない。

の為を思うと、このまま戻らないほうが幸せなのかも知れない。
しかし、タークスを抜けるのは死ぬ時のみ。一般社員では知りえない神羅の薄暗い秘密を多く持つ彼らに課せられた暗黙のルールだ。万が一立場を放棄し、このままクラウド一行の仲間になることがあれば、社から抹殺される可能性さえある。

どうにかしてを守りたい。
悩んだリーブは、ここは一旦クラウド一行に装備と連絡手段を奪われ、身柄を拘束されている、という事にしておこう、という物騒な設定を閃いた。これであれば、万が一の時でもが咎められる可能性は低い。
彼らにありもしない罪を被らせることに多少の罪悪感はあったが、元々がテロリストだ。の身の安全のためには致し方ないと割り切る。

リーブは部屋の外に人目がないことを確認すると、自身の業務用携帯端末を取り出す。


「リーブです。ツォンさん、いま社内ですか?内密にお伝えしておきたいことが…」


- - - -


一方その頃。


「ねえ、本気?ほんとにこの人も連れて行くの?」

「本人が来ると言っているからな。仕方ないだろう」

「ヴィンセント・ヴァレンタインだ。宜しく頼む」

「ずうっと棺桶のなかで寝てたんやろ?けったいなこっちゃ」

「元タークスって言ってるけど、、聞いたことある?」

「こんな人知らないよ…」


クラウド一行は、神羅屋敷の地下で出会った怪しいガンマンを仲間にしていた。


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