-1-


「ミッドガル誕生30周年記念祝賀会?」

「ああ。主催はドミノ市長、ミッドガル中の富豪や著名人が集まるらしい」


神羅ビル地下3階の総務部調査課オフィス。
地上階にある表の部署のそれに比べると、手狭で薄暗いこの部屋が我々タークスの本拠地だ。
壁面にかけられた巨大なモニターの前を定位置とする主任のツォンは、いつも通りの淡々とした口調で続ける。


「神羅の代表としては当然プレジデントが招待されている。だが、プレジデントは行かない」

「行く価値もない、か」

「ナメきってるぞ、と」

「市長かわいそ…」


ライブラリフロアの一角に押し込められた、痩せた老人の姿を脳裏に描く。好き放題にこき下ろすそれぞれの言葉が、あながち間違いでもなさそうなところに悲哀を覚える。


「そこで、代理としてリーブ統括が出席される。にはその警護についてもらう。」

「了解です」


都市開発部門、リーブ・トゥエスティ統括。ミッドガルの開発に深く携わり、インフラ面での運営にも尽力しているその人が、ミッドガルになくてはならない人物であることは間違いない。強硬派ばかりの幹部の中でこそ軽視されがちだが、市長であれば彼が代理として立つことに文句は言わないだろう。

要人警護もタークスの仕事のうちだ。中でもリーブ統括の警護は私が担当することが多い。
それというのも、ハイデッカー統括やスカーレット統括はその立場上反神羅勢力に狙われる可能性が高い。タークスの中でも新人の私は、消去法で警護の難易度の低いリーブ統括に当てがわれるのだ。
実力不足を指摘されていると同じ事なのでそれは癪だが、個人的にリーブ統括の警護につくのは好きだった。他の統括と違ってちゃんとこちらの指示に従ってくれるし、用意したドリンクが好みのフレーバーでなくてもへそを曲げないし、何かとボディタッチしようともしない。
それどころか、出張に随伴すれば土産物のおかしをこっそり買ってくれたり、警護中に彼を庇って怪我でもすれば過剰なまでに心配したりする。
要するに甘ちゃんなのだが、この会社の幹部には凡そ似つかわしくないその真っ当な感性は、傍にあってとても心地良いものに思えた。


「なあ主任、会場の警備を俺らがやるのか?」

「いや、今回はだけだ。周辺の警備には軍が入るが、会場内にソルジャーやタークスを入れるな、という市長からの要望でな。」

「嫌われてるぞ、と」

「えっ、じゃあ私もダメじゃないですか」

「ああ。だからタークスだとバレずに警護しろ」

「つまり?」

「この金でドレスを買ってこい」

「へ?ドレス??」


その仏頂面にまるで似合わない、思いもよらない単語とともに、やや厚みのある封筒がデスクに放られる。


「この手のパーティでは招待客がパートナーを伴って参加するのがお決まりだが、統括は未婚だ。聞けば連れて行くような相手もいないという。そこでだ」

「…私がリーブ統括のパートナー役で潜入するってことですか?」

「そうだ。距離が近い分警護もしやすいだろう」

「いやいやドレス着て警護って主任」

「いざとなったら裾引きちぎって格闘しろってことだぞ、と!」


何を想像しているのか、ひとりで盛り上がる赤毛の男に苛立ちの視線を向けるが、まったく気にされずに余計に腹が立つ。


「当日の動きは追って説明する。リーブ統括にもこちらから話を通しておく。はその金で一式揃えておけ。早めにな」


話はここまでと示すように席を立つ主任。颯爽とオフィスから退出する長い黒髪を見送ると、ふぅ、と小さく溜息が零れた。


「なんだよ、嫌なのか?」

「いやってわけじゃないですけど、金持ちのパーティなんて経験ないし」


何着れば正解かもわかんないですよ、と項垂れる。
相手がハイデッカーじゃないだけましだぞ。と本人に聞かれてはたまらない発言をしながら、けらけら笑うレノは心底楽しそうだ。


「俺がエロい服選んでやるぞ、と」

「結構です頼むならルード先輩にお願いします」


早口で捲し立てると、もはや如何にしてからかうかしか頭になさそうな役立たずは無視することにして、その相棒に助けを求める。


「ルード先輩おしゃれだし、いい店知ってますよね?!」


当てがないんです!と拝むように両手を合わせて縋る。一瞬面倒そうに顔を背けたルードはしばし逡巡すると、愛用のサングラスをつい、と押し上げて口を開いた。


「……それなら統括に聞いたほうがいい。コーディネートを合わせたほうがそれらしくなる。統括が衣装を用意するのと同じ店で頼めばいいだろう」

「ルード先輩、さすがっ!」


誰かさんと違って頼りになるなー、と聞こえるように言いながら、脊髄反射で部屋から飛び出す。閉まりかける扉の向こうから抗議の声が上がった気がしたが、無視してエレベーターホールへと足を進めた。




-2-


地上近くに停止していたのか、思いの外早く降りてきたエレベーターに乗り込むと、ルードの発案に則ってリーブのオフィスを目指す。
神羅ビルのエレベーターには比較的新しい技術が用いられているとはいえ、地下3階から地上63階の移動にはさすがに時間を要した。パネルに表示された数字が上昇していくのをぼうっと見守りながら、先ほど伝えられた任務の内容を反芻する。

聞けばミッドガル中の金持ちやら有名人――LOVELESSの看板女優とか来たりするんだろうか、名前は忘れたけれど――が集まるという。日頃プレジデントに粗雑に扱われている憂さ晴らしなのか、とにかくドミノ市長の虚栄心を満たすための催しであることは想像に難くない。そんな場に一人でかり出されることを思うと気が沈むし、しかもドレス姿で警護をせよと言われても、そんな着慣れないものでどうしろというのか。
そう、ドレス。そうだった、とエレベーターに乗っている理由を思い返す。

パーティーに相伴するパートナー、という設定を演出するためにリーブ統括が衣装を用意する店を調査すべく、こうして都市開発部門統括オフィスを目指しているのだが。
それなりにフォーマルな場だ、統括はタキシードなんかを着るのだろう。その姿を脳裏に浮かべ、恋人のように腕を絡めて隣を歩く自分を想像する。

いやいや、釣り合う気がしないわ…。

かぶりを振って自らに突っ込みを入れる。
しかし、一度思い浮かべたイメージはなかなか頭から離れてはくれず、面映い感情に胸がむずむずした。首から上に熱が集まるのを感じて、それがさらに照れ臭さを助長する。

チン、と音が鳴り、いつの間にか目的のフロアへ到達していたことを知らされる。
赤くなっているであろう頬を両手で覆い隠しながら、目的の人の姿を探す。ガラス張りのオフィスをこそこそと覗き込むタークスの姿は、あまりにも人目を引いていた。


「いないな…」

さん?」

「うわっ!りりりりリーブ統括」

「ど、どうかしましたか?」


背後から声をかけられ盛大に吃るに、先に声をかけたリーブのほうが半歩後退る(タークスともあろう者が背後に迫る気配に全く気付かないなど、ツォンに知れれば事だが)
たった今オフィスに戻ったところらしいリーブは、資料を抱えた部下を数名連れていた。何処かでミーティングでもしていたのだろう。
不思議そうにを見つめるリーブを目の前にして、先程の想像がフラッシュバックしたは自身の首から上がみるみる紅く染まっていくのを自覚した。


さん?もしかして、私に何か…」

「いえその、そうなんですが、お忙しそうなので改めて連絡させて頂くことにします!後ほどメールしますので、お暇なときに返信を頂戴できれば!」

「え、ちょっ」


早口で捲し立てると、遮るように失礼します!と捨て台詞を吐いて逃げ出す。その明らかに様子のおかしいその背中を、リーブは首を傾げて見送った。


とぼとぼと自身のオフィスに戻ると、最後に見た状態のままで駄弁る男二人に迎えられる。


「速かったな。統括の所に行ったんじゃないのか?」

「まあ、行ったは行ったんですけど」

「なんだよ」

「聞けませんでした」

「はあ?何しに行ったんだよ、と」


レノの言葉は腹立たしいがもっともで、さりとて逃げ帰ってきた理由も言いたくないのでもごもごと言い淀む。その時、ピロン、と携帯端末の通知音が響いた。の業務端末に届いたショートメッセージ、差出人はリーブだ。


『先程のお話、もしかして祝賀会での護衛の件でしょうか?』

「ばれてた…『はい、衣装の件でご相談でした。コーディネートを合わせたいので、統括が利用される店を教えて頂けますか』、と…」

「でかい独り言だぞ、と」

「う、うるさいです」


レノの指摘で盛大に声を漏らしていたことに気付き、ばつが悪くなって悪態をつく。すぐに返信があった。


『よければご一緒しましょうか?』

『お手を煩わせるつもりはありませんので、店を教えて頂ければ結構です』

『わかりました、でば後ほど店の位置情報を送ります』

『宜しくお願い致します』

さんのドレス、楽しみにしていますね』

「うぐ…」


思わず呻き声が漏れる。社交辞令、社交辞令となるべく平静を装おうを努力するが、いつの間にかリーブ統括に綺麗だと思われたい。そんな個人的な感情の表出に気付いてしまったは、情けないような恥ずかしいような、混沌とした感情に顔をぐしゃりを歪ませる。


「ルードぉ、こいつタークス向いてないぞ、と」

「………戦闘では役に立つ」


携帯端末に向き合いながらぐるぐると表情を変える後輩の姿を呆れ顔で見守りながら、男達は溜息を吐いた。




-3-


ミッドガル八番街、LOVELESS通りの一角。
リーブからのメールに添付された件の店の位置情報をもとに、歩き慣れない高級店街を進むと、聞いていた衣装店の看板を発見した。
普段であれば近寄りがたいばかりの高級な店構えを前に、任務とはまた違った緊張が走る。
鞄の中を覗きこみ、ツォンから受け取った資本金が間違いなく入っていることを確認すると、意を決して重厚な扉を開く。


「あの、すみません!リーブ・トゥエスティの紹介で来たんですが!」

「お待ちしておりました、様でございますね?トゥエスティ様からお話は伺っております」

「アッハイ、よろしくおねがいします」


物腰柔らかな女性店員の出迎えを受け、さながら道場破りのごとく乗り込んだ勢いは行き場を失った。こちらへどうぞ、と店の奥へと促されながら店員の説明を聞いていると、統括があらかた話をつけておいてくれたと分かる。


「今回は祝賀会の主賓ということですので、トゥエスティ様はこちらのタキシードをお召しになる予定です」


壁一面を鏡が覆う広めのフィッティングスペースへと案内されると、統括の勝負服らしいタキシードが一着かけられていた。リーブ統括がそれを着た姿は容易く脳裏に描かれ、どくりと胸が跳ねる。


「パーティは夜ですか?」

「18時開始の予定です」

「でしたらイブニングドレスがよろしいかと存じます。そうですね…今の流行りですと、こちらのマーメイドラインのものなどが人気です。カラーのご希望はございますか?」

「ええと、あまり派手すぎないものであれば」

「そうですか…でしたら、お連れ様の髪や瞳の色に合わせるのは如何でしょう?」


なるほど、黒一色のタキシードであれば合う合わないはさして気にする必要がないように思えたが、素人考えだったと得心する。ルード先の意見を仰いだのは成功だったようだ。


「髪は黒ですね。瞳は…確かヘーゼルっぽい…」

「黄みがかったブラウンでしょうか。なるほど…でしたらこちらのブルーのドレスは如何でしょう?」

「わ、きれいな色。あの、でもちょっと肩が出すぎじゃないですか…?」

「あら、すみません、お客様とてもお肌がきれいでいらっしゃるのでつい」

「露出は控えめでお願いします…」


その後もてきぱきとおすすめを見繕っては持ってくる店員に、あれやこれやと着せ替え人形にされ続けること一時間程。マネキン役に思いの他の疲弊してしまったは、「お客様背中は出しましょう!」「お顔立ちが映えますから!」などの店員さんの怒涛の押しに靡いてしまい、最初に提案されたブルーのドレスに決着した。

当日身に着けるインナーやアクセサリも同時に見繕ってもらい、精算の準備を待つ間ようやく一息をつく。選んだドレスをぼんやりと眺めながら、ほんの少しくすみのある、深い海の光差す水面を思わせるその青は、たしかに彼の瞳の色とよく合いそうだと思った。




-4-


パーティ当日、一足はやく先の衣装店に入ったは、ヘアセットを含めた準備を始めていた。店員の手を借りながら慣れないドレスに袖を通すと、やはり露出が多くないか…?とすぐに後悔した。
デコルテラインがチュール素材になったホルターネックは胸元こそ防御しているものの、肩と背中が大きく開いたデザインだった。普段はスーツで隠れたそれらが晒されている状態は、なんとも心許ない。さらに、普段身に着ける場面のないベアトップのコルセットと、タイトなラインを邪魔しないようにと勧められたティーバックのショーツが違和感となって不安を煽る。
マーメイドラインの下半身は膝上から大きくスリットが入っているため、シルエットの割に動きやすい。いざというときはここから裂けばいいか、などと不穏な考えが浮かぶ。
店員が離れた隙を見て、スリットと逆側の太腿にナイフ用のホルスターを巻き付る。折りたたみ式のアーミーナイフを差し込み、仕事のスイッチを入れる。


、準備はいいか」


送迎役のルードから声がかかる。


「統括がお待ちだ」

「はい」


ふう、と息を整えて、フィッティングルームのカーテンを開く。


「ふーん、馬子にも衣装だぞ、と」

「…は?」


脚に触れる感覚にぞわりとして、声のほうに目線を動かす。見慣れた赤い頭が足元にしゃがみこみ、スリットに手を入れ中を覗き込んでいた。


「ッぎゃああ!!」


ゴッ、という鈍い衝撃音。
想像を絶する状況に、反射的にレノの頭に強烈な肘鉄を食らわせていた。


「いってえ!」

「レノ、何してる…」

「ば、ばばばかじゃないですか?!何なの?!信じらんない!!ていうか何でいるんですか!?運転手はルード先輩でしょ!」


帰れ!!まで含めて一息で捲し立てる。落とした肘がじんじんと痛む。


「それ、映画の女スパイみたいだぞ、と。」


太腿のホルスターがやけに気に入ったらしく、反省の色ゼロでケラケラと笑う相棒に、ルードが深い溜め息をつく。


さん、どうかしましたか?!」


騒ぎに慌てた様子で駆けつけたのは、すでに身支度を済ませ待機していた本日の護衛対象その人。


「すごい声がしたん、ですが…」

「す、すみません、何でもな、」


タキシードに身を包むその姿に、息が止まる。
仕事で着ているスーツよりもタイトなシルエットは、高身長でもともと良いスタイルを際立たせていた。普段よりも分け目を強調して整えられたオールバックが妙に色気を感じさせる。


「おーい、見惚れてるとこ悪いがそろそろ行くぞ、と」

「せ、先輩!」


リーブ統括に目を奪われていたのを見抜かれた悔しさと、本人の前で指摘された羞恥で顔が上気する。統括が気まずそうに目を泳がせるのが見えた。
いつの間に店を出ていたのか、ルードが表に車を回していたので、促されるまま黒塗りのそれに乗り込む。運転手はルード、助手席にはなぜかいるレノ。


「そんじゃ、出発しますよっと」

「先輩はなんでいるんですか」

「かわいい後輩のサポートだぞ、と」

「いらないんですけど…」

「まあまあ。ルード君、会場までよろしくお願いします」


レノとのしょうもない諍いを諌めながら、リーブが発進を促す。運転席からの了解、の声とともにゆっくりと車両が動き出す。


「あの、リーブ統括。タキシードすごくお似合いです」

「ありがとう。さんも、その」

「おい、恋人を統括なんて呼ぶなよ、と」

「あ、そうか」

「いつもの癖で前を歩くなよ」

「わ、わかってます!」


レノとルード、交互に示される忠告は、悔しいが的確で耳に痛い。
改めて本日の任務を反芻する。


「本日は私が身辺警護を務めさせていただきます。開始予定時刻は一八〇〇、終了は二〇〇〇予定。迎えはまたこの車で。ルード先輩が会場周辺で待機します。会場では便宜上統括にエスコートをお願いすることになりますが、極力私から離れないようお願いします。」

「わかりました。よろしくお願いします、さん」

「はい…ええと、では、リーブ、さん」

「はは、なんだか照れますね」


本気で照れ臭そうにはにかむ統括の笑顔が眩しくて、頭がくらくらした。いけない、気を引き締めなければ。これは仕事だ。


「予定早く着いたぞ、と」

「とうか…じゃなくて、リーブさん、もう入られますか?」

「そうですね。ルード君、正面につけて下さい」

「了解」


祝賀会の会場である壱番街の高級ホテルはエントランスに面して送迎用のロータリーが整備されている。正面玄関の前で車を停めると、『ミッドガル誕生30周年記念祝賀会』と大きく描かれた横断幕が目に飛び込んできた。
運転席から降りたルードが後部座席の扉を開く。先に降りたリーブが手を差し伸べると、がそれを取って後に続く。


「それでは、行ってきます」

「はいよっと」


エントランスの扉の前で待ち受けるボーイに先導されながら、ホテル内へと吸い込まれていく二人を見送るレノとルード。


「…じれったいぞ、と」


見送りながら溜め息を漏らす相棒に、運転席のルードは無言で頷いた。



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