元タークスのガンマン、ヴィンセントを仲間に加えた一行は、セフィロスの痕跡を追って霧深いニブル山を越えようとしていた。


「ドラゴンなんて初めて見た!大きかったぁ」

「この『金の腕輪』ってやつやばいよ!見るからに高く売れそうじゃない!?」

「ユフィ、いっぱい盗んだねー」

えらいえらい、と最年少の忍者娘・ユフィの頭を撫でる。道中モンスターから入手したアイテムを品定めしつつ、和気藹々といった様子で談笑する女性陣。一方男性チームは、山麓のモンスターの出にくいポイントを見つくろい、野営の準備に勤しんでいた。


「おーい、女チームもテント張るの手伝えー!」

「「「はーい」」」


バレットに促され、緩い返事をしながら作業に加わる一同。
完全に陽が落ちる前になんとか焚火の準備を終えると、適当な丸太や岩で腰かけを拵え、各々がそれを囲む。ニブルヘイムでありったけ買い込んできた携行食をティファから受け取ったは、いただきます、と手を合わせ、その封を切った。


「さすがにこの辺のモンスターは食べられそうなの、いなかったね」

「魔晄炉の周辺なんてどこもこんなモンだろ。全く、ロクなもんじゃねえ」


ティファの言葉に、バレットは息するように神羅を批判する。味気ないレーションでも、魔晄漬けのモンスターの肉よりはましだった。
いつの間にか食事を終えているクラウドが、地図を広げて現在地を確認する。


「明日には山を下りられるが、次の村までは二日というところか…」

「車、ニブルヘイムに停めたままだもんね」

「仕方ないな。久しぶりに徒歩だ」

「…あと二日、か」


クラウドとティファの会話を聞きながら、が小さく独り言ちるのを、ケット・シーは見逃さなかった。ほんの一瞬、俯いて逡巡したかと思うと、思い切ったように口を開く。


「ロケット村に着いたら、さんは神羅に帰ってまうん?」


その言葉に、一斉に視線がへと集まる。 は居心地悪そうに目を泳がせると、膝を丸めて地面に視線を落とす。仲間たちは何も言わず、の言葉を待っているようだった。


「それは………」

さんは、どうしたいん?」

「…わからない…」

「なんでわからへんの?自分のことやん」


言葉に詰まるに、ケット・シーが珍しく強い口調で問い詰める。
辛辣な発言も多いケット・シーだが、にこんな言い方をするのは初めてだった。


「なんぞ、思うてることはあるんやろ?さんが考えてはること、言うてくれんとボクらにはわからん。話してくれたら、一緒に考えられるかも知れへんやんか!」

「ケット・シー…」


その剣幕に、驚いたように顔を上げる。だがケット・シーの今までにない切実な様子に、ゆっくりと言葉を絞り出す。


「私は……ミッドガルに帰るのが、怖い。
みんな知ってるでしょ?神羅は…タークスは、七番街を潰して、たくさんの市民を殺した。
アバランチを潰すためって言ったって、そんなの絶対おかしい、まともじゃないって…私たち、思ってた。だけど……」


声が詰まる。だが、俯きながらも必死に紡ぐ言葉を選んでいるらしいを、誰も急かそうとはしない。


「最初は、燃える七番街を見ても、実感がなかった。でも、社に戻ったら…怖くなった。七番街、社宅エリアもあったから……きっと、神羅の人間も、たくさん死んだ。
誰に会っても、この人の家族、私たちが殺したかもって、思えて……会社にいるの、怖くて…っ」


徐々に嗚咽が混じり、言葉は途切れ途切れになる。俯くその表情を窺うことはできずとも、皆分かっていた。いつの間にか、ティファも泣いていた。


「行っちゃダメだって、止めてくれた人、いたの。止めてくれた、のに…私はっ……」


それ以上、は続けることが出来なかった。 ティファがその傍に寄り添い、そっと肩を抱く。その反対側では、エアリスが背中に手を当て、泣いた子どもをあやすような手つきで優しく擦ってやる。


のせいじゃないって、私たち、わかってるよ」

「でも、私の仲間が、やった」

「うん」

「先輩たちに、全部押し付けて、なんて、できないよ」

「うん。わかるよ、気持ち。」

「…ッ、うん…」


エアリスとティファの言葉に頷きながらも、胸の内に抱え続けた懊悩と共に溢れ出る涙が止まることはない。身を寄せ合う女性たちを見守りながら、クラウドが本気か冗談かわからないような口調で言う。


「あんた、タークスに向いてないな」

「よく、言われる…」

「神羅も向いてねえ。戻らないほうがいいと思うぜ」

「…うん」


バレットが続けたその言葉に、残る仲間が一斉に頷く。それは紛れもなく彼らの総意だった。 ようやく顔を上げたの顔はぐしゃぐしゃだったが、腹を括ったらしいその瞳の奥には、力強く澄んだ光が宿っていた。


- - - -


夜が明け、深い霧の隙間を縫うようにニブル山の麓にも朝日が差し込み始めた頃。


「おはよ!見張りご苦労さま、ケット・シー」

さん、えらい早起きやねえ」


女性陣が眠るテントから一足早く起き出してきたが声をかける。
多少睡眠をとらずとも平気なケット・シーが野営時に見張り役を担当するのはよくある事だった。
一晩経ってすっかり心を落ち着けたらしいはからりとした笑顔を浮かべていて、その様子にケット・シーは深く安堵した。


「昨日はありがとね、ケット・シー」

「そんな、ボクは別に…」

「別に、じゃない。ケット・シーがきっかけくれなかったら、話せなかった。おかげでスッキリしたぁ!泣きすぎて目痛いけど」


ケット・シーの隣に腰を落ち着けて話すの顔は、本人の言う通り、瞼はいまだ腫れ上がり、赤みを残す鼻は常よりもその存在を主張している。しかし、神羅との決別を決めた彼女の心の内は、今までになく晴れやかであるようだった。
ケット・シーはそんなの様子とは対照的に、複雑な表情を浮かべている。


「ボクは……ボクはただ、さんと一緒におれんようになるのが嫌やっただけや」

「そっか」

「ボクのわがままのせいで、さんが危険な目に合うことになったら、ボク…」

「私そんなに弱くないよ?」

「知ってます!せやかて、これからは神羅とも戦わなアカンかも知れへんし」

「…まあ、そうだね」

「せやから……せやからボクが、さんを守ります!何があっても、これから、ずうっと」


決意を込めてケット・シーが放ったそれは、まるで永遠を誓う愛の言葉にも聞こえ。


「………私、今プロポーズされた?」

「えっ?!い、いや、ちゃいます!そ、そう言うんじゃ、ボクはただ…わっ!」


顔を真っ赤に染めて、両手を顔の前で激しく交差させながら、大慌てで弁明をするケット・シー。
猫なのに赤くなるなんて変なの、と思いながら、はいつものようにそのふわふわとしたボディを両手で抱き上げる。


「ごめんね、冗談。でも…ありがとう」


もじもじと身をよじるその可愛らしいナイトに向き合うと、ひくひくと動くその鼻先に、触れるだけのキスをした。


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