リーブは疲弊していた。

アバランチによる壱番魔晄炉の爆破テロに始まり、続いて伍番魔晄炉、そして七番街プレート崩落。それらの対応を最優先で行うべき時に、社長からのスパイの密命。
ただでさえ多忙な都市開発部門統括の元に次々に積み重なるタスクの数々は、リーブを精神的にも肉体的にも摩耗させていた。

それは間近で働く部下たちの目にも明らかだったらしく、ある時ついに結構な剣幕で指摘されてしまった。


「統括、たまには早く帰って下さい。いい加減倒れますよ」

「統括がいつまでも社にいると下は帰り辛いんですからね!」

「そうです。明日からしばらく社長もご不在だそうですし、たまにはゆっくりお休みになってください」


秘書が言うことには、ルーファウスは翌日から宇宙開発部門の視察の為にしばしミッドガルを離れるらしい、という話だった。
社長やツォンがいると、通常業務よりもスパイ活動に注力せねばならないような気がして、それが結構なストレスになっていた。出来ることならば社長不在の間にこそ都市開発部門の仕事を進めておきたいところだが、部下たちの手前そんな理由を話せるはずもない。
体力も限界に近いことを自覚していたリーブは、諦めて部下の勧めに乗ることにした。

結果、その日は奇跡的にほぼ定時で(とは言え一時間は過ぎたが)退勤することが出来たのだった。
ここ二週間程、家に帰ったところでシャワーを浴びる、仮眠を取る、着替えてまた出社、の繰り返しだった。随分と久しぶりにバスタブに湯を張り、ゆったりと温水で身体を解す。
風呂から上がると、すぐに強烈な眠気が襲ってきた。
睡魔と戦いつつも念のため、ケット・シーの視界にリンクし、クラウド一行の動向を確認する。彼らもちょうど野営地を定め、その準備に勤しんでいるところだった。これならしばらく監視の必要はあるまい、とケット・シーとのリンクを切ると、リーブは気絶するようにベッドへと沈み込んだ。


翌朝。
いつもより少しだけのんびりと目を覚ましたリーブは、昨夜のケット・シーのログを確認して愕然とした。

ケット・シーは、言わばリーブの精神構造を元にして生み出された疑似人格だ。基本的な物事の捉え方や、趣味嗜好などがリーブのそれと反する事はない。まさに、リーブの分身と呼ぶべき存在だ。
普段の鬱積した感情の反動か、些かリーブ自身よりも口が悪いと言うか、オブラートに包む事を知らないところはあるものの、自律行動時でもリーブの意図に沿わないことはしない。
そのはずだった。

現在、クラウド一行はニブル山を下り、ロケット村へ向かって移動している最中のようだった。
リーブは、ケット・シーに意識をリンクさせると、頭の中で分身へと語りかける。


(ケット・シー、応答できますか)

(はいな。何ですの、リーブはん。)

(昨晩の会話を聞きました。なんでさんが神羅を裏切る流れになってるんです!?)

(あー、せやねん、それなあ。仕方ないねん。)

(仕方ない、じゃありませんよ。昨晩の話を聞いてみたらキミ、もの凄い煽ってましたよね)

(最終的にはさんが決めたことやん。ボクにもリーブはんにもどうこう言う権利あらしまへん)

(それは…そうですが…しかし!)


裏切りが発覚すればただでは済まない。かつて古い馴染みがタークスを足抜けしようとして、軍が出動する騒ぎになった事を思い出し、リーブは焦燥を覚える。
その心を読んだようにケット・シーが続けた。


(バレたら神羅に追われるやろなぁ)

(それがわかっていて!)

さんはそれでも戻りたくないって言うてはるんやから、もうしゃあないやんか)


そう言われると、言葉に詰まる。
リーブ自身、が神羅との決別を望む理由は痛いほど分かっていた。


さんの幸せ考えたらどっちがええかって、ホンマは結論出とるんやろ。ボク、アンタとおんなじ心持っとるから、分かるんやで)


ケット・シーの言う通りだった。
仲間の前で、ぼろぼろと涙を零しながら苦悩を吐露するの姿を思い出すと、胸に鋭い棘をいくつも刺されたような痛みを感じる。
自分が止めたことで、彼女の罪の意識を大きくしてしまっていた。
そんな自分が、彼女に戻ってきてほしいなどと、どうして言える義理があると言うのか。
返す言葉を失うリーブに、ケット・シーは話を切り換える。


(今朝の会話は聞いてへんの?)

(今朝?それはまだ…まだ何か事件が?!)

(まあ、事件と言えば事件やけど。人がおらんとこで見たほうがええですよ。ほんなら、モンスター出たんでこれで)


ケット・シーはこれ以上の対話をするつもりは無いらしく、視界の中に出現した狼のようなモンスターに向かってすでにデブモーグリを突進させている。
リーブは溜息をつきながら、もう一人の自分とのリンクを切断した。


そういえば、今朝の会話で何事かが起きた、と言っていた。慌ててログを確認する。
そこでリーブは、ケット・シーの言葉の意味を衝撃とともに知ることとなった。

リーブの視界に飛び込んできたのは、瞼を赤く腫らしながらも、朝日を浴びて清々しい笑顔を浮かべる。そして。


「え」


ケット・シーを抱き上げ、そしてその鼻先にキスをする想い人の姿だった。
視界を共有した状態のリーブにとっては、実際に自分がそうされているかと錯覚するほどの距離感だったが、現実に触れられる彼女はそこにはいない。


「生殺しやないか……」


ケット・シー越しにのキス顔だけを拝むことになったリーブは、自らの分身への激しい羨望と、衝撃的に可愛かったその表情の破壊力で、その日はしばらく仕事が手に付かなかったという。


Next.

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